永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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53.未来の世界、初戦。

 ものべーから離れてしばし、スラムの中をシティへ向けて進軍する俺達。そんな俺達を迎撃するために、ミニオンのような姿の兵士達が立ち塞がる。この世界のこいつらを何と呼ぶのかは流石に覚えていないので、見た目もそっくりだし便宜上ミニオンと呼んでおく。

 そして、それに混ざるように時折襲い掛かってくるのは、スラムの住人達。

 

「…………」

 

 気合の声を上げるでも、怒号や雄叫びを上げるでもなく、ただ淡々と襲いかかってきた住人の、振るわれた武器をミゥは『皓白』で受け止める。

 その顔は苦しそうで──否、事実苦しいのだろう。無論肉体的にではなく、精神……心、が。

 実際、ミゥを始めとしてクリストの皆の動きには、いつもと違い精彩が欠けているように見える。彼女達の心境を考えるなら、それも無理も無いとは思うが。

 「数の暴力」なんて言葉があるが、実際集団と言うのは脅威だ。それは、互いの実力の差が小さくなればなるほどにそうなのは、言うまでも無いだろう。

 つまりは──

 

「ミゥっ!!」

 

 住人の攻撃を受け止めた際に、一瞬動きを止めてしまったミゥの隙を突き、背後からミニオンが接近するのが見えた。

 咄嗟に駆け出して彼女と敵の間に割り込み、その振るわれた剣を剣状の『観望』で受け止め、そのまま剣を逸らし、空いた胴に斬り付け、蹴り飛ばす。

 その間に住人を無力化したらしいミゥと、背中合わせに立ったところで、彼女から声が掛かった。

 

「あ……ありがとうございます、祐さん」

「礼はいいよ。それよりミゥ……いや、ミゥだけじゃない、皆も」

 

 そう声を掛けると、周囲で戦っていたルゥ達が、敵を牽制しながらこちらに注意を向けた。

 恐らく──俺の予想に過ぎないけれど彼女達は、俺達に対して襲い掛かってくるこの世界の住人達に、自分達の姿を重ねてしまっているのではないだろうか。

 思えば、彼女達が「戦う」と言ったときの理由も……暁のためではなく俺のためにと言ってくれた事も、言い換えれば、より親しいもののためとしなければ、戦う決心がつかないからとも言えるんじゃないか。

 

「……戦えないんなら……無理はするな。下がっていてくれていい」

 

 戦うと言ってくれた彼女達にかける言葉ではないのは解っている。侮辱されたと思うだろうか。けど……それでも、彼女達が不必要な“傷”を負うよりはずっといい。

 けれど彼女達は、怒るでも、ましてや頷くでもなく。

 ただ一度、目を閉じ、小さく深呼吸をして。

 

「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」

「ああ……すまなかった、祐。……君の為に戦う、などと言って、君に心配をかけたのでは意味が無いな。……全く、我が事ながら不甲斐ない」

 

 ミゥに続いて言ったルゥの言葉に続き、ゼゥやポゥ、ワゥも頷いていた。

 一方で俺は、何というか、こちらの意を汲んでくれた事が嬉しくて「気にするな」と返す。

 ……とは言え俺としては、どちらにしろ彼女達に負担をかけさせたくないのは変わらないわけで。やはりこういったやり取りの中で思うのは、どう考えても、この世界は彼女達にとって重すぎると言うこと。

 だからせめて俺に出来る事を……敵はなるべく俺が倒すことで、その負担を、少しでも軽くしてやりたいと思う。

 そうしてミゥ達のことを思い、そして改めて周囲の様子を見回すと、言いようの無い腹立たしさと言うか、やりきれなさが込み上げて来る。

 

(……ナナシ、レーメ、行けるか?)

(……問題ありません、が…………はぁ。まあ、もう何も言いません)

(まったくだ。とは言え、せめて後の事は考えて、余力は残しておくようにな)

 

 呆れつつもしっかりと応えてくれる二人に感謝だな。

 念話で「ありがとう」と言いつつ、周囲をぐるりと見渡し、ポイントを見定め──でかい目印に目を付けた。……身に音の壁の向こうに聳える、優にこちらの身長の三倍はあるであろう巨体。……青きドラゴンの様な、その姿──守護者(ガーディアン)だ。

