永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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44.世刻望、暁絶。

 強烈に膨れ上がったユーフォリアのマナと『意念の光』がぶつかり合う閃光が収まったそこには、すでに極彩色の空は無く、晴れ晴れとした青空が広がっていた。

 

「……助かった……のか?」

「……どうやらその様だな」

 

 後ろから聞こえたそんな世刻と暁の声に振り向くと同時に、今しがた『意念の光』を打ち破ったユーフォリアが俺の隣に降り立ち、逆側にミゥが並び、マナを使い果たした身体がフラリと揺れた俺の身体を支えてくれた。……正直有り難い。

 さて、ここからだ。

 

「さて、暁 絶、選択肢をやろう」

「……先輩?」

「……何?」

 

 俺の言葉に困惑気味な世刻と、怪訝な顔をする暁。まあ当然だろうな。『意念の光』が跳ね返ってくるのを知っていたかのように現れ、実際にそれを迎撃した俺達。その上俺の側にはナナシとレーメの姿だ。警戒しないほうが可笑しいってもんだ。……なんて思いつつ、俺は言葉を続ける。

 

「簡単な事さ。俺達と共に戦い“奴ら”に勝つか、俺達と袂を分かち負けるか」

「……お前、何を知っている?」

「っ! 絶!」

「……まぁ世刻、とりあえず俺に話させてくれないか?」

 

 スラリ、と剣を抜き、突きつけてくる暁に声を荒げる世刻を宥め、俺はミゥから身体を離し、その眼光を真正面から受け止める。

 ……やれやれ、正直自力で立ってるのもきついような状態なんだけどな。

 

「色々、さ。『枯れた世界』、『理想幹神』、お前の目的、お前の取ろうとしている方法……『滅びの神名』」

「……っ!」

「何故それを!? ……マスター、あの者は危険です……!」

「……確かに、知りすぎだな。……俺の邪魔をするならば……斬る」

 

 そう言いつつ、腰溜めに神剣を構える暁。それに対して皆も警戒しようとしたが、それに俺は苦笑しつつ、(かぶり)を振って止める。

 

「言っただろう。『俺達と共に戦い“奴ら”に勝つか、俺達と袂を分かち負けるか』って。お前のやり方じゃ、上手くいかない」

「何だと!? 何を根拠に!」

「いや、そもそも……上手く行ったとしても、お前が死んでしまっては意味が無いだろう」

「し──死ぬ、って、どう言うことですか、先輩? ……どう言うことなんだよ、絶!?」

「…………」

 

 『暁が死ぬ』。そう言った俺の言葉に反応したのは、暁でも彼の神獣たるナナシでもなく──世刻だった。

 無理も無いとは思けどな。親友が、その目的を果たしたら死ぬ……なんて事を聴かされたら。そしてそれを、当人が否定しなかったら。

 とりあえず慌てる世刻へ「落ち着け」と声を掛け、その理由を口にする。

 

「『滅びの神名』だよ」

「滅びの……神名?」

 

 呆然と、鸚鵡返しに問いかけてくる世刻に「ああ」と頷いて返す。

 

「その名の通り、“滅び”と言う概念を内包した神名さ。そしてそれは、その力を使えば使うほどに暁自身も蝕み、やがては死に至る」

「……その通りだ。最早俺には時間が無い……だからこそ! 俺はやらねばならないんだ!」

「その『滅びの神名』、それ自体を何とかする方法がある、としても?」

 

 俺の言葉に、世刻も暁も、暁のナナシも、揃って動きを止めた。

 そして次の瞬間──

 

「そ──そんな方法が有ると言うのですか!?」

 

 誰よりも早く、暁のナナシが文字通り飛ぶ様に詰め寄ってきて、その余りの勢いに、思わず一歩退きそうになってしまった。世刻も暁も言葉を発する機会を逸したのか、俺の言葉を固唾を呑んで待っている。

 

「あ、ああ。少なくとも俺が思いつく限り、3つほどな」

「そん……なに?」

「尤も、その内1つは根本的な解決にならないし、1つは時間的に無理だろうから……実際に取れる方法は1つだけだろうけどな。まぁ、説明だけはしておくと……1つは、この『時間樹』そのものから脱出すること」

 

 そう言うと、それまで黙って事の成り行きを見守っていたユーフォリアが、そっか、と声を上げ、当然と言うか皆の視線が彼女に集まる。多分前に俺がした説明を覚えていて、思わず声に出たのだろう。

 ユーフォリアは自分に視線が集まったことに一瞬たじろぎながらも、その理由を語った。

 

「えっと、神名はこの時間樹限定のルール。だとすれば、ここから出ればその『滅びの神名』も効力を失って、身体に影響を及ぼす事はない……ですよね?」

「神名が……この世界樹限定? どう言う事だ、それは?」

 

 そんな疑問の声を上げる暁に、「“そう言う物”なんだよ」とだけ言っておく。……今はまだ、詳しく話さなくてもいいだろう。この世界の仕組みなんてのは。

 

