永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
俺はその瞬間を、『観望』を通して視ていた。
肉眼じゃないのは、高速で飛翔する『スピア・ザ・グングニル』の行方を確りと見定めるためってのも理由の一つだが、けど一番の理由は、俺の眼が霞んで上手く見れなかったからだ。
『スピア・ザ・グングニル』を創生するために体内のマナのみならず、身体を構成するマナをも流用してしまったために、肉体を構成するマナが足りないのだ。
そして、思い知らされた。俺はまだスールードを甘く見ていたらしいと言う事に。
光と闇という、相反する属性の『魔法の射手』を合成して作られた『スピア・ザ・グングニル』は、俺の手を離れた瞬間にその均衡を崩し、周囲のものやマナそのものを巻き込みながら対消滅を起こし、道筋にあるものを抉り取りながら突き進んでいく、破壊と消滅の属性を持つ、純粋な魔力の塊と化す。
だと言うのに、スールードはあろうことか、俺が『スピア・ザ・グングニル』を放つ直前に俺の狙いを察し、周囲のルゥ達を薙ぎ払い、標的である『空隙』と俺の間の射線上に身を割り込ませ、己の左腕で魔法の軌道を無理やり逸らしやがった。
はっきり言って冗談じゃない。今のは間違いなく、俺に放てる最大の一撃だったと言うのに。
『観望』を通して視つつも、一度目を閉じて、開く。
……ようやく焦点が合って来た肉眼に映るのは、弾き飛ばされ気を失っているのか動かない満身創痍な皆と、左腕を肩口から失いつつも悠然と浮かぶスールードと、溜め込まれたもののうち、右側の三分の一を抉り取られたマナの塊と、いまだ健在にしてマナを集め続ける『空隙』。そしてその背後、直径4メートルほどの大穴を空け、青空を覗かせる『剣』の外壁だった。
ふらりと、身体が揺らぐのを必至に堪える。正直言って、もう俺の魔力も、体力も、精神力も、身体を構成するマナすらもギリギリだった。
……けど、諦めるわけには行かない……。守りたいものを、守りたい人を守るためにも。俺のことを信じてくれた皆の為にも……!
「…………ナナシ、レーメ……もう一度だ」
「駄目です、マスター! これ以上は身体が持ちません!!」
「ナナシの言う通りだ、ユウ。これ以上は吾も認められん」
ギリっと、自分の歯を食いしばる音が聴こえた気がした。
……ああそうだ、二人の言う通りさ。正直言って、もう一発撃つ様な余裕は欠片も無い。けど、やらなくちゃ。この世界が壊れれば、俺達だけじゃない、この世界に居る、今ピラミッドを攻略している中間達も皆死んでしまう。そんなのは……いやだ。
「それでも……諦める、わけには、いかない!」
力を振り絞り、悠然と浮くスールードを睨みつけ、『観望』を片手剣にして構える。
そんな俺にナナシとレーメは何か言いたそうだったけど、これ以上は無理だと思ったのか、補助アーツを掛けてくれた。
……ごめん。それに、ありがとう。
そして、スールードに向けて踏み出そうとした時だった。
「ふ……ふふふ……あはははははは!!」
周囲の空間に哄笑が満ちる。
それの発信源──スールードは心底楽しそうに笑いながら俺を見やり、
「面白い……人の身でありながら、この私にここまで報い、尚もまだ挑もうと言う貴方の気概に免じ、この場は退いてあげましょう」
そう言いながら『空隙』に近づき、それを手に取った。
俺はそれを只呆然と見ていることしか出来なかった。急な展開に上手く付いていけなかったとも言えるが。
けど、一瞬でも“助かった”と思ってしまったからだろうか、一瞬ふらりと身体が揺らぎ、何とか堪える。正直今膝を付かずに立っている事を誉めてやりたいぐらいだ。
恐らくはそれに気付いているのだろう、彼女は、それでも立ち続ける俺を興味深げに眺めたあと、口角を上げ、まるで──そう、愛おしいものを見るかのような表情で、口を開く。
……そういえばミゥが言っていたな。あいつは、絶対に無理だと解っていても尚足掻く人間の姿を愛おしく思う、と。そして──。
「人間よ。万が一にでも、この場を脱する事が出来たのならば──また、逢いましょう」
そんな言葉を残し、空間に溶ける様に、スールードはその姿を消した。
そのまましばし、周囲の様子を伺い、念のためにと『観望』でも見てみるも、何もなく。
「…………助かった……のか……?」
自分の口から漏れた言葉に、
それにまだ安心なんて欠片も出来ない。あいつが『空隙』を持ち去ったせいで、中心となるべき『核』を失った、膨大なマナ溜まりが暴走し始めたのが感じられる。
このままあれが暴発すれば、三分の一程度を吹き飛ばしたからこの世界自体が消えてなくなるって事はないだろうが、この辺り一体は吹き飛ぶほどの爆発になるに違いない。
その時、暴走するマナに
「祐……スールードは?」
「……見逃されたよ。ピンチなのは変わらないけどな」
姿の見えない奴の事を訪ねてくるルゥへそう返し、詳しくは助かってからなと続けてからぐるりと皆の様子を見ると、見事にボロボロだった。
「……レーメ、皆に回復アーツを」
「うむ。…………『ラ・ティアラル』」
皆の身体をアーツの光が包み込み、その傷を癒す。……とは言え今からでは脱出して爆発の圏外に逃れるのは無理だろう。……せめて、斑鳩達が爆発圏外に居てくれればいいのだが。
俺一人ならば助かる方法はある。──ワールド・ゲート──この、『聖なるかな』の……『永遠神剣が理を支配する世界』から脱する門を開き、別の世界に移動すればいいのだから。……けど、そんなのは嫌だ。皆を犠牲にして俺一人が助かるなどできる訳がない。
……もう一度、『スピア・ザ・グングニル』で、残ったマナ溜まりを吹き飛ばすしかないか。
結局その結論に達し、怒られるだろうなと思いつつ、ナナシとレーメへ声を掛けようとした、その時だった。
──ふむ、中々に絶体絶命と言うやつよな。
脳裏に響く声。
それは、以前夢の中に出てきた少女のものと同じで──周りの皆にも聴こえたのか、「誰だ!?」と言いつつキョロキョロと周囲を見回している。
──残念ながら、
声はそこで一旦止まるが、俺達が何かを言う前に、再び脳裏に響きだす。
──さて、『渡りし者』よ。ぬしの状態は把握しておる。……今、ぬしを失うわけにはいかぬゆえに、妾が力を貸してやろうではないか。
その声と共に俺の中に流れ込むマナ。それは優しくも力強く、暖かくて心地良い。
そのマナが体中を巡るにつれ、四肢に力が戻っていくのを感じる。
──『観望』を通じて、ぬしに妾のマナを送り込んだ。それならばやれるであろう?
