永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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25.精霊の娘、ルプトナ。

 ユーラ達と別れ、斑鳩達との合流場所に決めていた酒場へ向かう。その道すがら町並みを見渡して思うのは、確かに機械類がまるで見受けられない、と言うことだろうか。

 樹上にあるだけあって、自然と一体化した町だなぁ。なんて思いながら進む事しばし、目的の酒場へ着いたので中に入り、ぐるりと見渡す。

 店内は広々とした平屋建ての空間に、丸テーブルがある程度の感覚を持って並んでいる。ファンタジー系のゲームに出てきそうな酒場、と言えばいいだろうか。うん、こう言う雰囲気は嫌いじゃない。

 そんな立ち並ぶテーブルの中に、俺達の姿を見て取ったのだろう、手を振る斑鳩達の姿を見つけたので、そちらへ向かう。

 テーブルに近づくにつれ、その上に何やら美味そうな料理が乗った──ほぼ食べ終わっているけれど──皿と、空き皿が数枚。店員の娘──レチェレ、だったっけ──がサービスしてくれたらしい。……そういやそんな展開だったか。見ていると少々腹が減ってくる。

 ともあれ彼等がとりあえず食べ終わるのを待って、ものべーに戻る事にした。話はそれから、全員居るときに話した方がいいだろう、と言うことで。

 その際に、隣のテーブルに座っていた、赤髪の女性と眼が合った。

 ドキリと心臓が一つ跳ねる。

 整った顔立ち。

 そこに浮かぶ笑みは全てを赦す聖母(・・・・・・・)のような……そう感じるのは、俺だからであろうか。

 ぺこり、と頭だけ下げると、向こうはにこりと微笑んでいた。

 談笑する斑鳩達へと視線を戻す。俺は今、上手く動揺を隠せているだろうか?

 無理矢理に、気を落ち着かせるように懸命に努める。

 大丈夫だ、慌てるな。アレはただの欠片(・・・・・)にすぎないんだから。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 いつの間に食べ終わっていたのだろうか、そう斑鳩に声を掛けられて我に返り、頷くと俺は酒場の外へと出て、出来るだけ離れたところで──。

 

「……っ……ぶはぁっ……」

 

 恐らく、我ながら緊張していたのだろう、知らず止めていた息を吐いた。

 息が荒い。鼓動が早く、落ち着かない。

 そんな俺を気遣って、ルゥが「大丈夫か? 何があった?」と声を掛けてくるが、俺はそれに大丈夫とだけ返し、一度大きく深呼吸し、落ち着かせる。……今はまだ、アレのことを皆に言う必要は無い。

 

(マスター、大丈夫ですか?)

(気持ちは解る。余り無理はしないようにな)

 

 俺の記憶から知識を得ているナナシとレーメが念話で気遣ってくれ、ありがとうと返して、未だ心配気にこちらの様子を伺っているルゥに、もう一度「大丈夫だよ」と言ってからくしゃりと頭を撫でる。

 ──『最後の聖母』イャガ。永遠神剣第二位『赦し』を持つエターナル……その、欠片。

 この世界……時間樹エト・カ・リファへ入った際、強大な力を持つ者は、強制的に『神名(オリハルコンネーム)』を植えつけられ、力を制限される。

 神名は、力の弱いものが持ては、その神名に即した力を身につける事のできるブースターとなる、が、力の強い者にとっては、その神名の扱える範囲の力までしか振るえないと言う、枷にしかならないものだ。

 それを嫌ったイャガは、己の身を無数の分身に分ける事で、神名を植えつけられないレベルまで力を分散し、この時間樹に入り込んだ。その分身──イャガの欠片が、さっきの女性……のはずだ。

 “原作”を思い返し、先ほどの女性と比較してみても、恐らく間違いないだろう。

 中には細分化しすぎたせいで本来の目的を忘れ、その入り込んだ世界に適応してしまった欠片もあるそうだが──この世界の彼女がそうかどうかなんて、判断は付かない。……どちらにしろ、今は動いていないのだから、気にしすぎるのも良くは無いと解ってるんだが……、正直、生でその姿を見てしまうと、なまじ知識としてある分、意識してしまうな。

