永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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枯れた世界
64.忍び寄る悪意、迫り来る絶望。


 ──『枯れた世界』。乾いた大地と赤茶けた空が広がる世界。

 暁絶の故郷たるその世界に着いたものべーは、目的地たる『遺跡』がある地からしばし離れた所の、小高い大地へとその巨体を静かに着陸させる。

 だが、ここで一つ問題、と言うか、トラブル、と言うかが浮上した。

 さて、いざ向かわんとした所で、生徒の一部からある声が上がったのだ。1人か2人でいいから、誰か残ってくれないか、と言う。

 ……確かに、一般生徒からそう言った声が上がるのは無理も無いと思う。

 危険が有る事を承知した上で共に来た彼らではあるが、とは言え、やはり先に訪れた『未来の世界』は肉体的にも精神的にも相当堪えただろうし、続くこの世界もまた見た目が見た目だからだ。……すなわち、見渡す限りの不毛の大地と言う、見るものに不安を与えるに充分すぎるもの。

 こちらとしても、別段彼等に無理強いをするつもりも、不安に思っているところを放置して置こうと言うつもりも無いわけで、となればその要望に是と答えるのもまた当然の帰結と言えるだろう。

 そうなると次に上がる問題は、では誰が残るか? と言うことか。

 これから起こる流れは、世刻が『浄戒』を使う事によって、永峰の中の『相克』が発動し、それに伴って理想幹神達がやって来て、永峰が連れて行かれる、と言ったものだ。

 正直に言えば理想幹神はここで倒してしまえるのがベストだ。けど俺は、これから起こるだろう出来事は結局誰にも告げなかった。世刻の耳に入れば……自らが振るう一撃によって、幼馴染がその身に変調をきたす。親友を救うための力が、幼馴染に危機を招く。そんな板ばさみの様な状態では、下手をすれば『浄戒』の行使に影響を及ぼすと思ったから。

 とは言え、当事者の一人である永峰とは、学園祭前にある程度の話はしているが。……彼女は、自分の状態を自覚しているから。

 だからきっと、俺が行かなければ、突如現れる理想幹神に対処するのは難しいかもしれない。

 だけど。

 俺は皆と行こう。そう考えれば考えるほどに湧き上がる焦燥感。

 『光をもたらすもの』はもう居ないのだから、ここは大丈夫だ。そう思えば思うほどに、心の中を得体の知れない不安が襲う。

 この感覚は知っている。

 初めてミニオンと遭遇する前に感じた、嫌な予感。それよりも遥かに強く、深く、重い。

 ──ここで残らなければ、必ず後悔する。そんな確信にも似た予感がしてならなくて。

 

「…………俺が残る」

 

 それを自覚した瞬間、俺は声を発していた。

 皆の視線が俺に集まる。

 ふと、永峰と眼が合った。「悪い」と声に出さずに謝ると、どうやら通じたらしく、グッと小さく拳を握るってこくりと頷いてみせた。「自分は大丈夫だ」そう言ってくれてるのだろう。良い娘だ。頑張って世刻を落として、幸せになって欲しいものである。

 

「では、私も残ろう」

「うー……じゃあ、あたしも残ります!」

 

 そんな中、俺の言葉に続く様にルゥとユーフィーの声が同時に響いて、それに数瞬遅れて同じように声を上げかけ、少し考えた後、口を閉ざすミゥ達の姿が眼に入った。

 それを受け、サレスは「ふむ」と一つ唸ると、

 

「……では、祐にルゥ、ユーフォリア。済まないがここは任せる」

 

 そう言ってこの場を締め、俺達3人を除く皆は、『枯れた世界』へと足を踏み出して行った。

 

 

……

………

 

 

 皆が出て行ってから、2時間程が経った頃だろうか。先に感じていた“嫌な予感”に後押しされる様に、周辺の様子を探っていた俺に、その報せが届いたのは。

 

「祐、敵だ! 済まない、捕捉された!」

 