「ちなみにこの方法は根本的な解決にならないし、今すぐ実行する事も出来ない。その理由は……」

「……目的を果たすためにまたここに戻ってきた場合、『滅びの神名』の効力が復活する……ですね? ……いえ、それ以前に、時間樹そのものから出る手段を探すところからでしょうか」

 

 俺の言葉の先を継ぐ様に言ってきた、暁のナナシへと頷いて返す。

 

「正確に言うなら、出る手段自体には当てが有るんだよ」

「……それは?」

「当てってのは、永峰の神獣、ものべーだ」

「……成程、学園か」

 

 俺の言った『ものべー』と言う名前に、今すぐそれを実行できない理由を悟る暁。

 そう、ものべーの背に物部学園が乗っており、一般の生徒達が居る以上、ものべーを使って時間樹の外に出る、なんて方法は取るわけにはいかない。

 

「じゃ、じゃあ、一度『元々の世界』に戻って、学園を降ろしてしまえば?」

「無理じゃ。どこかの馬鹿が『意念の光』なんぞを放つから、支えの塔に深刻なダメージが出たわ。……まぁ、暴走やら自動停止やらする前に制御できた分、多少はマシじゃろうが……それでもやはり、今すぐに『元々の世界』の座標を割り出す事はできん」

 

 これならどうかと訊いてくる世刻に対しては、ナーヤが首を横に振り、その言葉に暁と彼のナナシが苦い顔をした。知らなかったとは言え、自業自得といえば自業自得なんで、フォローするのも難しいが。

 

「塔が直るのを待っても良いんだけど……暁、お前の身体があとどれぐらい持つのか判らない以上、あまり悠長に考えられないだろ? ……って訳で2つ目。これは時間の関係上無理な方法だが……暁自身が『滅びの神名』の力よりも強くなること」

「……その言い方だと……今の力では到底無理の様だな」

「そんな……今手を合わせたから解る。今でも絶は凄く強いのに、それでも到底足りないって言うんですか?」

 

 確認するように訊いてくる暁へ頷いて返すと、続いて世刻が声を上げ、それにもう一度頷く。

 確かに世刻や俺から見れば、暁は充分に強いんだろうから、そう訊きたくなるのは解るけどな。

 

「少なくとも、神名から力を貰っている間はだめだろうな。……そう、せめて、“神名に力を抑えられる”レベルまで、地の力を上げないと」

「……力を抑えられる……?」

 

 意味が解らない、と言った風に呟くナーヤに苦笑し、前にミゥ達やユーフォリアに説明した、ブースターとリミッターの話をしてやると、凄く驚いた顔をするナーヤ達。

 とは言え、恐らくは神剣の格の都合上無理だろうけどなぁ……とも思いはするが、それは口に出さないでおく。

 ちなみに、ユーフォリアがその“力を抑えられる”存在である事は言ってはいない。

 彼等なら問題は無いと思うが、余りに強すぎる力が側にあると、ついそれに頼りがちになってしまうからな。……とは言え、さっきの『意念の光』との攻防を見れば、ある程度は察すると思うけど。

 

「……2つが現状無理だという事は解りました。では、最後の方法は?」

浄戒(じょうかい)

 

 俺の言葉に一瞬ビクリとする暁とナナシ。……まあそうだろう、『浄戒』は、次に彼等が俺達に示唆しようとしていたものでもあるのだから。

 

「……祐さん、『浄戒』って何ですか?」

「『浄戒』の神名。かつて『ジルオル』がこれを使い、神々を皆殺しにした、神殺しの神名さ」

 

 『ジルオル』の言葉にビクリとする世刻と、目を見開くナーヤ。そんな彼らを横目に見ながら、言葉を続ける。

 

「浄戒が神殺しと呼ばれる所以……それは、浄戒には相手の神名そのものを削り取ってしまう力があるからだ。だからこそ、その力を上手く使えば、暁の『滅びの神名』のみを削り取る事が出来る」

 

 そこで言葉を一度切り、世刻の顔──眼を見る。

 ……どうやら、俺の言いたい事は察しているようで、彼は一度こくりと頷いた。

 

「もう解っているようだけど……この方法を行うには、世刻。お前の協力が何より不可欠だ。そして俺が示せるのはここまで。浄戒を使うのならば……その力を得るのも、使うのも、世刻、お前自身だからな。

 ……さて、どうする世刻? 今も言ったが、浄戒はお前の前世が振るった力。それを受け入れる事が、お前自身に何をもたらすのかは俺には解らない。無責任のようだけど、な」

「俺は……俺は、それで絶が救えるのなら、その方法を取りたい。俺の手で、親友を助けられるのなら……俺は前世の力だって使ってやる!」

 

 世刻の強い意思の篭った言葉に「そうか」と頷き、今度は暁の顔を見る。

 彼は……世刻の言葉に、嬉しそうな、哀しそうな顔をしていた。

 

「そして、どうする暁? 世刻はこう言っているが、それでも尚お前は世刻の命を狙い、その力と命と己の命をもって、復讐を目指すか? それとも、俺達と共に来て、未来を取り戻すか?」

「……『奴ら』に復讐をするのは、俺だけの意思じゃない。俺の世界全ての意思だ」

「勘違いするな、暁」

 

