永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
眼が覚めて最初に視界に入ったのは、所々に木の根の様なものが飛び出した、白い天井だった。
未だ覚醒仕切れていない意識の中から、どこの天井だったかを思い出し、何度かこういった状況で見たものだと思い至った。……学園の保健室、か。
この異世界漂流が始まってから、この部屋にお世話になる確率が急上昇したなぁ……なんてことを考えた時、右手が温かいものに包まれていることに気付いた。
顔をそちらへ向けると、俺の手を握りながら、ベッドに突っ伏してすやすやと寝息を立てているユーフィー。
その微笑ましい光景に頬が緩み、頭でも撫でてやろうとした所で、左腕の感覚が無いことに気付く。
視線を送り──ああ、そうかと、その理由に思い至った。
はぁ、と、つい溜息が口を吐く。
別に、後悔しているわけじゃない。むしろこの程度の被害で済んで御の字ってところだろう。それでも……。
「──ぁ」
その時、そんな声が聞こえた。
その声がした方──俺の胸元の方を首だけ起こして見ると、驚いた表情で俺の顔を見る、ナナシとレーメの姿が。
「……マスターっ!」
「ユウ!!」
「ぅわっぷ」
がばっと、飛び込んで来る二人。右手が塞がっている為に受け止める事ができず、顔面に思い切りダイブされた。
起こしていた頭が再び枕に押し付けられたところで、今のやり取りで眼が醒めたのだろうか、今度は右手の方から声がする。
「ん……ふぇ? ……あ……祐兄さん……!」
「あぁ……ってうぉっと!」
眼を覚まし、俺が起きている事に気付いた途端、抱きついてくるユーフィー。
離された右手をそのまま彼女を受け止めるのに使い、ぎゅっと押し付けてくる頭を、ぽんぽんと撫でてやる。
「よかった……よかったです……」
肩口に濡れた感触。触れる息遣いが少しくすぐったい。
そのまましばし髪を梳く様に撫で付けていると、落ち着いたのか、小さく身動ぎした後押し付けていた顔を上げた。
肩口にあった顔がその場で上げられたため、至近距離で彼女と眼が合う。
互いの息遣いすら感じられそうな距離に、内心少しばかりドキリとしてしまったが──流石にこの状況じゃ仕方ないだろう。
そのまましばらく見つめ合ってていると、照れた様にはにかみながら、えへ、と笑うユーフィー。
そんな仕草が可愛く、彼女が顔を上げた為に止まっていた、撫でる手を再び動かしてやると、
「あ、あの……もうちょっと、このままでも……いいですか?」
顔を赤くしながら、上目遣いでそんな事を言ってこられました。
何と言う破壊力。コレに否と言える奴がいたらそれはもう人間じゃない。
「もちろん、喜んで」
そう答えてやると、嬉しそうに微笑んで、先程の様に顔を押し付けて来るユーフィー。
さらさらとした、艶やかな髪を梳く。
抱き着かれて居るためか、仄かに感じる甘い香りと、柔らかさと、暖かさ。
心地よく感じるそれらに誘われる様に、不意に眠気が襲ってきた。それに逆らわずに眼を閉じる。
もう少し、このままで──。
…
……
………
再び眼を覚まし、最初に眼に飛び込んできたのは、むぅっと拗ねた表情のナナシとレーメの姿だった。
その後ろには、申し訳なさそうな顔のユーフィーと、苦笑しているフィアとクリストの皆。
「えーと……ごめんなさい」
流石にちょっと気まずく、素直に謝ったところで、「はぁ……仕方がないので、今回は許してあげます」とナナシが言ってくれたところで──レーメはもうちょっとかかりそうだ。いやまあ俺が悪いんだが──今度はミゥ達に押されたようにルゥが横に来て、俺の顔を覗き込むように見つめてきた。