 ……少なくとも彼女は、『叢雲』が動かない限りは派手な行動は起こさない……はず。今は目の前の問題に集中しよう、うん。

 

 

……

………

 

 

「それじゃあ、まずはこっちで解った事ね」

 

 ものべーに戻り、生徒会室に集まった後、そう前置きしてまずは斑鳩が集めた情報を話し出した。

 話を訊いたのは、たまたま酒場に居たこの町の責任者である、ロドヴィゴと言う男性。

 彼が言うには、世界では人間と精霊が争っていて、その理由は地上の開拓をしに行った人間の開拓団を精霊が殺したからだと言う。

 そして地上の森のほぼ全ては精霊の支配地域であること。

 精霊側には『精霊の娘』と呼ばれる、ルプトナという名の少女が居て、よく食料や燃料調達などを邪魔してくると言うこと。

 ここ数年は特に、ある程度深くまで入ろうとすると、必ず邪魔をしてくるそうだ。

 そのロドヴィゴのように、忌々しげに精霊のことを語る者がいる一方で、その話を一緒に聞いていた酒場の店員──レチェレは、「ルプトナさんは悪い人じゃないです」と言い張っていたらしい。何やら昔助けてもらったのだとか。

 斑鳩達が集めた情報で重要そうなのは、このようなところ。『剣』に関しては、突き立った当初は町の人間達も騒ぎになったけど、その後実害も無いので放置する方向になっているという。

 

「じゃあ、次は俺達だな」

 

 斑鳩に続き、俺もユーラ達から聞いたことを話していく。その内に、やはり皆の表情は険しくなっていった。

 

「……『剣』の登場と供に活発化しだした『ヒトモドキ』……ね」

「ああ。……今の話を踏まえて俺の予想するところでは、『ヒトモドキ』はミニオン。生み出したのは『光をもたらすもの』。そしてスールードと『光をもたらすもの』が手を組んでいる……ってとこだな」

「恐らくはそうでしょうね。……となると次の問題は、精霊と『光をもたらすもの』の関係ね」

 

 そうタリアが言うと、同意するように頷く皆。

 さて、『原作』を踏まえて考えるならば、精霊が『光をもたらすもの』に騙されて精霊回廊を奪われていると思われる。

 ……であるなら、精霊と『光をもたらすもの』は敵対関係にあるのは確実か。……まあ、恐らくは現状もそれと同様で間違いないだろう。そう判断できるのも、斑鳩達がレチェレから話を聴けていたのが大きい。

 そう考え、つい「ふむ」と独り言ちた所をどうやら斑鳩に見られていたらしい。

 

「……青道君、何か考えがあるの?」

「ん~……まぁ、一応は」

 

 そう答えると、「聴かせてもらえる?」と促されたので、頷いて返す。

 

「じゃあまぁ、俺の勝手な考えなんだが……恐らく精霊と『光をもたらすもの』は敵対している、だろうな」

「……その理由は?」

「ルプトナの存在とレチェレの話、だな」

 

 そう言うと、なるほど、と言う顔をしたのは斑鳩とカティマとタリア。

 今一よく判っていない顔をしているのは、世刻と永峰とソルラスカ。と皆の顔を見回したところで、「……どういうことだ?」とソルラスカが訊いてきた。

 

「つまりだ、『精霊の娘』と呼ばれている以上、ルプトナってのは精霊側に属している事。ルプトナと言う名が解っていると言う事は、ルプトナは話しが通じる相手である、と言う事。……名前なんてのは、自分から名乗るか誰かから紹介されないと判らないものだろ? そしてさっき斑鳩が話してくれた、レチェレから聴いたって言う話」

 

 そこまで言ったところで、永峰が「そっか」と言いながらポンと手を打つ。

 

