永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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36.決意と、決断。

 とりあえずのサレス達との話を終え、さて、この後の展開はどうだったかなと思いながらナーヤの執務室を出たところで、

 

「ユゥーーーー!!」

「ぐぼぁ!」

 

 ズドムっと言う衝撃が腹に響いた。

 痛む腹と何かがしがみついている感触に何かと思って下を見ると、明るい茶色のおかっぱ頭と、則頭部から生え、緩い弧を描いて前頭部へと伸びた二本の角。羊の角の様な形、と言えば想像できるだろうか。そして肩口から羽織った黒いマントが見えた。

 

「……ん、ワゥか。痛えよ」

「ワゥちゃん、いきなり突進してきたら危ないですよー」

 

 とりあえず眼下の頭を軽く撫でつけ、俺とフィアがそう言ってやると、ワゥは「えへへ」と照れ笑いを浮かべ、俺から離れる。

 そんな時、クスクスと笑う声に気付いてそちらを見ると、いつの間に居たのか、俺達の様子を楽しそうに見るフィロメーラさんの姿が。と、俺の視線に気付いたのか、ぺこりと頭を下げてきたので返すと、こちらに近寄ってくる。

 

「あの、青道祐様にフィア様、ですか?」

 

 そう問われ、あれ、彼女には名乗って無いよな? 何て思いながらも「そうですよ」と返すと、そんな俺の表情から察したか、彼女はくすりと笑うと、

 

「お二人の事はミゥ様達から伺っております。皆様が戻って来て、外に出ては長く活動できないはずのミゥ様達が、生身で出てこられたれた時は驚きました」

 

 なるほど……と呟く俺に対して、フィロメーラさんはニコリと、その見た目通りに柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ミゥ様達、クリストの皆様がこのザルツヴァイを生身で歩く姿を見ることが出来るとは思いませんでしたし……サレス様やナーヤ様も同様だったらしく、感謝しておりましたよ」

「……話した内容からして当然とは言え、先程の会談の場では一切そのようなそぶりは見せなかったがな」

 

 フィロメーラさんにレーメが返した言葉に、まったくだ、と頷く俺達。

 ミゥ達から聴いた話では、彼等が『煌玉の世界』に着いたのは、彼の世界が消滅した直後だったらしい。彼等に直接に……いや、間接的にすら責は無くとも、当の彼等にとって“助けられなかった”って事実は、(おり)の如く心の底に残っているものなのかもしれない。……やはりサレス達旅団関係者にとって、クリストの皆は頼りになる仲間であると同時に、心痛めるものでもあるんだろう。

 ……まぁ、何を言っても俺の想像に過ぎないし、だからといって、彼等にその心境を尋ねる事など、この先もありはしないのだけど。

 ……兎に角、「それでどうしたんだ?」と、彼女達がここに居る理由を訊いてみると、ワゥが「そうだった!」と言わんばかりにハッとして、

 

「えっとね、ユウ達をボクらが案内してあげようと思って迎えに来たの」

「ボクらって……ワゥとフィロメーラさん?」

 

 ワゥの言葉に二人を交互に見ながらそう訊くと、ワゥは頭をぶんぶんと横に振る。

 

「フィラはナーヤに呼ばれてるだけだよ」

「……となると、クリストの皆か」

 

 フィアの顔を見ると、コクリと頷いて返してきたので、ワゥに「それじゃあよろしく頼むよ」とお願いする。折角なのでザルツヴァイ観光でもしようじゃないか。この先も辛い戦いが待っているのだし、息抜きは必要だ。

 

「じゃあ、フィロメーラさん。失礼します」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 ペコリと頭を下げて俺達を見送るフィロメーラさんへ手をふりつつ、ワゥに引っ張られてその場を後にした。

 

 

……

………

 

 

 ワゥに連れられて向かった先でミゥ達と合流し、彼女達と共にザルツヴァイの街中を見て回っている時だった。

 

「こんにちは! いい日和ですね!」

 

 そんな快活な声が聞こえ、後ろを振り向いたそこにいた人物の姿に、俺達は皆その場に固まった。

 俺達に声を掛けて来たのは、袖口や前垂れの辺りに黒いラインで模様の描かれた、白色の着物を紫色の帯で締め、髪の毛を後頭部で髪飾りで結わえて、大きなリボンのついた黒色のカチューシャをした少女だった。

 目の前の娘の雰囲気は……そう、正に“楽しそう”という表現以外が見つからないほどに楽しそうで。

 それに対して俺達は、そのあまりの事態に誰もうかつには動けなく。出来たのは、目の前のその少女の、一挙手一投足に注視することぐらいで。

 少女はそんな俺達の様子に、くすくすと笑みを漏らして、

 