 そう言って来たのは、生徒会室にある遠見の姿見で辺りを見ていたルゥ。

 何でも、ここから東にある洞窟の様な場所から出てきた人物を見つけたのだが、こちらが『見て』いる事に気付いたらしく、明らかに敵意を持った視線を寄越してきたらしい。

 

「私が不用意に周囲を見ていたせいで、要らない危険を招いてしまった。……済まない」

 

 そう酷く落ち込んだ様子で言うルゥへ、ルゥが見ていなければ俺が見ていただろうし気にするなと応え、相手の様子を探りに行く事にする。もし戦闘を回避できるのなら、その方が良いだろうから。

 ならば責任を持って自分もと言うルゥへ苦笑しつつも頷き、ユーフィーには念のためここに残っていてもらい、彼女とフィアの「気を付けて」と言う声を背に、ものべーを飛び出した。

 向かうは東。

 内から突き上げる、変わらぬ“嫌な予感”。そしてそれに応じる様にルゥが見つけた『敵』。

 思えば、俺は相当焦っていたのだろう。そう──なぜ、この時先に敵の“姿”を確認しておかなかったのか。

 

 

             ◇◆◇

 

 

 ものべーから見えていた遺跡。そこに辿り着いた望達は、絶が語る言葉を静かに聴いていた。

 語られるは、この世界の歩んだ道程。『暁絶』の半生。

 

「……かつて、この世界は豊富なマナに満たされた、豊かな大地だった。だがある時、『神』を名乗る者達に滅びを宣告され、世界からマナが失われた。

 知ってるだろうが、マナとは“命”そのものだ。それが失われた世界においては、全ての生き物は、次代の命を育むことは無くなった。俺は……そんな世界において、最後に産まれた子どもだった。……大事にされたよ。宝物のように、な。

 静かに滅びへ向かう世界。この世界に住む人々は穏やかで、それがこの世界の運命ならばとそれを受け入れ、緩やかにその時を待ち構えていた。

 だがどこの世界にも諦めの悪い奴ってのは居るもんでな。この世界においては、それが俺の両親と、仲間たちだったのさ」

 俺の両親達はある時、この『支えの塔』の遺跡を発見した。

 ああ、そうだ。この『支えの塔』は、魔法の世界にある『支えの塔』の複製さ。分子世界には、幾つかこういったのがあるらしいな。

 そして彼等は、この塔を調べるうちに、この世界にもたらされた滅びの真実を知ったのさ。

 ……この時間樹は、理想幹神と呼ばれる奴等に支配され、管理されている。そう──この世界は、管理神達の気まぐれで滅ぼされる、と言うことを。

 それは最早、世界の辿るべき運命でもなんでもない。奴等の一方的な都合による、只の虐殺だ。それを知ったこの世界の人々は、絶望した。……人間ってのは、堕ちる時はあっという間だな。それからは、それまでの穏やかな日常は一変し、悲惨と呼べる日々に様変わりした。略奪、殺人なんてのは当たり前。人々は、残された富を巡って争い、奪い合った。……それまで確かに合ったはずの、良心を完全に捨てたのさ」

 

 どこかと遠い眼をしながら語る絶の静かに響き渡る言葉を、真剣な面持ちで聴く望達。

 そんな彼等の様子を一頻り眺め、絶は再び口を開き、続きを語り出す。

 

「……俺の両親は、真っ先に殺されたよ。暴かなくていい真実を暴いた、愚か者として、な。

 その光景を見た、その瞬間……俺はこの神剣、『暁天』に目覚めた。そしてこの力を見た人々は、復讐を望んだ。ああ、そうだ。復讐だよ。

 世界を管理する者。無慈悲な滅びを齎す人形遣い。世界の裏に隠れ、全てを操り、支配しようとする傲慢なる者共への。

 ──『暁天』を得ると共に発現した、命を喰らって力と成す『滅びの神名』。この世界の人々は、それに命を投げ出した。

 そして俺は──人々に乞われるがままに斬り殺した。俺を可愛がってくれたおばさんも、親しくしてくれたおじさんも、誰彼構わず、な。そうさ。その全員が、自分達の意志の代行者として、自ら俺に命を差し出し、復讐を託して死んでいったんだ。

