永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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33.別れ、旅立ち。

 この世界での戦いから、約一月が経過した。

 思っていた以上に長く滞在する事になったのは、生徒達への配慮の部分が大きい。と言うのも、前の『剣の世界』では、ものべーの中に居たとは言え直接的に命に関わるであろう戦場へ繰り出し、この世界においてもまたほぼついて早々にミニオンの存在の発覚と、心休まる日が無さ過ぎた為に、精神的に限界が来ている生徒が多かったのだ。

 幸いにもピラミッドも『剣』も無くなった為にこの世界からミニオンが姿を消し、この町の人たちは皆親切で、町としての機能も確りとしているために滞在にはもってこいだった。その為生徒達の心のケアも兼ね、この世界にしばらく滞在していたのだ。

 ……だが、それもそろそろ良いだろう、と言う事で、数日前にこの世界から出る事が決まり、今朝その準備も終わった。そして今日一日は自由時間とし、この世界で世話になった人たちへの挨拶回りに使い、明日出立する事になったのだ。

 そんなわけで、俺は今ユーラの店に来ている。

 

「すまなかったね、全然力になれなくてさ」

 

 そう言うユーラに「そんなことない」と(かぶり)を振って答える。そう、ユーラとリーオライナとは、ここでお別れだ。

 恐らくスールードが今後現れるとすれば俺達の前である可能性が一番高いために、リーオライナは後ろ髪引かれる所は有る様であったが……やはり残してきた他のクリストの民をいつまでも放って置く事が出来ないからだそうだ。

 

「お前たちに逢えて良かった」

 

 そう言って差し出されるリーオライナの手を握り返す。

 

「また逢おう」

「ああ、必ず」

 

 この約束が守られるかどうかは解らないが、いつかまた二人とは会いたいものだ。そんな想い込めて二人と握手を交わし、俺はユーラの店を後にした。

 この後は、ロドヴィゴさんやレチェレ等の場所を回り、同じように挨拶をしていった。

 

「というわけで、我等が旅団員に新しいメンバーが加わったわ」

「おっすルプトナです。よろしくお願いします」

 

 ものべーに戻り、最近ちょこちょこ箱舟から出ているフィアと一緒に生徒会室でのんびりしていると、ルプトナを伴った斑鳩や世刻達が現れ、開口一番斑鳩がそう言い放った。

 そう、ルプトナも結局、俺達と共に行く事になったのだ。と言うのも、色々な世界を見て回り、人と精霊が上手く共存できる方法を見つけたいのだとか。……まぁ、彼女の様子から察するに、世刻と一緒に居たいというのもあるのだろうが。確かルプトナ自体が、ナルカナがジルオルを捜すために生み出した存在だったはず。そう言った事も影響しているんだろうが、一番はやはりこの精霊の世界での戦いを通して、信頼できる仲間が出来たってことが大きいのではないだろうか。……なんて、何を言っても勝手な予想に過ぎないのだが。

 ルプトナに皆が返事を返していくのを、生徒会室の窓際にぼーっと立ちつつ、それにしても……すっかりものべーイコール旅団になってるなぁ……なんて考えながら眺めていると、ルプトナと目が合ったので「よろしく」と片手を挙げて返しておく。

 

「どうしたの? 何か不景気な顔しちゃって」

 

 そんな俺達の様子を見て取ったか、ヤツィータがこちらに来つつ、そう声を掛けてきた。

 

「そんなつもりは無いんだけど……そんな顔してたか?」

「明確にではないですけど、不機嫌そうな雰囲気は出てましたよ。理由の予想はつきますけど」

 

 俺の隣で皆の様子を眺めていた苦笑混じりのフィアの言葉に、ヤツィータは「あら、じゃあどうして?」と問いかける。

 

「おそらくですけど、ご主人様はいつのまにか『旅団』に組み込まれている、と言う現状に落ち着かないのかな、と」

 

 フィアの予想を聞いて、「あー、それはあるかも」と口に出してしまった。いや何と言うか、言われてみると確かに、そう言った思いはあるなーと思ってさ。

 

「あら……『旅団』は嫌い?」

「いや、『旅団』自体に隔意は無いよ。ただ……」

 

 苦笑しつつも、嫌われちゃったかしら? 何て言うヤツィータには頭を振る。

 そう、別に彼等がどうと言う事は無い。要するに、俺の考え方の問題なだけだ。つまり、例えそれしか選択肢が無いとしても、自分自身で選んで進みたいんだ、俺は。かつて『剣の世界』で、この学園の皆が“戦う事”を選んだ時の様に。

 

「……成程、入るか入らないかを明確に問われたわけでもなく、なし崩しの内に一員になっているのが気に食わない、と」

「……まぁ、そんなとこ。俺としては自分の立場のベースは、あくまで『物部学園』だって思っているからかな、そう思うのも。……ま、『旅団』にしろ『学園』にしろ、同じ一つの集団として動いている以上、所詮そんなのは呼び方と意識の違いに過ぎないのは解ってるんだけどさ。……だからまぁ、今言った事は気にしないでくれると助かる」