「……貴方の名前を訊いておこうと思いまして。──約束通り、“また逢いました”ね」

 

 その、大きな鈴の髪飾り(・・・・・・・・)を着けた少女は、その黒く深い瞳でひたと俺を見据え、そう言った。

 じとりと、背中に嫌な汗が流れる。

 

「……一体何をしに来た、鈴鳴(すずなり)……いや、スールードッ!」

「鈴鳴、でいいですよ、この姿の時は。目的は……今言ったじゃないですか。そこの彼の名前を訊きに来た、と」

 

 街中という事もあってか、剣を抜かずに──それでも、いつでも抜けるようにはしているだろうが──問いかけるルゥへ、その姿に合わせてか、以前とは口調すら変えて答えるスールード……いや、鈴鳴。本当に、彼女はあの時相対した『スールード』なのか、と思ってしまうほどに。

 

「うん、武器を構えないのは正解ですよ。剣を向けられたら──流石に私も、抵抗してしまいますから」

 

 それは忠告だった。武器を抜けば、容赦はしない、と。剣を向ければ、周囲がどうなろうと力を振るうぞ、という。

 ──確信した。言葉の最後の一瞬で、明らかに雰囲気が激変したのを感じたから。

 それまで以上に背中に冷や汗が流れるのを感じながら、勤めて平静を装い、問いかける。

 

「……何故俺の名前なんて?」

「……ただ一人。この人数がなにか解りますか?」

 

 解るわけが無い、と、答えることの出来ない俺の様子に、彼女はふふっと、先程までの快活な笑みではない、艶然とした笑みを含ませながら言葉を続けた。

 

「永遠者ならぬ人間(ひと)の身で、この私に痛撃を与えた人間の数です。そう、貴方はその二人目。

 最初の一人は──クリストの民の力を結集し、私の分体を滅ぼすに至りました。ですが貴方は、貴方のみの力をもって、この私をあわよくば滅ぼせるところだった。

 ……ふふっ。そうです。あの時のあの一撃。あれは私にとっても、かなり危険な一撃でした。そしてあの満身創痍の状態から、剣の爆発を抑え、かつ無事に脱出するに至るとは……実に、興味深い」

 

 そう言って、彼女は俺にゆっくりと近づき、その両手をそっと、俺の顔を挟み込むように、頬へと当ててきた。俺の後ろで皆の息を呑む気配を感じつつも、俺はそれを、動く事もできずに受け入れる。──蛇に睨まれた蛙、なんて言葉が頭を掠めた。

 

「そう、そんな貴方の名を知っておきたいと思った。ただ、それだけ」

 

 その壊れ物を扱うかの様な丁寧な動きと、柔らかな感触が、ひどく、場違いに感じる程に、恐ろしい。

 そう、恐ろしい。だから──一瞬だけ眼を閉じて、睨みつけるように、正面の『スールード』を見据える。たとえ、力では負けていたとしても、気持ちでは絶対に負けないように。

 

「祐……俺の名前は、青道祐だ」

「ふ……ふふふふ……あはははははは!」

 

 そんな俺に、彼女はただ、本当に楽しそうに、声を上げる。

 

「私は今、貴方だけが感じる様に、只人では耐えられないであろう圧力を掛けているつもりなのですが……それでも、それに屈することなく、かつ挑むように睨み付けてくる、ですか。……本当に、興味深い人です、貴方は。

 ……青道祐、貴方の名、覚えておきましょう」

 

 更に一歩踏み込んで、最早殆ど密着しているとも言える位置から俺を見上げる彼女は、静かに、けれど、よく通る声で言う。

 

「近々行われる、『光をもたらす者』のこの世界への侵攻。本来であれば興味など無かったのですが──私も参加する事にしました。……出来得るならば、私に人間(ひと)の“面白さ”を見せてくれることを、期待します」

 

 その言葉を最後に俺から離れた『スールード』は、一度顔を伏せた後、再び上げたその顔にはつい今まで艶然とした笑みではなく、最初にこの場に現れた時の様な快活な笑みを浮かべており、

 

「それでは皆さん、また、逢いましょう」

 

 そう言って『鈴鳴』は、悠然とこの場を後にした。

 

「──っはぁ……」

 

