永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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67.赦すモノ、最後の聖母。

 肘から先が無くなった左腕を押さえる俺と、そんな俺に寄り添うルゥ。そして俺達二人の前に立つ、エターナルである『赦しのイャガ』の“欠片”は、俺達の様子を見ながら(おとがい)に手を当て、「んー……」と、何事かを考えるそぶりを見せる。

 そして俺達に向き直り、その口を大きく開け──。

 迫り来るぼんやりとしたナニカ。

 右腕だけで何とかルゥを抱きかかえ、地面を転がる様にそれから逃れる。

 そんな俺の様子に、イャガはくすくすと哂い、

 

「……貴方、見えている(・・・・・)のね?」

 

 それに答えるでもなく睨みつける俺に、面白い、と言わんばかりに笑みを浮かべるイャガ。

 そんな彼女の動向を注視しつつ、俺は腕の中のルゥへと声を掛けた。

 

「…………ルゥ。俺がアイツの相手をするから、君はユーフィーを呼んで来てくれ」

「なっ……!」

 

 俺の言葉に、言葉を詰まらせながらも驚愕の声を上げるルゥ。

 彼女の言いたい事は解っている。「無茶だ」と、そう言いたいのだろう。

 けれど。

 無茶でも何でも、やるしかないのだ。さもなくば、誰も生き残る事は出来ない。そう思わせるだけのプレッシャーを、目の前のイャガから感じるのだから。

 それはルゥも解っているのだろう。そして、目の前の敵に抗し得るのは、ユーフィーぐらいだと言う事も。

 

「……彼女なら勝てるか?」

「……正直解らん。けど、一番可能性が高いのはユーフィーだよ」

 

 それでもそう訊いて来るのは、目の前の存在が圧倒的に過ぎるからなのだろう。

 正直俺も、不安が過ぎる。

 そして、疑問すらも。本当にコレは“欠片”なのか? と。そう思わざるを得ない程に、恐ろしい。

 

「頼む、ルゥ」

「……わかった」

「ありがとう。……『最後の聖母』と、そう伝えれば解ってくれるはずだから」

 

 そう伝えてルゥを腕の中から離し後ろに庇う様に立つ。

 そんな俺達の様子を見ていたイャガは、小首を傾げて静かに口を開いた。

 

「相談は終わったかしら? ……それじゃ、いただくわね」

 

 その言葉を合図に、背後のルゥが駆けだす気配。そしてイャガから放たれ、迫り来る強烈なマナの気配。

 避けるわけには行かない。避ければコレはきっとルゥに追いつき、彼女を喰らう。

 だから──。

 全力で、マナを練りこめ!

 決して何者も通さないと想いを篭め、堅固な障壁を生み出せ!

 

「『観望』、頼むぞ!」

<承知!!>

 

 相棒の頼もしい返事と共に、練りこまれたオーラフォトンが雷鳴にも似た音と共に紫電を発し、視認できる程の精霊光の結界を生み出し──イャガの一撃を受け、砕け散ると共に俺の身体を吹き飛ばす。

 一撃でこれかよ。……けど、防ぎきった。背後の気配を探っても、既にルゥの気配はない。

 

「……あら、やるわね。ますます貴方を赦して(たべて)あげたくなってきちゃったわ。さあ──私の胎内(ナカ)へ、いらっしゃい?」

 

 自らの一撃を防がれたのが意外だったとでも言おうか、どこか楽しそうな雰囲気を漂わせながら、イャガはその手にした神剣を振りかぶった。

 

 

……

………

 

 

 戦いは、悪化の一途を辿る。

 相手の攻撃はその全てが一撃必殺の威力を秘め、その堅固な障壁は、こちらの攻撃の殆どを防ぎきる。そんな悪夢にも似た時間を、イャガの攻撃を何とか凌ぎながら過ごしていた。

 全力でマナを篭めた一撃ならば、恐らくは通じただろう。

 全霊を篭めた一撃ならば、仕留めることも可能だったかもしれない。

 けど。

 受けた初撃が悪すぎた。

 大きすぎるダメージによってマナは激減し、上手く練りこむことも出来ない。

 腕を失った事によってバランスが崩れ、イャガの攻撃を(かわ)す事すら難しくなってきた。

 ナナシとレーメは、姿を隠しながらアーツで支援してくれているけど、それももう何時まで持つか怪しい状況になっている。

 ……ここまで、か?

