永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
鼓膜を震わせる轟音。
ぶつかり合うマナとマナ。弾け、爆発する様に炸裂したマナの奔流は、多大な衝撃となってユーフォリアとイャガの中心で巻き起こった。
そんな中で、ユーフォリアは見た。イャガの張ったマナの障壁が、今の自分の一撃に耐え切れず、打ち砕かれるのを。
──けれど、そこまで。
渾身のドゥームジャッジメントは、イャガの障壁を砕くに終わった。終わってしまった。
激突した勢いに比例するように、反発し、互いに弾かれて空いた距離。イャガが再び障壁を張り直す前に追撃するには、遠すぎる距離にユーフォリアは歯噛みする。
ドゥームジャッジメントであればこの距離とて問題は無い。だが、それを放つにはユーフォリアの余力が足りない。かと言って、再びマナを練り上げるには時間が足りない。
倒れ伏す二人が視界に入った。
左腕を失いながらも、自分が来るまでイャガをここに留めていてくれた祐。
半身ともいえる神剣を砕いてまで、イャガへ渾身の一撃を加える隙を与えてくれたルゥ。
そんな二人に託された想いを、無為にしてしまう。……そんなのは、嫌だ。
強く想う。
諦めない……諦めたくなんて、ない!
その強い想いは、今の彼女にとっては奇跡に等しい現象を引き起こした。
パンッと、何かが弾け、消える。そんな感覚。
大事なものではない。むしろ、自分を押さえ込んでいた、邪魔な何か。
……それは、枷。すなわち、『神名』。
以前祐が説明したことではあるが、『神名』は力の強いものにとっては、その『神名』に即した力までしか出せないリミッターである。
そう、この時間樹に降り立った時に植えつけられたそのリミッターの一つを、ユーフォリアはその強い意志の力で打ち破ったのだ。
抑えられていた力の一端の解放。それは僅かとは言え、それまで抑えられていた反動とばかりに、ユーフォリアの身体の奥底から再び戦う力を湧き上がらせる。
これなら……いや、まだ足りない。
──知ってるかい? 強い想いは、時に世界だって越えるんだ。
ふと、未来の世界で聴いた、祐の言葉を思い出した。
だから彼女は想う。強く、強く。
世界の
──力を! もっと、お願い、守りたい人を守れるだけの、力を!!
その想いは、確かに届く。
その時、ユーフォリアの願いに呼応するかのように、砕けた『夢氷』のかけらが、強く光を放ち、『悠久』へと溶けるように吸い込まれたのだ。
<これ……は……>
「ゆーくん!?」
突然の事に驚愕の声を漏らした『悠久』に、心配気な声を上げたユーフォリアだったが、続く『悠久』の言葉に、『悠久』がそんな声を上げた理由を知った。
<心配ないよ、ユーフィー。突然だったからびっくっりしただけ。今のは……パーマネントウィル、だよ>
「モノに篭められた想いの結晶……
パーマネントウィルは、神剣の化身たる神獣に食べさせる事により、新たな力をその担い手に与える事が出来るモノ。
ルゥの神剣たる、永遠神剣第八位『夢氷』から生まれたパーマネントウィル『氷精の夢』。それによって
そしてそれは、今のユーフォリアにとって、最高の贈り物だった。
「行くよ、ゆーくん! ……悠久の時の彼方より来たれ、大いなる意志よ! 永久なる想いよ! あたし達に力を!! 『エターナル』!!!」
強い光が、彼女の全身を包んだ。
それは彼女の中から、戦う力を湧き上がらせる。ユーフォリアと言う存在の全てを、強く強く、引き上げる。
……けれど、悟る。あと一押し。そう、たった一押しが足りない、と。
その時だった。
ふわり、と、彼女の全身を“誰か”のマナが包み、染み入るように溶け込んできた。
それは優しくて、暖かくて、そして力強くて。染み込む様に己の身の内に入ってくるそのマナには、覚えがあった。
この時間樹に来てから、幾度となく受け取ったマナ。ずっと、隣に感じていたもの。ずっと側に居てくれたひと。
──ユーフィー、がんばれ。
そんな声が聞こえた気がして……トクン、と一つ、
不快ではない。緊張でも、不安でもない。とてもとても心地の良い鼓動に、こんな時だと言うのに、ユーフォリアは自然と笑みを浮かべていた。
大丈夫、今なら、やれる!