 鈴鳴が去った直後、どっと押し寄せる疲労感。

 思わずその場に座り込みそうになったところで、「大丈夫ですか?」とフィアに支えられる。

 と、そこでようやく他の皆が心配そうに俺の事を見ている事に気付いた。そのミゥ達もまた、極度の緊張を感じていたんだろう、ほっとした表情を浮かべている。

 

「ああ、すまん、大丈夫。……ったく、これで次の戦い、絶対に退くわけには行かなくなったな」

「はい。それどころか、一層気を引き締めなければいけませんね」

 

 ミゥの言葉に「まったくだ」と答え、今のやりとりを報告するために『支えの塔』に戻ることにした。

 

 

……

………

 

 

 あの後『支えの塔』に戻った俺達は、サレスがものべーに向かったとフィロメーラさんに聞かされて、結局ものべーに戻った。サレスはものべーでは……確か校長室だったはず。

 ってわけで向かうと、丁度世刻が出てきた所で。……ああ、サレスに呼び出されて、何か色々言われたのか。正直二人の話が『原作』でどんな内容だったかは正確に覚えてないのだけど、……落ち込んでるって雰囲気がありありと感じられる。

 

「よう、どうした? 随分落ち込んでるな。サレスに色々言われたか?」

「っ!」

 

 声を掛けるまで俺達のことに気付かなかったのか、びくり、と肩を震わせる世刻。……随分と参ってるなー。

 正直、こんな状態の奴にどんな言葉をかければいいのか、なんて解るほどに人生経験豊富でもないけれど……月並みな台詞でも、掛けないより良い、かな?

 まぁ、多少なりとも人生の先輩だしな。そう思って、「まぁ、余り一人で抱え込むなよ?」と世刻の肩をぽんっと叩くと、彼は少し驚いたような表情を浮かべて俺を見る。

 

「……正直、月並みな台詞しか言えなくて申し訳ないんだが……お前は“独り”じゃない。お前の周りには頼りに成る仲間が沢山居るんだから」

「──っ……そう、ですね。先輩、有難うございます」

 

 そんな彼に「ああ」と返し、校長室へ行こうとしたところに、「あの」と声を掛けられる。

 

「ん?」

「『戦いたい』って気持ちと、『戦わなければならない』って気持ちの違いって解りますか?」

「そうだな……」

 

 世刻の問いに少し考え、彼の言葉から思い至った事を「あくまで俺の気持ち、なんだが」と前置きしてから、そのままの想いを紡いでいく。──言葉を飾らないように。

 

「正直言えば、俺は『戦いたくない』」

「……え?」

「だってそうだろ? 痛いのとか嫌だし。けど、大切な人を、大切なものを守る為には『戦わなくちゃいけない』んだよな」

 

 この世界に“産まれて”から出来た、仲間たち。共に過ごし、苦難……何て言ったら大げさかもしれないけど、乗り越えて、育んで来た皆との“絆”。

 

「確かに傷つくのは嫌だし、敵を殺すのも嫌だ。例えミニオンといえ、さ。けど、大切なものを失うのはもっと嫌だから。だから戦う。皆の……仲間たちの未来を守る為に、俺は武器を取る」

「…………」

 

 確か世刻はナーヤには、「全部を守りたいなんて思うのは傲慢だ」って言われたんだっけ。なんて思いながら、言葉を続ける。

 

「けど……俺は弱いからな。……『剣の世界』を戦い抜いて、『精霊の世界』を駆け抜けて、嫌と言う程思い知った。“全部を背負い込める程に、俺の背中は広く無い”ってな。だから今は守りたいはずの仲間達に、力を貸してもらってるんだけどな。……けどまぁ、俺はこれでいいと思ってる」

「……何故ですか?」

「戦ってるのは俺独りじゃないからさ。『剣の世界』でカティマがダラバと一騎打ちしてるとき、言っただろ? “この戦争はこの世界の人間のものってわけじゃない、もう俺達の戦争でもあるんだ”って。それと同じ事。

 俺が皆を守りたいからって戦ってるのと同じように、皆にも戦う理由がある。だから俺は、共に戦う皆の背中を守るし、俺の背中は皆に守ってもらう。戦えない皆には、俺達の“帰る場所”を守ってもらいたいと思う」

 

 って、長々と語ってからふと気付き、「あんまり質問の答えにはなってなくて悪いな」と苦笑が漏れた。そんな俺に世刻は、「いえ……ありがとうございました」と返してくれて。

 ……あとはもう、彼の気持ち次第なんだよな。……俺に出来る事はないだろうし、世刻の相談に乗ってくれる人は沢山居るだろう。

 

「……まぁ、さっきも言ったが、余り抱え込まないようにな」

「はい。失礼します」

 

 そう言って去る世刻の背中に「ああ、そうだ」と声を掛けると、その場で振り返ったので、

 

「俺って、戦いのときは何だかんだで別行動になるのが多かったけどさ。それでも──別行動の部隊にお前等が居るって思うとさ、安心して戦えるんだぜ?」

 

 だからまぁ、自分の“力”を嫌ってやるなよ?

