永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
ふと気がつくと、俺は真っ暗な空間の中に居た。
前も、後ろも、右も、左も、上も、下も、立っているのかも、座っているのかも、己の身体すらも見えない空間。
ともすれば、身体を動かす感覚すらも解らない。俺は今、動いているのか、止まっているのか、歩いているのか、走っているのか。
眼を閉じているのか、開いているのかすらも解らない暗闇の中、
──キィン。
そんな、耳鳴りにも似た音が鳴った。
その音は、右からか、左からか、上からか、下からか、それとも俺の中から聴こえたのか。
───キィン。
音が鳴る。
────キィン。
まるで、ナニカを語りかけるかの様に。
─────キィン。
音が鳴る。
──────キィン。
まるで、ナニカを問いかけるかの様に。
────────せ。
それに思い至った時。
───────示せ。
音は、明確な“声”となって。
─────我に示せ。
俺に、届いた。
『汝が全てを、我に示せ』
“声”はただそれだけを俺に訴える。
何秒か? 何分か? 何時間か? どれほどの時間が経ったのかすら定かではない、時間の経過の解らないこの暗闇の中、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、変わることなく訴える。
いい加減聞き飽きた。話しかけても答えは無いし。
全てを示せ? いったいどうしろと言うのか。記憶でも覗かせろと?
なんとなく、そんな事を考えた時だ。
まるで先程の、“音”が“声”になった時の様に、まるで俺がその考えに至るのを待っていたかの様に、
『然り』
“声”がそう言った、その瞬間だった。
重圧の様な圧迫感と、ゾクリとした感覚に襲われる。
誰かが居るわけではない。視線を感じるわけでもない。だけど、確かに、解る。
視られている。
現在も、過去も、前世ですらも。
“俺”と言うモノを構成する、記憶も、知識も、存在そのものすらをも。
どれだけの時間視られていたのだろう。刹那の間のようでも、永劫の時が流れたようにも感じた、まるで俺の全てを暴き出されるようなその感覚に――
「ああああああああああ!!!」
思わず叫び声をあげた瞬間、俺は“飛び起きて”いた。
耳朶を叩くのは、自身の口から漏れる荒い息。
背中に感じるのは、じっとりとした嫌な汗。
「……ゆ……め……?」
不意に漏れたそんな自分の呟きを、頭を振って否定する。
あの重圧も、感覚も夢などであるわけが無い。
何よりも、最後に聞こえた言葉が、未だに耳に残っている。
『ようやく見つけた』
それが一体何を意味する“見つけた”なのかは解らない。俺自身なのか、俺の中のナニカなのか、俺の記憶の中のナニカなのか。まったくもって解らない。けど、あれは恐らく――。
その時に、ふと視線を感じた。
そういえば、ここは何処なのだろうか?
とりあえず、現状の確認をする為にも、周囲を見渡そうとした時、
「……マスター!!」
「ユウ!!」
おもむろにナナシとレーメに飛びつかれていた。
「……っとと」
余りの勢いに、思わず後ろに倒れ込みそうになりつつも二人を受け止めると、今度こそ改めて周囲を見渡した。
場所は……保健室か。居るのはベッドの上。胸元にはナナシとレーメ。右横には俺の右手を握り、安堵した表情のフィア。そして周囲にクリストの皆と斑鳩と世刻と永峰とカティマと世刻の頭の上にレーメってちょっと待てい。
眉間を押さえ、気持ちを落ち着け、もう一度改めて周囲を確認し、うん、変わらない。
「あー…………説明を求む」
さっぱり把握できない現状に、俺が何とか搾り出せたのは、そんな一言だけだった。
…
……
………
聞くところによると、どうやら俺は五日程も眠っていたらしい。
あの時俺が気を失った後しばらくして、突如激しくうなされ始めたという。それからすぐに、ナナシとレーメを伴ったフィアが現れ、ずっと俺に付きっ切りになっていてくれたそうで。
何でも、普段常に感じられている俺の気配が、その時まるで、ナニカに遮られているかのように感じられなくなったそうだ。
直接俺に触れれば、その原因も特定で出来るかと思い、居ても経っても居られずに来てしまったらしいが、解ったのは、ナニカが俺の精神に接触している、と言う事。
……やっぱり、アレは夢じゃなかったんだな。
ちなみにその間、“継承の証”があるのはミストルテの街である旨の情報を得た上、すでに件の街は開放し、“継承の証”こと、“プロジア文書”も手に入れ、カティマが即位宣言をしたとの事。
なるほど、どうやら物事は順調に進んでいるようで何よりだ。
今は忙しい中を縫って、俺が目覚めそうだとの報せに飛んできてくれたそうで、そして今は、ダラバへ和平の使者を送り、その返答を待っているとの事だ。
そこまで説明を聞いて、なるほどっと一息ついた。
「あー……ありがとう。それとおめでとう」
「いえ、祐こそ、無事に目覚めてくれてよかったです」
礼を言った俺に対して、カティマは静かに首を横に振ると、「あの時は本当にありがとうございました」と、微笑んで続けた。
とその時、話がひと段落するのを待っていたのだろう、斑鳩が、「ところで……」と声を掛けてくる。
「青道君の目が覚めたら説明してくれるって言ってたんだけど……その三人は何者?……特に、その、レーメそっくりな子」
その言葉に、三人は若干ばつの悪そうな顔をする。
けどまあ、バレちゃったもんは仕方ないし、簡単にでも説明するしかないよなぁ。いつかは話そうと思っていた訳だし、それが多少早まったってだけさ。
……ってわけで、ナナシとレーメは、この世界の二人をモデルに生み出された存在であること。俺の前世は、こことは全くの別の世界の人間であること。ある事情で、ちょっとした特殊な力をもって転生することが出来た俺が、転生先で自分のサポートをしてくれる者が欲しかったために生まれたこと。俺の使う特殊な魔法も、その特殊な力の一つであること。フィアはまあ事情が違うが、彼女もまた俺のサポートをしてくれていること……を掻い摘んで説明した。凄く驚かれたわけだが……まあ当然だわな。
「まぁ……バレちゃったもんは仕方ないしな。三人ともども、改めてよろしく頼むよ」
「にわかには信じられないところも有るけど……
説明はそれで終わりと切り上げる俺のそんな言葉に、斑鳩が苦笑交じりに言葉を返し、皆もまた何かと思うところはあるだろうけど、首肯して返してくれたので一安心だ。後は時間が経てば慣れてくれるだろう。きっと。
「あー……レーメ」
ただ、物凄く複雑そうな顔をしている世刻のレーメに対しては、一言言っておかないとなぁ。
そう思って声を掛けると、俺の腕の中に居たレーメが「ん?」と首を傾げる。
「いや、こっちじゃなくて、世刻の方」
「……なんだ?」
まさか自分に声が掛かるとは思わなかったか、少し驚いた顔をしてから返事をする世刻のレーメ。
「こいつは確かに君をモデルに生み出されてる。けど、こいつはこいつ自身でしかないし、君は君でしかない……って、上手く言えないな」
伝えたい言葉があるのに上手く言葉にできず、ガシガシと頭を掻いた俺に対して、世刻のレーメは「いや」と首を横に振り、
「言いたいことは何となく解った。もうよい」
先ほどよりも表情を緩めてそう言った。
……情勢が動き出したのは、それから約一週間後。
カティマの元へ届けられたのは、使者の首。それは明確な『否』の答え。
ダラバからのからの和平への拒絶を受けて、俺達はグルン・ドレアス城砦都市へと進軍を開始する。