永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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62.帰還、新しい仲間。

 セントラルタワーを脱し、シティ部を駆けることしばし、この付近まで迎えに来ていたものべーへと乗り込む。その瞬間にそれまで身体を襲っていた振動は感じられなくなった。

 学校施設をそのまま背に乗せてしまっている事から解るように、ものベーは広い。その広い背のほぼ中心あたりに居る俺達には、世界の様子は見えず、眼に入るのは夜空のみ。

 そこだけをみれば、とてもこの世界が崩壊しかけているんだなんて思えなくて。……けれど、これで良いのだろう。そう、世界が壊れ行く様子など、見えないほうが良いのだ。少なくとも、彼女達には。

 ちらりと眼を向けると、やはり複雑そうな表情をしていたミゥ達と目が合った。

 なんと声を掛けたものか。そう思ったところで、

 

「うおおおっ! 戻ってきたぜーー!!」

 

 ソルラスカの大声が響き、目を合わせたまま互いに苦笑した。

 まあ、何はともあれ、今は皆が無事であったことを喜ぶべきか。空気を変えてくれたソルに感謝だな。

 それにしても、改めてこの世界でのことを思い返せば、自分の不甲斐無さばかりが浮かんでくる。

 この世界のことを事前に知っていたにも関わらず、結局こういう結末になってしまった。

 もしかしたら、もっとやりようがあったんじゃないだろうか。そうすればもっと違う結末になったんじゃないのか。そんな想いがいくつも浮かんでくる。

 とは言え──

 

「くぉぉぉぉぉぉおおおおおおん」

 

 その時、ものべーが強くも長い鳴き声を上げる。

 

「……っと、出発か」

「うん。この世界じゃ、ずっとまともに動けなかったから、ものべーも嬉しいみたい」

 

 ものべーの声を聞いてポツリと漏らした世刻に、永峰が頷いて答えた。

 『浄戒』の力でずっと抑え込まれていたから、ものべーもストレスを感じていたんだろうか。……いや、ストレスを感じていたのはものべーだけじゃなく、戦える者も戦えない者も含めた全員か。実際、この世界のことを知っていた俺にしても、実際に体験してみるとかなりクルものがあったしな。

 

「最善とは言えない結果だったけど……皆が無事で良かったってところか」

 

 俺の発した言葉に、「全くですね」と世刻が同意する。

 「あの時ああしていれば」とか「もっとこうしていたら」と思えるのは、全てが終わったからに他ならない。そして終わったことはもうどうする事もできないわけで……だから今出来るのは、今の結果を受け入れて、反省すべきところは反省して、次に活かすことなんだろう。

 

「それに新しい仲間も増えましたし」

 

 世刻の言葉に、彼に習って斜め前に視線を移すと、そこに居た新しい仲間──スバルが目に入る。

 俺達の視線が集中したからだろうか、スバルは一瞬途惑ったような表情を浮かべる。その時不意に、彼の横にいたヤツィータが小さく笑みを浮かべ、軽くスバルの背中を叩く。

 パンッと乾いたいい音がした。

 

「そうよねぇ。スバル君、よろしくね?」

「あ、はい。皆さん、よろしくお願いします!」

 

 皆を見回してペコリと頭を下げるスバルに、ソルラスカの「おう、よろしくな!」と言う言葉に続いて、周囲の皆も異口同音にスバルに返事を返していった。

 

「それにしても、良いんでしょうか? 皆さんの敵だったのに……」

 

 皆の言葉を聞いたスバルが、ぽつりと疑問の声を漏らした。……何というか、生真面目と言うか。……いや、普通に考えれば、こう思うのが当たり前なのか?

