永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
あの後──駆けつけてくれた皆に、暁が俺達に敵対するのを止めてくれた事を説明し、とりあえず場所を移そう、と言う事でナーヤの執務室へと移動した。
そこで斑鳩による、世刻と暁への説教が繰り広げられているはずだ。
……はず、と言うのも、俺は別室の──恐らく来客が滞在するためのゲストルームだろう──ベッドの上に居るからであるのだが。
暁への説得が終わり、皆の声が聞こえたあの瞬間、気が抜けたのか身体が一切動かなくなってしまったのだ。お前はすぐダウンするな、とはソルラスカの弁だ。放っとけ。俺だってそう思ってるよ。好きでダウンしているワケじゃねえ。
先の戦いでの消耗が完全に回復する前に、意念の光の迎撃で無理しすぎたのが原因だろうことは明白なわけで。……『スピア・ザ・グングニル』。あれの使い勝手は少々考えないといけないかも知れない。……けどなぁ……威力を抑えて使えばいいじゃない、って意見もあるだろうが、あれを使う時は得てして“一撃の重さ”を重視する時。『精霊の世界』然り、今回然り。その時に威力を抑えて撃ってどうするんだ? って感じだよなぁ。第一威力を抑えたら、それはもう『神槍「スピア・ザ・グングニル」』じゃなく『必殺「ハートブレイク」』だ。いやそれはまあいいんだが。
と、そこで思い至る。スールードと言い意念の光と言い、“一撃の重さ”を重視した割にはあまり効果が無かったよな。…………いやほら! スールードもあれには焦ったって言ってたし! 意念の光もあれで減衰したからユーフォリアも限界以上に力を振り絞る事も無かったんだし!
……なんか言い訳を並べている様で哀しくなってきた。やめよう。
まあそれはともかく。少し今後の事でも考えてみようか。
とりあえず暁の説得に成功し、次に向かうのは『浄戒』のある未来の世界に確定だ。問題は……『浄戒』をどこで使うか、だな。
『浄戒』を使えば間違いなく『相克』が発現し、奴等……『理想幹神』のエトルとエデガが来るだろう。となれば、下手な場所では……少なくともものべー内で使うわけには行かない。一歩間違えれば一般生徒に被害が出てしまう。
……となるとやはり、『枯れた世界』に行くのが妥当か? 暁には悪いが……彼の境遇を世刻に知ってもらった方が、上手く『浄戒』の力を引き出せるかもしれない。まぁ、それは暁自身のためにもなるだろうし、協力してもらおう。
あとは十全な準備を整えてくるだろう奴等に、その場でどこまで対抗できるか、か。神名の影響があるとは言え、ユーフォリアが記憶や力を失っていない以上は、“原作”よりは好転するだろうけど……。やって来て速攻で永峰を連れて行かれたらどうしようも無いからな……。彼女にも一言言っておく必要がある……か?
どちらにしろ、『ログ領域』に入る必要のある俺としては、サレスには協力を頼んでおかないとな。理想幹には行ったけど、ログ領域には入れませんでした、じゃ『調和』に申し訳が立たん。
……あとは……学園の皆、か。
今までも充分危険では有ったけど、これから先危険度は跳ね上がるだろう。できれば皆にはこの世界に残って、『支えの塔』の修理が終わり次第『元々の世界』に帰ってもらいたい所ではあるんだけど……。
……いや、これも皆の意思しだい、か。危険だからといって無理やりに置き去りにする事はしたくない。まぁ、一度元の世界に帰れる事が示唆された以上、着いて来たいってヤツの方が少ないだろうけど。
となると、残る皆のフォローか。……これもサレスとナーヤに頼まないとなぁ。……はぁ。
何だかんだ考える事は山ほど有るな、と思わず溜息を吐いたところで、くすくすと笑う声が耳に入り、その声のした方へと顔を向ける。と、こちらを見ていたらしいフィロメーラさんと眼が合った。
「えっと……どうかしました?」
「ご主人様が一人で百面相しているのが面白かったんですよ」
俺の問いに答えたのは、フィロメーラさんの横に並んで座っていたフィア。
っていうか、そんなに表情変わってた、俺?