「そのレチェレさんが言ってたのは、『ルプトナさんに助けられた』、『ルプトナさんに邪魔された人の中に殺された人は居ない』って言う事。……ルプトナさんと話が通じるっていう事は、ルプトナさんはミニオンの様な存在ではなくて、ルプトナさんが『光をもたらすもの』だとしたら、レチェレさんを助ける理由も、町の人の邪魔をするときに、殺さないようにする理由も無い……って事ですね?」

「良く出来ました。……さらに言うなら、ここ数年は、ある程度まで深く入ろうとすると必ず邪魔してくるってのは、それ以上入るとミニオンに襲われるからって事じゃないかと思うし、恐らくルプトナは神剣使い……もしくはそれと同等の強さを持っていると考えられるな」

「なるほど……精霊と『光をもたらすもの』が敵対しているのなら、精霊とミニオンとの間に戦闘が起こっているはず。……となると、精霊側で戦っている可能性が一番高いのは、人間たちの邪魔もしているルプトナってことか」

 

 そう結論付けた世刻に「そう言うこと」と首肯する。

 

 “原作知識”を踏まえての予想であるので、恐らくは間違っていないだろうとは思うが、万が一問いうこともあるので、「ま、これは飽くまでレチェレの話が全て本当である事を前提にした、俺の予想にすぎないが」と念を押しておく。

 

 俺の話を聞き終えた斑鳩は、皆の視線を受けつつしばし考えると、「よしっ」と頷いて顔を上げた。

 

「それじゃあ、明日はまずロドヴィゴさんに会って、地上に降りる際に護衛として雇ってもらうことを交渉しにいきましょうか」

 

 この世界にいつまでいるか判らないけど、先立つものは必要だしね。そう続けたあと、「それと」と繋げ、

 

「出来るならルプトナって娘にも話を聴きたいわね。今日聞いた人間と精霊が争っている理由……開拓団を全滅させたのが、もし精霊ではなくミニオンなのだとしたら……精霊と人間の間を取り持つ事が先決だと思うの。じゃないと……この世界に住む人たちが手を取り合って協力しないと、そう遠くない未来にミニオン……いえ、『光をもたらすもの』にこの世界は滅ぼされるかもしれない」

 

 斑鳩の言葉に、皆は思い思いに頷いて返した。特に、ついこの前自分の世界を『光をもたらすもの』に脅かされていたカティマの決意は強いようだ。

 

「それじゃあ学園の皆は、明日ロドヴィゴさんに『学生服を着た人たちは危険な人たちじゃない』って事を説明してから、自由行動って事にしていいですか?」

「そうね。そうしましょうか。……じゃあ、今日はこれで解散。あ、早苗先生には私から言っておくわね」

 

 永峰の問いに斑鳩がそう答えてこの場を締め、この場は解散となった。

 

 

……

………

 

 

 明けて翌日、突然の申し出であったにも関わらず、無事にロドヴィゴさんとの話し合いをする事が出来た。

 その際に、以前彼等の開拓団を殺したのは精霊ではなく、ヒトモドキ──ミニオンの可能性が高い事を伝えるも、やはりと言うか、彼等は「ヒトモドキも精霊の一味でしょう」と疑って止まない。

 だがまぁ、どちらにせよ、次の調達部隊が地上に降りる際には連れて行ってくれるそうだ。それについては一安心である。彼等にしろ俺達にしろ、食料や燃料は調達しなければ生きていけないのだから。

 ちなみに、次の調達部隊が降りるのは五日後。どうやら昨日降りたばかりだったようで、斑鳩達が酒場でロドヴィゴさんと会ったのも、彼等が丁度地上から戻ってきた所だったからだとか。

 

「それじゃあ、明日にでも一度、神剣使いのみで一度地上に降りてみましょうか」

 

 ロドヴィゴさんとの会見を終えた後の、斑鳩の提案。

 それに各々了承した後、実際に地上に降りる人選をする。現在、ものべーに居る神剣使いは、クリスト達が神剣の能力のみではなく、神剣そのものを使える様になった為に、計12名。念のための事もあるので、半数は上に残った方がいいだろう。

 試しに行きたい人ーと立候補を取ってみたところ、全員の手が上がった。……みんな好奇心旺盛だなぁ。

 

「……どうしましょうか?」

「バランスを取るために、属性ごとに選出……かしらね」

 

 皆を代表するようなポゥの呟きに斑鳩が答え、皆がまぁそれでいいか、と頷いた。

 そうと決まれば、と言うことで……あれ、俺って何になるんだろう?