 とは言えいらない心配だとは思うけども。……何だかんだ言っても、結局は“人が良い”からな、旅団の皆は。

 それに何より、スバルの人となりは、短い時間ながらも接した中で、ここに居る誰しもがよく解っているだろう。

 

「まあ実際のところ、セントラルに操られていた様なものだし、気にする事無いわよ」

 

 そう思っている矢先に、案の定というか、斑鳩がそう告げていた。それに続いて、斑鳩の言葉に同意する旨を、他の皆もスバルに告げていった。

 

「あ、サレス、とりあえず休憩でいいわよね。すぐに会議とかしないでしょ?」

「ああ。沙月達は学園の皆と話もあるだろう。私も椿君に状況を説明せねばならんしな」

「ん、わかったわ」

 

 一通りスバルに声を掛け終えた所で出た、斑鳩の問にサレスが答えたところで、ふと何かに気付いた様にカティマが「そういえば……」と声を掛けてくる。

 

「ん?」

「エヴォリア達はどうなったんでしょうか?」

 

 上がったのはそんな疑問。確かに、シティに突入する前に別れたきりだしな。とは言え……。

 

「ん~……帰り際に姿を見かけなかったのは気になるけど、ベルバルザードに任せたから大丈夫だろ」

「確かに、その辺は律儀そうだものね。武人って感じだし」

 

 そう予想を述べると横で聞いていた斑鳩も同意の声を上げた。武人だから何なんだと思わなくも無いが、言いたい事は何となく解る。

 カティマも「……そうですね」と一つ頷いところで、それを肯定するように、俺の後ろから声が聴こえた。

 

「ええ、お陰様でね」

「ほらな?」

 

 うん、やはりあの場はベルバルザードに任せて正解だったようだな。まぁ、他に選択肢も無かったと言えばそうなんだけど。

 とは言えこれで懸念の一つも解消されたってことで。

 

「みたいね。……さて、それじゃあシャワーでも浴びて、皆のところに顔でも……え?」

「あ、沙月先輩、私も……あれ?」

「…………」

「…………」

 

 今の返事は誰のだと、半ば答えが解り切った疑問が頭をもたげる。斑鳩と永峰は顔を見合わせ、ほぼ全員同時に後ろを振り向いた。

 そこに居たのは、旅団のメンバーの誰かではなく。

 

「ってエヴォリア!?」

「いつの間に居るのよ!?」

「いつの間にって……『うおおおっ! 戻ってきたぜーー!!』の辺りかしら?」

「……最初からじゃねえか。全っ然気付かなかった……まあ良いか」

「良いのかよ!?」

「いや、だって今更敵対するつもりも無いんだろ? だったら良いだろ」

 

 ソルのツッコミに答えるついでにエヴォリアに訊いた俺に、「そうね。少なくとも貴方が居る以上は、そのつもりは無いわ」と頷くエヴォリア。

 俺が居る以上はって辺りにむずがゆさを感じなくも無いが、まぁ助けたかいがあったってことで良しとするか。

 そんな事を考えていると、エヴォリアは俺のすぐ前まで来ると「ところで青道祐」と、ひたと俺の顔を見据えて来た。

 ……どうでもいいんだが、フルネームで呼ぶの止めてくれないかな。

 

「……改めて、礼を言わせて貰うわ。ありがとう」

 

 そして出てきたのは、そんな言葉。

 ……別に、礼を言われたくてやった訳ではない。あれは俺が後悔しないためにやっただけだから。

 だから、俺が返す言葉は決まっているんだけれど。

 

「ん~……あれは俺が勝手にやった事だから、お前が気にする必要はないよ」

 

 そう、所詮は俺自身の自己満足の為に手を出した事。……とは言え、やはりそれでも、感謝してもらえるのは嬉しいもんだ。

 だけど、一抹の不安もある。このタイミングで南天神の亡霊達を倒してしまったことによって、より悪い方向へ流れてしまうのではないか、なんて不安。

 そう思った所で、左肩に座るレーメの手に力が入るのが感じられた。

 

(……ユウ。その不安は、普通に生きていく上では当然のもの。である以上、それは当然として受け止めて、そのままでいけば救われなかった者が救われた、と言う事を誇るべきだぞ)

(マスターは少々、悪い方向へ考えるきらいがありますから。……慎重である事は大事ですが、時にはレーメの様に、何も考えずに突っ走るのも良いのではないでしょうか?)

