永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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35.信用と、信頼。

「ここはわらわが主に政務に使う執務室じゃ。存分にくつろぐといい」

 

 そう言うナーヤに通されたのは、大きな窓の前にデスクが置かれ、壁際に蔵書の詰まった本棚がいくつも並んだ部屋だった。

 

「はぁ……蔵書がたくさんあるお部屋なのですね」

「うう、頭痛が……」

 

 カティマが感心した声を上げ、ソルラスカが不調を訴える。そして「大丈夫ですか?」と心配する永峰に、タリアが「単に本アレルギーなだけだから、心配なんてしなくていい」と教えていた。

 

「ほ、本アレルギーですか?」

「そ。いかにも難しそうな本を見ると、すぐに頭痛と微熱が出るのよ」

 

 そんな会話を交わしながら皆が思い思いの場所へと腰を降ろすと、それを見届けたナーヤが窓際の執務机の所に座る。

 

「皆も都市部へ行きたかったとは思うが、とりあえず情報を整理した方がいいと思ってな。しばしの間、我慢してもらうぞ」

 

 そう言ったナーヤは、俺達をぐるりと見渡したあと、ニコリと笑い、

 

「あらためて、ようこそザルツヴァイへ! ここはこの『魔法の世界』の中心にして、唯一の都市じゃ。主にわらわ達、トトカ一族が統治しており、わらわと兄上の二人が代表じゃ」

 

 ……その辺が先程サレスが言っていた、ニーヤァが他の種族を見下している要因ってやつだろう。

 

「我が国は、そこにいるサレスの協力を得ていてな。もう随分と長い間、色々と助けてもらっておる。ちなみに、わらわの教育者でもあるぞ?」

「……そういえば、サレスって私よりナーヤの方を可愛がっていたわよね?」

「教え甲斐のある方を可愛がるのは、教育者として当然だろう?」

「あ~ら、私は教え甲斐の無い生徒だったのかしら?」

「そうだな。つまらないと言っては直ぐに逃げる。見つけたと思ったら教科書を隠す。まったく、手のかかる生徒だったよ」

 

 彼等にとってこの『旅団』と言うのは、正に家族の様なものなのだろうと言うのが伝わってくるやり取りを、皆の一番後ろでぼんやりと聞いていると、

 

(……マスターは、これからどう行動するつもりですか?)

 

 そんなナナシからの念話が飛んできた。

 ……正直、敵の侵攻が始まるまで俺に出来る事なんてのは、特に無いんだよな。

 俺の覚えている限りでのこの先の展開は、いずれ来るであろう敵の侵攻に対して残って戦いたいと言う世刻へ、サレスとナーヤが、漠然とした「全部を守りたい」なんて考えは、只の傲慢でしかすぎない、と断って、世刻はそれを受けて、力を振るう事の意味を、戦う事に対する意識を見つめ直すはず。

 サレス達の世刻への干渉に手を出すつもりは無い。サレスにとってはまあ……世刻の中の『ジルオルの力』って目的もあるだろうが、破壊神であるジルオル言う、強大な前世に不安定になりがちな世刻の事を考えている事も事実で。世刻に関しても、サレスとのやり取りから学べる事ってのは、決して小さくは無い。寧ろ必要なことだろうから。

 この『魔法の世界』と『元々の世界』は、精霊回廊か何かで繋がっていて、この支えの塔が壊された時、俺達の世界にも間違いなく悪影響が出るそうで。……これはまぁ、『原作』云々の話ではなく、彼らと今まで行動を共にして実感していることだけど、学園の皆も、そんな状況を放っておいて帰りたいとは言わないだろう。

 仮に世刻が戦いたいと思わなかったとしても、その時は俺がものべーを降りればいいだけ。

 皆と別れるのは辛いっちゃー辛いが、その場合は学園の皆は安全だろうし、俺が『夢の彼女』との約束を──ログ領域に入る事を果たすには、サレスの協力は必須だろうから、選択肢は無い。

 

(……ってわけで、当分は様子見。背景にでもなってるさ)

 

 そんな結論が出たところで、意識を外へ向ける。

 

「……まぁ、『旅団』が本拠地として根を下ろしている世界でもあるのでな。皆とわらわは、長い付き合いでもあると言うことじゃ」

「ああ、その通りだ。それと、一応私が旅団の団長を務めている。先程は言いそびれてしまったがな」

 

 サレスの言葉に、俺はともかく他の皆もそれは気付いていた様で、各々頷いて返す。

 

