永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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46.旅立ち、次なる世界へ。

 集会の後すぐに出発の為の準備を始め──尤も今回主に動いてくれているのは、ナーヤとサレスの部下の人達なんだが。いやはや、全くもってありがたい──明日にも出立できる目処が立った。

 それとは別に、集会の後集まった俺達の元に来た森と阿川が持って来たある案件の為に、今学園内は全体的に騒然とした雰囲気を出している。 その案件ってのは、学園祭開催の要望書だった。

 というのも、ものべーがこの学園を背負って飛び立った時にこれだけの生徒が巻き込まれた理由が、そもそも学園祭の準備の為に放課後に学園に残っている生徒達が多かったからなワケで……うやむやのうちに放置されていたその準備中の物を仕上げ、学園祭を開催しよう、というのが2人が持ってきた案だった。これには、生徒達のストレス発散や気分転換の他、俺達のような前線に出て戦っている者達の息抜きなんかも目的としているそうだ。

 この折角の好意を無駄に出来るわけが無い。斑鳩は二つ返事でOKし、その案を持ってきた2人を実行委員へ任命した。そしてそれを受け、学園の生徒皆が準備の為に動いているため、この騒然とした雰囲気になっているってわけだ。ちなみに神剣組の皆も、思い思いに準備を手伝ったりしているはずだ。

 そんな中、学園祭の準備もそこそこに、俺はひとり校内をうろつきながらある人物を捜していた。

 目的としては、単純に話をしたいから、なんだけれど。

 ……後に世刻が『浄戒』を使った時に、良くも悪くも最も影響を受けるであろう彼女。……そう、それこそ、『浄戒』によって命を救われるであろう暁よりも、そのことによって翻弄されることになる彼女と。

 今現在、俺が何か話したところで何がどうできると言うわけではないかもしれない。けど……それでも、何がしかのフォローをすることが、世刻に『浄戒』を使うことを薦めた俺の義務じゃないだろうかと思う。

 確かに、放っておいても、恐らく“原作”のように結局は『浄戒』を使うことになっただろうけれど、それはそれだ。

 そんな言い訳(・・・)を考えていると、ふと脳裏に。かつての『虐殺された町(アズライール)』の光景が浮かび上がる。

 それと同時に、焼ける肉の臭いが、撒き散らされた血の臭いが、火の爆ぜる音が、『完全記憶能力』によって再現される。

 耳に付くのは怨嗟の声。聞いていないはずの声が頭を過ぎる。なぜ、間に合ってくれなかったのかと。なぜ、思い出してくれなかったのかと。なぜ、助けてくれなかったのかと。

 ……解ってる。結局の所、今こうして彼女と話をしようとしていることも、所詮は俺の自己満足に過ぎないってことは。

 “知っている”以上、“何か”行動を起こした方が良いのではないか、って言う……あの時のように、“知っている”のに何もしなかった。何も出来なかったって、そんな想いをしたくないって言う、俺の、身勝手。

 

「──はっ」

「……こら」

 

 ……思わず自嘲的な笑みを浮かべてしまった所で、頭を叩かれた。

 耳元で聞こえたその声──レーメ──へと意識を向けると、彼女は宙に浮き、すいっと俺の目の前へと出て視線を合わせて来た。そして、ナナシもまた。

 2人は少し怒ったような雰囲気を出しながら、真剣な目で俺を見つめてくる。

 

「余り自分を卑下するな、まったく。身勝手で良いではないか。例え根底にあるものが何であろうと、その行動が“仲間の事を考えたもの”である以上、恥じ入る必要はどこにもない」

「レーメの言う通りです、マスター。……それで何かを間違ってしまったのであれば、大いに悔やんで悩めば良いんです。この旅の中で、幾度も思い至ったはず。──それでも、一歩ずつ進んで行くしかないのだと。私たちは、万能ではないのですから」

 

 ──まいったな。そんな風にいってもらえるなんて思ってなかった。

 2人に言われた言葉を頭の中で繰り返す。何度も、何度も。

 ……本当に、心から頼りになる相棒達だよ。

 そう、そうだな。例えなんであれ、俺に出来るのは俺が良いと思える事を、一つずつやっていくって事しかないんだ。

 