(そうそう……ってなんだとー!?)

 

 そんな二人のやり取りに思わず噴出しそうになり、慌てて居住まいを正しながら、念話でありがとう、と告げておく。

 

「そう言うわけにもいかないわよ。故郷の妹のみならず、私の命まで救ってもらったのだもの。……とりあえず、裸に剥いて押し倒した事は水に流してあげる」

「……祐」

「……祐さん」

「……あんた、なにやってんのよ?」

 

 そんなエヴォリアの……具体的に言うならば後半の台詞に、周囲の体感温度が若干下がった気がする。

 けど、あの場はああするのがお約束だったんだ、とも思うわけですよ。いや、何のお約束よって言われても困るんだが。

 

「いやほら、エヴォリアに話を聴いてもらう為に必要な事だったんだよ。無力化しないといけなかったしな」

 

 エヴォリアの武器が腕輪型である事から、弾いて手放させるって訳にもいかなかったしな。まさか腕を切り落とすわけにもいくまい。

 そう続けると、実際にその場で見ていたナーヤがなるほど、と頷き、

 

「……ふむふむ。で、実際の所はどうなのじゃ?」

「そりゃあ、楽しみ半分?」

「……はぁ、おぬしと言う奴は……」

 

 そんなやりとりをナーヤとしていると、「あ、それと」といいつつ、エヴォリアがとんっと身体を寄せてきた。

 油断していた。

 敵意も害意も無い故に、スルリと懐に入られてしまったことに一瞬焦りを浮かべた俺に対し、彼女が行ったのは、この場においてある意味ではテロ行為と言っても過言ではない、一種の隙を突いた強襲。

 

「ん? 何……んむぅ!?」

 

 視界いっぱいに広がるエヴォリアの顔。唇に柔らかな感触。甘い匂い。

 胸板に感じる押し付けられた柔らかな感触は確実に俺の動きを封じ、その的確な口撃(こうげき)は俺から逃亡の意志を奪っていく。当然だ。こんなご褒美(すばらしいもの)を無理矢理引き剥がす様なそんな勿体無い事ができるはずがないじゃないか。

 

「あー!?」

「……んぅ……ちゅ……ん…………」

「なっ……なななななな何してるのよ!」

「……ぷはっ……何って……お礼? これじゃあ足りないって言うのなら……ふふっ、まぁ、これ以上も(やぶさ)かではないけれど、今はお預けかしら。それじゃ、また逢いましょう」

 

 ゼゥの言葉にクスリと妖艶な笑みを浮かべて、空間に溶ける様に消えていくエヴォリア……ってちょっと待てえ!

 

「って、おまっ、ちょ! さり気にすげえ爆弾置いていくんじゃねえ!」

「……マスター……」

「むぅ……」

 

 その申し出はすごく嬉しいんだけど。なんて思ってしまった為に、ナナシとレーメにじとっとした声が耳元で響く。俺も男だもの。仕方ないじゃない。

 

「……うわぁ……」

「……すごいのみちゃいました」

 

 ってユーフィー。さっきまで眠そうだったのに、そんな興味津々! って眼で見るんじゃありません。

 いやまあ周囲の若干冷たい視線よりも良いっちゃ良いんだが。……いや良くない。どっちも。

 

「……青道君、そう言うのは皆の目の無いところでやってほしいわ」

「いや、そう言うけど、別に今の俺悪くなくねえ?」

「まあ確かにねぇ。……で、実際のところどうだった?」

「すっげえ気持ちよかった……ってヤツィータ!」

「あらあら」

「……よし、祐。とりあえず一発殴らせろ」

「お断りだ!」

 

 何だろう。結局最後はグダグダだ。勘弁してくれ。


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