永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
『渡りし者。青道祐。我が担い手よ──』
気が付けば──と言う表現は可笑しい気もするが──俺は、右も左も解らない、真っ黒な空間の中に在った。
ここは……知っている。初めて『観望』と接触した場所。俺の意識の奥深く。
「『観望』か?」
語りかけてきていた声へそう問いかけると、『然り』と言う声が返って来た。
今は戦闘中なのは確実だろう。と言うか、イャガにでかい一撃を喰らったのを最後に記憶が途切れているから……俺は気を失ったのか?
一体どうなっているのか。そんな思考を読んだのだろう、『観望』の声が響く。
『汝が命は、いずれ尽きる』
……そっか。思ったのはそれだけだった。
別に死にたいわけじゃないし、死んでも構わないと思っているわけじゃないけれど。だけど、思わず納得してしまう一言。
最後に喰らった一撃。あれはそれだけの威力を持っていたのだろう。……さすがは、“欠片”とは言え、第二位のエターナルか。
『傷そのものは、汝が従者によって癒された。なれど──』
「……あまりにも、マナを消費しすぎた、か」
『観望』の言葉を継ぐ様に呟いた俺の声に、『観望』は沈黙を持って答えた。
人であれば、恐らくは鎮痛な面持ちで頷いているだろう、そんな雰囲気があったが。
『我もまた……先の一撃により、
続けられた言葉に愕然とした。
……それと同時に、悟った。こいつは何も言わないけれど、さっきのイャガの一撃。あれで俺がまだ生きているのは、『観望』が守ってくれたからなのだろうと。
けれど、続く言葉に俺は更なる衝撃を受ける。
『──故に、我の力を汝に託す』
──こいつは。
『我が意志は尽きようとも──我が力は汝となり、我は汝と共に在ろう』
──最後の力を振り絞って、俺を生かそうとしてくれるのか。
『我が力と我が母を頼む』
それに答える言葉は……一つしか、ないよな。
「任せろ」
そんな俺の言葉に──状況は未だ絶望的であろうに──酷く安堵した空気が流れて。
そうか、こいつは、俺を信頼してくれているのか。
『汝と共に在れた事を──我は、誇りに思う。さらばだ──我が──主よ──』
その言葉を最後に、俺の中に強い力が流れ込むのを感じる。
ああ。俺も、お前の所有者であったことを誇りに思うよ。……じゃあな、相棒──
◇◆◇
ユーフォリアとイャガの攻防は、一進一退の様相を呈す。
第二位の中でも上位に位置すると言うイャガであるが、今ユーフォリアに相対しているのは、無数に分かれた“欠片”の一つ。その中でも、滅び行く『未来の世界』に取り込まれるほどに細分化したものであった。
本来であれば、負けるはずの無い相手。やもすれば、苦戦すらするはずの無い相手であったのだが。
この“欠片”もまた、己のその状態は察しており、故に、かの世界において出逢うもの悉くを喰らい、己の力とした。
そして、ここ、『枯れた世界』でもまた。
彼女がルゥに発見された時に出てきた洞窟。
その中には、緑の龍『守護者プロリムタ』が居たのだ。『未来の世界』に居た紛い物ではない、永遠神剣第二位『探求』が担い手、『知識の呑竜ルシィマ』が送り込んだ、本物の守護者が。
そう──イャガはそれをも喰らい、己が力と成したのだ。
それ故に、このイャガの“欠片”は、ユーフォリアと拮抗する力を得、今の戦況に陥っている。
そんな均衡が崩れたのは、ユーフォリアとイャガが幾度目かのぶつかり合いの後、鍔迫り合いなった時だった。
イャガは不意に力を抜き、ユーフォリアの攻撃をいなす様に動くと、ユーフォリアの体勢が崩れた隙を逃さずにその位置を入れ替える。
次いで至近距離からユーフォリアに対しマナを炸裂させて吹き飛ばすと、ユーフォリアと位置を入れ替えたために自分の背後にいた、ルゥ達へと踊りかかったのだ。
そう。ユーフォリアと力が拮抗していると悟ったイャガ。彼女はその狙いをルゥ達へと定めていた。
如何に下位神剣とは言え、その担い手ごと神剣を喰らえば、イャガの力は大きく増す。
そうすれば、自分と相対しているエターナルを倒すことも出来よう。そう判断した上の行動。
その突然の行動に、咄嗟に動けた者は居なかった。
吹き飛ばされたユーフォリアも。襲われたルゥも。
ルゥはそれでも襲い来るイャガに対し『夢氷』でマナの障壁を張るが、イャガの神剣『赦し』は容易くそれを侵食する。
ビキッと『夢氷』が嫌な音を発し、障壁が大きく軋み、歪む。
再度振るわれる一撃。
それはついにルゥが展開したマナの障壁を食い破り、その凶刃がルゥへと振るわれる。
やられる──。
ルゥがそう覚悟し、せめて祐だけでもと、彼に覆いかぶさろうとした、その時だった。
今まで気を失っていた祐が飛び起きると、ルゥを背後に庇いつつ、イャガに向かって手を伸ばしたのだ。
「ゆ、祐!?」
「祐兄さん!?」