 

「白……でよろしいのでは?」

「白……でいいのかねぇ?」

 

 まあいいか。「オーラフォトンを使ってましたし」と言うナナシの言葉に従って白にしておく。うん。俺は白属性だ。多分。

 いやまあ、あの時──初めて『観望』を使った時──練りこんだマナがオーラフォトンになったのも……いやそれ以前に、そのマナが『オーラフォトン』である事を認識したのも無意識……いや、『観望』に流し込まれた知識か? まあ兎に角、意識して使ったわけでは無いから、自分ではさっぱりなんだが。

 ……そんなわけで、最終的に決まったメンバーは、斑鳩、世刻、ソルラスカ、ワゥ、ポゥ、そして俺の6名。決まった後にふと思ったが、ルプトナは世刻の前世である破壊神ジルオルを感知して狙って来るんだっけか。

 ……まぁ、無事に世刻が行くことになったから良しとしよう、うん。

 ……兎に角、明日行くメンバーも無事に決まったので、本日は自由行動となった。ロドヴィゴさんには、学生服集団が無害だと言うのは伝えてあるし、無力である事も伝えてある。

 学園の皆にも放送でその旨は伝え、破目を外さないように言い含めてあるので、トラブルは起きない……と、信じたい。まぁ、皆も下手にトラブルを起こせば、危なくなるのは自分たちの身だと言うのは解ってるだろうから大丈夫だろう。

 ミゥ達は、ルゥとポゥの案内でユーラの店に顔出しに行くらしい。

 ちなみに俺は、久しぶりに箱舟に篭る事にした。本格的な戦闘になるまえに、やっておきたいことがあったからだ。

 そんなわけで、箱舟に行こうとした俺の耳に、ふと届いた声があった。

 

「また……またなの……うぅ」

 

 そんな哀しげな呟きに視線を向けると、チョキにした手を見ながらうーっと唸る永峰の姿が。……ポゥとじゃんけんして負けたのか。

 ……そっとしておこう、うん。

 そう思ってこの場から立ち去ろうとした矢先、不意に視線を上げた永峰と眼が合った。……去り辛え。

 

「……あー……永峰、この後暇か?」

「……え?」

 

 ……仕方が無いから特別に箱舟にでも招待して、元気付けてあげようか。

 

 

……

………

 

 

 そして翌日、俺達は今樹上の町から降り、地上の森林へと足を踏み入れている。

 

「はぁ~……こりゃすげえな」

 

 ソルラスカがそう言うのも無理はないだろう。実際、俺も同じようなな感想しか出てこない。

 俺達にすれば、カティマの世界の森も大概に凄いと思ったが、ここはそれ以上……比べ物にならないほどだ。

 一体この森の平均樹齢は何年なんだろうな、何て詮無いことを考えつつ歩を進める。

 とりあえず今日の俺達の目的は、基本的には周辺地形の確認。あわよくばルプトナとの接触。

 

「……なんつーか、周辺地形も何も見事に森ばかりだな」

 

 右を見ても左を見ても樹、樹、樹である。

 ぼそりと言った俺の言葉に、ポゥが「そうですねー」と苦笑いを浮かべた、その時だった。

 

「見つけたぞ!!」

 

 そんな声と供に、俺達の前に一人の少女が降り立つ。

 東洋風の……強いて言うなら、巫女服を崩した様な服装の、黒髪の少女。

 その少女は、世刻を指さして言う。

 

「……ボクには解るぞ! お前が『災いをもたらす者』だな! ボクの名前はルプトナ。精霊の娘、ルプトナだ!」

「おい、ちょ……ちょっとまて! 何だジルオルって! 俺は世刻 望だ!」

 

 一息に言い放った少女──ルプトナ──は、「ジルオル、覚悟しろ!」と言いながら、世刻に向けて飛び掛ってきた。

 世刻は慌てながらも『黎明』を抜き放ち、ルプトナの攻撃を受け止める。

 ギャリッと言う音と供に、彼女の靴と世刻の剣が交差し、ルプトナはその反動を利用して飛び退った。確か彼女の神剣は履いている靴……第六位の『揺籃』だったか?