「……悪い。どうもネガティブに走ってた」

「まあ、戦いの連続であったからな。無理も無い。折角だから、この機会にユウも存分に羽を伸ばすがよかろう」

 

 レーメの言葉に頷いて、今度は先程とは違う笑みが浮かぶのが自分でも解る。

 2人に「ありがとう」と言った後、それにしてもとふと思った疑問を口にした。

 

「……何と言うか、俺の思考は相変わらずお前達にはだだ漏れなのな?」

「…………それこそ、今更でしょう」

 

 少々目を逸らしながら言うナナシに、それもこれも繋がりの深さゆえか、と苦笑する。……ま、それも別に悪い気分じゃないから、本当に今更、だな。

 2人と話すだけで軽くなった心を自覚しつつ、俺は、見つけた背中に声を掛けた。

 

「……永峰、少し話がある──」

 

 レーメの言う通り、せめて、俺の身勝手を受ける相手が、それで少しでも救われますようにと願いながら。

 

 

……

………

 

 

 その以前見たことがある様な気がする、長すぎる行列を見つけたのは、永峰との話を終えて校舎に戻った時だった。以前と違うのは、並んでいる中に女子生徒が混ざっていることだろうか。

 ──ああ、ユーフォリア効果か。

 行列を辿りながら着いた部屋の名──保健室──を示すプレートを見てそう思い、厄介な事にならないうちに退散しようと回れ右しようとした所で、ガラリと戸が開いた。

 

「あ、ゆー……さん?」

 

 俺の名前を若干言いづらそうに呼ぶユーフォリア。まあ、ニュアンスが彼女の相棒と似たような感じだしなぁ。正直俺も、隣で『ゆーくん』って呼ばれたら、最初のように返事をしてしまいそうになるだろう。

 そして彼女が俺の名を読んだ瞬間にかかる、周囲からの無言の圧力。落ち着けお前達。俺は別に彼女と話をしにきたわけじゃないんだ。……そういや彼女、学園に来て僅か数日ながら、既に『妹にしたいランキングNo.1』に輝いているんだったっけか……って言うかなんだそのランキングはって言う突っ込みはしたらダメなんだろうか。ダメなんだろうな。

 それはそれとしてと、呼ばれたからには返事をせねばならないだろう。そう気を取り直してというか仕方がないと割り切ってというか、ユーフォリアへと視線を向けると、彼女の服装が学園の制服になっていることに気がついた。

 

「ああ、ユーフォリアか。ここでヤツィータの手伝いか? ……って言うか、制服、似合ってるな」

 

 確かにまあ、制服が似合っていると言われてはにかみながら笑う姿を見ると、皆の人気を集めるのも、こうして言葉を交わすうちに嫉妬と言う名の無言の圧力が強くなるのも解らなくは無いが。

 

「あ、そう言えば、あたしの事はユーフィーでいいですよ? パパやママもそう呼んでますし、ゆーさんもあの意念の光との激突の時、最後にそう呼んでましたよね?」

 

 ああ、あれ、届いてたんだと思いつつ、解ったよと首肯する。そうなると先程の俺の名前を言いづらそうにしている彼女にも、何かもっと呼びやすい呼び方をしてもらいたいものだ。

 とは言え俺の名前はそもそも略すほど長い名前でもなし、かといっていまさら「青道さん」なんて呼ばれるのもなんだかなぁって感じだ。

 ……となると、名前の後ろに何かつけるか、まるっきり関係ない呼び方をしてもらうかになるんだが……学園に通っているわけでもない彼女に「先輩」とか付けられても変な感じだし……ということを考えていると、ふと先程ユーフィーを見たときに思い出した『妹にしたいランキング』の事が頭をよぎり──

 

「よし、じゃあ俺の事は『お兄ちゃん』とでも呼んでくれ」

 

 ピシリと周囲の空気が凍った。誰だ今「何言ってんだコノヤロウ」とか言いやがったやつは。そして誰だ「むしろ俺をお兄ちゃんと呼んでくれ!」とか叫んだやつは。

 ……とは言え自分で言って何なんだが、ちょっと失敗したかな、何て俺が思い始めたときだった。驚いた顔をしていたユーフィーが、少し俯いたあと恥ずかしげに上目遣いに俺を見上げ、

