永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
神剣のお披露目から二日。グルン・ドレアスでの戦いの終結から、五日が経った日だ。
食堂で朝食後のまったり感を満喫していた時だった。周囲の生徒達が、ざわざわと騒ぎ出した事に気付く。
何だろう、と思う間も無く、俺の横に誰かが座る気配。
ふとそちらを見てみると、眼に入ったのはメイド服。……って。
「……周囲が騒がしいと思ったら……フィア、出てきたのか?」
俺の横に座ったのは、箱舟から出てきたフィアだった。彼女は「箱舟の中に一人で居るのも暇なんですよー」なんていいつつ、持参してきたらしいティーセットから、お茶──恐らく紅茶だろう──を注ぎ、「どうぞ」と俺の方へも差し出す。
何か一度皆の前に出てから、どんどん開き直ってきたな、おい。
「ん、サンキュ。……んで、暇だからってだけじゃ無いんだろ?」
そう訊くと、「あ、やっぱりわかりますか?」なんていいつつ、懐から細長い箱を出し、差し出してきた。
それを開けてみると、中に入っていたのは五本の細長いベルト状のもの。片端に止め具と、中ほど二箇所に小さな鉱石がついたそれは──
「チョーカー?」
「はい。……以前、ルゥさんが初めて箱舟にいらっしゃった時に、ご主人様が思いついていたものの試作品です」
あの時思いついていたものってーと……。
当時の会話を思い出すと、一つだけ思い当たる物があった。
「……彼女達が専用部屋や箱舟以外でも、結晶体の外に出られるようにする為のアイテム、か?」
「はい。つい先日、ようやく箱舟の外郭に使用している鉱石と同じ物が、アルケミーストーンから産出されましたので。……この世界の戦いに間に合わなかったのは、申し訳ないのですが……。チョーカーにしたのは、多少激しく動いても簡単には外れないように、ですね。
その途中に嵌っている二つの鉱石を媒介に、身につけた者の身体を覆うような形で、箱舟内のマナを循環させます。……尤も、その効果が箱舟に由来する以上、使えるのは私たちが『この世界』に居る間、になってしまいますが」
フィアの説明を聴いた後、受け取ったチョーカーをしばしの間眺めつつ、入れてもらった紅茶を飲む。
別にわざわざ今持って来なくても良かったろーに……なんて思うが、少しでも早く渡したかった、との事。その心遣いが何とも有り難い。
その間、ノーマは彼女の膝の上に頭を乗せ、彼女はそれを撫でつつカップを傾けている。
「……なんかここだけ別世界ねぇ」
そんなとき、そんな声が聴こえ、そちらを向けば、居たのは斑鳩とソルラスカ。
中々見ない取り合わせだな、なんて思っていると、斑鳩が「そういえば」とフィアを見ながら口を開く。
「ねえ青道君。前も訊いたけど、彼女って普段どこに居るの? ……学園内で見た記憶が無いんだけど」
「前も答えたけど秘密。……って思ったけど、“これ”をクリストの皆へ渡す都合もあるし、話しておくか」
斑鳩達にチョーカーを見せつつそんなやり取りをしながら、俺達の前に座った二人にも紅茶を勧めたところで、見覚えのある白と青の結晶体がふよふよと通りがかった。
どうせだから、チョーカーの効果を試させてもらおう。
「ミゥ、ルゥ、いいところに」
呼び止めた俺に対して、ミゥは「どうしました?」と言いつつ、ルゥと共に直ぐ側まで近づいて来た。
…
……
………
「……ってわけで、実際に上手く効果があるか試したいんだが」
「……要するに、それを着ければ外に出ても大丈夫……ってこと?」
斑鳩と、ついでにソルラスカへの箱舟の説明と、同時に件のチョーカーの説明を行い、斑鳩がそう確認してきたので頷いて返すと、「……解りました。では、私から」とミゥが率先して答えた。
「じゃあ、悪いけど結晶体から出てもらえるか?」
「はい」