 

「セトキ、ノゾム……? なるほど、それが転生体としての、今の名前なんだね。でもそんなの関係ない! 『災いをもたらす者』、ジルオル改め、ノゾム! 覚悟しろ!」

 

 ルプトナは再び構えを取り、臨戦態勢になる。どうやらこちらの話を大人しくは聞いてくれなさそうで、どうにかして取り押さえねばならないようだ。そう判断し、俺達もまた武器を構える。

 

「……青道君、何、それ?」

 

 そんな中、斑鳩が俺が手に持っているものを見て、そう声を掛けてきた。

 俺が手に持っているのは、網状にした『観望』。

 

「まぁ、無傷で捕らえるためにな」

「なるほどね……上手くいくといいけど」

「何とかするさ。ほら、気をつけろ」

 

 ルプトナの狙いはあくまで世刻らしいとはいえ、それ以外に対して何もしてこないと言う訳ではない。

 俺と会話していた隙を突いて斑鳩に放たれた蹴りを、彼女の腕を引いて位置をずらし、逸らさせる。

 

「ありがと!」

 

 そう言ってルプトナに斬りかかって行く斑鳩を見送りつつ、俺はタイミングを見計らっていた。

 ルプトナの動きは素早い。素の身体能力も高いのだろう、その上武器が靴型永遠神剣だ。機動力はこの中でも群を抜いている。今でもルプトナの動きに互角についていっているのはソルラスカだけだ。

 ルプトナが放つ上段蹴りをソルラスカが右手の『荒神』で受け、カウンターで放った左の『荒神』によるフック気味の攻撃を、受けられた足をそのまま振って迎え撃ち、反動で飛び退るルプトナ。

 その直後、弾かれたように地面を蹴り、様子を伺っていた俺に向かって突進してくる。

 

「そこぉ! ランサー!」

「祐さん!」

 

 俺に向けて放たれた三連の蹴りを、ポゥが前に出てブロックしてくれた。次いで追いすがったワゥが、炎に包まれた『剣花』の左の刃で袈裟懸けに斬りかかるも、ルプトナはそれを下がってやり過ごした。その瞬間、ワゥはさらに身体を回転させ、右の刃を振りぬくと、刃と柄の部分が分かれ、鎖に繋がれた刃の部分がルプトナへ向かって飛んでいく。

 

「うわっ! ちょっ! とぉっ!」

 

 炎を纏って向かってきた刃を、慌てつつもその足先を氷に包んで蹴り返したところで、世刻がルプトナに斬り込んだ。

 『剣花』を蹴り返すのに振り上げた足で、そのまま『黎明』を防御すると言う無茶な鍔迫り合いをするルプトナ。

 ソレは奇しくも、俺が狙っていた瞬間だった。

 

「大人しくしろ!」

「嫌だよ!」

 

 言い争う二人に一気に駆け寄り、「世刻、そのまま抑えてろ!」と言いながら手に持っていた『観望』をルプトナに投げつけると、それは空中で広がり、ルプトナに覆いかぶさった。世刻ごと。

 

「うわわわわ!?」

「うわぁ!? 先輩!?」

「くっそー! こんなもの、すぐ破って……って、破けない!?」

 

 ルプトナがもがけばもがくほどに網は絡みつき、二人は大混乱。周りで見るのは苦笑いである。

 世刻が恨めしげな視線を送ってくるが……多少の犠牲は付き物なのだ、と言うことで、そこはスルーである。

 

「……なんか、『観望』ってまともに武器として使われる事の方が少ないんじゃ?」

 

 ぼそりとした斑鳩の声が聞こえた気がするが、そんな事は無い。気のせい気のせい。

 