 そしてその力を──皆の命を使って、世界から世界へ移動した。……その内に俺は力の使い方と、過去を思い出した。産まれる前の記憶……かつて『ルツルジ』と呼ばれていた、前世の記憶を。

 その頃には、俺に残された時間は少ない事は判っていた。故に、俺に取れる手段もまた限られていた事も。

 望、『魔法の世界』の支えの塔で聞いただろう? 俺の『滅びの神名』は諸刃の剣だと。ああ。世界を渡り、力を使う内に、悟ってしまったんだよ。この命の灯火が消えるのは近い……ってな。

 だから俺は、お前に近づいた。前世の記憶と共に思い出した、破壊神の力を利用するために。……そうだよ、望。俺がお前に近づいたのは、お前を俺の復讐の道具にするためだったんだ」

 

 長い長い語りの末に、彼は静かに問いかける。己を“親友”と呼んでくれた者に。

 こいつは、俺の話を聴いて尚、まだそう呼んでくれるのだろうか? ……まだ、俺を助けると言ってくれるのだろうか。そんな一抹の不安を抱きながら。

 

「……お前を利用とした俺を恨むか、望?」

 

 果たして、世刻望はただ静かに(かぶり)を振った。恨むはずがない、と。強く強く、親友を見据えて彼は言う。

 

「……例えそこに、打算や計算があったとしても、あの日々を過ごした俺達の間には、確かな繋がりがあるって俺は思っている。俺達が築き上げた物が、夢や幻なんかじゃないって、俺は信じてる。

 なあ、絶。青道先輩の言う通りだったよ。この世界を見て、お前の話を聴いて、俺は今まで以上にお前を助けたいって思ってる。……ううん、必ず助ける。絶対にだ!」

「……望……」

 

 強く言い切った望は、静かに目を閉じると、己が内へとその意識を埋没させる。呼びかける相手は、己の中に。

 

(……ジルオル……)

 

 

 呼びかけながら、彼は『未来の世界』で戦いを終えた日の夜を思い出していた。

 その日、『浄戒』を手に入れた影響だろう。夢の中で望は、己の前世たる者に逢った。

 暗闇の中、自分に対して静かに近づいてくる“自分”。言い知れない恐怖が彼を襲う中、思わず叫び声をあげかけたところで、不意に思い出した言葉があった。

 

 ──世刻。『支えの塔』での俺の言葉、覚えているか?

 

 それを切欠にする様に、思い出される、“彼”の言葉。

 

 ──『前世』を否定するな。拒絶するな。

 ──暁を救う為には、その“前世の力”を振るう必要がある事を認め、前世は前世として認めろ。

 ──自分を強く持て。お前は『世刻望』なんだって。前世は前世、お前はお前なんだしな。

 

 まるで、自分がこうなる事を見越していたかのような言葉だな。そんな風に苦笑しながらも、彼は、いつの間にか自分が落ち着いている事に気が付いた。

 だから、目の前の“自分”を確りと見て、問いかける。お前は、『ジルオル』か? と。

 その問に、目の前の“自分”もまた自分を見つめてきながら、こう言った。

 

「……そうか、我を我として、認める、か」

 

 

(ジルオル……力を貸してくれ。俺は、絶を……親友を、助けたい!)

 

 その強い想いに答える様に、ドクン心臓が跳ねる。

 そして不意に頭に浮かぶ“記憶”。

 自分に剣を突きつける絶に似た男。

 

 ──この世界に残った神は、もう俺とファイム、それにお前とナルカナだけだな……。

 ──我も汝も、互いに因果な宿命を背負ったものだな。少し汝に同情する。

 ──決着の時だ、ジルオル。……次の時代で巡り会うことがあれば……友となるのも良いかも知れぬな。

 

 それに対して、『俺』が答える。

 

 ──ああ。我も汝と、もっと長く話したいと思ったところだ。

 

