永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
気が付けば──柔らかな何かに包まれていて、甘い匂いが鼻をついた。
その瞬間、ズクリと疼くナニカ。
身体の内から沸き起こるソレは、暴力的な衝動を、俺の意識に浮かび上がらせる。そう。
脳裏に渦巻く思考は重く。
ただ。
ただ、ひたすらに。
俺を今包んでいるモノから。
側に在るモノから。
この手に触れる柔らかなモノから。
そう。
全て。
そこに在るモノから。
全テ。
奪エ。
犯セ。
喰ラエ。
貪レ。
何モカモヲ。
モトメヨ。
マナヲ。
マナヲ。
マナヲ。
マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。マナヲ。
マナを。
マ……ぁ……っ……。
……。
……。
…………。
暖かな、何かが、俺の、身体を、満たす。
浮上する意識。
取り戻した自我を手放さないように、朦朧とする意識を繋ぎとめるように、一度大きく息を吸って、そして吐く。
ゆっくりと瞳を開けると、眼に飛び込んで来たのはひび割れた大地だった。……身体の感覚からすると、どうやら俺は、
ぎしりと軋む身体を、ゆっくりと起こす。と、次に眼に入ったのは、見慣れたメイド服。
「…………フィ……ア?」
発した声が掠れているのに若干の不快感を感じつつ、どうしてここにと問いかけようと、周囲を見渡してみたそこには、俺のことを心配そうに見ている人たち。
フィアの両肩にナナシとレーメ。俺の直ぐ横に、ユーフィーとルゥ。そしてその後ろに──鈴の髪飾りを付けた、少女。……え?
「すー……ず、なり?」
スールード、と言おうとしたところで、彼女の服装がいつかザルツヴァイの街中で会った時のものである事に気付いて、言い換える。と、鈴鳴はにこりと笑って「はい」と頷いた。
「この姿では一度しか逢っていないんですが……覚えていてくれて嬉しいですね」
「あー……ああ」
そう続ける彼女へ何と答えていいものかわからず、曖昧な返事を返してしまった。……って言うか当時の状況を考えると、俺じゃなくても忘れられないと思うのは俺だけじゃないはずだ。尤も俺の場合は忘れろと言う方が難しいのだけれども。
それはともかく、この状況ってどうなってんの? と他の皆を見てみれば、ルゥは憮然と、ユーフィーとナナシ、レーメは困惑気味に首を横に振る。
そして残ったフィアが、意外な答えを口にした。
「えっと、彼女がご主人様が危ないと教えてくれまして」
どういうことだと鈴鳴を見ると、彼女は「実はですね」と前置きし──その時点で、ズクリと、再び、胸が疼く。
「ぐっ……く、は……」
マナを寄越せと、自分の中の“力”が叫ぶ。
マナが欲しいと、心が、身体が、俺の全身に散らばった『観望』の欠片が軋みを上げる。
身体をかき抱き、その衝動を何とか抑えたところで、「あぁっと、そうでした!」と、鈴鳴の声。
「さてルゥさん。『夢氷』の欠片は残っていますか?」
「……何? 有るが、それがどうした?」
突然話しかけられ、困惑気味ではあるが、しっかりと答えるルゥ。
そんな彼女へ、鈴鳴は手を差し出して、
「それ、貸してください」
ニコリと笑って告げた。
一方のルゥは鈴鳴の意図が読めないのだろう、訝しげな表情を返す。そのルゥの様子に説明不足であったことに気付いたか、「えーっとですね……」と慌てた様子で言葉を続ける鈴鳴。
……それにしても、本当に『スールード』の時とは雰囲気が全然違うのが恐ろしい。まるで別人だ。
「祐さんの状態が、神剣の力が暴走しかけている状態である、と言うのはいいですか?」
それに「ああ」と返すルゥへ、うんうんと頷く鈴鳴。その度に、彼女の髪飾りがカランと、涼しげな音を立てる。
と言うか、彼女が俺の状態を把握しているのは……イャガとの戦いを見ていたのだろうか。見ていたんだろうな。で、それから推測したのか。
「そこで、ルゥさんの持つ『夢氷』の欠片を、新たな“核”として祐さんの中へ埋め込み、神剣の力を安定させようと言うわけです」
「……そんな事が可能なのか?」
「はい。神剣とは、本来砕ければマナへと還り、消滅するものです。が、稀にその欠片が残る事があるんです。パーマネントウィル、として。パーマネントウィルは、言うなれば想いの結晶。そういった代物である以上、意志を失った神剣の力の新たな核とするにはうってつけ、と言うわけです」
「少々強引な方法ですけどね」と苦笑しながら言い終えた鈴鳴は、再びルゥへと手を差し出す。
「そう言うわけでして、『夢氷』の欠片を貸していただけますか?」
「……一つだけ、聴かせてもらいたい」
「はい?」
「何故、貴様がそこまで祐に肩入れする?」
そのルゥの問いは、恐らく皆が思っている事だろう。無論、俺もまた。
