永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
1.はじめまして、ひさしぶり。
俺こと、
そうそう、一応説明しておくと、神獣ってのは永遠神剣──要するに、凄い力をもった剣だな──それぞれについている、言わば『永遠神剣の意思』そのものだ。
ちなみに、ものべーの背に乗って飛翔したのは俺たち個人じゃなく、校舎どころかグラウンドも含む学園施設そのものなわけだが……こうして体験してみると、呆れたでかさだな、ものべー。
今の俺……つまりは転生後の俺は両親を早くに亡くし、親類も無し。貧乏学生を地で行っている18歳。物心が付くまで~って話しだったが、随分思い出すのが遅かったもんだ。……ふむ、こういった思考になるって事は、主体は前世の方になるんだろうか?
けど、これはこれで奇妙な感覚だ。何故って、確かに前世の記憶があって、けどこの世界に18年間生きてきた記憶もあって、そのどちらも、確かに俺に変わりないんだから。
それにしても、自身のことを思い返してみて思わず苦笑が漏れる。……何と言うか、然程人付き合いも良い訳ではなく──いや、別にクラスの連中から孤立しているという訳ではなさそうだが──本当に仲の良い友人、と呼べる相手が居ない、か。
今ならその、親しい友人を作らなかった……いや、作れなかった訳は解るけどな。
すなわち、“俺”の存在だろう。つまりは、自分自身が『この世界』から文字通り外れた存在である、と言うことが、感覚として解っていたんだろう。
だけど、“思い出す”まではその原因も解らず、まるで自分が可笑しい人間なんじゃないか、なんて思っても居た。……まぁ、転生なんてしてる時点で可笑しい人間である事は変わらないか。
ともあれ、これでようやっともやもやしたものが晴れてスッキリした、ってところだろうか。
ふぅ、と一息吐いたところで、次いで『この世界』の事に思考を移す。そう、いきなりこの世界とは……いやはや。
物部学園、ものべーと来たらもう分かっている……そう、よりにもよって『聖なるかな』の世界だ。……一学生として旅に同道しているだけなら、そこまで死亡フラグは高くないだろうけど……とは言え、俺と言うイレギュラーが混ざっている時点で油断はできない。
これはゲームじゃない、現実なんだから。
ミニオンは別に一般生徒を襲わないというわけじゃないんだ。油断してるとアッサリ死にそうだし、十分に気をつけよう。
そうしっかりと認識したところで、記憶も戻ったことだし、と……まずはサポーターを呼んでみることにする。
俺がこの“サポーター”という設定を考えた時は、単に「色々補佐してくれるのが居たらいいなぁ」程度にしか考えていなかったんだが……何と言うか、今の人生でも、この18年間平々凡々な学生生活をしていただけって身としては……いやホント、あの時の自分を誉めてやりたい。
ああ、ちなみに今俺は、ミニオンの襲撃の際に避難していた体育館から、こっそり出て空き教室の隅に座り込んで隠れている。
「ナナシ、レーメ、居るか?」
部屋の中空へ向かって呼びかける俺。……端から見たら変な人なんだろうな。
むしろこれで出てこなかったらどうしようか。なんて俺の心配をよそに、いつの間にやら俺の目の前には、18センチ程の少女が二人浮かんでいた。
ちゃんと居てくれたようで何よりである。
名前から解る人は居るだろうが、見た目のモデルは何の因果か、この『聖なるかな』の世界に登場する同名の神獣である。
そう、だから“よりにもよって”なんだよな。この世界には二人のモデルとなった、言うなれば『オリジナル』のナナシとレーメがいるわけで……これじゃあ二人を大っぴらに連れて歩けない。
……どちらにしろ一般生徒に混ざっていくとするなら、大っぴらには連れてなんて歩けないんだけどさ。
そうしているうちに、二人はじっと俺の顔を覗き込んだ後、ニコリと言う擬音が似合いそうな笑みを浮かべ、口を開いた。
「初めまして、マスター。
主に機械技術へのサポートを致します、ナナシです。宜しくお願いします」
「
ペコリとお辞儀するナナシと、ちょっと偉そげなレーメ。うん、二人ともイメージ通りだ。
そんな2人に「長い付き合いになるだろうけど、よろしく」と返し、右手を差し出すと、二人は「はい」「うむ!」と言いつつ、小さな手でそれぞれ俺の指を握ってきた。
……やばい、可愛い。
いつの日か、世刻の神獣のレーメと、暁の神獣のナナシの四人を並べてみたいものだ。……なんて、無理かな。
「……ところで、俺の記憶が戻るまでの間って、二人はどうなってたんだ?」
「はい、姿形は取れておりませんでしたが、意識体として常に側に居ました」
「…………それって」
風呂とかトイレとか……その、溜まったモノを処理してるときとかもか?
