永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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未来の世界
48.到着、未来の世界。


「くおおおおぉぉぉぉぉぉん」

 

 次なる世界に到着した合図である、ものべーの鳴き声が響き渡る。

 ものべーは自分の力で自分の周囲に太陽と月を──昼と夜を作り出せる神獣だ。とは言えそれは世界外……時間樹を移動している時の、昼も夜も無い空間を移動する時の事。

 今見える空は暗く、だが星は見えず、月だけが輝く星空。──そう、俺達のよく知る、人工の光に星の光がかき消された夜空だ。……暁には触り程度の話──『俺達の世界』から、そのまま発展した様な雰囲気の世界だと──しか聞いて居なかったので、『浄戒』があるのが“原作”と同じ『未来の世界』であるのかどうか不安な部分もあったが……きっと、間違いは無いだろう。

 ……となると待ち受けるのはショウとスバル、そしてセントラル、か。

 そんな事を考えながら、召集された校長室へ入ると、他の皆はもう既に集まっていて、どうやら俺が最後のようだった。

 

「悪い、待たせた」

「いや。さて、祐も来た事だし、降りる前にこの世界の事を聞いておきたい。少なくとも我々旅団は、この世界の事を何も知らないからな」

 

 俺から視線を外し、サレスはそう暁に問いかける。『浄戒』を使うことを提案したのは俺だが、この世界の座標を伝えて導いたのは暁だからだ。

 サレスの言葉を聞いて考えるのは、問題はどうやって『浄戒』を手に入れるか、だな。

 『浄戒』がどう使われているのかは解っている。3分割されて、スバルとショウの力のブースターに2つ、世界の維持に1つが使われている。

 だからと言って、「くれ」と言ってくれる訳も無し……下手をすれば、敵対し、倒して奪わなければならなくなる。そう、ショウのみならず、スバルもだ。

 やはり必要となるのはスバルの説得。出来れば、ショウとも戦わずに済めば重畳なんだが……流石にそこまで上手くは行かないだろうなぁ……。

 そう考えた所で、不意に、思い至ってしまった。

 ──そうか、『浄戒』が世界の維持に使われているって事は。

 

「…………そうだな。始めに言っておくと、この世界は既に滅んでいる。……いや、正確に言うならば、滅んだ世界を滅ぶ直前へと巻き戻し、その一日で止まっている、と言うべきか」

「滅んで……って……どう言う事だ……?」

「そのままの意味さ。世界に満ちるマナを使い果たし、滅ぶ直前の世界。その一日を……一日に満たぬ時間を、『浄戒』の力により延々と繰り返し続ける事によって、滅びを回避している、歪んだ世界さ」

 

 その暁の言葉で気付いたのだろう。愕然とした表情の世刻が、ぽつりと呟く。

 

「…………じゃあ……『浄戒』を手に入れるって事は…………」

「この世界に、止めを刺すって事だ」

 

 世刻の言葉に続けるように言うと、皆の視線がこちらに向く。皆の視線が、突き刺さると感じるのは、俺の心境によるものか。

 ……けど、これでいい。誰でもない、俺が世刻に『浄戒』を手に入れるように促したんだ。

 

「……先輩は、このことを……?」

「ああ、知っていた。知っていて、俺はこの方法を示した」

「……そう、ですか」

 

 なればこそ、受け止めねばならない。彼に何をどう思われようと。

 世界一つに止めを刺す、と言う行為による負担を、俺を恨む事で少しでも和らげられると言うのなら。

 シンとした沈黙。

 一瞬の間を置いて、「まあ兎に角」と、暁のナナシがそれを破る。

 

「色々と言いたい事もあるでしょうが、そうですね……一週間、とは言いません。せいぜい、4、5日程度でしょうか。この世界を肌で感じてみてください。恐らくそれで……マスターが“歪んだ世界”と言った意味が解るでしょう」

 

 言いたいことがあるならば、その時に、と締めたナナシの言葉を受け、サレスが降りるメンバーを考え、

 

