永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
「……祐さん」
ぽつり、とミゥが、突き刺さる大剣からその視線を外す事無く俺を呼ぶ。
「あなたは……私達の……『煌玉の世界』で起きた事も、知っているのですか?」
そんな問いがミゥからあって、改めて自分の行動を思い起こせば……あぁ確かに、そう取れるな。
まったくもって当然の問いだろうなと思う。俺が同じ立場だったとしても、同じ事を訊くだろう。
「……いや、俺が知っているのは、君達の世界にもあれのような剣が刺さっていた事、ぐらいだ。……あの剣が何を意味していたのか、あの剣を誰が刺したのか。そう言った事までは知らない。……正確に言えば、知る前に今の俺になった、ってとこだけどな」
ただ、君達の様子を見るに、良いもんじゃないってのは確かだろうな。
そう続けると、彼女達は揃って苦い顔をする。その反応からも、あの『剣』に関して俺が述べた「良いもんじゃない」ってのは確かなんだろう。
「……確かに、我ながらさっきまでの……いや、今もか。今の俺は混乱しすぎだと思うよ。……流石にあんなものが『この世界』にぶっ刺さってるとは思わなくて取り乱した。……悪いな」
「いえ、いいんです。……ただ少し気になっただけですから。それに、祐さんの取った行動は、不測の事態に対して何等問題は無いと思います」
そう言ってくれたミゥにありがとうと返すと、彼女も微笑んで返してくれた。
……けどまぁ、ここで会話を終わらせる訳にはいかないんだよな。酷く言い出し辛いけど。
彼女達の様子から察するに、彼女達にとって、あの剣は忌まわしい物で、この世界にそれがある事に混乱しているかもしれない。けど、俺にとってもこれは余りにも想定外だ。……もしアレが、本当にヤバイものなのだとしたら。アレを刺した相手がどれほどの者か、知る必要がある。その為にも、取り急ぎ彼女達を連れてきたのだから。
俺は一度深呼吸すると、改めて彼女達の方へ向き直る。
「……言いたくないかもしれないし、嫌な事を思い出させるかもしれないけど……あの剣の事、教えてくれないか?」
その言葉に、彼女達が息を呑むのが解った。けど、ここで退いちゃいけないと思い直して、言葉を続ける。
「……あの剣がヤバイ物なんだとしたら、俺はそんなものをこの世界に刺した人間の事を知る必要がある。……守りたいものを、守るためにも」
「…………解りました。あれは──」
結果を言えば、聴いて良かったとも、聴かなければ良かったとも言える。正直言って、げんなりだ。
生徒会室に皆を待たせているために、大分簡単に、ではあったが説明を受け、それでもあの剣がどんなものか、あの剣の担い手がどんな人間かは、嫌という程に解った。
「……少なくとも千年以上を生き、世界に自らの分身を送り込み、世界や人からマナを搾取したあげくに滅ぼす、見た目少女の化け物……か」
「信じられません……よね?」
俺のつぶやきに、ポゥが不安気に訊いてくる。
確かに、普通なら信じられないだろう。そんな人間がいるなんて。
「そうだな……普通なら信じられないし、信じたくないだろうな。そんなのが敵だなんて」
そう言うと、皆の顔が強張るのが見えた。その表情から窺い知れるのは、「やっぱり信じられないか」と言う諦観にも似た表情。だが、俺は構わずに先を続ける。
少なくとも、俺にはミゥ達が言ったようなことが出来る存在は一つしか思いつかない。
……言い換えれば、一つは思いつくということであるわけで。
「けど、残念ながら俺には“そういった存在”の心当たりが有るんだよ。……例によって“知識だけ”だけどな」
俺の言葉が予想外だったか、ミゥは「本当……ですか?」と途惑ったような声を上げ、俺はそれに「ああ」と一度頷いて返す。
