永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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63.会議して、勝負して。

 戻ってきて早々、校舎内に入る以前から何だか色々と疲れる出来事があったけれど、とりあえずその辺は全部うっちゃって、明くる日の朝、今後についての会議が行われた。

 今後──すなわち、『浄戒』をいつ、どこで使用するか、と言うことである。

 「いっそもうここでいいんじゃない?」何て意見も有るが、『浄戒』を使用することによって起こるであろう出来事が解っている身としては、そう言う訳にも行かないのだ。

 そうなるとやはり俺に思いつくのは一箇所なんだよな。まあ、エヴォリア達が敵対しない以上、無駄な戦闘は起こらないだろうからいいだろう。と言う事で、前々からの考え通りに皆……と言うよりも、暁へと提案した。「『暁の故郷の世界』で行わないか?」と。

 この提案に関しては、皆揃って疑問の表情を浮かべていたが。

 

「なぜわざわざマスターの世界で、と訊いてもいいでしょうか?」

 

 案の定と言うか、暁のナナシが理由を問うてきたので、俺の考えを説明する。とは言え、まさか「『浄戒』を使ったら理想幹神が攻めてくるから」なんて事はいえないので、表向きの理由ではあるが。すなわち、「暁の世界を見せて、彼の境遇を話してやったほうが、世刻もよりやる気になるだろう」と言うことである。

 表向きと称した理由とは言え、これ自体も必要な事だとも思っている。

 “原作”とは違い、現状、暁が早くに和解し、世刻とぶつかり合う事が無くなっている。……まあコレは俺の仕業なんだけれども。

 それが意味するのは、“原作”に有る「暁と対立する事による世刻の成長」と言うものが望めないと言う事で……まあ要するに、その誤差を世刻の心構えによって少しでも補えたら、と言う事だ。……とは言え現状は現状で、“原作”には無い「暁と共に在る事による成長」があったと俺は信じているのだけれど。

 『浄戒』を手に入れた時、『支えの塔』で世刻に言った事を覚えているか? と言う問に、彼はしっかりと頷いてくれていた。それは偏に、『前世』の事についてもしっかりと考えていると言うことだ……と思う。まあ少なくとも、“原作”の現時点での世刻よりは、しっかりと考えているんじゃないだろうか。

 それも踏まえてと言うわけではないけれど、暁の過去と現在を知る事が、少しでも世刻のためになれば、と思う次第なわけですよ。

 そんなこんなで説明してみた所、どうやら皆も納得してくれたようで、次に向かうのは暁の故郷の世界である『枯れた世界』に決定となった。

 出来るなら、ここで一度『魔法の世界』辺りに戻って、学生達は降ろして行ければ一番なんだろうが……それはきっと、当事者たる彼等が納得しないだろうし──実際に戻れば、中には降りたい、と言う者が出るとは思うが──正直、『未来の世界』での戦闘を経て、暁の『滅びの神名』の影響がどこまで進行しているか判らないから、なるべく寄り道はしたくないと言うのが正直なところである。

 一般学生の皆には……もうしばし、一緒に頑張ってもらおう。

 兎にも角にも、次はいよいよ理想幹神との邂逅。理想を言ってしまえば、その場で奴等をぶちのめして、しかる後に悠々と理想幹に乗り込んで、ログ領域に入るのがベストなんだろうなぁ。無理だとは思うけど。

 

 

……

………

 

 

 見上げれば、燦々(さんさん)と差す日の光。次の『枯れた世界』までは、後3日は掛かるそうなので、無論この日の光はものべーが生み出したものだ。

 とは言え、『未来の世界』に居る間はずっと夜間であったために、久しぶりとなる日光はやはり心地良い。

 その暖かな日の光に照らされる中、俺はグラウンドの真ん中に佇んでいた。

 正面には同じように立ち、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるソルラスカ。

 離れた場所に思い思いに座り込んでいるのは、神剣組の皆と、何事かと聞きつけて来た一般生徒達。

 こんな状況になっている原因は、会議を終えて今後の予定を立て終えた後に発せられた、ソルの一言だった。

 

「よし、祐! 約束通り勝負だ!」

 

 俺としては「お断りだ!」と逃げたい処ではあったのだが、曲がりなりにも約束していた以上は仕方が無い。

 そんな訳で、俺は現在神剣組の皆と一般生徒──多くは男子生徒だな──が見守る中、ソルと対峙しているわけだ。

 ルールは単純。相手に参ったと言わせるか、気絶させれば勝ち。当然ながら、周囲の一般生徒に被害が及ぶような攻撃は禁止である。……って言うか、周囲の一般性とに被害が及ぶような攻撃を行うのは俺ぐらいだから、実質ソルには制限は無いようなものだ。理不尽な。

