永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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47.一日だけの、学園祭。

 暁によると、『魔法の世界』から、『浄戒』のある『未来の世界』までは約一週間かかるらしい。

 ちなみに既に『未来の世界』の座標はものべーに入力済みだ。……残念ながら、暁のナナシがちびものべーを通じて直接ものべーに入力したため、永峰の“3回目”は無しである。……いや、よく考えたら、ナナシと永峰がってのは少々無理があるから、あるとしたら暁と永峰が、になっていたのか。……流石にそれはまずいだろう。3回目が無くてよかったな。

 次の世界でも恐らく戦いになるであろう。仮にならなくとも、いつ何があっても良いように、警戒はし続けれなければならない。そうなれば学園祭をやっている余裕もなくなってしまう、と言う事で、『第66回物部学園祭』は、次の世界に到着する直前である六日後に行われる事となり、そのため現在学園内のあちこちでは急ピッチで作業が進められている。

 学園祭案が持ち込まれてから開催まで時間が無いように思われるが、もともとものべーが離陸したのが準備途中の出来事であったことと、人数が本来の全校生徒よりも少ないため、規模自体も縮小して行われることから、間に合うであろうとの判断だ。

 もっとも、俺や斑鳩が属するクラスは、残っていた人数が少なすぎる──10人に満たないんだよ──為に、他クラスへの応援に回っているのだが。

 かく言う俺も、フィアと一緒に校内を回りながら手の足りない所を手伝っている。そんな折、体育館の前を通りがかった時だった。開け放たれていた扉から見えた中の様子にふと脚を止めた。

 そこにあった光景は、バスケに興じる斑鳩とルプトナ、そして世刻と暁の姿。どうやら今上げたコンビでチームに別れ、ゲームをしているようで、審判でもしているのだろう、楽しそうにその様子を見ている永峰もいる。

 

「あの光景を見ていると……彼を今の段階で仲間にできて、良かったって思いますね……」

「確かにな。……正直言うと、最初は本当に良かったのかって思わなくも無かったんだけど……フィアの言う通りだな。……出来るなら、あの光景がずっと続けば良いと思うよ」

 

 そう、例えそれが難しい事だと、解っていたとしても。

 その時、不意にこちらを見た永峰が、俺達に気付いたのか小さく会釈した。

 永峰に手を振って、邪魔しちゃ悪いしそろそろ行こうかと、踵を返そうとした時だ。永峰の横で試合の様子を眺めていたらしい、暁のナナシが、永峰の仕草でこちらに気付いたのか、僅かに逡巡する仕草を見せたあと、こちらに向かって飛んで来る。

 そして俺の前まで辿り着くと、しばし俺の顔をじっと見つめ──ぺこりと頭を下げる。

 

「ありがとうございます、青道祐」

 

 おもむろに礼を言ってきたナナシに、一体なんだと問いかけると、

 

「貴方が別の“道”を示してくれたお陰で、マスターのあんな姿が……二度と見ることは無いと思っていた光景を、見ることができましたから」

 

 そう言って頭を上げたナナシの顔に浮かんでいた笑顔はとても綺麗で──先程感じた想いが、もう一度、さっきよりも強く、心に浮かんだ。

 

 

……

………

 

 

 体育館での様子を見送ってしばし、手の足りなさそうな所を手伝いながら歩いていると、廊下の窓から外を見ているカティマとナーヤの姿があった。

 

「何見てるんだ、2人とも?」

「あ、祐。あの水の張ってある所は何ですか?」

 

 そう言ってカティマが指差したのは──ああ、プールか。

 2人に「あそこはプール。水泳の授業をするところだよ」と説明すると、ほぅ、と感心したような声を漏らすカティマと、途端に顔を青くするナーヤ。なんとも対照的な反応である。

 ちらりとナーヤを見ると、物凄い勢いでぶんぶんと首を横に振っていた。

 直ぐ側でそんな反応を見せられれば、当然の如くカティマも気付く。今度はカティマへ視線を向ければ、彼女はにっこりと微笑んでいた。

 

「なるほど、ナーヤは泳げないのですね? ……そうですね、祐。私たちの水着を用意できますか? ナーヤの泳ぎの特訓をしましょう!」

 

 そんなカティマの提案に対し、当然の如くナーヤは「嫌じゃー!」と声を上げる。

 その時だった。

 「あっ!」と言う声と共に、ダダダッと駆け寄ってくる足音。何だと思って振り向いたところで、俺の腹に突撃してくる一つの影。

 

「ユウーー!」

「ぐっふ……」

 

 鳩尾に頭が突き刺さった。……だから突撃してくるなっつーのに。

 

「こら、ワゥ! 走っちゃダメででしょう!」

 