彼女が口を開きかけたところで後ろから聞こえて来た「まったく……ナナシはユウに甘すぎるぞ」と言うレーメの拗ねたような言葉に、ルゥと二人で思わず笑みを浮かべた。
「祐…………本当に、無事で良かった」
そう言って、柔らかく微笑むルゥ。
本当に、心からほっとした。そんな雰囲気が伝わってくる微笑。
──何て言えばいいのだろうか。
本当に。ありがたいと、心から思う。
ルゥだけじゃない。ナナシもレーメも、ユーフィーも、フィアや、ミゥ達も。
心配してくれて、そして俺が今こうして生きている事を喜んでくれる事がありがたくて、そして同時に、申し訳なくもある。
迷惑や、心配を掛けてしまった。やりようによっては、きっともっと上手く出来たのだろうから。
だけど、謝りはしない。謝ってはいけない。俺は俺の行動を、誇らねばならない。
だから、俺が言う言葉は、これなのだ。
「ああ……ありがとう。……皆のお陰で、俺は戦えた。皆のお陰で、生き残る事が出来た」
って言っても、俺は途中で気を失ってリタイアしたんだけどな。そう苦笑しながら続けると、ルゥは静かにかぶりを振る。
「そんなことはない。気を失ってもなお、きみは私を助けてくれた。私が今こうしてここにいるのは、紛れも無くきみの……きみと、『観望』のお陰だよ、祐」
全然覚えて無いために、「そんなことが?」と上げた疑問に、ユーフィーが首肯して答えた。
「はい。それにあたしも……祐兄さんには、助けてもらいましたから」
そう言って、にこっと、太陽の様な笑みを浮かべるユーフィー。
そうか、と、思わず安堵の息が漏れた。
俺は、俺達は──皆を、中間達を護るための、一助を成せたのか、と。
その後、あの戦いの折、俺が気を失っている間の状況を聞いた。
何より驚いたのは、やはり『夢氷』のことだろうか。……まさかルゥが、神剣を失っていただなんて。いや……あの時の鈴鳴の言葉。『夢氷』の欠片。『神剣『夢氷』の凍結片』。あれで気付くべきだった。
そんな考えが顔に出ていたか、ルゥに「『夢氷』を失ったのは別にきみのせいではない。気にしないで欲しい」と言われてしまった。
……だめだな。こんなんじゃ。それに──。
軽く頭を振り、側にあったルゥの手を取る、と、きゅっと握り返してくる感触。
「……『夢氷』が俺の中で、俺を助けてくれているのは解ってる。だから……うん、ありがとう、ルゥ、『夢氷』」
そう言うと、にこりと笑って、「どういたしまして」と、答えてくれた。
そして、今。現在はどんな状況なのか。
そう訊いた俺に答えたのはミゥ。
「えっと……今は『枯れた世界』を旅立ってから二日ほど経ってます。もう半日程で、『理想幹』に着きますよ」
「……え?」
ミゥの言葉に、一瞬聞き違いかと思って間の抜けた声が漏れた。……俺ってそんなに眠っていたのか……って言うか、こんなところでのんびりしている場合じゃないな。『理想幹』に着く前に、一度皆と顔を合わせておきたい。
そう告げると、「じゃあ、そろそろブリーフィングがあるはずですから、生徒会室に行きましょうか」との言葉。
それに頷き、ベッドから起き出して、生徒会室へ向かう事となった。
だが、実際に身体を起こしたところでやはり気になるのは自分の左腕。何と言うか、見た目的にも動作的にも、これを何とかしたいと言う想いが湧き上がる。
そんなわけでと言うか、良く考えれば俺自身起き抜けであり、腕のことも含め一度身支度を整えるために、皆には先に行ってもらうこととした。
