永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
保健室にて沙月と望、希美の三人がカティマの身の上話などを聞いた翌日。
朝も早くから慌しく、学園内を駆け回る音がしていた。その音の発生源は、沙月の元を訪れてきたクロムウェイ達であり、その彼らの口から飛び出した言葉は、思ってもみない、沙月にとって正に寝耳に水な内容だった。
──カティマが消えた。
クロムウェイが推察するには、恐らくは王位継承のために必要な、もう一つの『証』を取りに行ったのではないかと言うことらしい。
その報告を受けて、沙月は今後の事を話し合うべく、主要メンバーを生徒会室に呼び集める。
だが、そこで問題が発生した。
「青道君はどこ行ったのよ!」
沙月達神剣使い三名にクロムウェイが居る生徒会室に、沙月の声が響く。
そう、祐の姿がどこにも無いのだ。
「まったく、こんな大事な時に……」と更に声を荒げてしまったその時、沙月の剣幕に苦笑いを浮かべていた望が、ふと何かを思い出した用にポケットをまさぐって、ガサリと何かを取り出す。
「そうだった……あの、先輩、これ」
今しがた、祐が居ないと沙月に報告したのは望であり、その祐の部屋を調べた望が差し出したのは、『斑鳩へ』と書かれた折りたたまれた紙であった。
それを見た沙月は、内心酷く嫌な汗を流す。
うん、すごく、嫌な予感がするわ。
そんな思いを押し殺し、その書置きを受け取って、そっと開いて……そこに書かれた文字を見た瞬間、
「あ、の、馬鹿ーー!!」
再度、生徒会室に沙月の怒号が響き渡った。
「……あはは……」
パシーンッと良い音を立て、沙月がつい机に叩き付けてしまった書置きを拾って見た、希美が苦笑を浮かべる。
希美が持つ紙にはこう書かれていた。
『ちょっと家出娘を連れ戻して来る。気持ちは解るが、さっさと追って来い』
その後、カティマを追いかけるのを渋る沙月と、直ぐに追おうと述べる他の生徒達との多少の口論を経て、結局はカティマを追う事になった沙月達。
もっとも、沙月がカティマを追うことに難色を示したのも無理は無いのだ。
カティマを追うためにものべーが向かわねばならない場所は、敵の領土の真っ只中である。それはすなわち、戦う力のない皆を今まで以上に危険にさらすと言う事。
更に言えば、カティマに追い付くためには、慎重に進む訳にもいかず、ある程度の速度は出さねばならないだろう。
戦いに参加すると言った以上、ちゃんとした作戦を立て、然るべき戦略の元に進軍するのならば、沙月とて反対はしない。
だが、今回は違う。言ってみればカティマの独断先行によってもたらされた事態なのだ。
沙月は、現在この学園の生徒達を束ねる生徒会長として、そして前線に立つ望や希美達を率いるリーダーとして、それをどうしても納得する事が出来なかった。
一方で、その沙月がカティマを追う事に頷いた背景にも、学園の生徒達の言葉がある。
彼等は言った。カティマももう、自分たちの仲間なのだ、と。その仲間を見捨てる人に、生徒会長は任せられない、と。
その言葉は、沙月の心に火をつけた。それはもう猛然と。
──そこまで言われて……引き下がれる訳がないじゃない!