 勝負開始まであと十分。さて、どう攻めたものかと考えた処で、見学者の中から「兄貴ー!!」と言う声が聴こえた。

 今の声は聞き覚えがある。世刻のクラスメイトの森の声だ。そしてその声の方へと拳を挙げているソルと、響くシャッター音。写真を撮っているのは当然の如く阿川だ。

 相変わらず男子生徒に人気あるなー。なんて思っていると、別の一角から声が聴こえてきた。

 

「祐兄さーん! 頑張ってくださーい!」

「祐ー! 負けるんじゃないわよー!」

 

 その声の方を見ると、フィアが広げたシートの上に、ユーフィーとクリスト達が座りながら手を振っていた。

 昨夜は「ソルラスカに殴られて、延びきった鼻の下縮めてもらえばいいのよ!」なんて言っていたゼゥだけど、応援してくれるって事は機嫌もある程度直ったのだろうか。

 ちなみにシートの上では、ナナシが待ち時間を利用して、戦術オーブメントの簡単な動作確認を行っていたりもする。後ほど分解整備(オーバーホール)する為だ。そんな訳で、今回はアーツも無し。先に上げたように避けられると周囲に危険が及びそうな魔法も無し。無論、武装解除なんて以ての外だ。周囲への被害云々以前に、ソルの裸なんぞ見たくない。

 無い無い尽くしで溜め息も出そうなところであるが、まあ、今回の勝負は俺の地力が何処まで付いているかの良い確認になるだろうと割り切ってやるしかあるまい。

 ……そんな事を考えながら、俺がユーフィー達へと手を振り返した──ちなみに他の皆は俺とソルの丁度中間辺りに居る。どっちも頑張れってことなんだろう……と思ったら永峰が小さく手を振ったのが見えた──その瞬間。ざわり、と、見学者の一部から不穏な空気が漏れた気がした。

 

「……兄貴ぃぃぃぃいい!! 俺の分まで殴ってくれええええ!!」

「ちくしょおおお!!兄貴やっちまえええ!!!」

「青道死ねー! ロリコーン!!」

「ユーフォリアちゃああああん! お兄ちゃんと呼んでくれえ!!」

 

 ……酷い言われようだ。一部変なのが混ざってるし。っていうか、俺に対する野次の理由はそれか?

 ヤツィータ辺りからは、「二人とも、無様な勝負しないようにねー」なんて発破がかけられたりしているが、正直、俺のやる気は絶賛下降中である。

 と、そうこうしているうちに時間になったか、斑鳩が進み出て、俺とソルラスカの間に立った。

 

「そろそろ時間ね。準備はいい?」

 

 俺とソルの顔を見て問いかけてくる斑鳩へ頷いて返し、『観望』を長剣に変えて腰溜めに構える。

 それを受け、斑鳩は右手を静かに上げ、

 

「それじゃ…………始め!」

 

 彼女がその手を振り下ろしたのと同時、ソルへと駆け出そうとした俺の眼前に現れる、当のソルラスカの姿。……って、速え!

 

「先手は貰うぜ!」

 

 『観望』によって強化された動体視力は、俺の腹に向かって振り抜かれんとするソルの拳をしっかりと見る事が出来ているのだが、如何せん身体が追いつかん。

 この一撃は喰らう事を覚悟して、せめてダメージを和らげようと、拳が当たる直前に『観望』を胴当ての様に形成する事に成功した。

 ドンッと、腹に響く衝撃。

 それになるべく逆らわない様に、威力に押されるままに吹き飛ばされる。

 ザリザリと、靴底が地を削る音と感触。

 止まると同時に大地を踏みしめ、前へ。追撃の為に向かってきていたソルへ『観望』を振りぬくと、『観望』とソルの左拳の『荒神』が鈍い音を立て、火花を散らした。

 続けて右から左へ、横薙ぎに振るった『観望』と、フック気味に放たれたソルの右拳に填められた『荒神』がぶつかり合い、反発するように弾かれる。

 武器に流されるように僅かに空いた胴へ、一気に身体をねじ込んで来るソル。

 

「オオォォォォオオラァ!!」

 

 ソルラスカの声が耳朶を打つ。

 次の瞬間、最初の一撃にも増した衝撃を受け、同時に吹き飛ばされた。

 痛む胴を押さえながら見れば、右肩を下げ気味に背を向ける、独特の構え……って、鉄山靠かよ。

 

