永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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4.幻想と、現実。

 夕方──

 訓練も終え、食事も終わり、校内をぶらぶら散歩している時だった。

 ちなみに、食料調達に出ていた世刻達は、大猪──背丈が優に世刻達と同じ程の大きさだったとか──を獲ってきていた。なかなか大変だったらしい。

 

(ユウ! ものべーの外に魔力反応、恐らくはミニオンだ!)

 

 レーメの突然の念話。それに続いて窓から見えた、斑鳩に世刻、永峰の神剣組三人が駆けていく姿。

 同じように彼らの姿を見た、俺の近くにいた生徒達がざわざわとざわめく。

 ……それも無理もないか。皆にとって、この学園がミニオンに襲われてからまだそれほど時間も経っていないんだから。

 事実周囲からは「何があったんだ」とか「大丈夫なのか」とか、不安の声が聞こえてくる。

 そんな周囲の様子に、仕方ない、フォローしておくかと声を上げようとした、その時、俺の背筋をいやな予感が駆け抜けた。

 何だと思う間もなく、窓の外を見ていた女生徒の一人が、叫び声を上げ、

 

「お、おい、あれ!」

「やべーぞ!!」

 

 続いてそんな慌てる声が各所から上がり、彼等が示す方を見てみると、そこに見えたのは一つの人影。

 その手には抜き身の剣。遠目にも解る青い髪。そこに居たのは、どうやって入り込んだのか──一人の、青ミニオンだった。

 ……っていうか、何でこの時点で侵入されてんだよ! 俺が増えた分、敵も増やそうとでも言う歴史の辻褄合わせとでも言うのか?

 そんな想いが心に過ぎる。

 その間にもミニオンは、周囲の様子を観察するように、ゆっくりと校舎に近づいてくる。

 ……斑鳩たちは出て行ったばかり。戻るまでには、まだかかるだろう。

 生徒達はまるで、動いたら殺されるとでも言うように、誰一人物音を立てずに震えている。……このままじゃ、まずい。やるしか、ないか。

 俺は周囲を刺激しないよう、ゆっくりとその場を離れ、その後は急いで正面玄関へと向かう。心臓が早鐘を打ち、喉がひりひりする。……俺にやれるのか? そんな疑問が頭に過ぎるが、首を振ってそれを追い出す。やれるか、じゃない、やるしかないんだ。

 そして俺が着いたときには、既にミニオンは正面玄関から50メートルほどの所まで来ていた。

 そしてその前には、尻餅をついた1人の女生徒。

 腰でも抜かしているのか、立ち上がる事もできずに後ずさる事しかできない彼女に、ミニオンは剣を振り上げながらゆっくりと近づいて──。

 

「や、め、ろおおおおおおおおおおお!!!」

 

 救いを求めるように振り返った女生徒と視線があった、瞬間、俺は制止する周囲の声を振り切り、ミニオンの前に飛び出した。

 永遠神剣すら“持たずに”ミニオンと対峙する。その意味を考えることすらなく。

 間違いなく今の俺では、肉弾戦ではダメージは与えられない。

 だったら!

 

(ナナシ、レーメ、サポート頼む!)

(イエス、マスター!)

(うむ!)

 

 直後、俺を敵と認識したか、女生徒からこちらに視線を向けたミニオンに対し、俺はアーツを発動させるべく、オーブメントを起動させる。

 オーブメントはナナシの力でその駆動率を最大限まで上昇させ、オーバルアーツはレーメの力で、発動までの時間を最小限まで短縮される。

 アーツを選択。対象は自分。

 

「『クロックアップ』!」

 

 紡がれる俺の言葉と同時に、周囲の時間が遅くなった。いや、正確に言うなれば、俺の思考速度が上昇したためにそう感じるのだが。

 続いて次のアーツを想定しつつ、放たれる斬撃の角度を予想。

 今の俺の身体能力じゃ、振るわれてからじゃ遅い。剣の軌跡を予測しなければ躱せない。

 ミニオンが剣を振りかぶる。角度から見て、恐らくは袈裟斬り。

 その剣が振るわれる直前に、俺は身体を投げ出すように左へ。その直後、眼前を過ぎる剣の軌跡。

 アーツを練習するにあたって、常に意識し続けたのはこの、“アーツを使いながら行動する”ということだった。ゲームのようにアーツを使おうとするたびに行動が止まっていたのでは、殺してくださいと言っているようなものだからだ。

