永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
22.悪夢、帰りきて。
ズズズズズン……と、地響きの様な音を立て、校舎が揺れる。
まるで地震のようだが、そうではない。……当然か。ものべーは飛んでいるのだから。
と、その時教室のドアが開き、斑鳩が姿を見せた。
「どう、みんな? 景色を楽しんでる?」
「ああ、斑鳩先輩! すごいっすよ、この景色!」
「この光景って……もしかして私たち、これから宇宙に出るんですか!?」
それぞれの反応を楽しむように問いかけた斑鳩に対して、森と阿川が興奮を隠しきれないと言うように質問を浴びせる。
そんな2人に対して斑鳩は、「じゃあ、そろそろ他の景色も見えるし、色々説明するわね」と、楽しそうに笑いながら教室の電気をつけた。
その間、世刻や永峰は外の景色に見とれ、斑鳩と一緒に入ってきたカティマもまた、ほぅ、と感嘆の表情を浮かべながら外の景色に見入っている。
……そう、カティマだ。
結局彼女は俺達の旅に同行する事にしたようである。
「クロムウェイ達には苦労を掛けますが……やはり恩を受けたままと言うのは、私の……いえ、我々アイギアの者の気がすまないのです」
俺としては、この先も長い戦いが続く事が解っているだけに、彼女の様な有能な神剣使いが加わってくれるのは大歓迎だ。
確かに、即位したばかりで国を離れて大丈夫なのか? と思ったりもするんだが……それは言わないお約束か。
……尤も、彼女としては、俺達の世界を鉾──いや、ミニオンから救い、そして戻るだけだと思っているのだろうが。
それを考えると……事前にしっかりと、一筋縄では元の世界に帰れないって事を説明しておくべきだったのではないだろうか。いやまあ、一般生徒達の混乱を考えると言うわけには……ってのは解るんだが、どうせ次の世界に行ったらばれるんだしなぁ。
まぁ、そんなことを考えたところで、既にここまで来てしまっている以上詮無い事なのだが。
そんな事を考えていると、パンパンッと手を打ち合わせる音が響いた。
「はい、ちゅうもーく。皆が色々と抱えている悩みを解決する時間が来たわよ。ちゃんと説明するから、聞いてね?」
そう斑鳩が宣言した、次の瞬間だ。
まるでそのタイミングを計っていたかの様に、窓から見える景色が一変した。
それは言うなれば、樹木。
着かず離れずを繰り返す、巨大な枝。
幻想的で、幻惑的で、ともすれば神々しさすら感じられる──これが、時間樹……。
「この周りすべてが、時間樹と呼ばれる存在。言うなれば世界そのもの。……尤も、私達が認識しているそれぞれの世界より、もっと上位のものだけどね」
「上位って、どういうことですか?」
斑鳩の説明に対して返された世刻の質問に、斑鳩は窓から見える一点を指差す。
「皆、あの枝の先、黒くなっている所を見て? あれが私達が今まで居た場所。剣の世界。こうして樹の幹から延びる枝のように、いくつもの世界があることが分枝世界と言われる理由よ」
「剣の世界?」
聞きなれない言葉だったのだろう、カティマが疑問の声を上げた。それに対して斑鳩は、「ああ、剣による戦いが行われていたから、私達がそう呼んでいたの」とそう呼んだ由来を説明する。
「まぁ、俺達から見て、の表現だから余り気にするな」
そう言うと、カティマは「はい、解りました」と苦笑しながら頷く。
「……では、あの黒い枝の中に、私達の世界があるのですね?」
「そうよ。例えば、今からあの枝に突っ込んでいけば、カティマさんの世界に戻れるわけ」
斑鳩の言葉に、その場に居た皆がなるほど、と頷く。
「俺達が教わっていた宇宙って、何だったんだろうな……?」
そんな中、ぽつりと漏らされた森の声が聞こえた。斑鳩はそれに苦笑しつつ、「別に、あなた達が教わっていたことが間違っているわけじゃないのよ?」と言葉を返す。
「じゃあ、俺達の言う宇宙ってのはどこにあるんですか?」
そう言うのは世刻。ああそうか、彼等としては、あそこに入ったらすぐ剣の世界に出ると思っているのか。
まぁ確かに、今の斑鳩の説明だとそう取れなくも無いかとも思い、「あの分枝世界の中だよ」と言うと、世刻は今一想像できなかったか、「え?」と声を上げた。
……ちょいと言葉足らずだったか。