 この世界に来た時に、スバル達からああいったドラゴンは、『シチズン』──スラムではなくシティに住む人達──を守るために存在していると言う説明を受けた。

 実際はこうやって、侵入者を排除するための機構であるのだが……恐らく、『シチズン』を守るため、と言うのも事実であったのだろう。

 つまりは、かつて『シチズン』を守るために存在していた守護者を、今は防衛に使用しているということだ。

 そしてそれはすなわち、この兵力は──少なくともあの守護者は、元々はこの世界の住人に対するために創られたってことなわけで。

 「この世界を守る」。そのために使えるものは使うってことなんだろうが……目の前に見える敵の群れを見れば見るほどに、俺はこの世界がますます嫌いになる。

 だってそうだろう? この世界が今の状況になっているのは、この世界から『マナ』が枯渇したからだ。だと言うのに……あのドラゴンも、周りのミニオンも、須らく『マナ存在』なのだから。

 以前『精霊の世界』で、ロドヴィゴさん達に説明したように、マナとは『命』が産まれるための、根源的なエネルギーだ。

 なのに、これだけの……いや、これ以上の量のマナ存在を創ってなんているから。

 

「……祐?」

 

 俺の雰囲気から何かを察したか、声を掛けてきたルゥの頭をぽんと撫でる。……高さ的に丁度良いんだよな、彼女達の頭って。

 

「ここは任せろ」

 

 そう言うと、ミゥもルゥも、やり取りの間に近くに集まっていた他の3人もまた、一瞬きょとんとした顔で俺を見てきた。

 その間に、俺は奥に見える守護者に向けて駆け出した。

 クリスト達──否、他の誰よりも前へ。その間に一通りの補助アーツを掛け終え、敵の只中へと突っ込む。激情の赴くままに、前へ前へ。

 

「なっ! おい、祐!」

「青道君!?」

 

 通り過ぎ様に、ソルラスカと斑鳩の声が聞こえたが、止まることなく突き進む。悪いな、ここは好きにやらせてもらうさ。

 突如飛び出した俺に反応し、ミニオン達が群がってくる。……となると、あたり一面敵だらけなんだが、今の俺には、恐怖よりも苛立ちの方が勝っていた。

 本当に……よくもまあコレだけの量を創ったもんだよ、まったく!

 

「……こんなんだから、マナが枯渇するんだろうが!!」

 

 振り下ろされる剣を、突き込まれる槍を、注ぎ込まれる炎を……四方八方から叩き込まれる攻撃を、アーツによって拡大された思考力と、『観望』を駆使した『見切り』でわずかな穴へ飛び込み、いなし、かわし、防ぎながら斬り付ける。

 多少の傷に怯むな。“点”ではなく“面”で見ろ。思考を、動きを止めるな。

 ただ前へ前へ前へ!

 そして──突き進んだその先に、

 

「グルアアアァァァァァアアアア!!!」

 

 轟く雷鳴の様な咆哮と共に、動き出す青き巨体。

 

「マスター、範囲に捕らえました!」

 

 その直後に発せられた、待っていたナナシの合図を受け、

 

「やれ、レーメ!」

 

 力ある言葉は、紡がれる。

 

 

 

             ◇◆◇

 

 

 

 それはまるで、“舞い”の様であった。

 決して流麗ではない。戦いを続けた先に磨き上げた、けれど未だ荒削りな、それでも何処か惹きつけられる、剣の舞。

 剣の世界を初めとして、精霊の世界、魔法の世界と、祐がクリストの巫女達以外と戦場を共にした機会は然程多くは無い。それ故に沙月は、彼が突如敵に単機で突貫した事に驚きはしたが、それ以上に、彼の戦う姿に驚き、後に続く機を逃した。否、それは沙月のみならず、他の皆も同様であったが。

 

「……いつの間に、ここまで……」

 

 そんな言葉が、敵の只中で、被弾はすれども致命傷は喰らうことなく、縦横無尽に振るわれる攻撃を捌きいなし続ける祐の姿に漏れる。

 

「……本当に、相変わらず恐ろしいまでの成長速度ですね」

 

 そんな声に振り向くと、そこには同じく、その“舞い”を見るカティマの姿。

 その言葉に「まったくね」と頷きながら、沙月は軽く頬を叩き、前を見据え、己が神剣『光輝』を構える。

 今でこそ祐が最も接する機会が多くなっているが、彼が来るまではクリストの巫女達と最も接していたのは沙月であった。だからこそ、彼女もこの世界に来てから、クリスト達の様子は注視していたし、この戦いが始まってから、彼がクリストの皆を気にしていたのも解っていた。そして先程の叫び。彼がこの世界の有り様に激昂している、と言う事も。