 

 こんな事で集団の意思統一を乱してもメリットは無いしな、と続けると、ヤツィータは「それはそうだけどね」と苦笑しつつ、

 

「けど、そういった細かい意識の摺り合わせって結構大事なのよ? それを怠ったばっかりに、思想に食い違いが生まれて、貴重な戦力が居なくなりました。……なんてなったら目も当てられないもの」

「……何だかんだで結構ちゃんと考えてるんだな」

「そりゃあ、一応ナンバー2なんてやってますから」

 

 そう言って互いに苦笑したところで、

 

「そうだ、ヤツィータ。今のうちにアジトの座標を教えてくれる? 準備は万全にしておきたいから」

 

 斑鳩がそう言ってきた。それに対してヤツィータは、「ちょっと待ってね」としばし黙考すると、ばつの悪そうな表情を浮かべる。

 

「あー……ごめん、沙月! 間違って古い方の座標持ってきちゃったみたい」

「はい? ……って、えええ!? 古いのって、私が持っているやつと同じ!?」

「え? もしかして、また座標が無いんですか?」

「いや~、合流する事ばかり考えてて……迂闊だったわぁ」

 

 永峰の驚いた声に、参ったわね~と、全然参った様子もなく言うヤツィータ。うん、大して気にしてないな、あれは。つい今しがた結構ちゃんと考えてる、なんて言ったばかりだけど、訂正してもいいかもしれない。

 そして恐らく俺の言いたい事を視線から悟ったのだろう、あははと笑いながら「まぁこう言うこともあるわよ、たまには」と言い放つヤツィータ。

 対して斑鳩は、本気で参ったと言わんばかりに頭を抱え、「またランダムワープで跳ばなきゃいけないわけ……?」と唸ってている。実に対照的だ。

 

「……大変だな、斑鳩。がんばれ」

「他人事みたいに言わないでよ! 何でそんなに落ち着いてるのよ?」

「いやだって俺にはどうしようもないし。何とかなるって……たぶん」

「そうそう。いいじゃない、どうせそんなに離れてないわ。多分すぐに見つかるわよ」

 

 ……俺としては、順当に行けば無事に着くであろうと言う、確信とまではいかないまでも考えが──無論、『原作』によるものだ──あるからなのだが……ヤツィータのこの軽さは何なんだ。

 

「……そうだ! 青道君の不思議パワーで座標とかわからない?」

「無茶言うな、それが出来ればもうやってる。そして落ち着け」

「うぅ……そうよね。……ごめんなさい、取り乱したわ」

 

 多分ヤツィータの言葉が余りに予想外だったんだろうな。……にしても不思議パワーって……そう言う認識かよ。

 ちらりと隣のフィアを見ると、目が合って、互いに苦笑い。そしてフィアは小さく首を横に振る。……さすがに無理らしい。そんな時、俺達のやり取りを見ていたルプトナがおずおずと口を開いた。

 

「あの……ボク、その座標ってやつ、長老から貰ってるんだけど」

「え、ほんとに!?」

「うん……長老が言ってたけど、望たちはどこか行きたい場所があるんでしょ? 長老はそれを見たって」

 

 ルプトナの言葉に、世刻は頭を抑えて「ああ、あの時の……」と呟いている。どうやら、ピラミッドを壊してから俺達が合流するまでの間に何か……あー……確か、長老に頭の中見られたんだっけか? 世刻も色々経験してるなぁ。

 

「座標さえわかれば、問題ないんだよね?」

「うん、それじゃあ、座標を教えて

 ルプトナにそう訊いた永峰を見て、斑鳩がにやりと人の悪そうな笑みを浮かべた。その表情から彼女が何を企んでいるのか想像できてしまった俺は、とりあえず、永峰に合掌しておく。

 

「……何やってるのよ?」

「タリアならこの後斑鳩が何をするか解ると思うんだが。……ってわけで、永峰の冥福を祈っておいた」

「…………あぁ」

 

 俺の行動に得心が行ったか、タリアがやれやれと呆れながらため息を吐いた。

 その間に「……ルプトナちゃん、ちょっと来て」とルプトナを引っ張って部屋の隅に移動した斑鳩は、こそこそと彼女へ耳打ちしている。

 そんな二人の様子に、永峰は「なに話してるんだろう?」ときょとんとしているが……そうか、知らぬが仏とはこう言う事か。

 

「ん? うん。うん……え、そんなことしていいの?」

「そんなわけだから、お願いね」

「わかったよ」

 

 話を終えたルプトナが、永峰へ近づいていく。そのただならぬ様子に、ごくりと喉を鳴らす永峰。若干後ずさっているのは、本能的に何かを察しているからなのか。

 だが次の瞬間、ハッと何かに気付いたように「ま、まままままさか」と声を上げるも、時既に遅し。

 

