永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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32.想うこと、願うこと。

 『剣』を離れ、斑鳩達と合流しようとピラミッドの方へと足を向ける。道すがらマナ嵐もピラミッドそのものも無くなっているのが見て取れ、彼女等も敵を撃退する事に成功したのだと解った。

 斑鳩達と別れた地点辺りまで戻ったところ、そこには既に皆が集まって居て、こちらに気付いたらしい皆が手を振っているのが見て取れた。どうやら欠員は居ないようだ。

 

「無事だったか」

「大丈夫だった?」

 

 異口同音に言葉が滑り出て、互いに顔を合わせて思わず笑みが漏れる。

 ひとしきり互いの無事を喜んだ後、詳しい報告は戻ってから、と言う事にし、帰路に着くこととなった。

 

 その道中、俺は脱出した後より気になっていた事を確かめる為、『観望』へと意識を向ける。

 それは、あの時──“声”が聴こえなくなる直前に言っていた事。“頼み”と“観望”という単語。

 

(……なあ『観望』。あの時の声の娘とお前ってどういう関係なんだ? 最後に聴こえた“頼み”の内容って、お前は知っているのか?)

 

 一瞬の間。次いで、朗々たる調子の声が脳裏に響く。

 

<……彼の者は我が母。我を生み出せし造物主。『世界の狭間』に幽閉されし者。其は枝に非ず、樹にも非ず、理の世界の狭間。故に我等は求めた、『世界を渡りし者』を。故に願う、根幹たる地、その更に奥にて『世界を繋ぐ門』を開く事を>

(……分枝世界でも、時間樹そのものでもなく、“永遠神剣が理を支配する世界”と、“全く別のモノが理を支配する世界”。すなわち、理の世界の狭間……ですか。……なるほど、だからこそ、マスターを選んだのですね)

 

 つまりは、本当の意味で『世界』を渡る事が出来る術。それを行える者を捜し求めていて、そこに俺が現れたって事か。……なんて偶然……いや、本当に偶然か?

 人の意思……想いや思念は時として絶大な力を持つ。それはこの世界も例外じゃなく、事実、『原作』ではだが、暁は意念の力をもって理想幹を攻撃していた。

 ……ってことは、その“世界の狭間”に居る彼女の、そこから出たいと言う想い。『観望』の、そこから出したいと言う想い。それらの人間(ひと)を遥かに凌ぐであろう強い想いが干渉して、俺が『この世界』に転生したのだとしたら?

 

(……なるほどね。じゃあ、根幹たる地ってのは、この時間樹の幹……いわゆる、理想幹……か? だとすると、その更に奥ってのは……)

 

 俺の疑問に答え、『観望』は言う。──汝等に曰く、『ログ領域』と。

 この時間樹内にて起こった出来事(ログ)の全てが記録されている、ログ領域。どこにでも繋がっているとも言えるし、どこにも繋がっていないとも言える場所。

 ……参った、と思う。理想幹ならまだしも、ログ領域にまで入れとは……。

 だが、あの時。“声”の彼女が力を貸してくれなければ、間違いなく皆諸共死んでいた。言うなれば──自分のみならず、ミゥ達の恩人でもあるのだ。……出来うる限りは、その願いに応えたいと思う。

 それに……だ。先程の、推論とも言うにはおこがましい、只の思いつきに過ぎない考えではあるけれど……その考えが合っているのだとしたら──きっと俺達は、出会うべくしてこの世界にいるのではないか。

 だから、もう一つだけ──ログ領域にてゲートを開いた結果、俺達に害が有るような事は無いんだな? とだけ訊いて、当然だ、と答えを貰い。……まぁ、有ったとしても馬鹿正直に「害が有る」などと言う事は無いだろうが。

 まだ『彼女』に関して、全てが解っているわけではないし、その人となりを良く知っているわけではないけれど……二度の接触から感じた雰囲気では大丈夫だと思う。それに……うん、そうだな。信じたいんだ、俺は。『観望』を……共に戦ってくれる、“仲間”の一人を。

 だから、『観望』には「何とかやってみる」と了承の意を返して、念話を終えた。

 

 

……

………

 

 