ミゥは短く返事をすると、眼を閉じて意識を集中させる。と、結晶体の中の彼女の身体が淡い光を発し、次いで粒子となった後、結晶体の外に出て再び彼女の姿を形取る。
その瞬間、先程フィアが現れたときのように、周囲がざわざわとざわめいた。
まあ無理も無いか。皆にとってはたまに眼にするクリスタルの様なものから、突然美少女が出てきたのだらか。
「では、どうすればいいですか?」
「後ろ向いて」
やはり合わないマナの中では本調子ではないのだろう、若干苦しそうな表情で言うミゥを後ろを向かせると、俺はそっと彼女の首に手を回し、箱から取り出したチョーカーを一つ、つけてやる。その瞬間、ふっと彼女の息が和らいだ気がした。
「……じゃあ、マナを練ってもらえるかな?」
「はい」
短く返事をし、眼を閉じて集中するミゥ。『観望』を通してマナの流れを視てみれば、彼女の中に白いマナが渦巻いているのが解る。
そのマナは濃密に収束していき、一つの形を取る。
次の瞬間、彼女の手の中に顕現する、錫杖型の永遠神剣『皓白』。
「……どうだ?」
「……すごいです、祐さん」
ぽつり、と感嘆の声を漏らすミゥ。そしてそれを聴いて、固唾を呑んで見守っていた斑鳩とソルラスカもほぅっとため息を吐いた。
「……ふむ、では、私も頼む」
次いでルゥがそう言うと、彼女も結晶体から抜け出して俺の前に姿を現し、後ろを向いた。これは俺につけろって事だよな。
ミゥに続いてルゥが出てきたことで、周りはもう騒然だ。
とりあえず、ミゥと同じようにルゥにもチョーカーをつけてやると、彼女も一息ついた後、そっと首に巻かれたそれを指でなぞり、小さく微笑んだ。
「……で、ルゥもどうだ?」
「……うむ、すこぶる快調だ。……まさかこうして皆と直接的に接することが出来るようになるとは思わなかった。……出来得るなら、他の皆にも味わわせたいものだな、この気持ちは」
ルゥの言う『皆』とは、恐らく他のクリスト族のことなんだろう。俺としてもそうできればいいんだが、流石に無理なので曖昧に笑って返すしかできなかった。
それにしても……うん、問題は無さそうだな。俺は二人が別段苦しそうにもしていない事を確認した後、フィアに紅茶をもう一杯貰い、
「それに……こういうのを祐に手ずから着けられると、まるで君のペットにさせられた気分だ。……ふむ、この形は、君の支配欲の現れか?」
「ぶふーー!!」
「うおおお!!?何しやがる祐!!」
「ゲホッケホッ……うあー……すまん、ソル。っていうかルゥ! 何を……って言うかミゥも赤くなるな! って痛い痛い痛いナナシ! レーメ! 耳を引っ張るんじゃない!!」
「ふふっうむ、すまない。ちょっとした冗談だ」
楽しそうに笑いながら言うルゥに、勘弁してくれと思わずボヤいてしまった俺は悪くないと思う。
…
……
………
そんな事があった日の午後。
もうじき俺達はこの『剣の世界』を旅立つ為、今は学園の皆総出でこの国の人たちに貰った物資──主に食料だ──を、ものべーに運び込んでいるところだ。
それを尻目に、世刻と永峰がじゃれ合ったりしてるんだが……。
「おいおい。お前ら……痴話喧嘩もそれぐらいにして、手伝ってくれよ」
「アイギアの人たちからもらった食料がまだ半分も残ってるのよ。全部ものべーに積み込まない出発できないわ」
その世刻と永峰に、荷物の搬入で走り回っていた森と阿川が文句を述べる。いやまったくその通り。
ちなみに俺は、『観望』を台車と言うか荷車状態にして、一気に運んでる。何とも応用の利く永遠神剣である。
<……汝は我を何だと……>
黙れ。使えるものは何でも使う、これ基本。
いや、武器や防具以外の形とか取れるのかなーと試してみたら出来たんだよ。この分だと、他にも色々使えそうだ。ほんと、便利です。
ちなみに、俺の横に並ぶようにして、この二日ですっかり学園の連中にも認知されてしまったノーマが歩いている。最初はさすがに驚かれたり、騒がれたけどな。……なんか、俺関係だと解った途端に余り騒がれなくなった。納得いかん。