なんて言葉を続けるに続けられなかった俺だったが、二人は俺の言いたいことを察したようで。
「…………」
「…………」
頬を赤く染めながら顔をそむけた。いや俺の方が恥ずかしい! 恥ずかしすぎるっ!!
と若干顔が暑くなるのを自覚しながらも、でもなんか二人の仕草に萌える……なんて思ったあたり、ダメかもしれない。
でも仕方ないよな。可愛いものは可愛いのだ。
もしこの先二人が世刻達の前に姿を現すような事態になったとしたら、きっと「紛らわしい」とか何とか言われるのかもしれないが……それでも俺は、二人が二人であることに感謝しよう。うん。
「……ごほんっ、ところでマスター。実はもう一人、会っていただきたい人物がいるのですが……」
「……へ?」
小さい二人に頬を緩ませていた……って言ったら、何だか自分がアブナイ人みたいだが……所に掛けられた、ナナシの意外な言葉に思わず間抜けな声が漏れた。もう一人って何だ?
「もう一人って? サポーターは二人だけだったと思うが」
「はい、それは間違いありません。……その、もう一人に関しては、本人からお話を聴いて頂いた方が早いと思いますので。レーメ」
ナナシと俺の話しを黙って聴いていたレーメは、ナナシに呼ばれると「うむ」と言いつつ、どこからともなく中に建物のミニチュアが見える水晶球を取り出す。
レーメが両手で……って言うか、全身で抱えるように持っている水晶球。あれって『箱舟』だよな?……どっから出した……のかは、訊かないのがお約束か。
「彼女は箱舟の中に居りますので、中へお願いします」
彼女……ってことは女性か。まあいいか、ついでに今後の行動予定も立ててしまおう。
俺は二人にその旨を伝え、箱舟の設定──外世界との時間差──を24時間に設定すると、中に入った。
ちなみに、使い方やら何やらは『思い出した』時に一緒に頭の中に入っている。便利なもんだ。
…
……
………
箱舟……と言っても、別に本当に舟の形をしている訳じゃない。実際には、大きな洋館と広大な庭……といった感じだ。
箱舟の中はある理由から静謐なマナで満たされているらしく──今の俺にはその辺はしっかりと認識できないが、何となく空気が澄んでいるような気はするな。
さて、箱舟に入った俺は、ナナシとレーメを肩に乗せ、二人に案内されてある一室の前に来た。
扉をノックすると「はーい」と言う、どことなく聞き覚えのある気がする声と共に、パタパタと言う足音が聞こえて来る。
そして開いた扉の前に居たのは……メイド服姿の神様(仮)だった。
……何故?
最後に聴いたはずの、彼女の言葉が思い出される。
そう、彼女が最後に言ったのは、自分の名前。確か――
「ティルフェニア?」
俺が呼びかけると、その瞬間、彼女は涙目に──ありゃ再会に感動しているとかじゃなく、本気で落ち込んでる涙目だ──なりながら、「はい……」と 小さく返事をした。
部屋に通され、向かい合って座ることしばし。ティルフェニアが淹れた紅茶を飲んで気持ちを落ち着け、
「んで、また何でここにいるんだ?」
根本的な疑問を訊いてみる。
──それでは、もう会う事も無いでしょうが、お元気で。
あの時彼女は、確かにそう言っていた。
である以上、彼女がここに居る理由が解らない。
そんな事を思い、表情に疑問符を貼り付けているだろう俺の顔をちらりと見て、彼女はまだ少し肩を落としながらも、ぽつぽつと話し出した。
「……私たちには二つの名前がありまして……一つは通名とでも言いましょうか、普段使う為の名。他人に名を名乗る場合はこちらを使います。
そしてもう一つは、真名、もしくは神名と言い、これは決して他人には教えない……これを教える事は、その相手に従属する事を誓うに等しいと言えるものです」
そこで一旦区切り、「ここまでは良いですか?」と訊いてくる彼女へ、頷いて返事をする。
……おもむろに語られたそれではあったけれど、そこまで聞いた時点でおおよその理由は解ってしまったが。いやむしろ、あの『生と死の狭間』だったか? あそこでの彼女の様子を見ていて解らないはずが無い。
「……えっとですね……その顔はきっともう言いたい事は察してらっしゃるんでしょうけど……」
「……まぁ、多分あの時、俺の言葉で名乗って無い事に気付いて、焦ってるうちに俺の姿が消えるか何かしてきて、更に焦って間違って真名の方を名乗ってしまった……って所か?」