「それじゃあ、沙月先輩を私たちの世界に送ったのは……」

「私の指示だ。彼がある神の転生体である可能性が高かったのでね」

「転生体って……昔の記憶の事か?」

 

 永峰の疑問に答えたサレスの言葉に、世刻がピクリと反応するのが見えた。

 その世刻の疑問に、しっかりとした頷きで返すサレス。そんな彼へ、世刻はあからさまに不満そうな表情を浮かべていた。恐らくは、いつから知っていたのか、とか、どこまで知っているのか、とかの疑問が渦巻いてるんだろう。

 そんな彼を宥めるように、

 

「ちなみに、わらわも転生体だったりするのじゃぞ」

 

 と、ナーヤが口を開く。

 

「ここには、過去に因縁のある神が何人もおる。よくぞ集まったと言うべきか」

「そうだな。彼女がここにいることは、特にな」

 

 そう言うサレスが向ける視線の先は、永峰。

 

「え、わ、わたしですか?」

「……どういう意味だ?」

「深い意味など無いさ。今は、な」

 

 ……まったく、態々意味深な言い方をする。案の定世刻が訝しげな視線を送るが、レーメに「会ったばかりの我々に全てを明かすはずがない」と諭されてい

た。

 

「何にせよ、ここに滞在する間は存分に羽を伸ばすとよい」

「え? 待ってくれ、俺達がここに来たのは……」

「解っておる。元の世界に戻るための座標が知るため、と言うのであろう?」

「だが、君達がここに来るまでにまた何度が時空震が起きてね。君達の世界の座標が元の位置より随分とずれたらしく、それを割り出すのに苦労している。もう少し待ってもらいたい」

 

 ナーヤの後を継いで答えたサレスの言葉に、斑鳩が「そんなに何度も起きてるの?」と訊き、サレスがそれに頷くと、斑鳩は小さくため息を吐きつつ世刻へと向き直る。

 

「そう……望君、こうなると少し待たないといけないわ。いくら旅団の団長でも、瞬時に座標を割り出すなんてできないから」

 

 そんな斑鳩の言葉に、世刻は今一納得できないような表情だったが、しぶしぶ、と言った雰囲気で頷いた。そしてナーヤの、「今はとりあえず観光でもしているといい」と言う言葉に、サレスとナーヤを除いた皆がものべーに戻ろうとした時だ。

 

「……ああそうだ、青道祐。君は残ってくれないか? ……何、少し話しがしたいだけだ。別にとって食おうと言うわけじゃないさ」

 こちらを見て薄く笑う、その内心の見えない表情のサレスに、俺は「解った」と答えて部屋の中へと(きびす)を返した。

 

 

……

………

 

 

 出ようとしたところから部屋の中へと引き返した俺は、サレスに促されて部屋の端にあった応接用のソファーへと腰を降ろす。

 対面に並んだ大き目のソファー。その俺の正面にはサレス。サレスの左隣にナーヤ。そして俺の左隣にはフィアが、両肩にはナナシとレーメが座っている。

 今の今まで懐に収まっていた2人が──特にレーメが──出た時は、恐らくは報告で聴いていたであろうがやはり眼を見張って居た。……まぁ、つい先程まで世刻と共にいたレーメとそっくりなのが出てきたんだから、無理もないよな。

 

「それで、話と言うのは?」

「何、訊きたい事は一つだけだ。……君は何者だ?」

 

 やはりそう来るか、と思いつつ、目の前に並ぶ2人の顔を見る。

 

「……斑鳩辺りから報告は受けてないんですか?」

「……受けてはいる。『この世界を観測できる世界の人間』を前世に持ち、ある理由で少々特殊な力を持ってこの世界に転生してきた、だったかな? ……更に言えば、生身ながら魔法を行使し、黎明の神獣とそっくりな使い魔を持ち、神出鬼没なメイドが側に控え、クリスト達を結晶体の外でも活動できるようにし、更には永遠神剣と契約する。……さて、君はそれを素直に信じられるとでも?」

 

 改めてそう言われて、思わず苦笑する。何と言うか、非常識に過ぎるな、俺。

 

「思いませんね。逆の立場なら、俺でも信じられない」

「……ならば、私が何を言いたいかわかるな?」

「……信頼に足る証拠、ですか?」

 

 俺の答えに納得したかのように頷くサレス。

 

「君が大局的に見て味方である、と言うのは、他の皆の報告や状況から判断して解っている。君が何のために戦っているのか、と言うのも、大まかに予想はつく。その結果、君が今後どのような行動に出るか、と言うのもな。だが、根底にある“君が何者か”と言う部分において嘘偽りがあれば、完全に味方として信頼することは出来ない」