<いける、ユーフィー?>
そんな『悠久』の問に、当然、と力強く頷いて返す。
「原初より終焉まで! 悠久の時の全てを貫きます!」
湧き上がる力は、マナをエネルギーへと変え、ユーフォリアを、『悠久』を、強く導く。
永劫を刹那に変え、時間を踏破し、次元の彼方まで。
その瞬間、イャガが先にも増して強い障壁を張るのが感じられた。
けど、大丈夫。
そんな確信が、ある。
だって、その為の
「『ドゥームジャッジメント』!!」
──だから、この
「全速前進、突っ切れぇーーーーーーーーーー!!!」
──世界をも撃ち抜く!!!
祐を、ルゥを、ナナシを、レーメを、そしてものベーに居る皆を。
この時間樹に来てから出逢った大切な人たち。皆を護りたいと言うユーフォリアの強い想いによって放たれた『ドゥームジャッジメント』は、先の一撃の折に相殺するだけでも精一杯だったイャガの障壁、それよりも強く張られたそれすらも軽々と打ち破る。
その一撃は先のものよりも遥かに強く、重く。
イャガの“欠片”は、光の中へと呑まれ──断末魔の声を上げる暇も無く、マナの霧となって消滅した。
…
……
………
『悠久』から降り立ったユーフォリアは、倒れ伏しているルゥを祐の元へと何とか連れて行き、自身もまたその場に倒れるように座り込む。
彼女もまた、限界だった。
その後、気が付いたルゥと共に、気を失ったままの祐を抱え、ものべーへと歩を進める。
どれほど歩いただろうか。
恐らくは、ものべーまで後半分と言った所か。その時眼を覚ました祐が、「グッ……」と苦しそうにうめくと、心配するルゥとユーフォリアを突き飛ばすように離れた。
「祐?」
「祐兄さん?」
その突然の行動に、疑問の声を上げる二人であったが、
「駄目です!」
「近づくな!」
心配し、祐へと駆け寄ろうとした二人を止めたのは、彼の状態を最も身近に感じる事のできる、ナナシとレーメだった。
二人が言うには、祐は意志を失った『観望』の力をその身に取り込んだ。自我を失った神剣に残るのは「マナを求める」と言う本能のみ。恐らくは、彼の状態が万全であったならば何とか抑えることも出来ただろう。だが、今の祐の状態は最悪と言っていいほどであり、その状態で抑えるには、『神剣の本能』は余りにも強すぎる衝動であったのだ。
「くっ……アアアああああぁあ!!!」
右腕で、己の身体を掻き抱く様にうずくまる祐。
今の弱っている二人では、彼に近づくのは危険極まる。下手に刺激を与えれば、神剣の本能に祐の意志は飲み込まれ、近くに居る二人から、貪るようにマナを奪い取るであろう。
だからと言って、見捨てるなんて出来ない。そう、例え──彼に何をされたとしても。マナを求める本能に苛まれていると言うのであれば、マナを与えれば正気に戻ってくれるはずなのだから。
そう言って、覚悟を決めたルゥとユーフォリアが、祐へと駆け寄ろうとした、その時。
彼女達の元へと駆け込んでくる人物が、二人。
その内の一人を見て、ナナシとレーメは歓喜と安堵の表情を浮かべた。
「フィア!」
「ユウが!」
「解ってます!」
ナナシとレーメに短く返事をすると、苦しむ祐へと躊躇う事無く駆け寄り、抱き締めるフィア。
彼女の身体が淡く光り、それが祐へと吸い込まれるように移動した瞬間、祐の表情は若干平静を取り戻していった。
「フィアさん!?」
「フィア、何を?」
「『マナリンク』の真似事、と言えば良いでしょうか。私のマナを、ご主人様へと譲渡したんです」
「だから、もう大丈夫ですよ」と、『マナリンクの真似事』を続けながら説明するフィア。そんな彼女へ「はぁ~」と感嘆と安堵の声を上げるユーフォリアは、次いでフィアと共に来たもう一人の人物へと顔を向ける。
そして、ユーフォリアにつられてその人物へと顔を向けたルゥは──ピシリと、その動きを止めた。
「…………どうやら、間に合ったようですね……」
ほっとした。
そんな表情を浮かべて言うその人物には、見覚えがありすぎたから。
その人物は、ルゥとユーフォリアの方へと向き直ると、言った。
「……今は事を構えるつもりは無いので、身構えないでくださいね?」
カランと。その髪につけた、大きな鈴の髪飾りを鳴らしながら。
「…………スールード……」
「違いますよ、ルゥさん。この姿の時は『鈴鳴』と呼んでください、ね」
にこりと、華のような笑みを浮かべながら。