こんな感じかな?と予想を述べて見ると、ティルフェニアはがっくりとうな垂れ、
「……当たってるだけに何も言い返せない……うぅ……」
「つまり、俺に真名を教えてしまったために、俺に従属して、着いて来ざるを得なくなってしまった……と?」
俺の言葉に若干考えてから頷き、「一言で言ってしまえばそうなんですけど」と言うティルフェニア。
「私も見習いとは言え神ですし、本来であればいくら名を明かしてしまったとはいえ、人間に従属するなどと言う事は無いのですが……その……着いて来ざるを得ない理由が二つほどありまして」
そこまで言って、少し口籠った後、小さくため息をついてから続きを語る彼女。
「あの時のやり取りを、実はお師匠様が全て見ていらっしゃったようで……お師匠様曰く、『自業自得とは言え、良いようにあしらわれるとは情けない。あの青年の下で鍛え直して来い』だそうです……」
これが一つ目ですね、と言う彼女に対して、じゃあ二つ目は? と先を促すと、ティルフェニアは「はい」と頷いて再び口を開く。
「もう一つは、私と、私のお師匠様が司る“神性”に由来します」
「“神性”?」
「えっとですね、例えば司る“神性”が『火』であれば、その神は『火の神』となります。言うなれば、その神が持つ特性ですね。それで、私やお師匠様が司るのは『契約と誓約』でして」
もう解りますよね? と言うティルフェニアに頷いて返す。
すなわち『契約と誓約』を司る神である彼女とその師匠にとって、例え人間が相手であり、勢いと間違いとドジによって交わしてしまったとは言え、“神名を名乗る”と言う従属の誓約をおいそれと破るわけには行かない。そう言うことなんだろう。
「……そう言う訳ですので、これからよろしくお願いしますね、祐さん。あ、私の事はフィアと呼んで下さい。と言いますか、むしろ祐さんが『従属する必要なんてない』と言ってくだされば、私はすぐにでも帰ることができるのですが」
ペコリと頭を下げた後、若干伺うような表情でこちらを見るティルフェニア……もとい、フィア。
「俺としては別にどちらでも構わないんだが……」
と言ったところ、彼女の表情は伺うようなものから、若干期待に満ちたものへと変わり、
「まぁ、然程親しい人の居ない寂しい俺の所に来てしまった自分の不幸を嘆くがいい」
「うぅ……って、自分で言ってて哀しくないんですか?」
「ちょっと哀しい」
そんなアホな会話で互いに小さく噴出して、「じゃあよろしく、フィア」と声をかけると、解ってましたよと言うように今度は一度ため息をついて、「はい、よろしくお願いします」と返してくるフィア。
そんな折、俺はふと思った疑問を、思い切ってぶつけてみることにした。
「……ところで何故にメイド服? 趣味か?」
「違います! クローゼットを開けたら、これしか入っていなかったんですっ! ……こんな事をするのはお師匠様以外考えられません。今度会ったら絶対殴ってやる」
「そう言うな。似合ってるぞ? うん、可愛い」
何か最後に不穏当な発言が聴こえた気がするので、宥めるように誉めてみた──いや、実際可愛いと思うけど──ところ、「嬉しいような、なんとも複雑な気分です」と苦笑いを浮かべるフィア。
いやまぁそうだろうな。
それはそれとして。
「ところでフィア」
「何ですか、祐さん?」
「そうそれだ」
「?」
余りにも唐突に指摘した俺の言葉に、一体何? と、きょとんとするフィア。
だがそう、俺は思ってしまったのだ。彼女の話を聴いて、彼女の姿を見て。
そして一瞬で、俺のその考えは最早譲れないものとなってしまったのだ。
……だからこそ、これだけは何が何でも正さねばなるまい。
「キミ、従者。服、メイド服。イコール?」
「何故カタコト……? …………って言うか、まさか……」
うん、どうやら俺の言いたい事を理解してくれたようだ。察しの良い子は好きだぞ。
「………………」
無言のままにうむっと一つ頷き、そのままじっと見つめ、彼女の次のセリフを待つ。
「…………ご…………ご主人様」
その言葉に、よく出来ましたという意味を込め、うんうんと頷いてやる。
やはりメイド服である以上、これは基本だよね。……なんかフィアががっくりしてるけど……まあ、気にしない。