 とはいえ、それとこれとは話が別、と、沙月は小さく溜息を吐いた。

 

「けど、一人で突っ込むなんて無茶しすぎよ。……行きましょうか」

「はい」

 

 同じく、神剣『心神』を構えたカティマが頷き返した、その時。

 

「グルアアアァァァァァアアアア!!!」

「っ! まずい、急ぐわよ!」

「待て、沙月!」

「ちょっ! ソル、何よ!?」

 

 遠方にいるにも関わらず鼓膜を震わせる咆哮と共に、青き龍がその巨体に似合わぬ速度で祐へと迫るのが見え、急ぎ援護に向かおうとした彼女達を、ソルラスカが制止した。

 ──それは言うなれば“野生の勘”とでも言えば良いだろうか。そう、まるで大災害が起こる前に、野生動物が逃げ出すような、そんな感覚。

 彼と同じ“感覚”を覚えたのは、ルプトナとワゥ。彼女達もまた、彼と同じ様に援護に向かおうとしたサレス達を留めていた。

 そしてそれを裏付ける様に、次の瞬間、それは放たれた。

 

「揺らぎ、震えよ……『タイタニックロア』」

 

 祐のレーメの声が響き、一瞬の空白を経て──彼を中心に、世界が震撼した。

 

 

 

             ◇◆◇

 

 

 

 まるで見えない境界線が引かれているかの様に、俺の周囲──斑鳩達の立つ位置より先の大地“のみ”が激震を起こす。

 そしてその衝撃は揺れのみに留まらず、大地を破砕し、飛礫を巻き起こし、ミニオン達を初めとする、俺の周囲に居る敵性存在を蹂躙する。

 空を見やる。

 そこには、タイタニックロアの影響から逃れるように、その巨大な翼をはためかせる守護者の姿。

 ──逃がすものか。

 アーツの効果が切れる前に、オーブメントに填められたクォーツを交換する。無理矢理な使用法だが、仕方ない。

 本来ならばクォーツに合わせた調整が必要なその行為は、ナナシの力によって瞬時に填められたクォーツに合わせたセッティングへ調整され、クォーツから導力を引き出す。

 

「大気の奔流に呑まれて果てろ! 『グランストリーム』!!」

 

 俺の発した声に続いて、タイタニックロアの激震が治まった直後に巻き起こる暴風。

 大気を切り裂く風の刃。巨大な気流の檻は、タイタニックロアによって巻き起こされた瓦礫を巻き込み、その暴風の檻へ囚われた者達を容赦なく打ち付け、空へ逃れていた守護者をも、大地に叩き落す。

 そしてグランストリームの奔流が静まるタイミングに合わせ、三度紡がれる、大規模攻撃アーツ。

 

「『コキュートス』」

 

 ナナシによって放たれたそれは、周囲の温度を瞬時に奪い取り、大地を凍らせ、幾本もの氷柱を突き上げ、地に叩き落した守護者を縫いとめる。

 ……すべてのアーツの効果が晴れた時、そこにあったのは、立ち上るマナの霧と、その機械の身体を大破させられた住人達と、満身創痍の守護者の姿。

 その守護者へ止めを刺そうと、一歩踏み出した時だった。

 

「ゴァァァァアアアアア!!」

 

 苦悶の声にも似た咆哮と共に、その口を大きく開けた青き龍は、その姿に恥じぬものを吐き出す。

 ──ブレス!

 

「まずっ!」

 

 咄嗟に張った障壁。と、その時俺の左右へ躍り出る影。

 

「って……ルゥに、ユーフィー?」

 

 そして重ねられるマナのブロック。それは守護者のブレスを防ぎきり──それを張った二人は、ふっと笑い合うと、守護者との距離を一気に詰め、次の瞬間には斬り伏せていた。

 何か最後の美味しいところを持っていかれた気分だが……まあいいか。

 ……っつーか、あのアーツの中を抜けてきたのかよ。

 そう言うと、何を当たり前な事を、と笑うルゥ。

 

「……第一、君の魔法が我々を傷つける訳が無いだろう?」

 

 いやまあ、確かにそうかもしれないけど……絶対にそうだ、とは言えないんだけどな。

 ガリガリと頭を掻きつつ……まったく、敵わんなぁと、小さく溜息を吐いた俺の元へ、他の皆も集まってくる。

 ……とりあえず前哨戦は終わりか。……まだまだ先は長い。頑張らないと、な。

 

 ……ちなみに、「一人で突っ込むなんて何考えてるのよ!」と、斑鳩に殴られたのは言うまでもない。


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