 そんな事を言いながら、飛び込んできた影──ワゥ──に追いついてきたミゥ以下、クリストの皆。

 「何していたんですか?」と言うポゥの問いに、カティマとナーヤにプールの事を訊かれていたことを答える。

 

「そうですね、折角だから皆で行きませんか?」

 

 クリストの皆を見回したカティマがそんなことを口にすると、うんうんと乗り気な様子で頷くミゥ達。対して先程よりも激しく横に首を振るナーヤ。……なんつーか、だんだん可哀そうになってきた。

 仕方ないので退いてやるかと、カティマ達に「流石に全員の水着は無理だと思うぞ」と言うと、つい今しがたとは逆に、残念そうな表情を浮かべるカティマ達と、嬉しそうな表情を浮かべるナーヤ。

 コロコロと変わる彼女達の表情が何とも楽しい。

 

「そうだな。いつか──この一連の戦いが全部終わったら、皆で海にでも行こう」

「ま、それで我慢してあげるわ」

 

 俺の言葉に対するゼゥのその返事を締めにして、この場は解散になった。

 さて、それじゃあそろそろ行きますかね。……と、その前に。

 ナーヤに近づいて、彼女にだけ聞こえる程度の声量で話しかける。

 

「ナーヤ」

「む、なんじゃ?」

「貸し一な」

「……うぐ、仕方あるまい」

 

 

◇◆◇

 

 

 何かに熱中する楽しい時間、と言うものは早く過ぎるものだ。それはどこの世界、どんな状況においても変わりは無いもので。

 戦いも、この後に待ち受けるであろう未来も、何もかもを忘れて、学園祭の準備にいそしむ日々は瞬く間に過ぎ去っていった。

 この間、特に大きな事はなかったが、騒がしくも楽しい時間であった事は間違い無い。

 そして、その日が来た。

 

「……以上で連絡事項は終わりです。と言うわけで、皆で学園祭を楽しみましょう!」

 

 斑鳩による注意事項と開始の言葉を合図に、皆が三々五々散っていく。

 俺もまた、いつもの様にフィアとナナシ、レーメと共に校内へ散り──……好事魔多し、とでも言えばいいのだろうか。然程経っていないにも関わらず、喧嘩やら何やらのトラブルに遭遇。放っておくわけにも行くまいというわけで、しばらくの間校内と生徒会室の往復状態になってしまった。こんな時ぐらい大人しく……いや、こんな時だからこそハメを外してしまったってところか。やれやれ。

 その後も結局、関わってしまったからにはと言うか……事後処理等で、何だかんだである程度手伝いに入ってしまったのだ。斑鳩の。

 とりあえず午前中一杯で解放されたが。

 まぁ、これはこれで良い思いでになるだろうさ。

 

 

 

「おかえりなさいませ、ごしゅじんさまー」

 

 ユーフィーが働くと言っていた、喫茶『悠久』へ入った俺達と、店の前で会った世刻、暁を迎えたのは、そんな台詞だった。

 とりあえず一瞬固まった後、改めてその台詞をのたまったユーフィーを見やると……ワンピース部分が赤色のエプロンドレスに、頭の上にはホワイトブリム。所謂メイドさんと言うやつだ。

 とは言え、フィアやフィロメーラさんの様なヴィクトリアンタイプではなく、俗に言うフレンチタイプのだが。メイド喫茶のメイド服、と言えば解りやすいだろうか。いやまあこれはこれで似合っているので良いんだけど。

 

「む、よく来たな、祐。とは言えこの姿を見られるのは少々恥ずかしいのだが……」

 

 若干頬を赤くしながらそう言うのは、ユーフィーと同じデザインで、ワンピース部分が空色のエプロンドレスに身を包んだルゥ。

 じゃあ何でまたここの仕事を? と訊くと、何でも手伝ったら好きなものを一品タダでくれるからだそうである。……食べ物に釣られたのか。

 

「お、のぞむに暁も来たか。席に着いてゆっくりせい」

「……げ、本当に来た……」

 

 そんな彼女達に並ぶように、濃紺のエプロンドレスのナーヤと、グリーンのエプロンドレスのタリアも俺達の所へやって来る。

 ナーヤの首元には青と白のストライプのリボンが、タリアはホワイトブリムではなく、黒地に白のラインが入ったリボンのついたトーク帽を乗せている。ちなみにタリアのコルセットの部分も、帽子のリボンと同じ、黒と白のストライプだ。

 とりあえずそんな彼女達の様子をひとしきり眺め──

 

「これはまた、何とも見事な光景」

「バカな事言ってないで座りなさいよっ」

 

 うんうんと頷いていると、タリアに手に持ったトレイでスパンと叩かれた。痛え。

 