 けど、ハッキリ言ってこれがまたキツイ。

 アーツを使う場合に必要なのが、“使いたいアーツを明確にイメージする”ことだ。つまり、使用したいアーツを選択し、それを何処に、もしくは誰に使うかを想定し、その効果を想像する。

 つまりは、そのアーツを使う事に集中しなければいけないわけだ。これは、いくらオーブメントの補助があったとしても、他の事を行いながらと言うのはまず無理だ。実際今俺がそれを出来ているのは、偏にナナシとレーメのサポート、そして『完全記憶能力』のお陰に他ならないんだし。

 

「『シルフェンガード』!」

 

 その言葉と共に、風の防護壁が俺の身体にまとわりつくように生れ、敵の動きを阻害しつつ、己の動きを加速させる。

 それでようやくほぼ互角……より劣っているけど、何とかついていける程度の動き……ったく、永遠神剣の加護ってやつが羨ましくなる。

 横薙ぎ、袈裟斬り、逆袈裟と、幾度も振るわれる剣を避ける度、制服にいくつも傷が出来ていく。そのどれも完全に躱すには至らず、身体にもいくつも小さな切り傷が増えて来た。

 ……まずいな、このままじゃジリ貧だ。痛みで集中力もそのうち切れるだろうし、と思いながらも、下から振り上げられる剣を何とか躱した時だ。

 俺がちょこまかと躱すからか、大振りの攻撃によってがら空きになった敵の胴体が見え、反射的にそこを思い切り蹴り飛ばして彼我の距離を稼ぐ。

 敵の攻撃を避けながらもジリジリと校舎から離れていたおかげか、近くに先ほどの生徒は居ない。それを認識し、すぐ次のアーツに移る。

 アーツを選択、対象は相手に固定。

 

「『ソウルブラー』!!」

 

 敵の周囲の空間を強烈に振動させ、衝撃を与えるアーツだ。あわよくば気絶効果も付随するという、使い勝手のいいアーツ……なんだけど、ミニオンはそれを耐え切った様で、再び剣を構えてこちらに向かってこようとした。

 

(レーメ!もう一度いけるか!?)

(まかせろ!)

 

 アーツの練習の最中に気づいたのだが、俺とリンクしているレーメもまた、やろうと思えばアーツを放てる事が判った。そして、俺が準発動段階までもっていったものをレーメが、レーメが準発動段階までもっていったものを俺が代わりに発動する事もできる。これは大きな収穫だった。言ってしまえば間髪入れずに2発放てるって事なんだから。

 ……最も、今のレーメは主に俺に対する補助にその大半の能力を割いているので、簡単なものしか使えないのだが。要するに俺が強くならないかんと言うわけだ。……頑張ろう。

 

「ってわけで!『ソウルブラー』!」

「クッ……『アイスバニッシャー』!」

 

 まずい!

 俺のアーツに合わせる様に発された、青ミニオンの言葉にドキリとする。

 だが、その『敵の魔法を打ち消す効果を持った神剣魔法』は、その能力を発揮することは無く、不発に終わる。

 その結果に、「もしかして」と言う考えが浮かぶが、まさかこいつを使って実験をするわけにも行かないので、とりあえず頭の片隅に入れておく。

 

「……なんっ……!」

 

 バニッシュが失敗したことに対してか、敵の驚愕する声が聴こえた直後、それをかき消す様に先程と同じ、空間を震わす音が鳴り響いた。

 その直後、ふらりとしてその場に膝を着くミニオン。

 その隙を逃すわけにはいかない。

 『ソウルブラー』の後、すぐに次のアーツの起動に入っていた俺は、ミニオンが体制を立て直す前にそれを撃ち放った。

 

「『ブルーアセンション』!」

 

 俺の言葉に応え、ミニオンの全身を水球が包む。

 水球は周囲の大気から水分を吸収しつつも急速に圧縮され、その密度が臨界に達した瞬間、爆発を起こした。

 そして後に残ったのは、満身創痍ながらも何とか立ち上がろうとするミニオンの姿で──

 

(レーメ!)