「……それは?」
……エト・カ・リファ、絶対なる戒、激烈なる力、赦しのイャガ……それにもう一人加わるのかと思うと、頭が痛くなる。……確証はない、が、恐らく間違いはないだろう。
いつの間にか目の前に来ていた生徒会室の扉を開け放ちながら、彼女達へ向けて一言だけ言い放った。
「エターナル」
…
……
………
「すまん、遅くなった」
「ほんと、遅いわよ! ……って、ミゥ達まで一緒だなんて、何があったの? 青道君が来るまで動くなって、ナナシが凄い勢いで来たけど」
生徒会室に入った俺を迎えたのは、斑鳩のそんな言葉だった。
部屋の中に満ちる空気は“戸惑い”と言ったところだろうか。それも、俺の行動に対するものであり、外の様子に関してのことではない雰囲気。それに疑問に思い、窓の外を見てみると……なるほど、角度的にここからは見えないのか。
「永峰、悪いがゆっくりとものベーを旋回させてもらえるか?」
「? ……はい」
話をする前に、皆には先に“アレ”を見せておいた方がいいだろう。
そう判断して永峰に声を掛けると、ものべーがその場で旋回し、窓から見える光景がゆっくりと移っていく。
皆にとっては意味のよく解らない俺の突然の頼みに、それを聞いていた皆も訳が判らないといった様子で居たのだが──。
「なんだ……あれ……」
「……うわ……」
「すごい……あんな巨大な剣が……」
そんな、感嘆ともとれる世刻や永峰、カティマの声と……ミゥ達から『煌玉の世界』での顛末を聞いていたんだろう、声も無く険しい顔で立ちすくむ斑鳩とタリア、ソルラスカ。
「青道君、あれって……」
「ああ。アレが俺が皆を引きとめた理由、だ。……ミゥ、話、頼めるか?」
「はい」
何かいいたげな斑鳩に頷いて返し、ミゥを促す。先程に続いてもう一度、と言うのも気が引ける所があるが、彼女達から言ってもらった方が“重み”が増すだろう。
もっとも、旅団メンバーには今更だろうが。……いや、そうでもないか。少なくとも、現状を再認識してもらえる。
「……既に滅んでしまった私達の世界、『煌玉の世界』。そこにはあの剣と全く同じものが突き立っていました。私たちはあれを『幻の大剣』と呼んで、信仰の対象としていたんです。
……我々クリスト族が寿命を向かえると、その身体や魂は『命の雫』と言う、マナの結晶となります。そして『命の雫』は、あの大剣を通じ、『大いなる力』と一つとなる、と。
……ですがそれは、我々クリスト族と、煌玉の世界を滅びへ誘い、蝕む呪いだったんです」
世刻達がはっとするのが見え、……守れなかった、間に合わなかった煌玉の世界の事を思っているのだろうか、斑鳩達もまた、その表情を固くしながら聴いている。
「そう……『大いなる力』は、我々クリスト族へ寿命を迎えると『命の雫』となる呪いをかけ、煌玉の世界からマナを搾取していたんです。……あの剣は、世界を滅びへと誘い、蝕む呪いの源。
……剣の名は、永遠神剣第四位『空隙』。そしてその剣の担い手にして、私たちの世界へ呪いをかけた者……少なくとも千年を越える時を生き、世界に分身を送りこみ、世界から、人から、マナを搾取する存在。その者の名は、『スールード』。……それが、私達の世界を滅ぼした者の名です」
ミゥが話を終えた瞬間、生徒会室は沈黙に包まれた。
『世界』規模で行われる暴挙。突き立った星そのものを蝕み、喰らう呪い……余りにもスケールの大きな話だ。
「あの剣、破壊しよう。あんなもの有っちゃいけない!」
「ああ、そうだ!その話、俺も乗るぜ!」
そう思い至るのは、ミゥの話を聴けば当然だろうと思う。実際俺も壊せるものなら壊しに行きたいし、ミゥ達だってそうだろう。
世刻の声にソルラスカも同調したところで、斑鳩がピシャリと言い放った。