「……つまり、あの中に入ると宇宙があって、そこに『剣の世界』と言う名の惑星がある、と考えればいいんだろ? 俺達が今ここから見ているあの黒い枝は、宇宙を外側から眺めたものだ、と」
「ええ、そう考えてもらって、概ね間違ってないわ。今青道君が言ったように、私達の世界があって、その外側に宇宙。そしてそこに通常では越えられない壁があって、その外側に時間樹の空間があるの」
斑鳩に確認するように説明した俺に、斑鳩はコクリと頷いて補足し、それで皆、大体理解したようだ。
それにしても何て言うか……こうして実際に眼にすると、とんでもなくスケールの大きい世界だな、時間樹は。そしてその時間樹やそれに類する世界をいくつも含む神剣宇宙、か。
普通に生活していては絶対に到達できないようなレベルの話に、関心しつつも呆れてしまう。
とは言え、このまま『原作』通りに進むのならば、俺達は時間樹そのものに関わるレベルで戦っていくことになるんだけど。
「……つまり、ものべーはその越えられない壁を越えることができるんですか?」
「そうよ。途中、宇宙みたいな空間もあったでしょ?」
……そう改めて考えると、物凄く高性能な神獣だな、ものべー。
「まあ、頭でごちゃごちゃ考えるより、実際に見たほうが理解度が増すでしょ?」
斑鳩の言葉に、皆は確かにと頷く。
百聞は一見にしかずってのはこう言う事言うんだろうな。
俺達はそのまましばし、窓の外の光景を眺め──
「それで先輩……結局私達の元々の世界はどこに有るんですか?」
そこで上がった、永峰の当然の疑問。
問われた斑鳩は一瞬キョトンとしした後、
「そんなの分からないわよ」
シン、とした。いや何というか、空気が。
次いで周囲で話を聞いていた、このクラスの生徒達もザワザワと騒ぎ出す。
「……斑鳩、もう少し言い回しに気をつけろよ」
「あ、ああ、ごめんごめん! 私が所属している組織の拠点からなら、元々の世界のある分枝世界の座標を割り出せるの。だから、その私達が拠点としている世界にいけば大丈夫!」
流石にまずいと感じたか、慌てて斑鳩が補足し、どうやら自信満々に大丈夫と言い切った事で、話を聴いていた一般生徒の不安も和らいだようで。
そのタイミングで、チャイムが鳴った。もう昼か、と思う間もなく、これ幸いと生徒達を昼食に送り出す斑鳩。
「いやぁ、危ないところだったわ。思わず本音で言っちゃったし」
「本音と言うと……元々の世界の場所が分からないってことかしら?」
「ええ。本拠地に戻れば分かるとはいえ、ちょっと正直に言い過ぎたわ」
呆れたように言うタリアに、斑鳩は苦笑いを浮かべながら頷いていた。
その後、俺達も食堂へ行って昼食を取ったのだが……「日の光が無いと、時間の感覚が狂う」と言う言葉に対して、ものべーが太陽と月を自力で創ってしまった。……いやほんと凄えよ。
…
……
………
結局のところ、彼女達が本拠地としている『魔法の世界』に行くことも叶わなかった。
いや、俺としても結果は分かっていても、過程自体は覚えていなかった為にかなり驚いたのだが。
大きく揺れたり小さく揺れたり……まあ何と言うか、揺れる揺れる。
その時俺は皆に断り、クリスト部屋に現状説明に行ってたんだけど、途中会った一般生徒はやはり慌てていたようだ。当然だけど。
彼女達、俺が渡したチョーカーで普通に出られるようになったとはいえ、やはり元々身体に合ったマナで満たされている、通称クリスト部屋が一番居やすいらしく、普段もそこに居ることが多い……というか殆どだ。
ミゥ達は俺の話の中で、やはりものベーが擬似太陽と月を創ってしまったことに驚いていた。ワゥは大はしゃぎだったが。
……それにしても、アズライール奪還の時に初めて彼女達と組んでからと言うもの、こういったちょっとした連絡も、すっかり俺が行うことが多くなった気がする。いや、斑鳩が学園全体を気に掛けないといけないってのは解ってるし、別に不満は無いんだが。彼女達と居るのは、何となく落ち着くし。
『魔法の世界』に行けない理由は、何度か、世界のある枝の位置がずれるほどの次元震──地震のようなものだ──が起こったらしく、斑鳩やタリアの持っていた世界座標が約に立たなかったのが原因なわけであり、現状俺達に出来るのは、次元震が起きる前に『魔法の世界』があった座標へ行き、その近くの適当な世界に入ってから、そこを元にして『魔法の世界』の場所を割り出す、と言うこと。