(行けるぞ!)

 

 何も言わずとも追撃の一手を用意していたレーメに内心感謝しつつ、俺は右手をミニオンへと向けて、これで決まってくれと念じながらその一撃を撃ち出した。

 

「『ファイアボルト』!!」

 

 放たれた炎弾は、よろよろと立ち上がった直後のミニオンへと着弾。小規模の爆発を巻き起こしてミニオンを吹き飛ばす。

 地面を数度転がったミニオンは、今度こそ起き上がることなくその身を金色の煙──マナへと還して消えていく。

 ……終った、のか?

 そう気を抜いた瞬間、それは聴こえてしまった。

 

 

「……死に……た……無……」

 

 

 断末魔の一声。

 ……それを聴いた瞬間、愕然とした。

 そして思い知る。創られた存在のミニオンとはいえ、それでも相手もまた『生きて』いるんだって。そこにある『命』は、本当に現実(ほんもの)なんだって事を。

 ああそうか、初めて『人』を『殺した』んだな、俺は。

 

(……マスター……)

(ユウ……)

 

 ナナシとレーメの気遣わしげな声が聴こえ、俺は一度深呼吸をすると、小さく頭を振った。

 しっかりしろ、青道祐。これはお前が選んだ道だ。

 

(……うん、大丈夫。ただちょっと、思い知っただけだから)

 

 その時、両頬を優しく撫でられる感触がして……姿を見せられなくても、俺の事を気遣ってくれる二人に、少し気が楽になった。

 

(……ありがとう、二人共。俺さ、なまじ前世の記憶なんてもん持ってるせいなのかな。きっと舐めてたんだと思う。ここは所詮ゲームの世界なんだって)

 

 そう、所詮はゲームの世界。そして俺は元プレイヤーだから……だから大丈夫なんだって、根拠の無い自信。

 

(けど、思い知った。……いや、思い知らされたよ。敵を……殺すって言う事の重さを)

 

 そう、この世界に産まれ、生きて、存在している以上、俺に……いや、誰にとっても、この世界は紛れも無い『現実』なんだ。

 きっと、今の相手がミニオンだったから、死体が残らないだけまだマシなんだろう。

 今でも結構我慢してるんだが、これで殺した相手の死体が残っていたら、俺はきっとここに汚物を撒き散らしていたに違いない。

 けど、後悔はしない。そうだ、胸を張れ。

 俺は学園の生徒達を守るために、ミニオンを殺した。その事実を受け入れろ。

 

(……後悔していますか? 転生した事を)

(……フィア?)

 

 その時だった、箱舟の中に居るフィアの声が聴こえたのは。

 それは酷く不安そうで、ひどく辛そうな声で。

 

(……恨みますか? こうなる原因を作った私を)

 

 ……全く、何を思いつめてるんだか。思わず、苦笑が漏れた。

 

(馬鹿、ソレに関しては、俺はお前に無茶言って十分お返しはされただろ。恨んでなんかいないよ。……それに、『マンガやゲームの世界に転生したい』なんて言ったのは俺だ。だから、例えこの先何かあったとしても、その原因は俺にある。フィアが気に病む必要なんてない)

(でも……)

(だから、ありがとう、フィア。……それと……まぁ、こんな情けない奴だけど、これからも支えてくれると助かるよ)

 

 それでも何かを言い募ろうとしたフィアの言葉を遮ぎるように言うと、何かを考えているのだろうか、若干の間が空いた。

 そのまま彼女の言葉を待った後に返ってきた返事は、

 

(……はいっ!)

 

 悪くない響きだったと、思っている。

 ……そんなやり取りに──念話に集中していたから、気づかなかったんだ。

 

「……青道君?」

 

 その訝しげな声に慌てて振り向くと、そこには俺の事を驚いた顔で見ている神剣組の三人の姿があって──背中が粟立つような感覚に再度振り返れば、校舎から遠巻きに俺を見る、無数の視線があった。

 そう、それはまるで、得体の知れないものを見るような──。


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