永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
初めての実戦のあったあの日から数日。彼女達の内心は解らないが、少なくとも表面上は良好に過ごしていた。
俺自身もまあ……あの実戦の時の夢を見て、夜中にうなされたりする以外は、概ね良好だ。
どうにも『完全記憶能力』の影響か、見る夢見る夢がどれもリアリティのある上に、その内容もしっかりと覚えているので何気に性質が悪かったりする。
それはともかく。
見回りの報告なんかも兼ねて、あれから毎日定期的に生徒会室に集まる事になったため、今朝も生徒会室を訪ねたところ、三人が等身大のスタンドミラーを見つめながら何か言っていた。
この状況には覚えがある。……あぁ、無論『原作』でだ。つまりは、とうとう事態が動く頃だと言うこと。
この日を境に俺達は、この世界における戦いの舞台に上がることになるんだな。
「おはよう。……何してるんだ?」
「あ、お早うございます、青道先輩」
「お早うございます、先輩。これで遠くの景色が見れるんですよ」
「お早う……って、もう望君? そんなアッサリ言ったらつまらないじゃない」
挨拶に続いての問いに返って来た三人の言葉を受けて、俺もどれどれと鏡を覗き込む。
流石はものべー製遠視アイテムとでも言おうか、思っていた以上にクリアな映像に、思わず「ほぅ」と感嘆の声を漏らした。
そんな折、世刻が映像の中に何かを見つけたらしく、一点を注視し、
「……何だろう、あれ……煙?」
そう言いながら、その地点を指差す。
世刻が指す部分を見てみれば、確かに立ち上っている黒い煙。
「本当……望君、あの煙の根元、映してみて」
「はい。…………っ!」
斑鳩に促された世刻が鏡の機能を操作し、映像を切り替える。
そしてそこに映った場面を見た瞬間、俺達全員は言葉を失った。
そこは集落だったのだろう。木造の家屋や井戸、遠くに畑が見える。だが、それらの一つとして無事なものは無かった。
燃える家。荒らされた畑。そして、周囲の地面に散らばる、多量の赤黒い染み。
そう、そこにあったのは、一人の男と多くのミニオン達による……虐殺の現場だったからだ。
俺はそこで何が行われているかは解っていた。解ってはいたが……現実に見るその光景は、ひどく胸糞悪くなる光景だった。
俺達は全員、映像の中心に移る男を注視する。
『原作』など知らずとも、誰が見ても解る。あの男がこの惨状を引き起こした人物だと言うことが。
その後、助けに行こうと主張する世刻と永峰だったが、斑鳩とレーメに止められていた。……まぁ、気持ちは判るが、確かに下手に動くべきでは無いんだよな。そのせいで敵にこちらの存在を知らしめる事にもなりうるし。
……最も、そんな警戒も意味は無いのだが。
「む!? い、いかん! あやつ、こちらの目に気が付いてるぞ!」
やり取りを続ける斑鳩達の声を遮り、世刻のレーメの慌てた声が響く。
言われて映像を見てみれば、確かにそこに映る男は確りとこちらを睨みながら、周囲のミニオン達に何がしかの指示を出している。
声は聞こえずともその内容は大体察せられる。間違いなく、ミニオンによる威力偵察だろう。
映像越しにこちらを見据えるその眼光は鋭く、素人の俺が画面越しにでも解る程に、明確な敵意を叩きつけてきやがる。
俺達が鏡面を見守る中、画面の向こうの男の指示に応え、複数のミニオンが動いたのが見えた。
「斑鳩、まずいぞ! 奴らここに来るつもりだ! ……いや、前のミニオンが奴らの仲間だったなら、もう近くまで来てるかもしれない」
「っ! そうね、すぐに迎撃の準備を!」
警戒を促した俺の言葉に応えて、斑鳩が直ぐに対応を決めて指示を出す。
斑鳩が避難の為に校内放送を、永峰が避難誘導を行い、そして俺と世刻は……侵入して来るであろう敵を抑える為、外へと向かうため、生徒会室を飛び出した。
「……っていうか実質あまり戦力にならん俺より、斑鳩か永峰がこっち来ればよかったんじゃねーのか!?」
「もう遅いです、先輩!」
駆けながら、思わず言った俺の言葉に世刻がツッこんだ。
いやまぁ確かにそうなんだけどさ、ミニオン一人相手に苦戦する程度の俺としては、ぼやきたくもなるんですよ。
そんな事を思いながら外へ出た俺達の前方に見えるミニオン達。どうやら丁度侵入してきたところのようで。数は……うん、いっぱい。
「右行きます!」
「頼んだ!」
世刻と声を掛け合って進路を別ける。
とりあえず俺が向かう先には三人……一人でもイッパイイッパイだったのに、複数なんて無理だって思うだろ? 俺もそう思う。ぶっちゃけ怖い。だからって逃げる訳にはいかないんだけどな!
世刻の向かう先にはざっと見て十人のミニオン。俺の3倍以上居るんだよ。……神剣を持っていない俺に配慮してくれたんだろう、何というか、頭が下がる。だから俺も弱音吐いてられないわけさ。
既にオーブメントは起動し、校舎を出た直後に自身と世刻へ補助アーツも掛けてある。
掛けた時は驚いていたが、強化魔法だと言うと「ありがとうございます」と返って来た。どういたしまして。
そんなわけで、初撃の為のアーツも準発動段階まで持っていっている。準備は万端、さて……やりますかね!