「ははは、無駄だルプトナ。そんなナリでもそれは永遠神剣。破く事なんてできないさ」

 

 もがくルプトナに近づきながらそう言うと、彼女は驚愕の顔でこちらをみやる。

 

「そ、そんな!? 投網型の永遠神剣だなんて、そんなものが……」

「世の中にはぴこぴこハンマー(ピコハン)型の神剣だってあるんだ。投網型が有ったって可笑しくねーぞ」

 

 投網型永遠神剣『豊漁』ってか? と言うか、そもそも靴型の神剣を履いてる奴に言われたくは無い。

 なんか後ろから「ぴ、ぴこはん!?」とかって斑鳩の声が聞こえてきた。驚くよな。俺も初めて知った時は驚いたもんだ。

 俺はもがくのを諦めたルプトナの前にしゃがみこんで、視線を合わせる。

 

「なあルプトナ。先に教えて欲しいんだが」

「なんだよ……?」

「数年前に、地上に降りた人間たちの開拓団を全滅させたのは……君たち精霊か?」

 

 俺の問いに、他の皆も固唾を呑むのが解った。

 そんな雰囲気を察したのだろうか、ルプトナも真っ直ぐに、俺と視線を合わせて来る。

 

「違う。精霊達は、殺したりなんてしない! やったのは、変な、感情のない人形みたいな奴等だよ!」

 

 ルプトナのその答えに、皆も、そして俺もほぅと息を吐いた。

 斑鳩の方を見ると、彼女はこくりと頷く。それを受けて、俺は『観望』を粒子に戻し、網を消した。

 

「人間たちは、アレを精霊の仕業だと思ってるんだ。……だから、君に頼みがある。人間と精霊の仲を修復するために、話し合いの場を設けたいんだ。だから、その事を精霊の長に伝えてもらえないかな?」

 

 突如解放された上に、行き成り「橋渡しになれ」と言われて、驚いているのだろう、きょとんとするルプトナ。

 彼女はしばしの間考えると、「……解った」とぼそりと小さく頷いてくれた。

 

「……けど、今回だけだからね! 今は負けたから、そっちの願いを聞いてやるだけなんだから!」

 

 がーっと言う擬音が聞こえてきそうな雰囲気で言うルプトナに苦笑しつつはいはい、と返すと、今度はむすっとしてしまった。いやはや、何と言うか表情の良く変わる子だ。

 それじゃあ頼んだよ……と送り出すまえに、と。

 彼女に近づいて、彼女にだけ聴こえる様に声を落とす。

 

「……それとな、ルプトナ。世刻のやつはまだジルオルに呑まれていない。あいつも、必至にジルオルと戦ってるんだよ。……だから、あいつを狙うのやめてもらえないかな?」

 

 余計なお世話だろうとは思うが、念のため、と思いつつ言った言葉に、ルプトナは驚いた様子で俺の顔を見て、次いで世刻を見てから、「…………考えておく」と言う言葉を残してその場を後にし、森の奥へと入って行った。

 それを見送った後、仲間の方へと向き直り、「酷いですよ、先輩」と文句を言ってきた世刻に「良い撒き餌だったぞ」と誉めてやる。

 

「悪いな、斑鳩。勝手に話進めちまった」

「良いわよ。元々精霊と人間の中を取り持つって言うのが目的だったし。……何ていうか、思ってたよりも素直で良い娘みたいね。……それじゃ、一旦上に戻って、皆やロドヴィゴさんへ報告しましょうか」

 

 斑鳩はそう締めると、俺の方へ近づいてきて、声のトーンを落としてきた。

 

「ね、最後にルプトナと何話してたの?」

「……ジルオルと世刻について、な。世刻はまだジルオルに呑まれてないから、狙うのやめてくれってね」

 

 余計なお世話かと思ったけど、一応な、と続けると、斑鳩は「そっか」と一言。

 

「……何と言うか、何もかもが丸く収まれば良いんだけどなぁ」

「……まったくね」

 

 最後に二人で苦笑して、俺達は帰路に着いた。


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