 そんな考えが、思わず頭をもたげ──……っ諦めるな!

 そうだ、ここで俺が倒れれば、次に狙われるのはものべーだ。……諦めるわけには、いかない。

 『観望』を片刃の剣へ形成し、マナを張り巡らせる。

 空気を切り裂く音を立てて振るわれた、短刀型の永遠神剣……『赦し』を屈んで躱し、思い切って距離を詰め、懐に飛び込みつつ剣を振るう。

 

「──神剣『フラガラッハ』!」

 

 単分子単位にまで圧された鋭利な刃は、しかしてイャガの障壁を浅く切り裂くに終わった。

 くそっ……剣の形成もマナの練りこみも甘いか!

 

「悩まなくていいの……。私に身を任せて? そして、消えなさい」

 

 そこに振るわれる『赦し』。

 それを飛び退り、転がる様に避け、距離を開ける。

 起き上がり、再びイャガと対峙し、その一挙手一投足を見極めんとした、その時だ。

 

「っ!」

 

 ズキリと、不意に襲う強い頭痛。

 原因は──何となく、理解した。『観望』による視力の強化。それを最大限に行い続けていた反動。

 イャガの攻撃を避けるためとは言え、無理をしすぎたか……余りの痛みに、思わず顔をしかめ──。

 

「悲しみも苦しみも、もう味わわなくていいの。だから──おやすみなさい」

 

 はっと気付いたその瞬間には、掲げられたイャガの手に握られていたはずの『赦し』はその姿を消しており、次の瞬間頭上に現れる、恐ろしいまでの殺気とマナ。

 咄嗟にオーラフォトンを展開しながら、更にその場から飛び退る俺の視界に入ったのは、大地に突き立ち、マナの奔流によって粉塵と大地の崩落を巻き起こす、巨大な『赦し』の姿。

 起こされた衝撃は、俺のみならずそれを放ったイャガすらも巻き込み、世界を震撼させる。

 咄嗟に、姿を消しているナナシとレーメを、気配を頼りに抱きかかえる様に庇った直後、『赦し』によって巻き起こされた破壊が襲い掛かってきた。

 

「ぐっ、ああああぁあああ!!」

 

 全身に走る痛みと、激しい衝撃と共に走る激痛。

 吹き飛ばされ、打ちつけられ、地面を転がり、ようやく止まった俺は、既に動く事すら叶わず。

 ズキリと特に痛むのは、左の肩口と脇腹。

 一瞬、俺の全身を柔らかな感覚が包んだと思ったのだけれど、俺が認識できたのはそこまでだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 砂塵に霞む大地を駆ける。

 駆ける駆ける駆ける。

 飛ぶように、速く、迅く。

 事が終われば、足が動かなくなっても構わない。潰れても、失っても、どうなってもいい。

 だから今は、風よりも、音よりも、光よりも迅く、行かなければ。

 そう思いながら、ルゥはただ只管にその脚を動かし続ける。

 時間を掛ければ掛ける程に、祐は危険に晒されるのだから。

 彼女の脳裏には、先程の光景が思い出される。

 いきなり、突き飛ばされ、その直後、自分を突き飛ばした彼の腕が、文字通り消え失せた。訳が解らなく、何が行われたのかすら解らない。ただ感じるのは、「恐ろしい」と言う事だけだった。

