永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
「こんな時に何処に行ってるんだよっ!」
ものべーに帰還した望達。
生徒会室に集った皆の中で、望はものべー内に祐達が居ない事を知り、すぐに希美を助ける為に出立出来ない事に苛立たしげな声を上げていた。
窓から見える空は既に薄暗く、もう幾許もしないうちに夜になるだろう。
「望君、落ち着きなさい! もしもの為に残った彼等がここに居ないって事は、“何か”が有ったってことじゃない?」
「何かってなんです? ……こっちにも理想幹神が現れたとでも?」
学生達が平常にしている以上、こっちに……少なくともものべーに何かがあったなんて考えられない。そう続ける望は、やはり焦っているようであった。
普段であれば、望とてこのような言い方などしないだろう。だが、希美が
「おい望、落ち着けよ。沙月に当たったって仕方ないだろう?」
「ッ……そう、だな。……沙月先輩、すみません……」
そんな望の様子に、ソルラスカが宥めるように声を掛け、それで望も多少の落ち着きを取り戻したか、小さく息を吐く。
そんな折、入り口の扉が開け放たれた。
全員の視線が向くその先、そこに有ったのは、主要メンバーの中でこの場に居なかった者の内、ルゥとユーフォリアの二人だった。
「ん……皆、戻っていたのか」
「あ、お帰りなさい、皆さん」
二人はそれぞれに、生徒会室に居た皆へとそう声を掛ける。
「ルゥ、何処に行ってたの? こっちは……」
「先輩は?」
「ああ、済まない。祐なら今保健室で寝ている……っと」
「望君!?」
ルゥへと声を掛けたミゥの言葉を遮る様に、唯一この場に居ない人物の事を望が尋ねる。
周囲に漂う雰囲気に不穏なものを感じ、首をかしげながらもルゥが望の問いに答えると、望は咄嗟に駆け出し、生徒会室から飛び出して行った。
それに慌てて続く他の皆。
残ったのは、サレスとタリア、ミゥを始めとしたクリストの巫女達。そしてルゥとユーフォリア。
「……それで、何があった?」
望の様子に、やれやれと溜息を吐きながらもそう問いかけるサレスであったが、ルゥに「どうせすぐに望達は戻ってくるから」と言われ、仕方ないと、それまで待つ事とした。
サレスにそうして待ってもらえるのはルゥやユーフォリアも内心有りがたく思っていた。彼女達にとっても、そう何度も説明したい出来事でも無いから、出来るならば皆に纏めて説明したいと思ったからだ。
とは言えそれはサレス達に限った話。言葉で語る必要の無いミゥ達クリストの皆は、この待ち時間を利用してルゥと“同調”をし、先に何が有ったかを知る事とした。
先にミゥ達の方で何が有ったかを“同調”によって知ったルゥは──その間に、ユーフォリアもサレス達から大まかなあらましを聞いていた──「はぁ……」と重い溜息を吐く。
「成程、希美が攫われて……それで先程の望の態度、か」
「そんな……希美ちゃんが……」
先程生徒会室に入ったときに感じた、不穏な空気の理由を知ったルゥとユーフォリアは、揃って表情を暗くする。
「あちらもこちらも、全くもって難儀な事態だな」と呟いた後、ルゥは再びミゥ達と“同調”し、今度は自信が経験した事態を彼女等へと伝えて行く。
しかしてミゥ達は、彼女等にしてみれば俄かには信じられない様な出来事を知る事となる。
そう──よもや、自分達が“理想幹神”と言う強大な敵に出遭っていたその頃、それよりも余程恐ろしい敵が現れていた、などと。
そしてサレスとタリアの二人は、ミゥ達の様子を見ていた、ただそれだけで、祐達に起きた出来事の重大さの一端を知る。
なぜならば──震えていたからだ。
ミゥも、ポゥも、ゼゥも、ワゥも。そう、傍から見ても解る程に、“負の感情”によって。彼女達が追体験するそれは、ルゥが感じた感情の一端。それは恐怖であり、絶望。憤怒であり悲哀。そして何よりも強い──“無力感”であった。
◇◆◇