「ダメよ」
「何でですか!?」
「学園の皆はどうするの? 相手は一般の人にも呪いを掛けて、マナを奪う様な奴なのよ。確実に、ものべーを狙ってくるでしょうね」
「…………っ」
「……落ち着け、ノゾム。サツキの言う事は尤もだ」
斑鳩の言葉に唇を噛み、何か無いかと言葉を捜している様子の世刻だったが、頭の上にのったレーメが優しく撫でながら、静かな声音で彼を諭すと、どうやら頭に上っていた血が降りたようだ。小さく深呼吸している。
「……すみません、少し焦りすぎました」
「ううん、いいのよ。望君の気持ちも解るし」
「それで……これからどうするの?」
今後の行動を問うタリアに、斑鳩は少しだけ考えたあと、不意に俺の方へを顔を向けた。
「青道君はどう思う?」
俺かよ。まぁ話を持ってきたのが俺だからしゃーないか……。
とりあえずアレを見てからここに来るまでに考えていた事を言ってみるか。
「……そうだな、とりあえず情報が欲しい。あの剣がいつから刺さっているのかとか、この世界がどんな世界か、どんな状況になっているのか、とかな。……ってわけで、街に行こう」
「街に行く……のはいいのですが、その肝心の街がどこにあるのかが問題ですね。……窓から見えるだけでもこの密林です。人の居る場所を捜すだけでも一苦労でしょう」
そんなカティマの言葉は皆の気持ちを代弁していたようで、皆同意するようにうんうんと頷いている。
確かに、俺も向こう側だったら一緒に頷いてるところだ。
「ところがまあ、大丈夫なんだわ。……ここから北東にしばらく行った所に、一際馬鹿でかい巨木がある。そこの枝の上に街が造られてるぞ」
「……は? ……って、何よそれ!? 青道君この世界に来た事あるの!?」
「何故そうなる。あるわけ無いだろ? ……『観望』だよ」
別に隠すことでもないし、と種明かしをすると、斑鳩は首を捻りつつ「……どう言う事?」と問いかけてくる。
「『観望』が今の、俺がナノマシン型と呼んでいる形状で生まれたのって、無数の世界に散らばって“ナニカ”を捜すためだったらしいんだわ。こいつの特性が『視る』ことってのも、それに起因してるみたいだしな。まあそんなわけで、この世界に粒子状のままの『観望』を飛ばして、人の居る場所を捜してもらったわけだ」
「成程……って、『観望』の特性の『視る』事って?てっきり姿を自在に変えられるのが一番の特徴かと思っていたけど。……それに、『観望』が捜していた“ナニカ”って言うのは?」
「『視る』事は……まあ色々、としか言えないな。俺も気付いたら『視え』ていたって感覚で使ってるし。……経験則で言うなら、敵の動きに対する見切り、練られたマナの色や流れ、発動された魔法の動き……そんなもんだな。姿を変えられるってのは、あくまでそれに付随する副次的なものに過ぎないってことさ。
それとこいつが捜していた“ナニカ”については俺も知らん。訊いても教えてくれないんだよ」
まあ俺からは以上だと締めて一歩下がり、判断は任せる事にし、隣に来たミゥの頭に手を置いた。
きょとんとしながら「なんでしょう?」と見上げてくるミゥ。
「いや、ミゥ達にしてみれば、今すぐあれを破壊しに行きたいだろうに、悪いなって思ってさ。もどかしいだろ?」
「……そう、ですね……ですが、それが難しい事も理解していますから」
「…………そっか」
……っと、どうやらどうするか決まった様だ。
「それじゃあ、青道君の言う、北東の大木に行ってみましょうか。希美ちゃん、お願い」
「はい。ものべー、お願いね」
永峰の言葉に続いてものべーの鳴き声が聴こえ、学園は風景を後ろに流しながら、ゆっくりと進み出した。
……さて、いったいこの世界では、どんな展開が待っているのやら。