ちなみに今ものべーを襲っている振動は、その次元震の余波のようなもの……らしい。
「ようするに、なるようになるしかない! ってことだよね?」
事情を説明した俺に対して言われた、ワゥの言葉に、苦笑しながら頷くしかない。
が、次の瞬間──。
「ぼえーーーーー」
突如響き渡ったものべーの咆哮と供に襲い来る衝撃と、次いで訪れるフリーフォールの様な落下感。
「うおおおお!」
「きゃあああ!」
「ふああああ!」
思う存分シェイクされ、各々存分に悲鳴を上げた後、その感覚が収まった時、部屋はえらい状況になっていた。
色んなものが散乱してぐっちゃぐちゃである。
「う~……びっくりしました……何があったんでしょう?」
「あぁ……多分次の分枝世界に入ったんだと思う。……確認してくるわ」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
「私たちはとりあえずここを片付けますね」と言うミゥに「了解」と返し、皆に見送られて廊下に出て、生徒会室に向かう。
廊下に散見される生徒達も、さっきの衝撃には随分と参ったのだろう様子が見て取れた。
中には廊下に座り込んで具合悪そうにしている人もいて、そんな人達には保健室に行くように声を掛けつつ歩を進める。
その途中、気付いてしまった。その、有り得ない光景に。
眼を閉じて、目頭を抑えて、軽くマッサージしてからもう一度見る。
だが、現実は無情にも変わらなかった。
いやいやいやいやいや! 何でアンナモノがここにある!!
「あれは……確か彼女達に関連してるものか!? 何にせよまずは情報だな……人里を捜さないと!」
<……『渡りし者』よ。我を使え。我は元より、数多の世界に散り、『捜すため』にこの姿を持って生み出された。この世界を調査することなど造作も無い>
余りの事態に慌てる俺の脳裏に届いた、正に天啓とも言うべき、『観望』の言葉。ホントお前は使えるやつだ!
「頼んだ! ここが本当に『精霊の世界』だと仮定するなら、一際巨大な木に町があるはずだ! まずそこを捜せ!」
<承知した>
「ナナシ!生徒会室に行って、俺達が行くまで行動を起こすなって伝えてこい!」
「イエス、マスター!」
「レーメ、俺達はクリスト達のところに戻るぞ!」
「うむ!」
突然叫ぶように指示を与え出した俺に、周囲にいた生徒達が怪訝な視線を向けてくるが、そんなものに構ってる暇はなかった。
俺の身体から、『観望』が散っていく感覚がしたと同時に、ナナシは生徒会室へ、俺とレーメは来た道を全速で戻る。
「すまん、皆急いで俺と一緒に来てくれ! 確認してもらいたいものがある!!」
突然戻ってきて扉を乱暴に開け放ちながら言い放った俺に、クリストの皆は驚いた表情を見せていたが、俺の雰囲気に只ならないものを感じたのだろうか、すぐに頷いて着いてきてくれた。
先程“ソレ”が見えた場所へと戻る。
道中『観望』から、ここから北東へ行った所に大木があり、その枝の上に街があるのを見つけたと報告された。良くやった。ナイスだ『観望』。そしてここが『精霊の世界』である事が半ば解り、軽くショックを受けたのも事実。
そしてその場所へ着き、そこにある窓から外を指し示すと、クリストの皆は正に『固まった』。
……確認しなくては。アレが本当に同じものなのかどうか。俺にとっては未知の代物でしかないが、彼女達ならば解るはず。その為に連れてきたのだから。
「……ルゥ、恐らく当時アレを一番良く観察していたのは、君だろう? ……間違いないか?」
「あ……あぁ………………間違いない。……見間違いなど、するものか……!」
搾り出すようなルゥの声に、彼女達の雰囲気が固く、重くなっていく。
「……なぜ……アレが……?」
ぽつりと、ミゥの声が響く。
「……うそ……」
「そんな…………」
絶句する、ポゥとワゥの表情も、険しいのが手に取るように解る。
「…………スールード…………ッ!!」
憎しみすら混めたゼゥの声が、重々しく周囲に染み渡った。
そう……俺達の前に広がるその光景は、鬱蒼と茂る、ジャングルのごとき密林と、そこに突き立つ──遥か天空へと延びる巨大な剣だった。