どうやらこれも顔に出ていたらしく、それはもう、とフィアやフィロメーラさんのみならず、寝ている俺の胸の上にいたナナシとレーメにも頷かれた。
くっ……ちょっと考えている事が顔に出ただけで、別に考えている事を口から駄々漏れにしたわけじゃないからいいじゃないか。
「……ああ、そうだ。フィロメーラさん」
「はい」
「申し訳ないんですが、サレスとナーヤ、それと斑鳩を呼んで来てもらえませんか?」
少々頼みたい事がありまして、と続けると、彼女は頷いて部屋を後にした。
…
……
………
あの後フィロメーラさんに言われてやってきた斑鳩に、全校集会を開く旨を伝えた。理由を説明すると、アッサリと快諾してくれたので一安心である。
それからサレスとナーヤに頼みごとをし、「今日はこのまま休んでいくが良い」と言うナーヤの言葉に甘えて、スプリングの効いたベッドを堪能させてもらった。お陰で何とか動けるぐらいには回復したが。
そして翌日。突如告げられた全校集会の通達に、体育館に集められた皆は、一体何の用件だろうと言う雰囲気で集会が始まるのを待っていた。
ちなみに当然ながら、神剣組の皆と椿先生には、この集会の意図は説明してある。
そんな中、サレスとナーヤ、暁を伴い壇上に上がった俺に視線が集まるのを感じる。……ダメだ。この雰囲気は慣れない。さっさと終わらせよう。
改めて、この雰囲気をいつも感じている斑鳩すげーなと思いながら、眼下の学園の皆へと声を上げた。
「今回皆に集まってもらったのは、皆に選んでもらいたい事があるからなんだ。俺の隣にいるこいつ……暁も、俺や斑鳩会長、世刻達と同じ、『永遠神剣』ってやつの使い手なんだが……こいつのは少し特殊で、使い手の命を削って強い力を放つってものだった」
隣に立つ暁を指しながら言った“命を削る”という言葉に、ザワザワとざわめく皆。
その様子をひとしきりながめ、少し落ち着くのを待ってから言葉を続ける。
「暁の姿を、皆は今まで見たことが無かったと思う。というのも、暁は今まで、今言ったその神剣の問題点を何とかするために、別行動していた。……まぁ、ここに居るのを見て察している人も居るだろうけど、その方法が見つかってね」
その方法で確実に上手く行くって保障があるわけじゃないけど、と続け、皆の様子を見ると、真剣にこちらの話を聴いてくれているのが解る。
暁自身は、俺が暁が居なかった理由──まぁ出任せなんだが──を言った時には、まさかそんな理由をでっち上げるとは思っていなかったか、驚いていた様子だったが。俺が馬鹿正直に、こいつは世刻の命を狙っていて……なんて言うと思ったのかね?
暁にしてみれば俺はまだまだ得体の知れない人間なんだろうから、当然と言えば当然なんだけれど。ナナシの事とか何も説明してないしな。……この集会の後にでも一度ちゃんと話をするべきだろうが。
「そして俺達、神剣を使う者達は、その方法を手に入れて、こいつを助けに行こうと思っている。ただ、恐らく行った先ではまた戦いになるだろうし、その後も何事も無くここに戻ってこれるかは解らない。もしかしたら何かトラブルが起きて、簡単に帰るわけにはいかなくなるかもしれない。
だから、皆には選んで欲しいんだ。この世界に残って『支えの塔』の修理が終わるのを待つか、俺達と共に来るか」
皆が動揺する気配が広がる中、俺の前に居た男子生徒が「1ついいか?」と手を上げた。
「どうぞ」
「じゃあ、質問。この学園も多分、お前達と一緒に行っちまうんだろ? 仮にこの世界に残ったとして、衣食住やその『塔』とやらが直った時に、帰るための方法とかはどうなるんだ?」
「それに関しては手配はしてある。……サレス、ナーヤ」
後ろに控えていたサレス達に声を掛け、一歩下がる。と、入れ替わる様に2人が前に出た。
「ここ、ザルツヴァイで大統領をしておる、ナーヤ=トトカ・ナナフィじゃ。此度は祐からの要望を受けて、この世界に残る者達が居るならば、『元の世界』へ戻るまでの間の衣食住を保障する事を約束しておる。これはザルツヴァイ大統領としての言葉であり、決して違える事の無い確約である事を誓おう」