 

「えっと……お兄……ちゃん?」

 

 ……思わず吹きそうになった。

 いや参った。侮っていた。破壊力が尋常じゃない。

 

「……えへ、ゆーくん以外にも兄弟ができました!」

 

 名前も「ゆう」繋がりですしね、と、花が咲いたような笑顔で笑うユーフォリア。

 そして一転する雰囲気。視線で人が殺せるなら、なんて表現を聴くことがあるが、今がそう言う状況なのだろう。無論、殺される対象は俺だ。

 直ぐに「冗談です、ごめんなさい」と謝ったのは言うまでもない。

 

「えー…………あ、じゃあ、祐兄さんで!」

 

 何だその「言ってみたけど恥ずかしくなっちゃったのか。仕方ないなぁ」見たいな妥協の仕方は。

 さっきよりは良いとは言え──いや、さっきのも良いんだが、思った以上に恥ずかしかった──一応「祐って呼び捨てでいいよ」と言ってみたが、結局「祐兄さん」に決定してしまった。……まぁいいさ。いずれ慣れるだろう。多分。

 ちなみにユーフィーとのやり取りの直後に、まるでタイミングを見計らっていたように……いや、アレは絶対に狙っていたに違いない。保健室から出てきた、制服姿のゼゥとナーヤが含み笑いをしながら、

 

「あら、こんなところで立ち話なんてしてないで、入ったらどう? 『お兄ちゃん』」

「うむ、並んでおる怪我人の手当てはヤツィータに任せて、中に入るが良い『お兄ちゃん』」

 

 なんて、俺の腕を取ってのたまったせいで、行列を作っていた男どもが「ちくしょー!」とか叫びながら蜘蛛の子を散らす様に散っていったり、ユーフィーを見に来たであろう同じく並んでいた女子生徒に冷たい眼で見られたりとか散々だった。

 ともかく、「青道のロリコン野郎--!!」とか叫んでいたのは俺のクラスの奴だったのは確認した。やつは後で殴る。絶対殴る。

 そんな決意を固めた俺を、ジトリとした目でみやるナナシとレーメ。

 

「自業自得ですね」

「うむ」

 

 ……ユーフィーはともかく、ゼゥとナーヤのは俺のせいじゃない。ちくしょう。

 

 

……

………

 

 

 そして翌日。

 出立の準備を終え、ザルツヴァイのドックに泊まっているものベーの前に集まった俺達は、フィロメーラさんの見送りを受けていた。

 すでに一般生徒達はものべーに乗り込んでおり、今外に出ているのは神剣組の皆のみだ。

 

「皆様、本当有難うございました」

 

 そう言って恭しく礼をするフィロメーラさん。そんな彼女はついっと、世刻の隣に立つナーヤへと視線を一度向ける。

 

「それと、ナーヤ様をよろしくお願い致します。……ナーヤ様も、くれぐれも無理をなさらないように」

「わかっておる。まったく……フィラは心配性じゃの」

 

 そう、ナーヤも結局俺達と共に来ることになっていた。

 何でも、俺達が出立するまでの間に『支えの塔』の修理の、ナーヤにしか出来ない部分を終わらせられたら一緒に行く、と言う約束をサレスとしていたらしい。

 その話を昨日保健室で会った時に聞き──その時にはほぼ完了していたと言うのだから、いやはやなんとも──こうして見事、今朝までに修理と、以後の業務の引継ぎなどを終わらせて来た、と言うことだ。

 

『あの時祐と一緒に支えの塔に行って、最悪の状況になる前に停止させられなければ、ここまで早く終わることはなかったであろうからな、感謝するぞ』

 

 とは彼女の談。

 どちらにしろ、ナーヤなら間に合っただろうから、感謝なんてしなくていいんだけどな。

 

「それにしても……一国のってか、この世界の大統領がそうほいほい着いてきて良いもんなのかね?」

「……それは……私の口からはなんとも答えづらいのですが……」

「……へ? あー、うん、ごめん」

 