庇われたルゥも、ルゥ達へと慌てて向かってきていたユーフォリアも、驚いた声を発する。
それも無理はあるまい。今の今まで、そう、誰の目から見ても彼は起き上がれるような状態ではなかったのだから。
だと言うのに、祐はルゥの危機に立ち上がり、そしてイャガへと立ち向かったのだから。
そして彼は、振るわれたイャガの『赦し』を、受け止める。
鈍色に輝く、
「────!!」
声にならない叫び。
イャガ越しに彼の顔を見ることが出来たユーフォリアには解った。その瞳が、混濁している事を。
そう、彼は、無意識の中で、動いたのだ。
そして恐らくあの腕は──。
「神……剣……の、腕?」
呆然と、ルゥが呟く。
そうだろう。誰が想像できようか。失った左腕を、神剣で創り上げるなどと。
バチリッと、腕に篭められたオーラフォトンが弾け、それ以上『赦し』の侵攻を食い止める。
第五位の神剣が“欠片”とは言え、第二位の神剣と拮抗する。
はっきり言えば、異常な光景であった。
それを可能とした理由は、偏に彼と『観望』の今の関係性だろう。
つまりは、『観望』はその核たる部分を失い、自我と呼べるものは消滅し、祐の左腕として構成する部分のみならず、彼の全身へと、その力を溶け込ませる様に同化している事。
つまり祐は、現在『永遠神剣』と言う人知を超える存在の力を、ほぼ100パーセント引き出しているのだ。
これは、本来であれば人の身では不可能……とは言えなくとも、限りなく危険な事。
なぜならばそのような事をすれば、神剣に自分の全てを喰われてしまう事になりかねないのだから。
これを祐が可能としているのは──神剣の自意識の有無と言うよりも、『観望』の最後の想い。『主の力と為る』と言う物が大きいのかもしれない。
そしてその“力”は、その想いに──神剣と、その担い手の想いに応え、彼等の仲間を守る“力”となった。
その存在を喰らわんとする『赦し』と、防がんとする『観望』。
そこにユーフォリアが追いつき、イャガの背後から横薙ぎに『悠久』を振るい、それと同時にルゥも『悠久』の一撃と重ねる様に『夢氷』をイャガへと叩きこみ、この場から遠ざけるように大きく吹き飛ばす。
──護りきった。
そう判断したのだろうか、祐の身体がぐらりと揺れ、その場に崩れ落ちた。
「っ! 祐!」
倒れる彼の身体を咄嗟に抱きかかえるルゥ。
彼女は祐を抱えながら、その耳元で小さく「ありがとう」と囁いた。
と、それでようやく安堵したのだろうか、ざらりと、砂が崩れるように、彼の左腕となっていた神剣が崩れて無くなった。
その光景に一瞬驚いたルゥとユーフォリアだったが、すぐに彼の神剣が、極小の群体で構成される、ナノマシン型の神剣であったことを思い出して、安堵の息を吐いた。
ルゥは祐をその場に静かに寝かせると、神剣を構え、ユーフォリアと並ぶ様にイャガと相対す。
──覚悟は決めた。
コイツは、ここで倒さねば。何としてでも。
「私が何としてでも隙を作る。だから──」
後は頼んだ、と。ユーフォリアへ声を掛けたルゥは、その返事を聞かずにイャガへと駆ける。小さく己の神剣に、「済まない」と呟いて。
そして、吹き飛ばされて体勢の崩れていたイャガに肉薄したルゥは、渾身の力を持って『夢氷』を振るう。
全身全霊を篭めた一撃。
それは咄嗟に張られたイャガのマナ障壁に大きな負荷を掛け、それを押し留めんとするイャガの意識を、完全にルゥへと向けさせる。
再び、バキリ、と言う嫌な音。
それと共に──彼女の持つ『夢氷』が、割れて、砕けた。
ルゥには、こうなる事が解っていた。
先のイャガの一撃を受けた、その時から。
それでも尚。イャガを倒し、祐を助けるためならばと。
そのルゥの想いに、後を託されたユーフォリアは、全力を持って応える。
「いくよ、ゆーくん!! 『ドゥームジャッジメント』!!!」
完全に、イャガの不意を突いた一撃。
だがイャガは、ルゥの攻撃を受け止める為に張っていた障壁を、そのままユーフォリアへと向けて、彼女の一撃に抵抗する。
ぶつかり合うマナとマナ。
その衝撃は爆発の如く吹き荒れ、身構えていたにも関わらず、ルゥはそれに吹き飛ばされてしまう。
そしてユーフォリアは──
「ルゥちゃん!?」
彼女の優しい性格が災いした。
自分達のぶつかり合いに巻き込まれたルゥに、一瞬。そう、ほんの一瞬なれど、気を取られてしまったのだ。
だが、イャガにとってその一瞬で充分であった。
その間隙を突いて障壁に注ぎ込まれる膨大な量のマナ。
それはイャガが張った障壁をより強固にし、それによって障壁はユーフォリアの攻撃を受け止めた。
「くっんん……やぁぁぁぁあああああ!!」
けれど、ユーフォリアにとってもここで引けるはずが無い。
対する彼女も拮抗する状況を打破せんと更にマナを注ぎ込み、イャガの障壁を突破せんとす。
障壁に負荷がかかり、亀裂が走る。そしてそれは砕けると共に両者によって篭められた莫大な量のマナが弾け、更なる衝撃を撒き散らした──