パーマネントウィルである『神剣『夢氷』の凍結片』を、その身に宿した永遠神剣『観望』の力の核として埋め込まれ、一応の安定を取り戻した祐では有った。だが、その身に未だマナが不足しているのは確実であり、そのままであればいくら力を制御する為の核があろうとも、マナを求める衝動に苛まれる事は確実であろう。
ものべーに入る前に、「私は少々皆さんのお仲間と顔を合わせ辛い立場なので、ここで失礼しますね」と言う、ルゥ達にしてみれば謎の言葉を残して別れた鈴鳴からそう聴かされていたフィアは、保健室へ祐を運び込んだ後もずっとその右手を握って、刺激しすぎぬように、緩やかにマナを送り込み続けていた。
そんな折、ガラッと勢い良く保健室の入り口である引き戸が開けられ、望達が飛び込んで来る。
「先輩! 一体希美に何……!」
バタバタと騒がしく入り込んできた彼等へ、ベッドに寝かされた祐の側に付き添っていたフィアとナナシ、レーメは、不快気に眉をしかめながら、そっと片手の人差し指を立てて唇に当て、しーっと静かにするよう注意を促した。
そんな彼女達の様子に一瞬毒気を抜かれた望は、次のその視線をベッドに寝ている祐へと向け──発する言葉を失った。
ベッドに寝かされた祐には布団が掛けられていたとは言え、それはフィアがその手を握るために胸の辺りからであり、すなわち、彼の肩口から上は露出していたからだ。
そう、制服の上着は脱がされ、半袖のシャツのみとなっているためによく解る……解ってしまう、その不自然な、左肩が。
「望君、どうしたの? 急に入り口で止まらないでよ」
入ってすぐの所でその足を止めた望にそう文句を言いつつ、彼の脇をすりぬけるように部屋の中へ入った沙月と、それに続いて入ってきた他の皆もまた、望と同じような反応を示した。
「ちょ、ちょっと! 青道君、何でそんな!?」
思わず声を荒げる沙月に対し、フィアはもう一度静かにするように言うと、
「少々強すぎる敵が来た、としか。詳しくはルゥさんとユーフィーちゃんが説明してくれるはずです」
祐の顔を見て、起こしてはいないようだとほっとしながら言うフィア。その様子に、この場で騒ぎ立てた所で迷惑にしかならない事ははっきりしているのだし、と、望達は渋々ながらも保健室を後にした。
校長室に戻るまでの間、ついぞ誰も口を開く事は無く。
…
……
………
「──…………と言うわけで、何とか倒す事はできたんです」
先の戦いの様子をルゥとユーフォリアに説明された──ちなみにルゥがユーフォリアに助けを求めに行っている間の事は、その間祐と共に戦っていたナナシとレーメに聞いていた──望達は、皆一様に言葉を発する事が出来なかった。それほどまでに、彼女達の言う事は衝撃的だったからだ。
そもそものところ、『エターナル』と言う存在自体を知らない望達の中で、かの『最後の聖母』の脅威を正確に把握できているものは、ルゥと経験を共有したミゥ達のみであろう。
それでもなお祐達の身に降りかかった苦難が、想像を絶するものであったことは、祐が重傷を負い、ルゥが神剣を喪失したと言う事実からも窺い知れる。そしてその事実は、この状況において『旅団』にとって、大きな痛手となっていた。
希美を助けに行くに当たり、希美を攫っていった理想幹神が居る『理想幹』の場所は、絶のナナシが知っていた。そしてものべー自体もまた、その命令権を──恐らくはあのキスの折に──望に譲渡されており、世界間移動自体に支障は無い。
そして『理想幹』は、かつて絶が放った『意念の光』を跳ね返した強力な障壁で覆われているのだが、サレスが言うには現在は理想幹神がこの『枯れた世界』に出てくる為に解除されており、あれほどの大規模なものである以上、直ぐに張りなおす訳にも行かないらしく、今であれば乗り込むのに支障は無い。
否──言うなれば、『理想幹』に乗り込むのならば、今しかないと言う状況なのだ。
だと言うのに、望達に突きつけられたのは、祐とルゥの戦線離脱、と言う厳しいものであった。
とは言え──
