永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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69.想いの力、心の強さ。

 鼓膜を震わせる轟音。

 ぶつかり合うマナとマナ。弾け、爆発する様に炸裂したマナの奔流は、多大な衝撃となってユーフォリアとイャガの中心で巻き起こった。

 そんな中で、ユーフォリアは見た。イャガの張ったマナの障壁が、今の自分の一撃に耐え切れず、打ち砕かれるのを。

 ──けれど、そこまで。

 渾身のドゥームジャッジメントは、イャガの障壁を砕くに終わった。終わってしまった。

 激突した勢いに比例するように、反発し、互いに弾かれて空いた距離。イャガが再び障壁を張り直す前に追撃するには、遠すぎる距離にユーフォリアは歯噛みする。

 ドゥームジャッジメントであればこの距離とて問題は無い。だが、それを放つにはユーフォリアの余力が足りない。かと言って、再びマナを練り上げるには時間が足りない。

 倒れ伏す二人が視界に入った。

 左腕を失いながらも、自分が来るまでイャガをここに留めていてくれた祐。

 半身ともいえる神剣を砕いてまで、イャガへ渾身の一撃を加える隙を与えてくれたルゥ。

 そんな二人に託された想いを、無為にしてしまう。……そんなのは、嫌だ。

 強く想う。

 

 諦めない……諦めたくなんて、ない!

 

 その強い想いは、今の彼女にとっては奇跡に等しい現象を引き起こした。

 パンッと、何かが弾け、消える。そんな感覚。

 大事なものではない。むしろ、自分を押さえ込んでいた、邪魔な何か。

 ……それは、枷。すなわち、『神名』。

 以前祐が説明したことではあるが、『神名』は力の強いものにとっては、その『神名』に即した力までしか出せないリミッターである。

 そう、この時間樹に降り立った時に植えつけられたそのリミッターの一つを、ユーフォリアはその強い意志の力で打ち破ったのだ。

 抑えられていた力の一端の解放。それは僅かとは言え、それまで抑えられていた反動とばかりに、ユーフォリアの身体の奥底から再び戦う力を湧き上がらせる。

 これなら……いや、まだ足りない。

 

 ──知ってるかい? 強い想いは、時に世界だって越えるんだ。

 

 ふと、未来の世界で聴いた、祐の言葉を思い出した。

 だから彼女は想う。強く、強く。

 世界の(くびき)をも打ち破るのが想いの力であるのならば、己の限界程度、超えて見せようと。

 

 ──力を! もっと、お願い、守りたい人を守れるだけの、力を!!

 

 その想いは、確かに届く。

 その時、ユーフォリアの願いに呼応するかのように、砕けた『夢氷』のかけらが、強く光を放ち、『悠久』へと溶けるように吸い込まれたのだ。

 

<これ……は……>

「ゆーくん!?」

 

 突然の事に驚愕の声を漏らした『悠久』に、心配気な声を上げたユーフォリアだったが、続く『悠久』の言葉に、『悠久』がそんな声を上げた理由を知った。

 

<心配ないよ、ユーフィー。突然だったからびっくっりしただけ。今のは……パーマネントウィル、だよ>

「モノに篭められた想いの結晶……朽ちる事無き魂(パーマネントウィル)……そっか。『夢氷』も力を貸してくれるんだね」

 

 パーマネントウィルは、神剣の化身たる神獣に食べさせる事により、新たな力をその担い手に与える事が出来るモノ。

 ルゥの神剣たる、永遠神剣第八位『夢氷』から生まれたパーマネントウィル『氷精の夢』。それによって(もたら)される新たな力。それは、ユーフォリアの、そして主たるルゥの想いに応えた、『夢氷』の最後の贈り物。

 そしてそれは、今のユーフォリアにとって、最高の贈り物だった。

 

「行くよ、ゆーくん! ……悠久の時の彼方より来たれ、大いなる意志よ! 永久なる想いよ! あたし達に力を!! 『エターナル』!!!」

 

 強い光が、彼女の全身を包んだ。

 それは彼女の中から、戦う力を湧き上がらせる。ユーフォリアと言う存在の全てを、強く強く、引き上げる。

 ……けれど、悟る。あと一押し。そう、たった一押しが足りない、と。

 その時だった。

 ふわり、と、彼女の全身を“誰か”のマナが包み、染み入るように溶け込んできた。

 それは優しくて、暖かくて、そして力強くて。染み込む様に己の身の内に入ってくるそのマナには、覚えがあった。

 この時間樹に来てから、幾度となく受け取ったマナ。ずっと、隣に感じていたもの。ずっと側に居てくれたひと。

 

 ──ユーフィー、がんばれ。

 

 そんな声が聞こえた気がして……トクン、と一つ、鼓動(こころ)が跳ねた。

 不快ではない。緊張でも、不安でもない。とてもとても心地の良い鼓動に、こんな時だと言うのに、ユーフォリアは自然と笑みを浮かべていた。

 大丈夫、今なら、やれる!

