永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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66.奪われた、絆。

「ほっ……思ったよりも持ったのぅ……エデガよ」

「そうだな。我等の予測した時間以上に持ちこたえおった。……この素体は拾い物やもしれぬ」

 

 意識を失った希美の身体を抱きかかえる望の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。

 希美のことをまるでモノのように言うそれに、自然と望の表情が険しくなる。

 顔を上げ、その声の方を睨みつけるように見る望に、先の台詞を発した2人──管理神、エトルとエデガ──は、ふんっと嘲笑を浮かべた。

 

 ──世界を管理する者。無慈悲な滅びを齎す人形遣い。世界の裏に隠れ、全てを操り、支配しようとする傲慢なる者共。

 

 人を人とも思わぬその言葉に、どこまでも傲慢なその態度に、先に絶によって語られた言葉が思い出され、『黎明』を握る手に力が入った。。

 

「さて、ファイムを連れて行くとするか。……退け、小僧」

 

 そんな望のことを気にも掛けず、まるで羽虫を払うかの如く発せられた言葉と共に、エトルから放たれる衝撃波。

 望は左手に希美を抱きかかえたまま、咄嗟に『黎明』を構え、オーラフォトンの障壁をもってその衝撃波を受け止めると、その様子に、衝撃波を放った老人はその目を見開いた。

 

「ほぅ……こやつ、想定以上にジルオルの力を使いこなしておる」

「だが、所詮は誤差の範囲よ」

「当然よな。さて、小僧。我等の邪魔をするでない!」

 

 だが、その望の抵抗を“誤差”と言い切ったエドガに同意したエトルがそう言い放つと、彼の持つ目玉の描かれた水晶の様な魔道具──否、永遠神剣第四位『栄耀』が宙へと浮かび上がり、赤く輝いた直後に『栄耀』から一本の禍々しい黒い腕が生える。

 『栄耀』は瞬時に望の側へと移動すると、その豪腕を振り抜いた。

 望のオーラフォトンバリアと『栄耀』がぶつかり合った瞬間、強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされる望。

 それに対し望を殴り飛ばしたエトルが操る『栄耀』は、同時に希美の身体を望から奪うように掴み上げると、エトル達の元へと運んで行く。

 

「ぐぅっ! っく、希美ぃ!」

 

 吹き飛ばされながらも何とか体勢を整え、砂塵を巻き上げながら着地した直後にエトル達へ向かい、大地を蹴る望。

 肉薄すると共に、二刀である『黎明』を重ね合わせる様に一本へと纏め上げると、まるで、元より一本の剣であったかのような、大剣の姿へと変わった『黎明』を、渾身の力を持って振り抜く。

 ──『浄戒』の力を載せた一撃。渾身の『ネームブレイカー』。

 だが、それは望とエトルの間に割り込んだエデガの持つ、錫杖型の永遠神剣、第四位『伝承』によって張られた障壁に遮られた。

 

「くっ……うぉぉおおお! どけえええええ!!!」

「ぬうううううっ!!」

 

 だが、受け止められても尚、望が持つ『黎明』の刃は、じわりじわりとエデガの張る障壁に食い込み、切り裂かんと進み行く。

 そしてその隙を突き、エデガとエトルの背後に、一つの影が忍び寄る。

 

「背中が……がら空きだ!」

 

 望の突進に合わせて動いた絶の一太刀。振るわれる白刃は、大気を切り裂きながら正確にエデガの首筋を狙う。

 そしてその2人に続いて、カティマとソルラスカ、ゼゥ、そしてルプトナの、速さに長けた者達が管理神達へ迫り、絶に僅かに遅れつつ、ほぼ同時にその手にした神剣を振るった。

 だが。

 

「何っ!?」

 

 絶妙であったはずのタイミング。決して躱す事など叶わぬであろうそれは、まるでその一連の攻撃が来るタイミングが解っていたかの様に、エトルとエデガが振り向きすらせずに張った障壁に止められていた。

 

「ふんっ、貴様等がそのような行動に出る事は解っていた事」

「まったく、予測どおりの行動過ぎて、逆に怖くなってくるわ。……さあ、散るがよい!」

 

 エトルとエデガを中心に吹き荒れる衝撃波。

 それは、彼等の間近に居た者達のみならず、カティマ達に続いて攻撃をかけようとしていた者達をもまとめて吹き飛ばし、大地に平伏せさせていた。

 今の彼等の実力を正確に見抜いていたかのような、無駄な力を使わない、されど起き上がれないほどのダメージを確実に与えた攻撃ではあったが、ただ一人、それを耐えた者が居た。

 

「何だと!?」

 