「どちらにしろ、乗り込むのは今しかない以上、行かないわけにもいくまい」
そのサレスの結論が全てなのだが。
それに各々首肯していく中で、「それはそれとして、その前に確認しておきたい事がある」と、望がサレスを見やりながら口を開いた。
「サレス……希美を連れ去った二人、絶が管理神のエトルとエデガって呼んでたあいつ等、アンタとナーヤの事を知ってるみたいだったよな?」
「そういえばそうだね。何か、仲間に誘ったりしてたし」
望と、彼に続いたルプトナのその言葉に、あの時の状況を思い出したか、他の皆もまたサレスとナーヤへ視線を向けた。
だが、それに対するサレスの返答は、瞠目し、何事かを考えているのか、沈黙であった。
「……サレスッ!」
「……あいつ等に関しては、俺が説明しよう」
そんなサレスへ望が思わず声を荒げてしまった時、それを遮るように絶が声を上げると、今度はそんな絶へと皆の視線が集まる。
「……奴等はこの時間樹を管理する神。三人居る管理神の内の二人だ。……かつて、俺の世界へ“滅び”を宣告したのもこの二人さ」
「三人のうち二人って……じゃあ、もう一人は?」
そうルプトナに問われ、絶が視線を向ける先。それは──。
「……そう。もう一人は私だ。彼等が呼んだ『サルバル』と言う名は、管理神であった頃の私の名前だよ」
小さく溜息を吐き、仕方が無い、と言う雰囲気で言うサレス。
それに「ヒメオラ、と言うのはわらわじゃな」とナーヤが続いた所で、「うそ……じゃあ、サレス達はあいつ等の仲間だったの?」と沙月が驚きに眼を見開き、声を上げる。
それに対してサレスは再度息を吐いた。
「かつて、はな。それも最早神代の頃の話だ。私と彼等は歩む道を違え、ナーヤの前世たる『ヒメオラ』もまた、私よりも以前に彼等と袂を分かった。奴等は『光をもたらすもの』を操り、数多の分枝世界を滅ぼし、ミニオンの生産プラントに変えてきた。この旅団は、そんな奴等から分枝世界を守る為に創った組織だ」
サレスの説明に、生徒会室に沈黙が降りた。
「……『光をもたらすもの』の背後に、そんな黒幕が居たのですね……」
しばしの後、ぽつりとカティマの呟く声が響く。
それを聴いたソルラスカが、「そういえば」と口をついた。
「ちょ、ちょっと待てよ? だったら『未来の世界』で祐のやつが倒した、『南天神の亡霊』ってのはどうなるんだよ?」
その疑問も尤もだろう。祐と、そしてエヴォリア自身が確かに、『亡霊共がエヴォリアの故郷の世界と妹を人質にしていた』と語ったのだから。
それに対する返答を口にしたのは、腕を組み、しばし考えた後に口を開いたナーヤ。
「亡霊共は理想幹神とは別に……恐らくは隠れて、エヴォリア達に接触していたのじゃろう」
実際のところは、エヴォリア自身に訊かねば解るまいが。そう続けつつも、ナーヤは自分の答えが恐らく正解であろうと思ってはいたが。
対するソルラスカも、ナーヤの答えに納得したのか、「なるほどな」と頷いていた。
「……サレス、あんたが今語った事は、本当なんだよな?」
「ああ。今こうして私が『旅団』を率い、奴等と戦っているのが証左だろう?」
サレスの返答に、望は「なら、いい」とだけ答える。
そう、今現在敵でないのならば、と。
「それじゃあサレス、今まで隠れて行動していた奴等が、今頃になって表に出てきた理由は解る?」
そしてヤツィータから呈された疑問には、首を横に振る。
「さすがに解らんよ」と言いつつも、恐らくは実行部隊たる『光をもたらすもの』が壊滅したこと。そして自分達が自ら動いたとしても、計画に支障がない算段がついたのだろうと言うこと、と言う予測を、絶と共に出してはいたが。
「……さて、現状の確認はこのあたりでいいだろう?」
「ああ。それじゃあ、理想幹へ向けて出発しよう。……必ず、希美を取り戻すんだ」
悲壮感すら漂わせるような、望の決意の言葉に、強く頷き応える皆。
絶を助ける直前まで目の前に有った、在りし日の日常への回帰。それを今度こそ取り戻すために。