「くっ……んな事するならソルも連れてくるぞ」

「お願いそれだけは絶対にやめて」

 

 これで頬でも赤くしながら言うのなら、照れてるんだろうなって所だが、本気で嫌そうに言うあたり……ソル、南無。……いや、タリアの場合それも一種の照れ隠しって事も有りうる……いや無いか。

 

「まったく、黙っていれば可愛いのに、この残念美人め」

「かわっ……って言うか、残念っていうな!」

 

 とは言えタリアの言う通り、いつまでも立っていても仕方が無いので席に着く。

 案内された席に全員座り、とりあえず注文を頼んだ所で、世刻がぽつりと漏らした。

 

「……それにしても、何でメイド服?」

「うむ。本来は制服の上にエプロンで、と言う話だったのだが、一部の学生達の強い要望で、このようなメイド服で接客する形式になったのじゃ。

 “究極の癒し”を追求しておるというその学生達によれば、メイドの自己犠牲的献身的な姿勢こそが、現代における安息の絶対的な実在であるらしく……と何とも熱く語られて、その後紆余曲折あって、こうして喫茶店『悠久』が誕生した、と言うことじゃ」

「……それで行き着いたのがメイド喫茶かよ。……所でその制服は一体どこから?」

「企画に賛同してくれた生徒さんが居まして、その人が1人で全部用意してくれたんですよー。とってもやさしい人なんですね、きっと」

 

 嫌味じゃなく純粋にそう思っているんだよな、彼女。声音から察せられるそれに、流石の世刻も若干呆れ気味に、「ユーフォリア、それは多分やさしい人じゃなくて、やらしい人だ」と訂正している。暁は……静観することに徹したか。どことなく落ち着かなさそうな雰囲気だが。あいつの性格的に、こういう場は慣れないんだろうけどな。

 

「……望、ここに来ている時点で、あんた達もやらしい人の仲間だから! ……まったく、こう言うのだって知ってたら、手伝いになんて来なかったわよ」

「…………ふむ、俺は望に着いて来ただけなんだが……」

「あ、絶! 汚いぞ!」

 

 とは言え楽しそうだな、こいつら。

 賑やかなやり取りをぼんやりと眺めていると、タリアがジロっとこっちを睨んでくる。

 

「祐……もちろんあんたもよ?」

「なんだ、知らなかったのか? おれはやらしい人だぞ?」

 

 肩をすくめながら、改めてタリアの姿をじっくり眺めると、「そんなに見るな、バカ!」と再びトレイで叩かれた。痛え。

 そんな俺にルゥが「何をやっているんだか」と言いたげに苦笑を浮かべる。

 

「祐はこの店やこの服はどう思う?」

「ん? ……うん、普段の雰囲気とは違って、これはこれで良いと思うぞ。……それにしてもその生徒、よく1人でこれだけの種類と数を揃えられたもんだな」

「そいつ、今朝私たちにコレ渡した後、倒れるように眠っちゃったわ。眼の下にすっごい隈作ってたもの」

 

 タリアの言葉には、俺のみならず世刻も暁も苦笑いだ。

 折角彼女達のために用意したのに、その姿を見ることなく力尽きたか。

 

「……えっと、祐兄さん、これ、似合ってますか?」

 

 俺のルゥに対する返事に何かを思ったのか、その場でくるりと回りながら訊いてくるユーフィー。

 そんな仕草が彼女の服装や雰囲気にマッチしていて、何とも可愛らしい。

 

「うん、もちろん。可愛いよ」

「……ふむ。私はどうだ? こういった服は普段着ないのだが……」

 

 と、スカートを軽くつまみながら訊いてくるのはルゥで。

 

「そうだな。普段着ないからこそ、新鮮で良いと思う。もちろん似合ってるしな」

 

 そんな返答に満足してくれたのか、2人ともにこりと、良い笑顔で返してくれた。

 うん……確かに“究極の癒し”と言うのも間違ってはいない気がする。

 

「私もこう言うメイド服の方がいいですか?」

「いや、フィアは今のままで」

 

 即答すると、「はい」と頷きながらクスクス笑われた。

 仕方が無いじゃないか。俺としてはどちらかと言えば、ヴィクトリアンタイプの方が落ち着いていて好きなんだから。

 ……むしろユーフィーやルゥにフィアと同じよう名格好をしてもらうと言うのも良いかもしれない。

 

「…………先輩、なんか開き直ってますね」

「いやぁ、折角の学園祭だしな」

 

 そう、楽しまないと損ってもんさ。

 ……と言うわけで。

 