「……旅団のリーダーをさせてもらっている、サレス=クォークスだ。小型だが、我々の所有する世界を移動できる船が有る。先の戦闘で破損した為に現在修理中だが、あと一週間程で直し終わるだろう。人数によっては一度に、とは言えないだろうが、『塔』の修理が終わり、諸君の世界の座標が解り次第、その船で送り届ける事を約束する」
2人はそう言い終ると、俺に一度頷いて再び下がり、俺はそれと入れ替わる様に前に出る。
サレスとナーヤは至極あっさりと俺の頼みに了承の意を返してくれた。それに改めて面と向かって話す中で、この世界に来て最初に対した時のような雰囲気の固さは無くなっていた。
どうやら一連の戦いなんかを通して、どうやら俺の事は信頼に足ると思ってもらえたようで、内心ほっとしていたのは言うまでも無い。
「……って訳で、事実上この世界のトップと言える二人に協力は確約してもらっているから、残った場合も心配する必要は無い。ソレを踏まえて、考えて欲しい。……とは言え、今すぐ決断しろっても無理だろうから、明日、同じ時間にもう一度集会を開いて、その時に答えを聴こうと思う」
そう締めて一度頷くと、椿先生が皆に解散を促した。それを受けて、ザワザワと、思い思いに話しながら、思案しながら体育館を後にする皆。
その背を見送りながら、やれやれと一息吐いた俺の肩を、斑鳩が叩く。
「……皆はどんな答えを出してくるかしらね?」
「さてね。どんな結果にしろ、俺達に出来るのは共に来る皆を全力で守るだけさ」
「……そうね。本当に、そうだわ」
…
……
………
明けて翌日。再び体育館へと集まった学園の皆は、壇上に上った斑鳩へと注目している。
斑鳩は皆の姿をひとしきり見やり、声を張り上げた。
「それでは、皆の答えを聴かせてもらいたいと思います!
昨日、青道君が示唆していた様に、次に私達が行おうとする事も、恐らく一筋縄ではいかないでしょう。それでも尚、私たちと共に来るという人は、挙手をお願いします!」
響き渡る斑鳩の声がシンとした空間へと溶け込んだその次の瞬間、俺は正直言って、自分の目で見た光景が信じられなかった。
俺としては、せいぜい世刻のクラスの連中あたりが手を上げるぐらいだろうと思っていた。
けど、蓋を開けてみれば、……一人も、居なかったのだ。
手を
その光景に、俺だけじゃない、他の皆も、壇上の斑鳩も驚いた顔をしていて。
「ちょ、ちょっと待って、皆! 見たところ残る人が誰も居ないみたいだけど、本当にいいの? 今まで他の世界に行っていたのは“帰るため”だったけど、次に行くのはそうじゃないのよ!?」
そんな斑鳩の言葉に、生徒の誰かが声を発した。「けど、学園の仲間を助けるためなんですよね?」って。
それに続くように、続々と皆が言葉を紡いでいく。
「何ができるって訳じゃないだろうけど、仲間を助けたいのは俺達だって一緒です!」
「帰るときは全員で! じゃないんですか、会長!?」
「危険かもしれないし、守って貰うだけかもしれない。けど、最後まで見届けたいっす、会長!」
「この学園はもう家みたいなものだから、帰るときは学園も一緒がいい!」
……改めて、この学園の皆の逞しさを垣間見た気がする。
中にはもしかしたら、他の皆が手を上げているから自分も上げたって人もいるかもしれない。けど現状、皆が共に来る意思を示しているのは事実なわけで。
そんな声に、世刻や永峰は嬉しげな顔で、暁は驚いた後に、小さく笑みを浮かべていたのが視界に映った。
斑鳩に視線を戻すと、彼女は数瞬瞠目したあと、次いでしばし目を閉じてから、生徒達へ視線を一巡させて、深く頷いた。その顔に、満足げな笑みを浮かべて。
「……皆さんの意思は確かに受け取りました。
改めて、ここに誓います! 必ず“全員”で、元の世界に帰りましょう!」
斑鳩がそう言った次の瞬間──『わあああああああ!!!!』と、歓声が爆発的に響き渡った。
いやはや……何と言うかまぁ。
「……強いな、皆」
「うむ。まったくだ」
「はい。この姿勢は見習いたいものですね」
ナナシとレーメと顔を見合わせ、苦笑する。
この光景をみていると改めて思う。うん。この学園の皆となら、何があっても進んでいけるさ。