「……そうだな。では、まずは望に行って貰うとして……」

「望君が行くのなら、私達も」

 

 そう声を上げたのは斑鳩と永峰。それに続いてルプトナやカティマ、ナーヤも行こうとしている雰囲気が感じられたが、その前に声を上げたのは、ミゥだった。

 

「……では、今回は私も行かせて貰います」

「ミゥ姉様が行くのでしたら、私も」

 

 ミゥに続いてゼゥが名乗り出た。彼女達の視線が、ひたと俺を射抜いているのを感じる。……やはり彼女達にとって、さっきの俺の「滅びそうな世界に止めを刺す」って言葉は、捨て置く事は出来なかったか。

 ……目的を達するにはそれしかなかろうがどうだろうが、『浄戒』を奪う事によって、この世界に止めを刺す事には変わりはない。否、世刻に止めを刺させる、と言う事には……か。

 ……正直に言えば、俺はこの世界が……既に滅んだ世界を、ただひたすらに一日を繰り返し続け、無理矢理に維持させているこの世界が、正しいかどうかなんて解らない。

 ……いや、正しいとも、間違っているとも、俺が言っていいことじゃないのだろう。この世界に住んでいるわけじゃない。滅びを目にした訳でも無い。……己の世界を、滅ぼされた事がある訳でも無い俺が。

 だから、俺に出来る事はただ待つことだけだ。『浄戒』を手に入れることによって、この世界に止めを刺す役目を負う世刻が、かつて自分達の住む世界を他者に滅ぼされたことのあるミゥ達が、どんな結論を出すか。

 怖くないと言えば嘘になる。今まで築き上げてきた信頼関係が壊れるかもしれないんだから。けど、あの時──体育館の光景を見たときに思ったことは……あの光景を作り出せたことは間違ってないって思うから。だから、大丈夫。俺は、受け止められる。どんな結果だって受け止めて見せる。

 サレスはもう一度「ふむ」と考え出す。と、不意に俺の方へと顔を向けてきた。その表情は、「どうする?」と言っている様だが……今回は止めておく、と、首を横に振って返した。

 その直後、ミゥとゼゥが俺の前にやってきて、「少し、いいですか?」と声を掛けて来た。

 

「私達にとって、やはり『滅びそうな世界に止めを刺す』と言うのは、簡単には受け入れられそうもありません」

 

 表情を固くしてそう言うミゥに「だろうな」と返すと、彼女は「けど……」と小さく頭を振って言葉を続ける。

 

「それと同じぐらいに、祐さんが何の考えも無しにそんな提案をするとも、思えないんです。貴方は『精霊の世界』で、あの世界を守るために全霊を掛けて戦った。私達の意を汲んで、共にスールードと戦ってくれた。そんな、祐さんが……」

「ミゥ……」

「だから私達は、自分達の目で見てくるわ。この世界がどんな世界なのか。この世界が抱える“歪み”がどんなものなのかを」

 

 ミゥの後を次ぐゼゥの言葉に「ああ」と頷き、ミゥ達が世刻達の方へと向かったところで、サレスが降りるメンバーにソルラスカを指名する声に続き、「あ、あたしも行きます!」と言うユーフィーの声が聞こえた。

 

「解った、ユーフォリア……以上のメンバーで頼む。他は警戒しながら待機だ。それと望、なるべく『浄戒』の名は出さない様に」

「……解った」

 

 ユーフィーも行くのか……と少し驚く。と同時に、ふと、そういえばこの世界にも“アレ”が居ただろうかと思った。

 ……もし居るのであれば──居て、それが彼女と面識があるのであれば、ユーフィーには行ってもらうわけにはいかない。下手をすれば──降りたその先で、エターナル同士の戦いになりかねない。そう、例え相手が神名から逃れるための“欠片”であったとしても、その能力──マナを、全てを喰らうと言う能力は馬鹿に出来ない。

 

「ユーフィー、ちょっといいか?」

「? はい」

 

 小首をかしげながらこちらに近づいてくる彼女。

 

