永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
現在俺は、一人抜け出して証を取りに出たカティマを追跡中である。
あれから、アズライールに駐屯している軍の近くでカティマが来るのを張り込み、皆が寝静まった頃、案の定彼女がこっそりと抜け出したのを確認したわけで。
カティマが先行せねば次の街を救えないのであれば、それが上手く行くように……いや、それ以上にカティマを手助け出来るように、彼女の後を追うことを決めた。
この後、彼女が食い止める事になる時は、尋常ではない数を相手にする事になったはず。そう、それこそ“死”を覚悟するほどの。
俺にどれだけの事が出来るかは解らないが……まぁ、居ないよりはマシだろう。
斑鳩達のうち誰かについてきてもらう事も考えたが……この後カティマを追って来てもらうことを考えると、向こうの人員を減らすわけにはいかない。
尚、カティマと供に行かずに彼女の後をつけることにしたのは、俺が一緒に行く事で彼女の足が鈍り、街が襲われる時に間に合わなくならないように、だ。……心配しすぎかもしれないけど、一応な。
「……と、まあ、こんな感じの事があって今俺はここに居るわけだ」
そう……いや、もっとある程度ぼかす感じにではあるが、俺はそういった説明を隣にいるルゥにした。
うんそうなんだ。
何というか……こっそり抜け出したカティマをこっそり追う俺をこっそりつけるルゥ……って図式が成立していたらしい。いつの間にか。
いったいいつから? と問う俺に、「小腹が空いたので食料を厨房に調達に出たところ、ものべーからこっそり出ていこうとしている祐の姿が見えたので、追ってみたのだ」……と、いたずらに成功したかのように、楽しそうに言われてしまったよ。
「まぁそんなわけだから、下手をすりゃ死ぬ可能性がかなり高くなる。戻った方がいいぞ?」
「……はぁ、まったく……見くびらないでもらいたいな。“死ぬ可能性が高い”……その程度の事で、仲間を見捨てるような人間ではないつもりなのだが?」
「──くっ……ははっ」
ルゥに言われた事で、思わず、笑いが漏れた。
そんな俺に対して、むっとした様子で「何か可笑しなことを言ったかな?」と問いかけてくるルゥ。
「ん? あ、違う違う!」
そのルゥへ慌てて否定の声を上げると、彼女はますます解らないと言うように、結晶体の中で小首を傾げる。
うん、いや本当に、別に彼女の言葉が可笑しかったわけじゃないんだ。
「なんて言えばいいかな……自分の馬鹿さ加減が可笑しくてさ」
「……どういうことかな?」
「……あの時──アズライールで、俺は俺の弱さを自覚した。少しずつでも、もっと強くならねばと決意した。全てを一人で背負える程に、俺の背中は広くは無いと戒めた。……はずだったんだけどな」
はぁっと息を一つついて、顔を挟み込むように、両手で軽く自分の頬を張る。
パンッと乾いた音が鳴り、次いで、俺はルゥに頭を下げた。
「すまん、危険なのは重々承知してるんだが……助けて欲しい」
俺のその行動が意外だったのか、一瞬の間が空いてから、次いで「ふふっ」と小さく笑う声。
次いで俺の前に移動する気配に顔を上げると、そこには予想通りルゥの入った結晶体があって、その中の彼女と目が合った。
「……了解した。私の力の及ぶ限り、きみを守ると誓おう」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
「………ユウ、そこは見栄でも『自分が守る』ぐらい言って欲しいものなのだぞ?」
と、その時それまで黙って俺達のやり取りを聞いていたレーメが言ってきた。
いやまあ、俺もそう自身をもって言いたいのは山々なんだが……善処します。はい。
その後、俺たちはアズライールから出た先にある平原、『アズラ大平原』に沿うように存在する森の中を進みつつ、その先にあるアズラサーセの街を目指す。
街の名前は道中会った旅の商人に訊いた。街の名前を聴いて思い出したが、そこがカティマとの合流地点で間違いないだろう。
彼女を追っている、とは言っても、彼女の姿を視界に収めている訳ではないが、目指すべき場所が判っているので問題はない。 少々急ぎ気味の、わずかな日程の旅ではあったが、こうした野宿をするような所謂“旅らしい”旅と言うのは初めての経験でもあり、すごく新鮮だった。
道中は、ルゥが二人の事を既に知っている為、ナナシもレーメも姿を現しており、フィアも時折箱舟から出て来て外を堪能したり、箱舟内でルゥが結晶体――彼女達が普段入っているクリスタルの事だ――から出ても平気か試したりと、色々と普段とは違う事をしていたのも、新鮮さの一因だろう。
ああ、ちなみにルゥは、箱舟内での生身での活動に問題は無いようだ。逆に「ずっと居たいぐらいに心地が良い」って言ってたぐらいだしな。むしろ、一人だけ先に体験してしまって、ほかの皆に申し訳ない、とのこと。
……そこまで言って貰えると、こちらとしても嬉しいもので。まぁ、フィアのお陰なんだが。