俺と鈴鳴……スールードは、『精霊の世界』で邂逅し、世界の存続を賭けて戦い合い、『魔法の世界』では『光をもたらすもの』と手を結んで攻めてきた彼女と、『魔法の世界』と、それに連なる分枝世界を賭けて戦った。そして俺達は彼女の分体を滅ぼすに至り、更に言うなら、俺の側にはスールードが滅ぼした『煌玉の世界』の生き残りであるクリストの皆が居る。言うなれば……俺達は戦い、敵対するのが当然と言える間柄なのだから。
「……そうですね……」
「強いて言うならば……“礼”でしょうか?」
一体何に対する礼だと、そんな考えが顔に出ていたか、俺の顔を見てくすくすと笑いながら、彼女は続ける。
「私は、常々思っていました。決して叶わぬ絶望的な状況、無理だと思っていてもなお足掻き、そして散っていく。それが
そう言って言葉を切ると、すっと、座り込んでいる俺の前に膝を突き、視線を合わせて来る鈴鳴……いや、スールード。
そして右手を伸ばし、そっと、壊れ物を扱うように、優しく、俺の頬を撫でる。
「貴方は、貴方達が『精霊の世界』と呼ぶ世界においても、『魔法の世界』と呼ぶ世界においても、そして、この世界においても……強く、眩しく輝く様を見せてくれた……」
その間俺は、あの時、ザルツヴァイで出逢った時の様に、動く事も、視線を逸らす事も出来なく。
「他者の介入が有ったとはいえ、生き残る事すら困難と思える状況においてなお、決して諦める事無く足掻き続け、そして生き残った。……私はその瞬間の貴方が、散り行く者よりも、遥かに強く輝いて見えました。……本当に、貴方は素晴らしく、愛おしい。今の私にとっての一番の楽しみは、貴方と言う存在の行く末を見届ける事と言っても過言ではありません。だから……その貴方を、このような所で失うわけには行かないのです」
片手は両手に。贈られる視線は、甘くも強く、優しくも激しく、そして艶やかで。
「だから私は、貴方を助けましょう。だから私に、もっと、貴方を魅せて下さい、青道祐。貴方の全てを──」
近づく彼我の距離。思わずゴクリと、己の喉が鳴った音が聞こえた、その瞬間──。
「……うぅ~……」
俺とスールードを引き剥がすように割って入ったユーフィーに、遮られた。
助かった。あのままいったらどうなっていたのだろうかと気になったりしなくも無いけれど。
「その、聞いた話だと祐兄さんの余裕も余りなさそうなので、早めにお願いします!」
視線が外れた事によってか、動くようになった身体を動かして立ち上がり、背を向けているため表情が見えないけれど、きっと憮然とした顔をしているだろうユーフィーの頭に手をやり、「ありがとう」と想いを篭めて、ぽんぽんと軽く撫でる。
一方で、ユーフィーに促された鈴鳴は、改めてルゥへと向き直ると、
「それで、納得してもらえましたか? 私は私で、彼を助けたいと思った次第でして」
そう言って、三度手を差し出した。
すでに彼女から感じる雰囲気もその声音も、『鈴鳴』のものになっているのがまた何というか。
それに対してルゥは、一瞬瞠目した後、
「…………お前の事は信用ならない……けど、祐のためなら、仕方ない……か」
小さく溜息を吐くと、差し出された鈴鳴の手に、掌大の欠片を乗せる。
その視線は、「下手な真似はするなよ」と物語っていて。……まあ彼女の立場としては、怨敵ともいえる鈴鳴にこうして正面から普通に接しているだけでも、凄いことなんだと思うが。
『夢氷』の欠片を受け取った鈴鳴は、ユーフィーに場所を空けてもらって再度俺の前に立ち、『夢氷』の欠片を持った手を俺の胸の高さに掲げる。
「……神剣『夢氷』の凍結片よ。想いに、願いに、求めに応え、織り成す力の礎となれ……」
囁く様に唱えられた言葉。
それに応える様に、『夢氷』の欠片は淡く光を発し、俺の胸の中へと、溶ける様に、吸い込まれて行く。
……。
……。
幾許かの間が空いて。
ルゥの想いが篭った『夢氷』の欠片なのだから、大丈夫。
そう思いながらも、我ながらやはり不安はあるのだろうか。ドクドクと、鼓動の音が、煩い。
そんな緊張に誘発されたか、ズクリと、再び、疼き──その時トクンと、胸の奥でナニカが跳ねた。
暖かく、優しい、冷厳なるモノ。
それは俺の身体の、心の、魂の中で渦巻いていた、暴力的な衝動を、淡く、緩やかに、収めていく。
「──あ……」
「完全に、ではないですが、これでひとまずは安心でしょう」
ほっとした。
鈴鳴の言葉を聞いた瞬間、一気に緊張の糸が切れるを感じて。
衝動を抑えるために張っていた気が緩んだその瞬間、どっと押し寄せてくる疲労。
思わず気が抜けた、そのせいか、ぐらりと身体が傾いだ感覚が──。
「よかった──」
「……無理をしないで──」
最早誰が発したかすら解らないけれど、遠くにそんな案じてくれる声を聞きながら、抵抗する気力もなく、ストンと、そこで意識が落ちた。