永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
何故、彼女が今ここに居る?
それが最初に思った事だった。
彼女が現れるのは、この戦いが終わった後
それが今、戦闘の最中にここに現れた。俺が予想していたのとは余りにも早すぎるタイミング。当然“記憶を失う”ような事態にはなっていない。
……だがまぁそれはいいさ。すでに『精霊の世界』において“原作”とは逸脱した状態になってるんだ。この程度のイレギュラーなんてのはどうと言う事は無い。
問題は、だ。彼女が何をもって俺達の側へ加勢すると言ったのか、だ。
思い出せ。彼女は何を命じられてこの『時間樹』に来た?
…………そうだ、世刻。彼をこの時間樹に封じられている第一位神剣である『叢雲』へと導くことだ。それを命じたのは、ローガス……カオス・エターナルのリーダーにして永遠神剣第一位『運命』の担い手、『全ての運命を知る少年 ローガス』。
確かローガスは『ナルカナ』の事を気にかけていて、彼女の担い手になれる人物をずっと探していた……んだったっけか? ……となるとその過程で『旅団』の事を教えられていても可笑しくは無い。事前にローガスに旅団に協力するように言われていたのだとしたら、ユーフォリアがこちらへ加勢しようとするのも解る、か。
「……えっと、あの!」
「え?」
「そうじっと見つめられると困っちゃうんですけど……あ、もしかして今手を出したのってご迷惑でしたか?」
……どうやら思ったよりも俺も混乱しているらしい。現状を把握するためとは言え、戦闘中に考え込み過ぎてたようだ。
少々困ったように言うユーフォリアへ首を横に振って返す。
「……あ、いや、ごめん。ちょっと考え込んじゃってた。今は正直助かったよ。エターナルである君が手伝ってくれるのはこっちとしては願ったり叶ったりだけど……いいのかい?」
「はい! えっと、細かい事は言えないんですけど、あたしを派遣したリーダーから『旅団』の方々に協力するように、と言われてますから」
ああ、やっぱりローガスの指示か。
俺が一人納得していると、ユーフォリアが「それと……」と口を開く。
「さっきあたしが降りてくる前に、神剣とは違う大きな力をこの世界から感じたんですけど……それってお兄さんですよね?」
「……一応心当たりはあるから多分そうだと思うけど、どうしてそう判断したんだ?」
「お兄さんの身体に、近い感じの力の残滓がありますから、そうなのかなって」
言われて気付いた。ああ、そういえばスールードの猛攻受けてる時に、『クレスト』と『A-クレスト』かけてもらってたな、と。恐らくあれの効果がまだ若干残ってて、それを感じたのか。
神剣とは違う大きな力ってのは、さっきの『テンペストフォール』のアーツだろう。
「……えっと、あたしが受けた指令の一つに、その力を使ったのがどんな人物で、何をするのか、それを見届けてくる様にって言うのがあるんです」
「つまり、その為にも俺達と行動を共にしたほうが都合がいい、と。……って言うか、そんな指令を受けてるって事、俺に言ってよかったのか?」
そう問うと、一瞬「あ」って顔をした後、誤魔化すように笑いながらこくりと頷くユーフォリア。……まぁ、深くは突っ込まないでおこう。うん。
……あれ、もしかして今このタイミングで彼女が現れたのって、あの時『テンペストフォール』が使われたのを感じたから? ……いや、それ以前に彼女が受けたって言う指令によるなら、俺と言う存在がこの世界にある事自体が原因になるのか。
溜息が出た。予想外な事態が起きたと思えば、蓋を開けてみれば自分が原因とは。……いやまあ、妥当なところなんだろうが……やれやれ。
「大体は把握した。細かい事はこの場を何とかしてからだな。……よろしく頼むよ」
「はいっ!」
俺の言葉に、ユーフォリアがその顔に太陽のような笑みを浮かべて頷いたとき、くいっと袖を引かれる感触。