「それにしても、この『箱舟』とやらは凄いな」
箱舟に入りあちこち案内した後のルゥの感想はそれだった。
そう思うのも無理は無いと思うけど。何といっても、持ち運びできるサイズのものの中に、これだけの広大な施設が入っているのだから。
ちなみに俺も初めて知ったんだが、食糧事情も完璧……とまではいかなくても、充分に充実しているらしい。と言うのも、何やらフィアの秘蔵の一品があるのだとか。
彼女に見せてもらったそれは、一抱えほどもありそうな、大きな釜だった。
なんでも、一度入れたことのある食材が、一日2回、1回につきランダムで一種類がいくつか出現するのだとか。
これが有ったら学園の食糧事情も改善できるか? と思ったけど、流石に学園に卸すほどには出ないし、狙った食材が出るわけでもないので無理らしい。まぁ、元々この箱舟は、俺達だけが使う施設だからな。
フィアが言うには、もっとグレードの高い釜だったら可能なんですけどねーとの事。とは言え無いものは無いのだから仕方ない。けどまぁ、今はそれを充分に活用させてもらいますか、と言うことで、この旅の間は充実した食事になったのは言うまでもない。
そして箱舟にルゥを招待して何より驚いたのは、結晶体から出たルゥの姿が、俺の肩ぐらいの背丈まで大きくなったことだ。
彼女達が入っている結晶体。これの特質として、その結晶体のサイズに合わせて、入れるモノの大きさを変えるのだとか。
何でも、かつて彼女達の故郷である『煌玉の世界』を巡る戦いの折に使われた、対象を小さくして捕獲する、捕獲用のアイテムを参考に創られているらしい。
それを聴いてこの結晶体の元になったアイテムの名前を思い出した。……確か、
結晶体に入っていない、生の彼女を見るのは初めてな上、俺と差ほど背の変わらない姿で改めて見た彼女は、うん、綺麗だった。皆と合流したら、他のクリスト達も招待しよう。是非。
……なんて事を考えていたら、ナナシとレーメに頬を抓られた。痛い。
それはともかく。
前にも言ったが、神剣魔法を使ってる事から解るように、彼女達も本来は永遠神剣の使い手だ。
ルゥの永遠神剣は、第八位『
現在は結晶体に入っていなければ戦闘に出る事もままならない為に、永遠神剣自体を戦闘に用いる事はできないそうだけど。
その話を聴いたとき思ったのはただ一つ、「もったいない」だった訳で。
で、ふと思った訳だ。この箱舟のマナを利用できないかと。
「なぁフィア。ペンダントとかに出来るサイズぐらいの物と、箱舟の空間をつなげる事ってできないのか?」
「繋げる……と言うと、箱舟本体に接触しなくてもここに来れる様に、と言うことですか?」
「いや、箱舟からペンダントへの一方通行でいいから、マナを通せないかな、と」
「……なるほど。そう言うことですか。……そうですね、材料さえあれば可能だと思いますよ」
皆まで言わずとも解ってくれるのは流石と言うか何と言うか。
それにしても……何でも訊いてみるもんだ。
フィアが言うには、必要となる材料は、この箱舟の外郭に使われている鉱石と同じもの。
この箱舟、外から見ると、水晶のようなものの中に屋敷や庭のミニチュアが入っている……と言った見た目なわけで、様はその“水晶のようなもの”が必要なのだそうだ。
だが残念ながら、この世界には無い謎物質で出来ているようで……まあ無いものは仕方が無い。と言うわけで、この話はお預けになった。
もしかしたら、箱舟内のアルケミーストーンで生成される可能性はある……との事なので、手に入る様ならやってみようと思う。
ちなみにあのアルケミーストーン。どうやらあれは、魔力を通す者の意思によって、ある程度生成される鉱石や宝石の傾向を偏らせる事ができるようだ。
あれの仕組みは、
つまり、最初に俺が魔力を通した時に
要するに、漠然とでも『戦う力が欲しい』と思っていた俺が魔力を通したため、石がその意を汲んで、俺の魔力をセピスに錬金し、そのセピスがさらに錬金され、クォーツになった、と言う事だ。いや全く、石の癖に粋な計らいをしてくれる。
そんなわけで、今後アルケミーストーンに魔力を通すときは、箱舟の外郭と同じ物質が欲しいと念じながらやれば、それが出てくる確率も上がるのではないだろうか、と言うことだ。
まあそんな紆余曲折を経て、俺達はアズラサーセへと到着した。カティマは既にここに着いているだろう。今頃は街中に居る敵兵に見つからないように、姿を隠して街を脱する機を伺っている頃だろうか。
道中、鉾の動きが活発化してきた事を感じるに辺り、どうやら斑鳩達もこちらに向かってきてくれているようだ。
時機に鉾の大軍もやってくるだろう。無事にここまで来れた以上、カティマの後を追う必要も無い。さっさと合流すべきだ。
そう結論付けた俺達は、敵が攻めに、そしてカティマが迎撃に来るであろう北門へと向かった。
「ルゥ、俺の背中、キミに預ける」
「……ふふっ、承知した。ならば私の背中は、祐に預けよう」
気合を入れろ。
ここからが、正念場だ。