──さて、上手く行ってくれればいいんだけれど。
◇◆◇
それから皆に遅れる事しばし後、恐らくもう全員集まっているのだろう、多くの人の気配のする生徒会室に入る。
「あ、青道君、もう大丈夫なの?」
「ああ、何とかな」
それと同時に、掛けられた斑鳩の声に頷いて返すと、他の皆の視線が俺に向くの感じる。
その視線の向かう先は……制服の袖から覗く、包帯の巻かれた俺の『左腕』。
「それって……」
訊いていいものか。そんな雰囲気で言いよどんだ斑鳩に苦笑しつつ、包帯の先を少し解き、“それ”を見せる。
そこに有るのは、
それを見て一瞬驚きつつも、直ぐになるほど、と言った風に頷く皆。
その時不意にルゥが「ふむ」といいつつ寄ってきて、ぺたぺたと触り出した。
「……その、この『腕』は、触られた感触とかはあるのか?」
どうしたのかと思っているところに掛けられた声に、なるほど、それが気になったのかと納得しつつ、首を横に振る。
「流石にそれは無いよ。まぁ、仕方ない事だけどな」
苦笑しつつ言ったその言葉に、ルゥは「そうか……」と申し訳なさそうに呟く。
……まったく、気にしなくていいのに。
とは言え俺が左腕を失った状況を思えば、それも無理もないかと思いつつ、その『左腕』でルゥの頭をぽんぽんと撫でる。
確かに不便ではあるけれど、『観望』の意思が介在しないためか、こうして俺の思う通りに動かすことは出来るのだ。これ以上は高望みと言うものだろう。
と、ルゥはそんな俺の手を取り、少しだけ何かを考えたあと、小さく「ありがとう」と言った。
俺はそれに「どういたしまして」と答え、視線を俺の前に居る斑鳩へと向ける。
「で、今はどんなことを?」
「『理想幹』に降りた後のことについて、ね。それで、青道君に質問だけど……戦闘は?」
問われて思う。現在俺に同化している『観望』の、意志を失った為に押さえの利かなくなった神剣としての本能──マナを集め、いつか只ヒトツの神剣となること──は、俺の中に埋め込まれた『夢氷』の欠片が核となることによって抑えられている。
『夢氷』の欠片が俺の中で抑えとなってくれているのは、偏にソレが『パーマネントウィル』となる時に篭められた想いに──皆と、そしてルゥから聞いた話しから察するに、皆を護り、力となりたいという想いに──よるもの。
とは言え、もともと『夢氷』は第八位。対して『観望』は第五位の神剣。永遠神剣というものは、位階が一つ違えばその潜在能力も大きく変わる。その上──それを鈴鳴によって、“神剣の本能を制御する”と言う方向性を与えられているとしても──俺の中にある『夢氷』のはあくまで“欠片”であるのだ。
つまり、こうして普通にしている分には問題なくとも、戦闘行動を取ることができるのかは……正直、疑問だ。
「まあ、実際に試してみればいいんじゃない? 土壇場になって「だめでしたー」じゃシャレにならないわけだし」
考え込んでいると、そんな言葉がヤツィータから出た。
それもそうかと思い、「それもそうだな」と言いながら、マナを練り込み、全身に行き渡らせる。
……あ、やばい。
次の瞬間──ドクリと、全身の細胞が跳ねた、その瞬間──ストンと落ちる様に、視界は暗闇に包まれた。
──全く、無茶をする。練りこんだマナを外に出すならまだしも……。
不意に聴こえた“声”。
それに周囲を見回すも姿は無く……いや、そもそも自身の姿すら無い、ただ暗闇が広がるのみ。……そうか、ここは──ってことは、今の声は……『調和』……か?