(ナナシ!レーメ!行くぞ!)
(はい!)
(おう!)
「『プラズマウェイブ』!」
現在は姿を消している、俺の頼もしい相棒達に念話で声を掛け、ある程度まで敵に近づいたところでアーツを撃ち放つ。
オーブメントが駆動音を上げ、導力がほとばしり、引き起こされるは雷撃のアーツ。
前方に固まっていた敵へ向かって連続した落雷が突き進み、それが、戦いの開始の合図となった。
…
……
………
(マスター、右です!)
「了解っと!『ソウルブラー』!」
「くっ! 『アイスバニッシャー』!!」
「無駄だっての! 『シャドウスピア』!」
レーメによって準備されていた『ソウルブラー』を撃ち放ち、それに合わせるように青ミニオンがバニッシュ魔法を使用する。
だが、ソウルブラーは打ち消されることなく発動し、その効果を表して眼前に迫っていた黒ミニオンを吹き飛ばす。この戦闘で疑問が確信に変ったが、どうやら『ソウルブラー』を初めとする『時属性』アーツはこちらの黒マナ魔法と似たような性質らしく、バニッシュ魔法が効かないようだ。
いや、他の属性を試した訳じゃないから解らないが……もしかするとアーツ自体、バニッシュ魔法が効かないのかもしれないけれど。アーツはマナではなくオーブメントに貯められた『導力』と言うエネルギーを使って行使される魔法だからだ。
そうこうしている内に、気が付くと世刻の方から何人かこちらに流れてきているようで、敵が減るどころか増えている。勘弁してくれ。
突き出された緑ミニオンの槍を、身体を半回転させるように躱し、振り下ろされる青ミニオンと、挟撃するように横薙ぎにされる黒ミニオンの剣を、地面に転がるように避ける。俺を囲もうとしてくる敵の攻撃を、避け、躱し、何とかいなして逃げ回る。
その時に見えた一瞬の空白。その瞬間に敵の一角にアーツをぶち当て、こじ開けた隙間から抜け出した。
荒くなっていた息を何とか整えながら、次のアーツの準備を行う。
細かい……どころか、結構ざっくりした傷もいくつも付くが気にしている余裕も回復させる余裕も無い。……いや痛いけど! 我ながらよく生きてるもんだ。まぁ、ナナシとレーメのサポートのお陰なのは明白なんだが。
それにしても、もうじき補助アーツの効果が切れそうなので、いい加減援軍が欲しいところだ。これで効果が切れてしまうと、俺の身体能力は一般人に逆戻りである。
そういやこの乱戦の中、ナナシとレーメの二人は怪我とかしてないだろうか。……正直、姿が見えないのがここまで不安だとは思わなかった。
(マスター、我々ならば大丈夫です)
(うむ。吾等のことを案じてくれるのは有りがたいが、己の事を第一にするのだぞ)
(……それならいいんだけどな。でもまぁ、気をつけろよ?)
別に念話を送った訳じゃないんだが、何故か返事が返って来た。……何気にたまに思考が漏れている気がする……まあいいか。
二人から「心配有難う御座います」と「任せておけ!」という返事を受け取った後、敵へと集中し直す。
丁度斬りかかってきた赤ミニオンの攻撃を大きく避け、そこに追撃を仕掛けてきた青ミニオンの斬撃を、更に大きく、距離を空けるように避ける。
「っと、『ダイヤモンドダスト』!」
そうして俺を追って数人のミニオンが上手く固まったところに、範囲アーツを叩き込む。
敵の周囲の空気が瞬間的に冷やされ、範囲内に居た四人ほどのミニオンが凍りついた。
そのうちの二人がマナの粒子となって消えて行く。どうやらダメージが蓄積していて、今のが止めになったようだ。残りもどうせどうせすぐ動くだろうけど、こういった一瞬の空白が有り難い。
自身に補助アーツを掛け直し、そこでちらりと世刻の方を見ると、向こうはあと一人程にまで減っていた。流石に早いなおい。
今日までの間にもういくつかクォーツが手に入り、その中に運良く『機功2』のクォーツがあった。EP──オーブメントに蓄積される、アーツに使用するエネルギーだ──を回復する効果をもったクォーツなので、時間さえ掛ければEP切れの心配はないのが救いである。尤も回復する速度は然程速くないので、気をつけなければ一時的なEP切れには陥るけれど。
「ノゾム! 何体か逃げるぞ!」
俺が自分に補助アーツを掛け直したのと時を同じくして、世刻のレーメの声が聴こえてきた。
周囲を見渡してみると、確かに走り去っていくミニオン達の姿。それと、それを追いかけていく斑鳩と永峰の姿も。
「世刻、レーメ、あっちは斑鳩達が追った! こっちもさっさと片付けて追いかけるぞ!」
なんて偉そうに指示飛ばしてるけど、正直、俺ほとんど役になってないんですけどね。
自分の現状と世刻の活躍具合を比べて苦笑しつつ、オーブメントを駆動させる。
「とりあえず『ラ・ティアラ』!」
まあそんな哀しい事実には眼を瞑り、中範囲回復アーツで世刻と自分の傷を癒し、凍結から脱した敵へと向かった。
何にせよ、やれるだけのことはやらないとな。