「……ところでユーフィー、後で時間出来たら、一緒に見て周るか?」

「良いんですか? じゃあ、お願いします! ……あ、良かったらルゥちゃんもどうですか?」

 

 ユーフィーに問われたルゥは、「いいのか?」と言うような顔で俺を見てきたので、無論、「当然」と言うように頷いて返す。

 

「ふむ。ではご一緒させてもらおう」

「はい!」

 

 ルゥが返事してユーフィーが笑ったところで、周囲からものすごい圧力が──怨嗟の、と言う枕詞をつけた方がいいだろうか──掛かった気がする。……気にしない事にしておこう。

 

 

……

………

 

 

 ルゥとユーフィーと一緒に、学園中を歩き回った。

 彼女達の仕事の後、と言う事で、然程多くの時間が有った訳ではないのだけど、それでも出来る限り、多くの場所を見て周った。途中、ミゥ達とも合流出来たのは幸いだったな。

 食べ物を出しているクラスは、状況が状況なだけに──特に材料の問題、だ──少なかったのは少々残念だったけれど、仕方が無いか。

 時間と部員が足りないという理由で劇の上演を諦めた演劇部の、代わりにと出されていたお化け屋敷は、彼等が言っていた様に渾身の出来だった。

 天文部による手製のプラネタリウムは、郷愁の念を抱かせてしまったか、泣いてしまう人が出たらしい。学園の皆も納得してここに──次の世界に行く事を選択したとは言え、だからと言って何も感じるな、なんて言う方が無理なのだから仕方ないだろう。

 そういった人たちの為にも、少しでも早く、帰れるようにしてあげたい所だけれど……そうも行かないところが、もどかしくもある。

 そして、旅団を始めとした、神剣組の皆──。

 グラウンドに張り出されていた、運動部有志による体力測定場の結果には、各部門の一位に燦然と輝くカティマの名前。……『今日は保健室に詰めてるから~』なんて言っていたヤツィータの名前が、二位に入っていたのは何故だろうか。

 同じくグラウンドで行われていたらしい、学生プロレス。そこの一角ではソルラスカとルプトナが、アームレスリングで張り合っていたようだ。

 ホワイトボードに書かれていた『俺達に勝ったら貰えるぜ! 生徒会長の膝枕券!!』やら『+カティマ』やら『+ナーヤ』やら『+永峰』やら、それらがぐしゃぐしゃと消されている辺りにカオスを感じる。

 とりあえず、ソルラスカとルプトナの冥福を祈っておこう。きっと斑鳩にこってり絞られただろうし。

 その斑鳩は、少しは顔を出せていたようだが、結局午後からの雑務や運営の大半を彼女に任せてしまったのは悪い事したな。もう少し手伝ってやればよかったかな。

 そして体育館で行われた、永峰のライブ。

 多くの人に注目される中、最後までしっかりと歌い上げた彼女は……うん、格好良かった。

 そんな彼等も、皆一様に楽しんでくれているみたいで、良かったと思う。

 今日と言う日は、きっと明日からの活力に繋がってくれるはず。そう心から思える内容だったと思う。

 

 

 

「希美ちゃん達、凄かったですね」

 

 煌煌とキャンプファイヤーが焚かれ、後夜祭に賑わうグラウンドを眺めながら、ユーフィーがぽつりと言った。

 それに続いて、アレが楽しかった、コレが良かったと、思い出話に花が咲いて。

 状況や心境的なものも有るんだろうが……たった一日の学園祭ではあったけど、例年以上に良かったとすら思えてしまう。

 恐らく、こんな事態になっていなければ、もっと規模が大きく、時間も多く取れた通常の学園祭が出来たことだろう。だけど──きっと、ここまで強い想いの篭った学園祭にならなかったんじゃないだろうか。

 ──祭りの後。満足気ながらも、寂しくもある。そんな瞬間。

 

「ユーフィー。今日は楽しかったか?」

「……はい」

 

 余韻に浸るように頷くユーフィーの頭に手を置き、そっと撫でる。

 

「……祐兄さんは……」

「ん?」

「知ってるん……ですよね? ……エターナルの……“渡り”の事」

 

 ……知っているさ。だからこそ、彼女には今日と言う日を楽しんで欲しかったんだから。

 この、準備から本番までの短くも永い一週間。

 普段の生活以上に、学園の皆と共に過ごし、創り上げた大切な時間は、彼女にとってかけがえの無い想い出になったと、なっていて欲しいと、思う。

 そんな想いが通じたのか、彼女は小さく、けれどはっきりと聴こえる声で「ありがとうございます」と呟いた。

 

 そう、例え──“共に過ごした”と言う事実が、皆にとって“無かった事”になるのだとしても……彼女の中には、それは変わる事の無い真実として残るのだから。


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