そう思ったところで、その疑問に答えるかの如く、再び声がする。
──如何にも。それにしても、ぬしの精神をココへ呼び込むのが一歩遅ければ、“喰われて”おるところであったわ。
そっか……助けてくれたのか。
彼女の説明に、自分が随分と危ない事をしたらしいと知り、「ありがとう」と伝わる様に念じてみる。
それにしても……『調和』は俺の状態を把握してるんだな。いつの間にというか何と言うか……。
──……妾を甘く見るでないわ。……とは言え、僅かに空間の境が揺らいだ時に、ぬしの中の『観望』から読み取ったに過ぎぬのじゃがな。まぁ、それもこれも、ぬしが『理想幹』に……妾の近くに来てくれたから、とも言えるが。
そんな言葉の後に、「くふふ」と、愉しげな笑い声が響く。
──とは言え、こうして無理矢理ぬしの精神を呼び込むのも、少々無理をしたのでな。今回は特別と思うように。そのような訳で、早う妾を迎えに来るがよい。ぬしのためにも、な。
「俺のため」なんて台詞に、どう言う事だと疑問が頭をもたげる。が、その次の瞬間、目の前の空間がざらりと歪む──。
──なに、妾ならば『観望』の力を完璧に制御することができるというだけじゃ。……ふむ、無理矢理な邂逅なだけに、ぬしの精神をここに留めるのもこれが限界、と言うところか。
『調和』のそんな言葉を境に感じる、一瞬の酩酊。
ああ。必ず、君に逢いに行く。そう強く念じて。
──くふっふふふふふっ……うむ、期待して待っていよう。ぬしと直接
愉しそうに、嬉しそうに言う彼女の声が最後に届いた気がした。
……朦朧した思考。不鮮明な、ぼやけた視界。
数度頭を振り、どうにもぼやけている視界が定まるのと同時に眼に飛び込んで来たのは、心配そうに俺を見ているゼゥの顔。その距離は随分と近い。
「どう……なってる……?」
発した声は妙に掠れて。感じる感覚と『調和』の言葉から察するに、全身に同化している『観望』にマナをごっそり“喰われた”のか。
神剣の本能の強さ。それを解っているつもりで解ってなかったってこと……だな。
「アナタが急に力が抜けたみたいに、倒れそうになったから支えてあげたのよ。……まったく、気がついたなら自分で立ちなさいよ……」
一見悪態をつく様に言ってくるゼゥだけど、そういいつつもしっかり支えてくれてる辺り、良い娘なんだよな。
そんな考えがつい顔に出ていたのだろう、「何笑ってるのよっ」と言ってくるゼゥ。
「いや……ありがと」
ゼゥにそう返しつつ、自力で立とうと彼女から離れ──がくりと膝から力が抜け、再びゼゥに支えられる。
「まったく……ほら、座らせるから、そこ場所空けて」
そのまま彼女に誘導されて、ストンと椅子に腰をかけ、ようやく一息ついた。
あー……きつい。けど、神剣の本能に乗っ取られて皆に襲い掛からなかっただけマシか。……『調和』には感謝だな。
「……こんな感じだから、戦闘は無理だわ」
「……みたいね」
椅子の背もたれに背中を預けて言う俺に、苦笑しつつ答える斑鳩。彼女は視線をサレスへ向けると、サレスは嘆息しながら一つ頷く。
「では、『理想幹』到着後は、ミゥとポゥをものべーの護りに、残る全員で攻めるぞ」
どうやら俺が来る前に粗方方針は決まっていたらしい。
確かにエトルとエデガがどのような行動を取ってくるか解らず、かつここに一般生徒が残っている以上、護る人員は必要だろう。ものべーを人質にする恐れも無いとは言えないのだから。
……あー……この状況で言い出すのは言い辛いなぁ。
「……えーと、サレス、一つ頼みがあるんだけど」
そういった俺に全員の視線が集まり、サレスは「言ってみろ」と促してくる。
俺自身がこんな状況じゃなければ、サレスだけに頼めば良かったんだよなぁ。とは言え現状では、皆に迷惑をかける事は必須なのだし。
そう思いながら、俺は口を開いた。
「『ログ領域』に入りたい。そこに行けば、恐らく俺の現状は何とかなると思う」
俺の言葉に、眼を見開いて驚くサレス。……彼のそんな表情は珍しいな。なんて思ったところで、世刻から「ログ領域って何だ?」と疑問の声があがり、サレスは簡単にではあるが、説明を行っていく。
「『ログ領域』とは、その名の通り、時間樹において起こったあらゆる事象の“ログ”が記録されている領域だ。本来ログ領域は、時間樹内のどこにでもあって、どこにも無いもの。すなわち、位相のずれた空間にあるのだが……そこに直接行くとなると、この時間樹の中枢……そう、それこそ『理想幹』の中枢から行くしかあるまい」