 ぎしりと、歯を食いしばる。

 悔しさも、哀しさも、恨みも、辛さも。負の感情は胸の内を渦巻いている。

 だけど──今はその何もかもを飲み込んで、押し隠して、ただ、駆ける。

 そして。

 走り続けたその先に、目的地たるものべーの姿が見え、恐らく、神剣の気配を察して来たのだろう、ものべーから人影──ユーフォリアだろう──が駆けてくるのが眼に入った。

 互いに駆け寄り、ルゥにもユーフォリアにも、その互いの姿がはっきりと視認できるに至って、ルゥは声を張り上げる。

 

「ユーフィー! 一緒に来て、祐を! 祐を助けて!」

 

 必至の叫びに、ユーフォリアは迷う事無く頷くと、その速度を更に上げる。

 そしてそれを見て、ルゥはその場で急制動を掛けて反転。ユーフォリアを先導するように、来た道を引き返し出した。

 

 

……

………

 

 

 祐の元へとひた走る中、ルゥの口から『最後の聖母』の名を聴いたユーフォリアは、その表情を険しくする。

 以前父である『聖賢者ユート』から、第二位の神剣の中でも上位に位置する、要注意人物だと聞いた事がある相手。祐に前に聴いた話から察するに、恐らくは無数に別れた“欠片”ではあろうけれど、決して油断は出来ない。

 そう思い、更に気を引き締めたユーフォリアの目に、その光景が映った。

 倒れ伏す祐。

 その側で、短刀を握った右手を振り上げる女。

 まずい。

 そう思った瞬間、ユーフォリアの意志を受け、彼女の神剣が長大な板状に変化し、

 

「ルゥちゃん! 捕まって!」

 

 『悠久』に飛び乗ったユーフォリアに、咄嗟の事にも関わらず、瞬時に反応してルゥが捕まった次の瞬間、猛烈な勢いで加速する、ユーフォリアとルゥを乗せた『悠久』。

 見る見る内に女──イャガ──に接近し、そのまま止まる事無く、問答無用でぶち当たった。

 ズガン! と言う派手な音と共に、『悠久』とイャガが張った障壁がぶつかりあい、弾き飛ばし、互いにその彼我の距離を大きく開けさせる。

 その結果にホッと息を吐いたルゥとユーフォリアは、次いで祐の安否を確かめようと彼の姿を見て──互いに、息を呑んだ。

 ルゥが最後に見て、そしてユーフォリアに説明したところでは、祐は左腕を肘から失った、と言う事だった。

 だが、今はどうだ。

 その左腕は肘から先どころか、肩口から既に無く、左の脇腹の辺りも──大分塞がってはいたが──大きな傷を負っていた。

 今生きている事が不思議な程の満身創痍。

 とその時、もぞりと、うつぶせに倒れ伏す祐の懐の辺りから、ナナシとレーメが這い出してきた。

 

「二人とも、無事か? 祐は!?」

 

 勢い込んで訊いてくるルゥへ、ナナシは「落ち着いてください」と声を掛け、

 

「正直好ましく無い状況ではありますが、マスターは何とか生きています。とは言え、応急処置で精一杯でしたので、出来るだけ早くものべーに帰したいところでは有りますが」

 

 そう言うナナシの声もまた、大きく震えていた。

 恐怖と不安。

 敵に、ではない。祐を失うかもしれなかった。否、未だその危険は高いという事に対する。

 

「フィアが、出入りするからと言って、『箱舟』を部屋に置いてきてるのが……悔やまれるな。……すまない、二人とも。ユウを助ける為に、力を貸してくれ」

 

 零れそうな涙をを堪えながら言う、レーメの懇願に、勿論だと頷いて返す二人。

 そしてユーフォリアは、『悠久』をイャガに向かって構え、その身にマナを巡らせる。

 濃密で、それでいて純粋で、力強く、優しいマナが周囲を満たしていく。

 

「『最後の聖母イャガ』! 貴女には、もう好き勝手させません!」

「……強い力……貴女は?」

「永遠神剣第三位『悠久』が担い手、『悠久のユーフォリア』! さあ、今度はあたしが相手です!!」


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