声に「ああ」と返し、ナナシとレーメには「もう大丈夫」と頷いておく。そしてミゥ達には、何かあってもすぐ動ける様にすこし離れて待機していてもらうと、俺は再び魔法の展開に入った。……勿論、今回は脱出する余力を残しておくのを忘れない。
そして閃光を伴って放たれた消滅の一撃は、狙い違わず、暴走し臨界に達しようとしていたマナ溜まりを根こそぎ消し飛ばし、先に開いた穴を広げるように大穴を開け、空へと消えた。
「やった!」
「やりましたね、祐さん!」
その様子を見ていたミゥ達が、安堵と歓喜の表情を浮かべながら駆け寄ってくる。
そんな中再び、声が聴こえた。
──『渡り……者』よ。頼みがある……“時空……”が正常……戻りつつあ……ゆえに、詳し……は言えぬえ……観望』に……。
それは先程までとは違い、途切れ途切れで、まるで電波状況の悪い電話のようだ。
今聴こえた内容からして、先程言った“時空の壁”とやらが正常に戻ろうとしているかららしい。……ってことは、暴走していたマナの影響がなくなった証左と考えていいだろう。
結局、声はそこで途切れてしまった。……彼女には、感謝しても仕切れない。前々から感じていたが、どうやら『観望』とつながりがあるらしいので後で訊いておかねば。……と、その時だ。ズドンッと言う、何かが爆発するような音がどこかから聴こえた。
そして次いで起こる振動──。
「っ! 拙いぞ。恐らくは『剣』全体に巡らされていたマナが、大元のマナ溜まりが無くなったことによって小規模の暴走を起こしたのだろう」
そのリーオライナの言葉を肯定するかのように、連続で起こる爆発音。それと共に振動も大きくなり、ガゴンッとどこかで何かが崩れる音がした……って、『剣』自体が崩壊しようとしてるのか!?
皆と顔を合わせると、どうやら皆同じ考えのようで。
「…………急げ!!」
掛け声と同時に、皆揃って駆け出していた。
走りながら、
地面が見えたところで一気に飛び降りショートカット。そのままの勢いで転がる様に全員が脱出し、何とか距離をとった所で『剣』は轟音を立てて崩れ落ちた。
「……正に危機一髪! だね~」
ふぃーと汗をぬぐうような仕草で、ワゥが笑いながら言った。
そんな彼女の様子に思わず笑みが漏れ、「まったくだ」といいつつ彼女の頭を撫でてやる。
崩れ落ちた『剣』を見やると、砂埃の中小高い丘の様な陰が見えるのみ。思わずその場にへたり込むように座り込み、ただじっと『剣』があった場所を見つめる。
ようやく砂埃が落ち着いたそこには、ただ大量の瓦礫があるのみで……つい先ほどまでそこにあったと言うのに、まるであの『剣』が存在していた事自体が嘘のようで。
一息吐いた後、自然と集まるように俺の周囲に座っていた皆の顔を見渡して……俺は先のスールードとのやり取りを聞かせた。
「……結局さ、スールードには負けちまったよ。こうしていられるのもお情けで見逃してもらったからに過ぎないし、最後に予想外の助っ人があったからだ。……全くもって情けないよ。大口叩いた割にはこの体たらくさ」
悔しくて悔しくて情けなくて、ぎりっと歯を食いしばっていた。
『観望』を手に入れて、確かに俺は以前より強くなったのだろう。だから、思いあがっていたのかもしれない。
そして解っていたつもりで解っていなかったのだろう。この世界にはとてつもない化け物が居るのだという事を。化け物と称してもまだ足りぬ程の者達が居る、と言う事を。……そしてそれを、嫌という程に、思い知らされた。
ふと、ルゥが俺の手を取った。両手で包み込むように。……いつの間にか、自分でも気付かぬうちに握りこんでいた拳を。
「……それでも……それでも、私たちはまだ生きている。祐に聴いた話では、恐らくスールードは再び我々の前に立ち塞がるだろう。ならばその時に、今回の借りを返そうではないか」
キミが無事でよかった、と、無理をさせてすまなかった、と。そんなルゥの、皆の、言葉が、気持ちが嬉しくて。
「……うん……ありがとう……」
だから誓うよ。どんな障害にも屈しないように、皆を守れるように、皆と支えあえるように、強くなると。