 

<いける、ユーフィー?>

 

 そんな『悠久』の問に、当然、と力強く頷いて返す。

 

「原初より終焉まで! 悠久の時の全てを貫きます!」

 

 湧き上がる力は、マナをエネルギーへと変え、ユーフォリアを、『悠久』を、強く導く。

 永劫を刹那に変え、時間を踏破し、次元の彼方まで。

 その瞬間、イャガが先にも増して強い障壁を張るのが感じられた。

 けど、大丈夫。

 そんな確信が、ある。

 だって、その為の想い(ちから)はもらったから。

 

「『ドゥームジャッジメント』!!」

 

 ──だから、この一撃(おもい)は──

 

「全速前進、突っ切れぇーーーーーーーーーー!!!」

 

 ──世界をも撃ち抜く!!!

 

 祐を、ルゥを、ナナシを、レーメを、そしてものベーに居る皆を。

 この時間樹に来てから出逢った大切な人たち。皆を護りたいと言うユーフォリアの強い想いによって放たれた『ドゥームジャッジメント』は、先の一撃の折に相殺するだけでも精一杯だったイャガの障壁、それよりも強く張られたそれすらも軽々と打ち破る。

 その一撃は先のものよりも遥かに強く、重く。

 イャガの“欠片”は、光の中へと呑まれ──断末魔の声を上げる暇も無く、マナの霧となって消滅した。

 

 

……

………

 

 

 『悠久』から降り立ったユーフォリアは、倒れ伏しているルゥを祐の元へと何とか連れて行き、自身もまたその場に倒れるように座り込む。

 彼女もまた、限界だった。

 その後、気が付いたルゥと共に、気を失ったままの祐を抱え、ものべーへと歩を進める。

 どれほど歩いただろうか。

 恐らくは、ものべーまで後半分と言った所か。その時眼を覚ました祐が、「グッ……」と苦しそうにうめくと、心配するルゥとユーフォリアを突き飛ばすように離れた。

 

「祐?」

「祐兄さん?」

 

 その突然の行動に、疑問の声を上げる二人であったが、

 

「駄目です!」

「近づくな!」

 

 心配し、祐へと駆け寄ろうとした二人を止めたのは、彼の状態を最も身近に感じる事のできる、ナナシとレーメだった。

 二人が言うには、祐は意志を失った『観望』の力をその身に取り込んだ。自我を失った神剣に残るのは「マナを求める」と言う本能のみ。恐らくは、彼の状態が万全であったならば何とか抑えることも出来ただろう。だが、今の祐の状態は最悪と言っていいほどであり、その状態で抑えるには、『神剣の本能』は余りにも強すぎる衝動であったのだ。

 

「くっ……アアアああああぁあ!!!」

 

 右腕で、己の身体を掻き抱く様にうずくまる祐。

 今の弱っている二人では、彼に近づくのは危険極まる。下手に刺激を与えれば、神剣の本能に祐の意志は飲み込まれ、近くに居る二人から、貪るようにマナを奪い取るであろう。

 だからと言って、見捨てるなんて出来ない。そう、例え──彼に何をされたとしても。マナを求める本能に苛まれていると言うのであれば、マナを与えれば正気に戻ってくれるはずなのだから。

 そう言って、覚悟を決めたルゥとユーフォリアが、祐へと駆け寄ろうとした、その時。

 彼女達の元へと駆け込んでくる人物が、二人。

 その内の一人を見て、ナナシとレーメは歓喜と安堵の表情を浮かべた。

 

「フィア!」

「ユウが!」

「解ってます!」

 

 ナナシとレーメに短く返事をすると、苦しむ祐へと躊躇う事無く駆け寄り、抱き締めるフィア。

 彼女の身体が淡く光り、それが祐へと吸い込まれるように移動した瞬間、祐の表情は若干平静を取り戻していった。

 

「フィアさん!?」

「フィア、何を?」

「『マナリンク』の真似事、と言えば良いでしょうか。私のマナを、ご主人様へと譲渡したんです」

 

 「だから、もう大丈夫ですよ」と、『マナリンクの真似事』を続けながら説明するフィア。そんな彼女へ「はぁ~」と感嘆と安堵の声を上げるユーフォリアは、次いでフィアと共に来たもう一人の人物へと顔を向ける。

 そして、ユーフォリアにつられてその人物へと顔を向けたルゥは──ピシリと、その動きを止めた。

 

「…………どうやら、間に合ったようですね……」

 

 ほっとした。

 そんな表情を浮かべて言うその人物には、見覚えがありすぎたから。

 その人物は、ルゥとユーフォリアの方へと向き直ると、言った。

 

「……今は事を構えるつもりは無いので、身構えないでくださいね?」

 

 カランと。その髪につけた、大きな鈴の髪飾りを鳴らしながら。

 

「…………スールード……」

「違いますよ、ルゥさん。この姿の時は『鈴鳴』と呼んでください、ね」

 

 にこりと、華のような笑みを浮かべながら。


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