そちらに視線を向けると、途惑った表情を浮かべた永峰が。
「えっと、先輩……? その、大丈夫……なんですか?」
そう言う永峰の視線の先にはユーフォリア。とは言えその表情は“不審”と言うようなものではなく、どちらかと言うと“心配”といった感じだろうか。
……なるほど。ユーフォリアの見た目的に大丈夫かって思ってるのか。確かになぁ。
「永峰。少なくとも彼女は、この場に居る神剣使いの中で一番強いぞ?」
永峰に対してそう言うと、彼女は「え……?」と驚いた表情を浮かべた。
そんな永峰に「三位以上とそれ以下ってのは、そう言うことなんだよ」と言ってやる。そう、例えこの時間樹では『神名』のせいで力が制限されるとしても、だ。
それでもやはり実際に見てみないと、理解はしても納得は出来ないのだろうか、今一ピンとこない様子で「はぁ」と頷く永峰。
「まぁ、追々解るさ。それより……」
「……来ましたっ」
ユーフォリアの言葉に呼応するかのように、膨れ上がる濃密なマナ。
そちらの方をみやると、先程ユーフォリアに喰らった一撃は随分と強烈だったらしく、結構遠くへ弾き飛ばされたスールードが、ゆっくりとした足取りでこちらへ近づいて来ている。
それに対して俺達もそれぞれの武器を構え、相対する。さて、彼女とは上手く連携が取れるのだろうか。……いや間違いなく俺が足手まといになるのは目に見えてるんだが。
「いくよ、ゆーくん!」
「おう!」
「……え?」
「……ん? ……あ」
つい返事してしまってから、自分がユーフォリアに名乗っていないことを気付いた。そういえば彼女は自分の神剣の事を『悠久』だから「ゆーくん」って呼んでるんだったか。
「えっと、うん、ごめん。俺の名前、祐って言うんだ。青道 祐。改めてよろしく」
「あ、はい。えっと、あたし、この子のこと『ゆーくん』って呼んでるんです。ごめんなさい」
「いや、謝る必要はないんだけど。何て言うかこっちこそごめん」
お互いにひとしきり謝りあってから、このままじゃキリが無さそうだと、ごほんと一つ咳払いをして仕切り直す。
「えーと、うん。……じゃあ行くか」
「あはは……はい」
「もう、何やってるんですか……」
なんだかさっきまでの緊張感が一気にぶっ飛んでしまった気がする。……いかんいかん。
片手剣にした『観望』を構え直し、いざ行かんとしたその時だった。
「祐、希美、無事か?」
「二人とも大丈夫!?」
「祐さん、ご無事ですか!?」
周囲のミニオンを殲滅し終わった皆が集まってきて、異口同音に心配する言葉をかけてくれる。
それに頷き「援軍が来たからな」と言うと、ぺこりとお辞儀をするユーフォリア。……それにしてもさっきから出鼻を挫かれてばかりだな、と思わず苦笑する。
「援軍って……この娘がですか?」
「そうは言うがノゾム。この娘の神剣、おそらくこの場の誰のよりも高位の神剣だぞ?」
やはり世刻もユーフォリアの外見的に信じられないのだろう。彼がそう言うと、彼のレーメがたしなめる様に口を開く。そのレーメの言葉に驚いたのは世刻だけではなく、他の皆もだったのだが。
そしてレーメの姿に「わぁ」と感嘆の声をもらしつつ、瞳を輝かせるユーフォリア。……ああ、何か場が混沌としてきた。
「っ! 来るぞっ!」
「私がっ!」
ゾクリとした殺気と、視界に走った閃光に声を上げると、それに反応してゴシック調のドレスを翻し、前に躍り出る永峰。張り巡らされる
そこに更に注がれるマナの砲撃。
それに対して、永峰に並んでポゥが前に出て、重ねるように展開したマナ障壁で受け止めた。
「っ、痛~」
「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます」
もう手加減は無用、と言うところだろうか。二度三度と振るわれる攻撃を受け止めつつも、永峰とポゥの二人掛かりでも押し込まれるほどの衝撃に押されて来た背中を支えてやり、そのまま意識をオーブメントへ向け、EPが少し回復しているのを確認。