 上げられた驚愕の声は、衝撃波を放ったエデガの物。

 彼の視線は己の正に目の前、その手にした神剣を──再び二刀に分かたれた『黎明』を振りかぶっていた望へと向けられていた。

 そう、望は、誰よりもエトル達の近くに居たにも関わらず、今の衝撃に耐えて見せたのだ。

 それは正にエトル達の予測の外。

 エトル達は今の一撃で、自分たちに敵対する者達を須らく打ち倒せると予測……否、確信していたのだ。それ故に、それを耐えた望に致命的な隙を晒していた。

 振りかぶられた『黎明』は、望のオーラフォトンを受け、白く、強く輝く。

 

「はあああああああ!!」

 

 裂帛の気合を発し、『黎明』が振るわれる。

 それは、必殺の一撃。

 地に倒れ伏しながらも何とかその様子を見ていた皆にも、やったと確信できる程の、望外の攻撃であったそれは。

 振り上げられた『黎明』が振り下ろされるまでの刹那の瞬間に、望とエトル達の間に、空間からにじみ出る様に現れた少女(・・)に受け止められていた。

 

「……どうやら、間に合ったようですね」

 

 そう言いつつ少女が(かぶり)を振ると、カランと小さく鈴の音(・・・)が鳴る。

 

「………………え?」

「そん……な……」

「ウソ……」

 

 呆然とした様子で発せられた、クリスト達の声が響く。

 

「お久しぶりですね、旅団の皆さん。そして──クリストの、巫女達よ」

「おぬしは……確か一時期、エヴォリア達と共に居たものか」

「ふん、とりあえずは礼を言っておこうか」

 

 少女の言葉に答えたのは、彼女が庇った背後の二人。

 そのどこまでも変わらぬ物言いに、少女の表情は不快そうに険しく歪む。尤も、件の二人にはその表情は見えないのだが。

 

「……それには及びません。それに、私としても『法皇』のたっての頼みでなければ、手助けする心算などありませんでしたから」

「……その『法皇』とやらが何者かは知らぬが、まあ良かろう。では、我等はここで退かせてもらうとしよう」

 

 そういったエデガの言葉に「そうだな」と同調したエトルは、ついっと、その視線をサレスとナーヤへと向けた。

 

「時にサルバル、そしてヒメオラよ。再び我等と共に来る気はないか?」

 

 そんな、誰しもが想像し得ない言葉に、望達の間に困惑と緊張が走る。

 だが、言葉を掛けられた当サレスは、普段から感情を表さない顔を更に無表情に、そしてナーヤは、途端に不愉快そうな顔をして、エトルを睨みつけ、異口同音に即答した。

 

「断る」

「お断りじゃ」

「ならば、我等の悲願が達成されるを、指を咥えて見ておるがよいわ!」

 

 尤もエトルも彼等がそう答えることは解っていたのだろう。愚か者を見るかのような視線をサレス達へと向けつつ、罵るような声音で言葉をぶつけ、それと共に緩やかに、空間に溶ける様に消えてゆく。

 

「待て! 希美を返せ!」

 

 激昂の声を上げつつも、目の前に立ち塞がる少女の為に動く事が出来ない望を他所に、エトルとエデガはこの場から完全に姿を消した。

 目の前で、むざむざと希美を連れ去られ、ぎりっと、歯を食いしばる音が聞こえそうな程に、悔しさに顔を歪める望は、己の邪魔をした少女を睨みつける。

 

「よくも……っ」

「……悪く思うなとも、恨むなとも言いません。尤も……私としても不本意なところではあるのですけどね。……だからと言うわけではありませんが、ここで貴方達と争うのは避けさせていだきましょう」

 

 『黎明』の切っ先を向けてくる望に対して少女はそう言うと、一瞬どこかを見た後に、すっと、その場から空へと浮かび上がった。

 ふぁさりと、彼女の背に広がるは、鳳凰の如き荘厳なる翼。

 

「ま、待ちなさい、スールードッ!!」

 

 先程のエデガ達の一撃の影響が抜けきっていないのだろう、それでも、ふら付きながらも立ち上がり、空に浮かぶ少女を睨みつけるは、クリストの巫女達。

 そんな彼女達を一瞥し──その口元に、小さな、そう、本当に小さな笑みを浮かべながら、少女は飛び去る。

 果たしてどのような思惑があるのか、その表情からは窺い知ることは出来なく。

 

「さあ、再び私に、人間の美しさを見せてください──」

 

 誰にも聞こえぬ、小さな言葉を残して。

 

「……希美……くそっ……うわあああああ!!!」

 

 世刻望の、激情の声を背に受けながら。


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