 そんな想いを乗せて言葉をかけると、世刻は一瞬きょとんとしたあと驚いた表情を浮かべた。そして、もう一度「ありがとうございます」とだけ言うと、今度こそこの場を後にしていった。その雰囲気は──うん、最初よりはいいように思う、かな?

 ──さて、スールードの事を報告しないとな。

 そう気を取り直して、俺は校長室の扉をノックした。

 

 

……

………

 

 

 その夜、俺達は突如「全校集会をする」と、体育館に集められた。集めたのは世刻。内容は……戦いの事。

 帰る手段はもう解っているのだけど、この世界にもうじき、『光をもたらす者』の大部隊が攻めて来る事。

 この世界が負けて滅ぼされたとき、俺達の世界にも大きな影響が──それがどんな影響かはわからないけど──出ると言うこと。

 

「──だから、俺は、この世界に残って戦いたい。戦って、勝って、後顧の憂いを除いて俺達の世界へ、堂々と帰りたいんだ。……でも、皆がもう帰りたいと言うのであれば、すぐにこの世界を出ようと思っている。……みんなに決めてもらいたい。戦うか、帰るのかを」

 

 マイクを通じて響いていた世刻の声がそこで終わる。

 場には騒然とした雰囲気が広がって、満ちて、そしてやがて静まって。

 と、そこに斑鳩が壇上へと上がり、二、三世刻と言葉を交わしたあと、マイクのスイッチを入れた。

 

「さてみんな、戦うか、帰るか。採決をとるわ。声だけじゃわからないから、戦う事に賛成の人は挙手!!」

 

 挙がらない手。

 世刻は若干落胆した雰囲気の中に、それでも決意に満ちた顔で。──あいつは、もし皆が帰る場合でも、残って戦うのだろう。

 そんな時だ。一人の男子生徒が声を上げた。

 

「一つ質問なんだけど、答えてもらえるか?」

「あ、ああ。何でも聞いてくれ」

「……俺達には、会長やお前みたいな力は無い。それでも戦いの役に立てるのか?」

 

 それはきっと、この場にいる一般生徒の想いそのものなのだろう。皆、その答えを言うであろう世刻を、固唾を呑んで見守っている。

 そして世刻は、しっかりと頷いて返した。

 

「もちろん。戦いの前なら避難誘導をしたり、戦いが終われば、復旧の手伝いができる。小さな事からでも、助けになる事はあるんだ。それを、今までの経験からみんなは学んでいるじゃないか」

 

 その時ふと、世刻の視線が俺に向いた気がして、彼は言葉を続ける。

 

「それに……ある人に言われて改めて気付いたんだ。ここは──この物部学園は、俺にとって、俺達にとって『帰るべき場所』で、ここに皆が居てくれるから、俺達は前に出て戦える。ここを皆が守ってくれているから、皆を守る為に、俺は戦えるんだって」

「……そっか。なら俺は、戦う事に賛成だ」

 

 ……その男子生徒の声がきっかけになるように、周囲からも続々と、戦おう! と言う声が上がっていく。

 そんな学園の皆の雰囲気に、俺は「ああやっぱりな」なんて苦笑してしまっていた。

 

「それでは、我々物部学園有志一同は……この世界のみなら、今まで出会った全ての人を守り、栄光を胸に堂々と帰還するため!

 この世界に押し寄せる脅威と戦いましょう!!」

 

 そして、そんな斑鳩の宣誓と共にこの夜の全校集会は締められて。

 壇上から降りた世刻の元へと集う皆を見る俺の脳裏には、サレスとの会話が浮かんでいた。

 

『──ふむ。……スールードの相手は、恐らく君とクリスト達にやってもらうことになるだろう』

『……でしょうね。奴の狙いは間違いなく俺。……俺が足掻き、立ち向かう姿を見たいのでしょうから』

『…………すまないな。スールードが現れるタイミングが良ければいいのだが。……恐らくは、そちらに戦力を回す余裕はないだろう』

『……頑張りましょう、祐さん。皆を守る為に』

『ああ。大切な皆の、そしてこの世界の未来を守る為に──』

 

 

 

 そして、その時は訪れる。


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