 

 サレスの言葉に、ふむ、と考える。

 俺が彼らにとって味方である、と考えてくれるのは良い。けど、俺が戦う理由……ね。

 『この世界』に俺が俺として覚醒したとき、フィア達との話し合いの中で俺は『この世界に何かを残したい』。そう思った。じゃあ、『剣の世界』、『精霊の世界』と経験してきた今は? そう思い、瞼を閉じれば思い浮かぶのは──フィアやナナシ、レーメ。ミゥ達クリストの皆。世刻や永峰、斑鳩……学園の皆。カティマやルプトナ、タリアやソルラスカ。……『この世界』で出逢い、関わってきた人達の顔。

 ……そうだな。今俺は、守りたいと思っているんだ。仲間たちを。俺と同じ時間を過ごしてくれる皆を。

 『守りたい人達を守る』。それが俺の戦う理由。

 ……解ってる。皆が俺に守られるような弱い存在じゃないってことは。だから、守って、守られて、共に戦っていければそれでいい。それで──俺と言う存在が入ることで、ほんの少しでもいいから……“原作”よりも良い結果になれば、きっと俺は満足なんだろう。

 ……サレスがそんな俺の考えをどこまで予想しているかは解らない。……けど彼のことだから恐らく、中間達を守る為に残って戦う、と思っているんじゃないだろうか。……事実俺は──例え世刻達が戦わないといったとしても──そう思っているのだが。

 とにかく、そんな風に思ってもらえているのならば問題は無い。……だが、最後の部分。俺の事を信頼してもらえない、と言うのは、やはり困る。

 では──何を持って証拠とするか。

 そう思ったところで、隣に座るフィアが「いいですか?」と問いかけて来たので、頷いて返す。

 

「今の状況で出来る事と言えば、本来であれば知りえない情報を開示する、と言うところでしょうか?」

 

 そして発せられたフィアの言葉に、それぐらいしかないよなぁと独り言ちた。

 サレス達の方を見ると、どのような情報を出してくるか、とこちらを見ている様で。

 

「……例えば、サレスさん、貴方が旅団を創った本当の目的とか」

「ふむ……『光をもたらすもの』から分枝世界を守るため、だが?」

 

 ……確かにそれも目的の一つだろう。けど……。

 

「本当の敵は、その更に先にいるでしょう?」

「……さて?」

「……『管理神』……いや、今は『理想幹神』と言った方がいいですか?」

「──っ!」

 

 俺の言葉に、サレスとナーヤの表情が一瞬固まる。

 なぜナーヤまで? と一瞬思ったが、すぐ思い至った。

 

「……ああそうか、ナーヤは、『ヒメオラ』の記憶を殆ど思い出してるんだっけ」

 

 ぽつりと言った俺の言葉にナーヤが驚きの表情を浮かべた後、ふむ、と一つ頷いた。

 

「……サレスよ。わらわはこやつの言う事を信用しよう。言わずともわらわがかつての記憶を思い出していることや、わらわの前世の名をは察せたとしても、それを“どれぐらいまで”と言うのは、わらわで無ければわからぬことじゃからな」

 

 ナーヤの言葉に、サレスは「そうだな」と一言呟くと、

 

「いいだろう。私も君の事を信用しよう、祐。よろしく頼む」

 

 二人の言葉に、小さく「ふぅ」と息を吐く。……ある程度でも俺の言う事を信用してもらえるのならば現状では上出来と言ったところか。“信用する”とは言っても、“信頼する”とは言ってもらえて無いが。……とは言えそれも当然か。信頼なんてのは、時間を掛けて培うものなのだし。

 サレスにこちらこそ、と答えた後、それにしても、と思う。

 

「……俺が学園の皆と一緒に帰るとは、考えないんですね?」

「ふむ。……恐らく、君にとって戦う理由は“帰る”ではなく“守る”なのだろう? ……だとすれば、学園の者達は帰るのであればその安全は保障されているようなものだ。ならば君はこちらに残って、他の仲間の為に戦うのではないかと思ってね」

 

 ……何とも、会ったばかりだと言うのに良く解ってらっしゃる。サレスの言葉に、他の皆と思わず顔を見合すと、苦笑して「ご名答」と答えておく。

 …さて、とりあえず今話すべき事は大体終わりだろうか。……ログ領域の事なんかは、後でもいいだろう。

 俺は一度ものべーに戻ると二人に言うと、部屋を後にした。


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