 ふと思ったことを何となく隣に居る人に訊いてみたら、そこに居たのはカティマだった。

 苦笑交じりに答える彼女も、ナーヤと似たようなことしてるしなぁ。

 

「先輩、そろそろ……」

「そうね。ナーヤ、そろそろ出発するわよ?」

「うむ。……ではフィラ、後は頼むぞ?」

 

 そんな中、永峰が斑鳩に近づいて声を掛け、それを受けて斑鳩がナーヤに促した。

 

「……ナーヤ、フィロメーラさんは残るんだよな?」

 

 と、そこで何となく思った事を口に出した所、ナーヤがふむ、と唸った後、ふふんと口角を上げる。

 

「そうじゃが……なんじゃ、祐はフィラも一緒がいいのか? ……ふむ、残念じゃが、今回は諦めよ。それにしても……『お兄ちゃん』の好みはもっと下だと思っておったが、守備範囲は広いのじゃな」

「いや、そうじゃなく。何となく大丈夫なのかなって思っただけだよ。ナーヤの兄さんの事とか。……いや大丈夫なんだろうけどな。それと『お兄ちゃん』の事は忘れてくれ。あと俺は別にロリコンじゃねえ。フィロメーラさんはストライクゾーンど真ん中だ」

 

 ……とまあ、俺がそんな風に思ったのも、あの時、エヴォリアが支えの塔へ侵入するためにニーヤァを騙すために使った手段が、フィロメーラさんに成りすまして誘惑する、と言ったものだったからだ。

 その際に、実はニーヤァがフィロメーラさんをそういった目で見ていたってことが発覚したわけで。

 ……ちなみにそれは、ナーヤがエヴォリアから支えの塔の制御を取り返すためにダイヴしたときに、偶然記録されていたのを見つけたために発覚したらしい。……偶然って怖いね。

 

「ああ……まあ、兄上がフィラをそのような目で見ていた事はアレじゃが……大丈夫じゃろ。こう言っては何じゃが、あれだけの失敗を犯した後であるからな。何より兄上はプライドだけは高い。それとフィラはやらん。フィラの方がどうしてもと言うなら……まぁ、祐ならば考えんでもないがな」

「ふむ……少なくとも当分は何かやらかすような真似はしないで、真面目に政務に精を出すってことか。あと、別にナーヤから引き離そうとか思わねえから安心しろよ」

 

 俺の答えに、ナーヤは「まあそう言う事じゃ」と頷き、次いでフィロメーラさんがぺこりと頭を下げる。

 

「……あの、青道様。ご心配下さって有難うございます。正直、私はあの場で何があったのかは覚えていないのですけど……ナーヤ様の言う通り、大丈夫だと思います」

「いや、俺も何となく思ったこと言っただけですから」

 

 どうやら俺とナーヤの発言の後ろの方はスルーする事にしたようだ。うん、それが良い。

 

「とは言え、万が一があったらあれなんで、自衛の手段はちゃんと確保しておいてくださいね。世間にバラすぞ、とか」

「おい祐、それではフィラが完全に悪者じゃろうが。……とは言えそれが一番確実じゃろうな。フィラよ、わらわが許す。いざとなったら存分にやるがよかろう」

「……ちょと青道君もナーヤも発想が真っ黒なんだけど。……それとね、青道君。ニーヤァは性格はああだけど、せめて最低限のやる事はきっちりやる……はずだから……多分大丈夫よ。さて、そろそろ本当に行きましょうか」

 

 「うわぁ」と言う顔をしつつ、フォローになっているようでなっていない言葉を発した斑鳩に首肯した俺を見て、ナーヤたちもよしよし、と言うように頷く。

 

「うむ。では、行って来るぞ」

「はい。……皆様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

 恭しく礼をするフィロメーラさんに見送られ、残った俺達もものべーに乗り込み、そして──ものべーは静かに、その身を空へと浮かべ、飛び立った。

 短くも激しい戦いの舞台であり、そして多くの仲間たちにとっての転換点となった、『魔法の世界』に別れを告げて。


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