そう奮起した沙月に率いられるように、ものべーはカティマの後を追うことになる。
それから、クロムウェイが情報収集の為に放っていたらしい兵が、旅の商人がこの先にあるアズラ大平原の向こう、アズラサーセへ向かうカティマらしき人物を見た、と報告してきてのを受け、沙月達もまた、アズラサーセへ向けて進軍を開始したのだった。
なお、沙月達のもう一つの懸念事項……カティマをやっぱり独断で追った、もう一人の問題児に関しては、実は然程心配はしていなかったりする。
つまり、彼の方はカティマと違い、敵に直接狙われている訳では無い。その上……話が一段落するのを待っていたのだろう、方針を決めてから少しして、生徒会室に報告に来てくれたミゥが言うに、祐と共にルゥが一緒に居るらしいとのこと。
それ故に、沙月達は「カティマを追っていけば、そのうち合流できる」と考え、とりあえず祐に関しては考える事を止めた。
ちなみにクロムウェイの配下にカティマのことを報告した商人。
商人が言うには、何でも宙に浮く、装甲を纏った水晶──これはルゥのことだろう──を連れた青年にも会った、との事で、これで彼等もアズラサーセに向かっていることを確信しているのだが……その商人から聞いた目撃証言に、沙月達は頭を捻っていた。
「……青道先輩らしき人と一緒にいたって言う、二人の妖精と一人のメイドって、なんなんでしょうね?」
「…………私が訊きたいわよ……」
心底不思議そうに訊いてくる希美に、沙月は当然ながら答える術をもたなかったのは言うまでもない。
彼女は思う。……なんというか、彼に関しては深く考えたら負けな気がするわ、と。
◇◆◇
時は進み、アズラサーセの街にて。
カティマは今、迷っていた。
彼女が今居る街、アズラサーセへと鉾の大軍が迫っているらしい。そうなった理由は、カティマには察しがついていた。間違いなく、『継承者の証』を彼女が探しに出たせいだろう。
つまりは、自分を追って反乱軍の皆がここへ向かい、それを迎撃するためにダラバが鉾を繰り出した、と言うことである。
もともと、すでに街の南……恐らく、反乱軍が迫っているのだろう、そちらに鉾の部隊は展開しているのだが、それに加えてかなりの量の鉾が、この街へと向かっていた。
そう、反乱軍を迎え撃つ鉾への援軍、と言う形ではなく、この街に向かってきているのだ。
目的など、誰かに訊くまでもなく、カティマには解った。
アズライールと同じ事をしようとしているのだ。反乱軍……いや、カティマに対する見せしめと挑発、そのために。
大人しく出て来い。出て来ねば、アズライールの二の舞になるぞ、と言う。
それ故に、カティマは迷う。
彼女が証を探しに出たのは、大儀のため。
このまま圧政……いや、暴政を続けるダラバを放っておくことはできない。そしてそれを止める事が出来るのは、自惚れでも何でもなく、王位を継承することが出来る彼女だけなのだ。
だが。
いくら大儀のためとはいえ、鉾が迫るこの街を見捨てて、証があるとされる場所へと向かって良いのか?
一を捨て、十を取るのであれば……これからの事を考えるならば、カティマは先に進むべきなのだろう。
だけど。
カティマは、自分自身に問いかける。私自身は、それでいいのか? と。
そしてその答えは、考えるまでも無く出た。
………………否だ。
証を探すのが目的だ。そしてダラバからこの国を解放し、暴政から民を解放することが最大の目標だ。けれど、そのためにこの街を見捨てるど、アイギア王家の最後の生き残りとして、許せるはずがない。
ダラバの暴政を否とする自分が、そのような非道を見逃すことなど出来はしない。
そう心を決めたカティマは、逃げ惑う人々を掻き分けるように北門へ向かい、静止する人を振り切り、門を破って侵入してきた鉾に向かいあう。
自分が名乗り出れば、鉾は間違いなく自分を目掛けて来るだろうという確信をもって。
「我が名はカティマ=アイギアス! さあ、私が相手です! どこからでも掛かって来るがいい!!」
名乗りを上げた瞬間、周囲の空気が戦場のそれへと変わったのを感じる。
彼女は思う。
これでいい。そうだ、これで、私は助からないかもしれない。けど、この街は、民は守れる、と。
そして内心で、今は亡き父と母に謝った。
……かならずや、アイギアの国を復興させ、この世界に永久の安寧をもたらすとの約束、果たせずに申し訳ありません、と。
「アイギアス……私には、王たる資格はないのかもしれませんね」
そう、己が神剣にささやき、鉾へ斬りかかろうとした時だった。
「そんな事は無いさ。民を慈しみ、その為に己を差し出す事ができるお前は……立派な為政者だよ」
本当に小さく言っただけの、そんな自分の声に答える声が聞こえたのは。
──次いで、周囲の気温が急激に下がり、ひしめく鉾達を足元から幾つもの巨大な氷柱が突き上げる。
これは──あの時、“彼”が使っていた──。
「けどまあ、誰にも相談も協力も求めずに独りで来たのは──減点だな」
そしてそう言いながら現れたのは──やはり、祐だった。