「速すぎるんだよ畜生……!」

 

 思わずそんなボヤキが出るのも仕方ないだろう。何て言うか、こっちが1動く間に向こうは10動いてる様な感じとでも言おうか。流石にこのままじゃ、接近戦じゃ勝ち目無いな。判っていた事だが。

 『観望』を粒子状のまま大気へ散らし、次いで手の中にも『観望』を槍状に形成し、武器と身体にオーラフォトンを巡らせつつ、口の中で始まりの鍵たる呪を紡ぐ。

 

「イン・フェル レイ・ウィル インフィニティ……『戦いの歌』!」

 

 術者の身体へ魔力を巡らせ、身体能力を向上させる魔法であるそれは、知識の通りに俺の身体の中に純粋な力となった魔力を巡らせた。

 こちらの様子を伺いつつ、待ち受けるソルへ向かう一歩は──恐らくは、オーラフォトンによる身体強化との相乗効果だろう──俺の予想以上に強く、速く。

 『観望』に籠めたオーラフォトンが、バチリと紫電を放つ音を置き去りに、只一撃を、突き穿つ!

 

「喰らえ、雷光の一閃! 『ライトニングフューリー』!」

 

 「あ、私の技」なんて永峰の声が聞こえた気がする中、突き込んだ槍の穂先は、両腕をクロスする様にガードするソルのブロックとぶつかり合い、拮抗しつつも、そのブロックごとソルの身体を大きく後退させる。

 

「あああああ!!」

「ちっ……くおおぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

 互いに口を吐くは、裂帛の気合。

 そのまま押し合いになりそうな処で、ソルはクロスさせた両手を跳ね上げる様にかち上げ、『観望』の穂先を上へと逸らす。

 その瞬間、俺は手中の『観望』を通じてソルの上空に展開している粒子状の『観望』へとオーラフォトンを注ぎ込み、撃ち放つ!

 

「『バロールの魔眼』!」

「っ! 甘え! うおおぉぉぉぉぉおおお!! ぶっ飛べえええ!!」

 

 さながら豪雨の如く降り注ぐオーラフォトンに対し、ソルラスカは『観望』を逸らすために跳ね上げていた両手に“気”を溜め、大地に叩きつけた。

 叩き付けられ、吹き上がるように爆裂する“気”は、猛烈な衝撃を生み出し、降り注ぐオーラフォトンを文字通り吹き散らす。

 俺自身は咄嗟に後ろに跳び退って難を逃れた訳だが……お陰でその光景を確り見ることが出来た。まさか全部相殺されるとは思わなかった。うん、冗談じゃねえぞおい。

 思わず愕然としてしまった俺の懐へ飛び込んでくる影。

 

「隙ありだぜ! 喰らえ、裂空衝破!!」

「しまっ……!」

 

 鳩尾の辺りに添えられた手。そこに収束する“気”は、身構える間も無く一気に炸裂し──。

 

 

……

………

 

 

 さらさらと、髪を梳かれる感覚に眼を覚ます。

 頭の後ろに感じる柔らかな感触が心地良く、薄っすらと眼を開けると、微笑みながら俺を見下ろすユーフィーと眼が合った。

 その構図と頭に感じる感触から、自分の状態に当たりを付ける。……どうやら俺は、ユーフィーに膝枕をされている様だ。

 

「あー……負けたのか」

「うん。流石に接近戦のみ、は無理があったな」

「祐さんの場合は、接近戦を主体にしても、それはあくまで、他の攻撃方法と絡めた連携の一環。対してソルラスカさんは、殆ど接近戦一本ですからね」

 

 ポツリと漏れた俺の声に答えたのは、ユーフィーの横に座ってこちらを覗き込んでいるルゥとミゥ。

 彼女達の言葉に「だよなぁ」と苦笑しつつ、身体を起こそうとして──最後に喰らった腹の辺りがズキリと痛み、そのまま再びユーフィーの膝に倒れこんだ。くそ……思いっきり入れてくれやがって。

 

「ごめん、もうちょっといいかな?」

 

 そう訊いた俺に、はにかみながら「いいですよ」と言ってくれるユーフィー。うん、もう少し甘えてしまおう。周囲から怨嗟の声とか、それの発信源達を散らす斑鳩の声とかなんて聞こえない。聞こえないよ。

 鳩尾の辺りに手を添えて、「大丈夫ですか?」と言いながら大地の癒し(アースプライヤー)を掛けてくれるポゥに「ありがとう」と返しつつ、その暖かさに誘われるままに目を閉じた。

 次があったらせめて一矢報いてやる、チクショウ。


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