 町に戻った俺達は、レチェレの店で打ち上げのようなものを行う事になった。是非にと勧める青年団の人たちに連行されたとも言えるわけだが。

 始まるまでの間、ロドヴィゴさんによって町の有力者達を始めとする住人達へ、過去の事件の詳細、この世界の危機からの脱却、そして、精霊たちとの和解への一歩。それらの事実が余すことなく伝えられた。

 町の代表者にして、精霊嫌いで有名だったロドヴィゴさんの口から語られた事によって、それらは町の人たちに信じられていく事になるだろう。

 それでも、直ぐには変われないかもしれない。けど彼等なら、必ず精霊達といい関係を結んでいけると信じている。

 そんなレチェレの店の中には、俺達や地上に降りて一部始終を共にした青年団のほか、多くの町の人たちが集まっていた。

 レチェレはロドヴィゴさんの話を聴いて、今は精力的に店の中を動き回っている。……彼女はルプトナに助けられた事もあって、精霊たちの事を信じていたから、それが間違っていなかった事が嬉しいのだろう。

 

「よーしそれじゃー、カンパーイ!」

 

 何とも単純だが勢いのあるソルラスカの音頭に続き、あちこちから杯がぶつかる乾いた音が聴こえた。……ってか、ソルラスカが音頭を取ってる所は皆スルーなのな。ま、自然と溶け込んでしまっている所が、彼の彼らしいところなんだろうが。

 今一その場の雰囲気に溶け込めない事を自覚しつつ、そんな店内の様子を端の方のテーブルから観察する。原因は解ってる。ただの俺の弱い精神に起因しているだけ。……目の前に並ぶ料理を只々口へ運ぶ。うん、うまい。

 

「……よく食べますね」

 

 そんな声が聴こえたのでそちらを向くと、頭にレーメを載せた世刻と、永峰の姿が。

 どうやら店内の勢いに押されてここまで流れて来たらしい。

 

「あー……今回の戦いで、ちょいと消費のデカイの使っちまったからなー……正直言うとさっさと食って寝たい。あと半分ヤケ食い」

 

 一度目の『スピア・ザ・グングニル』は言わずもがな、“声”の少女にもらったマナで撃った二度目のにしても、下手に手を抜いてマナ溜まりを暴発させるわけにも行かなかった為、「身体をちゃんと動かせる程度」を残して全て使ってしまったのだ。故に、現在も尚俺の身体はマナ不足である。

 

「それより、ピラミッドじゃ活躍したらしいじゃないか」

「望ちゃん、凄かったんですよ」

「必至でしたから。正直余り覚えて無いんです」

 

 町に戻ってくる道中聞いた話だと、ベルバルザードを追い返すに至った一撃を加えたのが世刻だとか。

 そんな俺の言葉に永峰が肯定し、世刻が苦笑を漏らす。

 

「先輩こそ、“剣”では凄かったそうじゃないですか」

 

 お返しとばかりに世刻にそう言われて、「俺も、それこそ必至だったからな」と、先程の世刻と同じように苦笑が漏れた。

「それに皆がいたからこそ、だよ。俺一人じゃ中心部に辿り着くことすら出来なかったさ」

 

「……それは俺もですよ」

「……そっか」

 

 互いに顔を見合わせ、そして同時に再び苦笑をもらす俺達。そんな時だ。

 

「のぞむく~ん……って、あら? 三人でそんなところでなにしてるの?」

 

 ふらり、と斑鳩が現れた。

 顔がうっすら赤く、呂律も若干怪しい。……酔ってやがる。

 何となく…………うん、嫌な予感がする。ここに留まっていてはきっとろくな事にならないと俺の予感が告げている。

 

「…………世刻」

「はい?」

「…………まかせた」

 

 立ち上がり、回れ右。後ろから「ちょっ! 先輩!」とか「酒を呑まないやつが居ていい場所じゃねーんだよおお!」とか「完全に酔っ払ってるよこの人!」とかって声が聴こえたけど、振り向くな。振り向いちゃいけない。

 一歩一歩遠ざか……ろうとしたところで、横合いからガシッと右腕を掴まれた。

 恐る恐る右を見ると……俺の腕にしがみついているヤツィータが。

 

「あらぁ~? どこ行くのぉ? ……あぁ、望君ばかり構われてるから寂しいのかなぁ?」

 