 ああそうか、これは、神代の、ジルオルの記憶か。そう自覚した時、望の脳裏に声が響いた。

 

『……汝が望みは、かつての我の望みでもある……ルツルジの背に浮かぶ影を見るがいい』

 

 その声に導かれる様に眼を開けた世刻には、絶の背に黒い影が蠢いて居るのが見えた。

 

『汝は汝の友を斬る必要は無い。汝の敵はあの影のみ。……他の何者をも意識せず、ただ汝の敵だけを見据えて剣を振るえ。さすれば、“我等の”望みは必ず叶う』

 

(……ありがとう、ジルオル)

 

 望は、そんな感謝の言葉が自然と出てきた事に、少し驚いた。

 前世の存在を恐れていたはずなのに、と苦笑が漏れる。それでも、決して悪くない、そう思いながら。

 黎明を抜き、構える。

 

「望君?!」

 

 突如剣を抜いて構えた望に、後ろから沙月の驚いた声が聞こえた。

 だが望は、ひたと絶を見つめる視線を外す事は無く。

 

「……絶。俺を信じてくれるか?」

 

 それに対する絶の答えは、ただ一言だけだった。

 

「……当然だ」

 

 その答えに笑みを浮かべながら、望は再びその眼を閉じる。

 絶の背後にある影。その存在を感覚で感じながら、神剣へと力を篭め──。

 

「『浄戒』よ、俺達の想いに応えろーー!!」

 

 振りぬかれる『黎明』。

 その刃は、絶の身体を通り抜け──。

 

「マスターー!!」

 

 ナナシの焦る声が響く中、どさりと、絶の身体が崩れ落ちた。

 

 

◇◆◇

 

 

「あら……貴方達の方から来てくれたのね? ありがとう」

 

 その場所へ辿り着いた俺とルゥを迎えたのは、そんな声だった。

 それを発した人物の姿。それを認めた俺は、愕然とその場に立ち竦む。

 紋様のようなものを描かれた裸体を、白いローブに包んだ。赤い髪の女性。

 その存在に気付いた瞬間に、カタリと自分の身体が震えるのを自覚する。

 ──『最後の聖母』。永遠神剣第二位『赦し』の担い手、『赦しのイャガ』。なぜ、こいつがここに居る?

 

「……祐?」

 

 俺の様子に気付いたルゥが声を掛けてくるが、俺は視線をイャガから外せずに居た。

 そんな俺達に対し、イャガはくすくすと哂う。

 

「貴方達には感謝してるの。だって、貴方達の戦いに……マナの奔流に刺激されたお陰で、私はこうして私を取り戻す事ができたのだから」

 

 その言葉に、やっとこのイャガが何者か、理解できた。

 こいつは、『未来の世界』に居た欠片か。

 あの滅びに瀕した『未来の世界』に囚われる程に弱体化していた欠片。そう考えると、俺とルゥだけでも抗しようがあるか? ……いや、楽観視はだめだ。現にこいつはこうして、『未来の世界』からここまで俺達を追って来たのだから。

 ……事実、こうやって向かい合っているだけでも、そのプレッシャーに押し潰されそうになる。身体が、震える。

 そんな俺の考えを他所に、イャガは「だから……」と言葉を続けた。

 ゾワリと、背筋に走る悪寒。

 ヤバイ。

 何かが解らないけれど、絶対にヤバイ。

 気が付けば、隣のルゥもまた、小刻みに震えているのが感じられる。

 

「貴方達も、私と一つになりましょう?」

 

 その瞬間、『観望』で強化された俺の視界でようやく視える、マナで構成された、空間を抉る(あぎと)

 

「私が、全部赦してあげる」

 

 それの向かう先は、俺の、隣──。

 

「う……ぁぁああああああ!!!!!」

 

 衝動のままに、左腕でルゥを突き飛ばし──突然の俺の行動に、突き飛ばされ、倒れながら、呆然と、こちらをみる、ルゥが居て。

 音も無く、ナニカが吹き出るわけでもなく、ただストンと。

 俺の左腕の、肘から先が消滅した。


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