「希美、ちょっとだけ、我慢しててね」

 

 ルプトナが永峰のに両頬に手を当てる。そして──惨劇が。

 

「んーーーー!!!」

 

 生徒会室に永峰の声になら無い──口を塞がれている的な意味で──叫びが響いた。

 

 

……

………

 

 

「……ガクガク……ざ、座標入力終わり……ガクガク」

「希美ちゃん、これで大抵の準備は整ったわね?」

「うん……あとは旅立つだけ……」

 

 ようやく解放された永峰が、虚ろな目でつぶやく。美少女同士のキスとか見てる方としては眼福だとしても、やられた方はたまったものでは無いようである。……当然か。あ、さすがに斑鳩もまずったかなーって顔してる。

 

「希美、大丈夫か?」

「……望ちゃん、今の私に話しかけないで。私、汚れちゃったから」

「それぐらいで泣くなよ」

「ほっといて……これでセカンドまで、うぅ……」

 

 そうか、ファーストは『剣の世界』から旅立つ時に、斑鳩にやられたんだっけか。……なんか流石に可哀想になってきたな、おい。

 

「……永峰、逆に考えるんだ。座標を持っていたのが、俺やソルじゃなくてよかったと。……まぁその場合は、流石に別の方法だろうけどな」

「今もその別の方法がよかったー!」

 

 どうやら一言余分だったようだ。……いや、実際はそんな別の方法があるかなんて知らないんだけど。

 

「フォローすると思いきや突き落とすとは……祐、恐ろしいやつ」

 

 いや、そんなつもりは無かったんだよ、ソル。

 

 

……

………

 

 

 そして翌日、ものべーの前に集まった俺達は、町の人たちの見送りを受けていた。

 

「私たちに出来るのは、食料を提供することぐらいだが、この世界を離れても頑張ってくれたまえ。……早く君達の世界に戻れるといいね」

 

 手を差し出してくるロドヴィゴさんと、握手していく。

 

「この世界を救ってくれた君達に恥じぬ様、我々も精霊たちと共に頑張っていくよ」

 

 そう言うロドヴィゴさん達の表情は柔らかく、希望に満ちている。……きっとこの世界は、彼らがいれば大丈夫だろう。

 

「皆さん……本当に行っちゃうんですね……」

「……レチェレ、長老達のこと、頼んだよ。いつか長老達が町に来たとき、案内してあげて」

「ルプトナさん……ひっく……」

 

 固く目を瞑り、抑えるような声を漏らし、レチェレが嗚咽を漏らす。

 斑鳩に押し出された世刻が彼女の頭を軽く撫でると、堰を切ったかのように、ぽろぽろと涙が溢れて落ちた。

 

「ぁ……ご、ごめんなさい……笑って送り出そうって……昨日から考えてたのに……うっく……ふぇぇ……」

 

「そんなに泣かないで。すぐに戻ってくるから」

 

 ルプトナの言葉にコクコクと頷き、差し出された斑鳩のハンカチで涙をぬぐうレチェレは、今度はしっかりと顔を上げて俺達を見た。

 

「えぅ……絶対……絶対に、皆さんのこと、忘れません……! だから、約束してください……また皆さんで、この世界に遊びに来てくれるって……」

「ああ、約束する」

「レチェレも、元気でね」

 

 世刻とルプトナの言葉に、未だ瞳を涙で濡らしつつも笑顔を浮かべ、頷くレチェレ。そんな様子に、俺達の顔にも自然と笑顔が浮かんでいた。

 

「えっと……これ、お弁当です。……うちの料理、いっぱい入ってますから……」

「ありがとう、大事に食べるよ」

 

 レチェレの差し出した大きな包みを世刻が受け取った後、永峰が「そろそろ出発させるよ」と切り出した。それを受けて、他の皆も次々とレチェレとロドヴィゴさんへと挨拶を交わし、ものべーに乗り込んでいく。

 俺もそれに続き、ものべーに乗ろうとしたところで、レチェレたちの後ろ、町の人たちの中に、ユーラ達を見つけた。

 レチェレ達の邪魔しないようにって感じなんだろうけど、あんなところに居ないで、前に出てきてくれればいいのに。そう思いつつも、側にいたミゥ達を見ると、彼女等も気付いていたようで。

 互いに苦笑を浮かべて、ユーラ達へ手を振ってものべーに乗り込んだのとほぼ同時に、ものべーは鳴き声を挙げて空へと飛び立った。

 次の『魔法の世界』でも、新しい出会いと、厳しい戦いが待っているのだろう。……でも、この世界で学んだ事があれば、大丈夫。

 上昇を続けるものべーから見える眼下には、日の光を浴びて輝く精霊の世界の大樹林が広がっていた。そこにはこの世界を脅かしていた物は、最早無い。


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