そう説明した後、「なるほど、だからこのタイミングで、か」と呟き、こちらに眼を向けてくるサレス。
なぜログ領域に入る必要があるのか、と言ったところか。
まあ、説明しないわけには行かないだろうな。
「……そこに行けば、『観望』を生んだ神剣に逢えるんだよ。ミゥ達は覚えてるかな? 『精霊の世界』の“剣”の中で話しかけてきた存在」
俺の言葉に、彼女等はあの時聞こえて来た“声”を思い出したのだろう。ああ、と言った顔をする。
「あれが『彼女』だよ。……力の強い神剣だけど、今は自力で動けない場所にいる。で、この時間樹の中で尤も空間の不安定な『ログ領域』からなら、『彼女』をその場所から連れ出す事ができるみたいでね。俺は何度か『彼女』に呼び込まれて、精神だけで逢った事があって、その彼女が言うには、自分が側にいれば、俺の中の『観望』の力を完全に制御できるそうだ」
説明を終え、皆の顔をみると、「なるほど」と言う顔をしつつも、やはり良くは思っていないようである。まあ皆がそう思うのも仕方無いとは思う。何と言っても行けるのは『理想幹の中枢』からだ。戦う力が無い俺が行くには無理がある。
とはいえ、俺としては行かないわけにもいかないんだよね。
「……ちなみに、『魔法の世界』で暁が『意念の光』を撃とうとしていることを教えてくれたのも、彼女だ」
彼女が教えてくれたから、迎撃に間に合ったんだよな。そう続けると、皆……特にナーヤは、大きく嘆息し、
「……まったく、そう言う事であれば、わらわは反対出来ぬではないか。それに、今までの口ぶりからするに、その『彼女』とやらを助けだすのは、祐にしかできんのじゃろう?」
それに頷いて返すと、「ならば是非もない」と言葉を締めるナーヤ。
そんな中で、世刻がこちらを見ているのに気付き、視線を向ける。
「……とは言え、第一優先は希美ですよ、先輩?」
憮然とした表情の彼へ、「勿論だ」と返すと、「ならいいです」と戻ってきた。
どちらにしろ、永峰が居るのも中枢、エトルとエデガの側だろう。だから俺が『ログ領域』に入るのは、永峰を助けだすついででいいんだ。
そう続けると、世刻は「なぜ解るんだ?」と疑問をぶつけてくる。
「……そうだな、世刻、お前は永峰がどんな状態か、聞いたか?」
「確か……『相克』とやらに乗っ取られてる状態」
「じゃあ、『相克』が何かは?」
「……『浄戒』に対する唯一のカウンター、と」
俺の問に、恐らく永峰に聴いたのだろう、思いだしながら答える世刻に頷き、更に質問を重ねる。
「……じゃあ、『理想幹神』たちが最も恐れるものは?」
その問に「なるほど」と、世刻の後ろ──暁の声がした。
「奴等にとって最も恐ろしいのは、『浄戒』によって『神名』を削りとられ、転生すらできなくなって死ぬことか」
「だから、『相克』の発現した希美を側においておく、か……じゃあ、希美は今のところ無事、なんですよね?」
「恐らくな。『理想幹神』にとって『相克』は切り札。どんな形であれ、それを易々と傷つける訳はないさ。何と言っても、奴等の恐れる『浄戒』は健在なんだから」
確率は高くても、絶対ではない。……とは言え、俺自身、これに関しては間違いなく大丈夫だと思ってはいるのだが。
そう言うと、ようやく世刻はほっとした表情を浮かべた。
「そんな訳だから、俺は皆の後をこっそり付けていくよ」
「……仕方あるまい。止めても無駄、だろうな」
そう言って嘆息するサレスに「悪いな」と声を掛けたところで、『理想幹』到着を知らせる、ものべーの鳴き声が響き渡った。
自然と引き締まる皆の表情に、自身の喉が鳴るのが解る。
……さすがに、俺も緊張してるか。
そこで、右手を握られる感触。
そちらを向けば、心配そうなユーフィーと、ミゥ達。
「あの……あたしが一緒に居られればいいんですけど……その、ごめんなさい……だから、えっと……気をつけて、ください」
「まあ、アーツなら体内の『観望』に影響を与えずに行使できるだろうから、いざとなったら全力で逃げるさ」
心配そうにしてくれる彼女達へ、なるべくそれを和らげられるように、「絶対に無理はしないよ」と約束をして。
さあ──いざ、『理想幹』へ。