……いやまぁ、謎のメイド──フィア──だとか、謎の妖精──ナナシとレーメ──だとか、前科があるからなんだろうが……たまに学園の皆からどう思われているのか気になったりするのは、間違いではないはずだ。
それはそれとして、最近ナナシとレーメは俺の肩の上ではなく、ノーマの上に乗っている事も多い。確かに手触りいいからな、こいつ。毛皮ふかふかだし。
「……ふむ、寂しいのか、ユウ?」
レーメ、お前は俺を何だと思っているのか。別に寂しい訳じゃなく、今まで有ったものが無いのは、何か物足りないだけだ。
「……しょうがないですね」
「……やれやれ」
そういいながら俺の肩の上に戻ってくる二人……って、何か凄く遣る瀬無い。くそう。
とりあえずものべーに荷物を運び戻って来たら、カティマとクロムウェイと供に、世刻が歩いていく所だった。
……目先の仕事に集中しすぎてイベントを見逃した、と。
「…………マスター……」
「……はぁ、まったく……」
そんな可哀想な子を見るような目で見るんじゃない。
仕方ないだろう。学園の事を考えれば、しっかりとやる事をやって置かないといけないんだから。……何て自分自身に言い訳をしていると、離れた所に斑鳩と永峰が居ることに気付く。
どうやら向こうもこちらに気付いたらしい、手を振る二人に手を挙げて返しながら、二人の下へと向かった。
「……とりあえず訊いておきたいんですけど、ものべーに荷物運ぶために使ってた台車から神剣反応がしてたんですけど、あれって……」
「うん。『観望』」
まさか、と言った感じで訊いてきた永峰に肯定で返すと、彼女は一瞬驚いた後、「便利ですね」と納得する。
一方で、傍で聴いていた斑鳩が驚き混じりに溜め息を吐く。
「……その神剣の使い方って……どうなの?」
「便利だろ?」
「……確かに便利だけど……いいの、それで?」
「いいの。それよりカティマ達、来てたんだな」
「ええ。これから忙しくなるから、今の内にお別れ言いに来たって。青道君にも会いたがってたわよ? 是非お礼を言いたかったって」
「……そうか」
俺は、カティマ達が去った方を眺めながら、小さく息を吐いた。
確かに今会えなかったのは残念と言えば残念だが、まぁいいさ。
「ま、縁があればまた逢えるさ。……さ、それじゃあ残りもさっさと運んでしまおうぜ。……つーわけで『観望』、もう一働き頼むわ」
<……好きにせよ>
「……『観望』は何て?」
「好きにしろってさ」
何とも諦め気味な口調で言ってくる『観望』に苦笑を漏らしつつ、俺は目の前の作業に戻ろうと踵をかえした。
◇◆◇
そして二日後。俺達はとうとうこの世界を旅立つ。
神剣組は生徒会室に集まり、窓から徐々に小さくなっていく地上を眺めている……はずだ。
はず、と言うのも、俺はクリストの皆を伴って、屋上に出ているから。
あの時、この『剣の世界』に初めて来た時にここから見た風景。あの印象は、今も鮮烈に心に残っている。
高い空。広がる森林。雄大なる山脈──異世界。
だからだろうか、旅立つ今も、ここに来たのは。もう一度、この光景を見納めようと。
それともう一つ。
横に居る、俺と同じ様にこの風景を眺める五人を見やる。
「まあ皆は見慣れてるかもしれないけど」
そう前置きすると、五人はその視線を俺の方へと移してきた。
「いいもんだろ?……結晶体越しじゃなく、生身で見るこういった景色もさ」
そう、それが、俺が今ここに居る、一番の理由。
「……はい。緑豊かで、風が気持ちよくて……こうしていると、煌玉の世界を思い出します」
ぽつり、と、それでもこの場に響く、ミゥの言葉。
彼女達の瞳に浮かぶのは、今は無き故郷への望郷の念か、それとも哀悼の想いか。……それとも、その両方か。
「またいつか……皆で見たいもんだな」
その言葉に皆はただ静かに頷き、俺達は、ものべーが一声鳴いて速度を上げるまでのしばらくの間、眼下に広がる世界を眺めていた。