「ナナシ」
「はい……『ラ・クレスト』!」
俺の意図を汲んだナナシが放ったアーツは俺を基点に広がり、皆に大地の守護を与え、物理防御力を上昇させる。
……俺の肩に降りたナナシと一緒に出てきたレーメに、ユーフォリアが興味深げな視線を送りつつ、自身に掛けられた“力”の作用を理解したのだろう、それに続くようにマナを練りこんでいくのを感じる。
「収束する世界、極限の時よ、全てを見通せ! 『コンセントレーション』!!」
「よっしゃあ、行くぜ!」
「待て、ソル」
確か物理防御力を上げる神剣魔法だったか。彼女のマナが広がり、俺達を包み込むのを感じた。
そしてそれを受けて飛び出していこうとしたソルラスカを押し留めると、「なんで止めんだよ」と不満気な視線を向けてくるのだが、それに対して口を開いたのは俺ではなく、サレスだった。
「いや、祐の言う通りだ。ここは彼とクリスト達に任せて、我々は『支えの塔』へと向かう」
「そう言う事。そっちは頼んだぞ。……ナナシ、ナーヤに」
「む……どう言う事じゃ?」
俺に呼ばれたナナシが、ふわりとナーヤの肩に移動する。と、ナーヤは不思議そうな顔で問いかけてくる。いやまあ無理も無いが。
だが恐らく彼女はこの後、崩壊しようとする支えの塔のシステムを繋ぎ留める作業をやるはめになるはずなのだ。出来れば多少でも余裕を持ってそれに挑んでほしいので、ナナシならばナーヤをフォローする事もできるだろう。
「多分役に立つ。連れて行ってくれ」
「……ふむ、解った。ナナシ、頼むぞ」
「はい」
「よし……では、行くぞ!」
スールードの攻撃が止んだ一瞬。その瞬間に出されたサレスの指示で、俺達は二手に別れ一斉に動き出す。スールードへ向けては俺とクリストの皆、そしてユーフォリア。他の皆は『支えの塔』へと。
それを見てか、二方向へ振るわれる剣閃。しかしそれは、アーツと魔法によって強化されたポゥと永峰のそれぞれのブロックに阻まれていた。
そして再度肉薄する、俺とスールード。
「待たせたな」
「まったくです。ですがまあ良いでしょう。こうして足掻く貴方達の姿は、それだけで美しく、見る価値が有るのですから」
「……戯言をっ!」
会話の最中にも振るわれる俺やクリストの皆の攻撃を受け止めつつも、ユーフォリアの攻撃だけはいなす様に受け流している辺りは流石と言うべきか。
だが、やはりユーフォリアの存在が大きいのか。彼女へ意識の大半が割かれているのだろう、こちらの攻撃も着実に当たり出していた。
「はあああ!」
そして気合と共に繰り出されたルゥの幾度目かの攻撃が当たったその瞬間、スールードの障壁が音を立てて弾け、その身に浅く傷を創る。
「くっ……ふっ!」
それに少し顔をしかめたスールードが短く息を吐くと同時に、彼女を中心にマナが弾ける。それに俺達が一瞬怯んだのを逃さずに跳び退るスールード。その時だ。遠めに見える『支えの塔』が光を発した。
「あれは……」
「ふむ……どうやら事は成った、と言う所でしょうか」
ミゥの疑問に答える様に言われたスールードの言葉に、彼女と対峙する俺達の間に緊張が走る。
──事は成った……ってことは、あれはエヴォリアが『支えの塔』を暴走させ始めた証左か。
(……ナナシ、聴こえるか?)
(はい。……『支えの塔』の発光でしたらこちらでも確認しました。それと同時に塔を守るように現れたベルバルザードが率いる部隊と戦闘に入っています)
(そうか……気を付けてな)
(はい。マスターもお気を付けて)
そういえばどれ位の範囲まで念話が届くのか確かめて無かったな、なんて思いながら念話を送り、無事に向こうの様子が解った事に安堵しつつ、事態の悪さに嘆息した。
“原作”よりも動くのが早かったとは言え、クリストの皆がこちらに居る以上戦力的には下。ベルバルザードに部隊を展開されてしまっている以上、状況は悪い……か?