「……単刀直入に訊くけど、ユーフィーは、『最後の聖母』には会った事が?」

「ふぇ?」

 

 きょとんとした顔で声を漏らした後、「えーと、まさか」と、恐る恐る訊いて来るユーフィーに、「うん、そのまさか」と返す。

 

「『精霊の世界』で“欠片”を見た」

「……欠片……ですか?」

「ああ。『神名』から逃れるために、『神名』に影響されないレベルまで細分化してこの時間樹に侵入したようで、かなり多くの世界に散らばってるみたいだ。多分……だけど、この世界にも居ると思う」

 

 細分化しすぎて、侵入した世界に馴染んでしまった固体も居るみたいだけどな、と続けると、彼女はんーと考え込み、

 

「話しに聞いた事はありますけど、会った事は無いです。……はぁ……でもそれなら、できるだけ早めにトキミさんに連絡取れればいいんだけどなぁ……」

「……まあ、今はなるべく神剣や……ましてやエターナルである事は出さない方がいいだろうな」

「はい、気をつけますね」

 

 そう返事をした後、他の皆が待っているのに気がつき「それじゃ、いってきます!」と笑う彼女に、「いってらっしゃい」と手を振って見送った。

 地上に降りるメンバーが校長室を出て行った直後、それと入れ替わるようにルゥが近づいて来て、声を掛けてくる。

 

「祐、少しいいだろうか?」

「……ああ」

 

 「私達は外しますね」と言ってフィアの元へと移動したナナシ達へ礼を言って、先ほどのミゥ達と同じように、少し固い雰囲気の彼女と共に、校長室を後にした。

 

 

……

………

 

 

 ルゥについて歩く道中も、彼女と共に出た屋上においても、俺達は互いに無言だった。

 何も話す事が無い、と言う訳じゃなく、何を話して良いか解らない、と言う訳でもなく、どう話せば良いのか解らない、と言った感じだろうか。

 

「………………星、見えないのだな」

 

 どれぐらいそうしていただろうか、並んで壁にもたれて座り、空を見上げていたルゥがぽつりと言った。

 それに対し、「人工の光が強すぎるからな」と答えると、彼女は「そうか……」とだけ答える。

 

「……他に、方法は無いのか?」

「そうだな。……暁の神名にせよ、『浄戒』を得る手段にせよ、俺には他に思いつかなかった」

「……だろうな。他に方法があるのなら……きっと君なら、それを選ぶ」

 

 彼女はそう言うと立ち上がり、俺の前に回って覗き込む様に、見つめてくる。

 そして何かを言おうとしたとき──突如、ものべーが動いた。

 一瞬、バランスを崩すルゥ。

 咄嗟に手を伸ばし──。

 

「…………祐、少し、痛い」

 

 耳元で聴こえた言葉に、咄嗟に抱き止め──否、抱き締めていた腕から、少し力を抜くと、そのままキュッと、抱きつく様に首に腕を回された。

 

「先程ミゥとゼゥがきみに言ったことは、私達全員の総意だ。私達は自分達の目で見て、暁と、彼のナナシが言った“歪んだ世界”と言う意味を……この世界の在り様を判断しよう」

 

 そう言ってくれるルゥの言葉が、心から嬉しかった。

 

「だけど──本当は、少し怖い」

 

 ぽつりと言われたその声は、少しだけ震えていた。

 

「君が、いざとなれば、滅びようとしている世界を、簡単に切り捨てられる人間だ」

 

 ルゥの言葉が耳朶を叩く。けれど、そこには決して非難めいた色はなくて。

 

「──そんな風に……そんな事を思ってしまう自分が、怖い」

 

 彼女がそう思ってしまうのは致し方ないことは解るし、それに対して忌避を感じるようなことはない。

 ……ただ、悔しかった。彼女にそんな事を思わせてしまう自分の不甲斐無さが。

 

「気にしなくていいよ。解ってる。……ありがとう」

 

 けれど、こうして彼女達の想いを、ルゥが抱く不安を口にして、伝えてくれた。それがひたすらに嬉しく思う。


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