 どうにも彼は、俺が復讐を諦めろと言っている様に感じている様で、俺の言葉に、何を、と訝しげな顔をする暁。

 んなことは一言だって言ってないんだが。

 

「別に俺は復讐するな、なんて言ってないぜ? むしろ、『連中』は倒すべきだと思っている。俺がお前に言いたいのは、やり方を変えたらどうだ? って事さ」

「やり方を……?」

「そうだ。第一今お前が取ろうとしている方法だと、やつ等を倒すための力を放った瞬間お前は死ぬ。……それで果たして復讐が成ったと言えるのか?」

 

 そう言うと、怪訝そうな顔をする暁。まあそうだろうな。自分の命を掛けた復讐の方法が間違ってるって言われたら。

 とは言え、俺が暁が取ろうとしている方法を否定するのは、実際そう思っているのもあるが、半分は仲間を……世刻を殺させたく無いって言う俺の我侭でもあるんだけど。

 ……我侭だってのは解ってるが、こればっかりは譲れないのは変わらないから、どちらにしても同じ事か。

 

「だってそうだろう? お前が死んだら、誰がその攻撃で奴等を倒せたか確認するんだ? それで倒せてなかったらどうする? それでもお前は己の命を使った事を納得して消えていけるのか?」

「そんな事は……!」

 

 歯噛みしつつ、悔しそうな顔をする暁。……彼も、自分が取ろうとしている方法が最善じゃない事ぐらい、解っているんだろう。それでも尚、それしか取る方法が見つからなかった、か。

 

「……ああ、お前がその方法を取らなかったのは、『滅びの神名』があるせいだろう? だからこそ、俺達と来ないかと言ってるのさ。戦いにおいては……生きていれば負けじゃない。生きていれば、強くなって奴等を正面から打ち倒す力を得ることも出来るだろう。奴等を完全に打ち倒せたと確認する復讐の方法も見つけられるだろうさ」

「…………」

「……マスター……」

 

 深く考え込む暁を心配するナナシの声が響く。

 そんな中、世刻が暁の前に進み出て、彼をひたと見つめて、言う。

 

「絶、俺達と一緒に行こう。お前の『滅びの神名』は俺が絶対に何とかするし、お前の目的……聞く限りじゃ、復讐なんだろ? それも手伝ったって構わない。……お前には関係ない、なんて言うなよ? だって、俺達は親友だろ!」

「望……」

「……ってことさ、暁。世刻は覚悟を決めた。お前のために力をつけ、力を振るう覚悟を。お前はどうする?」

 

 数瞬の沈黙。場を支配する静寂。それを破ったのは、暁の「ふぅ」と言う息を吐く小さな音だった。

 

「……確かに、現状それがベストな選択の様だな」

「っ! それじゃあ!」

「ああ、よろしく頼む、望。……それと、すまなかった」

 

 暁の言葉に破顔する世刻。そんな様子に、自然と俺達の表情も和らいでいた。……うん、良かった良かった。

 ……さて、念のためもう一度訊いておかないと、な。しつこいぐらいだけど、それでもしっかりと世刻の意思を訊いて、固めておかなければ。

 自分で狙ったこととは言え、こうなった以上、別の要因はともかく、世刻が暁との戦いを通じて前世の力に更に目覚める事は無いのだから。

 

「世刻、本当に良いんだな? 自分で提示しておいてなんだが、『ジルオル』の力を得るってことは、きっとそれ相応のリスクがあるんだろう。それでも、暁を救うために力を得て、それを振るうってことで」

「はい!」

 

 力をつけること、力を振るうこと。前世の記憶に向き合わなければならないこと。それらを含めた問いに、彼は一言答え、強く頷いた。

 ……まったく、ここで迷い無く頷けるあたり、主人公してるよ、こいつは。

 

「そうか……だったら、一つだけアドバイスだ。……『前世』を否定するな。拒絶するな。……勿論、何もかも受け入れろ何て事は言わないさ。それで“お前自身”が無くなってしまっては意味が無いからな。……けど、暁を救う為には、その“前世の力”を振るう必要がある事を認め、前世は前世として認めろ」

 

 そこで言葉を切って、世刻の目をじっと見る。……うん、大丈夫、意思の強さは失われていない……と思う。

 

「……とは言え、前世の意識に身体を明け渡せって訳じゃない。だから、自分を強く持て。お前は『世刻望』なんだって。きっと皆に言われているだろうけど、前世は前世、お前はお前なんだしな。あとは……お前自身、納得いくまでよく考えてみろよ」

 

 俺の言葉を吟味し、反芻してか、深く頷く世刻。……願わくば、俺の言葉が少しでも彼の助けになればいいのだけど。

 ……まあ、あとは彼と、彼のレーメが考える事か。きっとこいつらなら、俺がとやかく言わなくても大丈夫だろうさ。

 丁度その時、俺達の会話が終わるのを待っていたかのように、部屋の外──階下から、俺達の名を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、皆が来てくれた様だ。

 やれやれ……とりあえずは何とか良い方に転んだってところだろうか。

 抜けるような青空を見上げながら、俺は一人、小さく安堵の息を吐いた。


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