「さあ、この世界と、この世界に連なる世界の崩壊が間近に迫った今、貴方達はこの私に何を見せてくれるのですか!?」
「何を──!」
心底楽しみだと言わんばかりのスールードへ、激昂して飛びかかろうとしたゼゥの肩を押さえて止める。
対スールードで限っていえば、アイツに対して恨みや怒りの様な想いが少ない俺のほうが冷静になれる。だったら彼女達を抑えるのは俺の役目だろう。
事態が切迫して来た以上は、長引かせる訳にも行かない。だからと言って焦っても良い結果にはならない。
「祐?」
「落ち着けゼゥ」
「……そうね、ごめんなさい」
ゼゥは静かに深呼吸し、その気を高め、居合いの如く『夜魄』を構える。他の皆も同じ。各々の武器を構え、再度臨戦態勢をとっている。
「……ユーフォリア、全力は出せそうか?」
「それなんですけど……どうもこの世界に降りて来てから、妙に身体が重いんです。何かご存知……なんですよね?」
「ああ。この戦いが終わったら説明するよ。とりあえず今は、出せる範囲の力で頼む」
「はいっ……マナよ、鬨の声となり戦場を駆けよ! 『インスパイア』!」
ユーフォリアのマナが再び俺達を包み込む。今度はその力に加護のかかる感覚。これは攻撃力を上げる神剣魔法だったか。
そしてそれを合図としたように、同時に駆け出す俺達。
だが、そこに合わせる様にスールードが大量のマナの弾丸を放ってきた。一つ一つが俺の半身程度──クリストの皆にとっては身長ほどもある大きさ。全て防ぐのは難しいかと思ったその時、周囲の空間を更に大きなマナが満たしたのを感じた。
強く、優しく、そして大らかさを感じる白のマナ……この感じはミゥか、と思った矢先、それを確認するまでもなく、ミゥの声が響き渡った。
「『スカイピュリファー』!!」
そして同時に、爆発するように弾ける白いマナ。
展開された強烈な空間攻撃は、スールードが放ったマナの弾丸の事如くを打ち消し、スールード本体にも強烈な衝撃を加える。そしてそれと同時に、俺達に対しては安心するような暖かさをもって包み込み、全身に負った幾つもの傷が癒えていく。。
攻撃と回復を同時に行う、彼女の切り札……何と言うか、ミゥらしい大技だな
一方で、『スカイピュリファー』を喰らいつつも、スールードは反撃の一撃を繰り出してくる。
「はぁっ!」
「させません!」
水平に振るわれた閃光の斬撃。それに対して、誰よりも前にポゥが飛び出す。
ポゥが展開したマナ障壁は、スールードの一撃を防ぎきり、その隙を埋めるようにワゥが神剣魔法や伸縮自在の『剣花』で牽制の攻撃を放つ。
その間にスールードの眼前に迫るゼゥ。彼女の放った目にも留まらぬ剣閃が、ミゥの一撃で弱ったスールードの障壁を切り裂いた。
そこに振り上げるようなルゥの一撃。ルゥの身長程も有る大剣による渾身の攻撃は、それを防ごうとしたスールードの剣を両腕ごと跳ね上げ胴をさらけ出させた。狙うはここ!
俺はそこに、剣状の『観望』を構え、身体ごとぶつかる様に突っ込んだ。
「おおおおおお!!」
「くぅっ!」
それを身体を捻るようにして躱すスールードだったが、躱しきれずに俺の手に彼女の脇腹辺りを裂く手応えを残す。
入りは浅い。けど、それで充分。
「最大の力を、最高の速度で……最善のタイミング!!」
跳び退るように離脱した俺と入れ替わりに一気に肉薄したユーフォリアが、下から掬い上げる様に『悠久』を振るい、そのままの勢いで跳躍、落下による加速を含めた振り下ろしの一撃へと繋ぐ。
それは再度張られたスールードの
「…………どうやらこの身体はここまでのようですね」
ほんの僅かの間、時間が止まったかのような沈黙を破って、スールードが言う。
彼女から一度距離をとり、神剣を構えつつ対峙する俺達をゆっくりと見渡したのをきっかけとするかのように、まるで砂が崩れるかの様に壊れていく、彼女の身体。
「私の役目は時間稼ぎでしたから、目的は達成……と言う所ですが。惜しむらくは、貴方達がこの危機にどう立ち向かうかが見れない事でしょうか。それにしても……あの状況をどのように切り抜けるのかと思えば、エターナルをも引き寄せ、私の分体の一つを滅ぼしてしまうとは……ほんとうに、貴方は面白い人です」
崩れ行く身体を気にも留めずに、これもまた一興とくつくつと笑う彼女は、心底楽しそうで。ひとしきり笑った後、こちらをひたと見据え、
「……それでは、またいずれ……」
その言葉を最後に、スールードはマナの霧となって姿を消した。
最後まで余裕を崩さない、あっさりとした退場。
そう、あれは所詮彼女の分体の一つ。いつかまたどこかで遭う事になるのかも知れないけど……とりあえず、今勝てた事で良しとしとこう。
「…………祐さん、行きましょう」
「……ああ」
まだ戦いは終わっていない。
ミゥに促され、俺達は『支えの塔』へと足を向けた。