 にやっと言う表現が似合いそうな笑みを浮かべながら、上目遣いに見上げてくるヤツィータ。

 そんな彼女に対して、常時であれば出てくるはずの、彼女の色々と柔らかい感触に対する感想やら感動やらを根こそぎ吹っ飛ばし、

 

「……とりあえず酒くせぇ……」

 

 そんな言葉しか出なかった俺だが間違ってはいないはずだ。また随分呑んでるなぁおい。色気も何もあったもんじゃねえ。これだから酔っ払いは。

 

「なによ~……失礼な反応ねぇ……良いじゃない多少のお酒の匂いぐらい。呑んでるんだから」

「多少じゃねえよ。どんだけ呑んでるんだよっていうな。そして離せ」

「もう……いじわるねぇ。よし、いいわ! こうなったら脱いじゃう!」

 

 「どうしてそうなる」と言う俺のツッコミも他所に、俺の言葉に頬を膨らませたヤツィータが自分の服に手を掛け、それを見ていた周囲の野郎共が囃し立て……って、その時、呑んだときの彼女の特徴を思い出した。

 曰く、“呑むと脱ぎたがる。でも脱ぐ前に吐く”。

 そして案の定、その顔色を青くするっておいまて!

 

「…………うっぷ……あ、だめ、吐きそう」

「ここで吐くなよ!?」

 

 そう言ってはみたもののそのまま放っておけず、危険な雰囲気のヤツィータを引っ張ってトイレに押し込んだところで、自分の口から「はぁ……」と小さくないため息が漏れた事に気付いた。

 

「……なんて言うか、どっと疲れた……」

「……まったくです」

「うむ……」

 

 ナナシやレーメと顔を見合わせて互いに苦笑を漏らし、ヤツィータに扉越しに先にものべーに戻っている事を伝えて、その場を後にする。

 そのまま酒場から出ると、辺りはすでに日は暮れていて、空には煌びやかな、溢れんばかりの星が瞬いていた。

 出てくる途中に見かけたが、どうやらユーラも来ていた様で、ミゥ達やリーオライナと楽しそうに話していた。彼女達の表情は皆明るく、多分、スールードにやられた上に見逃された結果とは言え、彼女達にとって忌まわしいモノの象徴であろう『剣』を、犠牲を出す事無く破壊できたからだろう。

 彼女達とて、“スールードに勝てなかった”と言う事実は身に染みているだろう。けど、喜ぶべき所はしっかりと喜ぶ。その気持ちの切り替えの上手さ。失敗を糧として前へ進む意思。

 ……強いな、と思う。そして同時に、自分自身の弱さを自覚する。

 あの直後は、強くなって見せると決意したつもりだった。けど、時間が経つほどに思い知る。

 俺だって解っている。勝てなかったとは言え、死んでいない限りは負けではない。生きている限り、次に勝つチャンスは決してゼロでは無いと言う事。奴は言った。生き残ったならばまた逢いましょう、と。それは偏に、再び俺の前に現れると言う事。

 ……記憶の海の中から浮かび上がる、奴に相対した時の圧力。己が持つ力が通じなかった事に対する、絶望感。それに、無力感。

 褪せる事の無いその記憶に、じわりじわりと魂が締め付けられる。身体が微かに震えだす。

 勝てなかった。通じなかった。次は殺されるかもしれない。守れないかもしれない。……怖い。ああそうだ、俺は怖いんだ。初めて、圧倒的強者を前にして本当の意味で理解した、自分の、仲間の……“死”への恐怖。

 ぶるりと、一際大きく身震いしてしまったところで──ふわり、と、両頬が温かいものに包まれた。

 声にださずとも、見ずともに解るその感触に、心と身体の震えがピタリと止まった。

 「大丈夫。独りじゃない」。そう言われているようで……いつも側に居てくれた二人が、今もそこに居てくれる事を自覚するだけでそう思えるのだから、我ながら単純だと苦笑が漏れる

 ──人の足を止めるのは絶望ではなく“諦観(あきらめ)” 人の足を進めるのは希望ではなく“意思”──そんな言葉があったことを思い出す。

 大丈夫。解っている。大切なのは、諦めない事。歩き続ける事。

 

「…………二人とも、有難う。……大丈夫、俺は進めるから」

 

 ──そうだ、進んでいこう。一歩ずつでも。


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