永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

114 / 115
113.流れる日々、想いの残滓。

 時間樹を巡る戦いは、ナル・イャガが「突如開いた」次元の穴に消えるという、誰しもが予想もし得ない結末によって終わりを迎えた。

 イャガが落ちた『次元の穴』は、エターナルが『渡り』を行う際に使う“門”と同質のものであったのだろう。ナル・イャガの存在は時間樹から「無かったこと」になり、旅団関係者でその存在を覚えている者は、極僅かな者達だけであったが。

 エト・カ・リファによって引き起こされていた時間樹の“再構成”も、「和解した」鈴鳴によって止められた。彼女と旅団──特にクリストの巫女達──が和解に至った「切っ掛け」は、いまいち定かではないのだが。

 そして旅団メンバーは全員無事(・・・・)に『出雲』へと帰還の途を果たす。

 そう……一部の者の胸中に、漠然とした不安感と、言い知れぬ喪失感を残して。

 

 

 それから、幾許かの時が流れた。

 

 

 戦いが終わった事によって、望とナルカナが契約する事は無くなり、望がエターナルとなることは無くなった……かに見えたが、戦いを通じて何か感じるものがあったのだろう、ナルカナは『元々の世界』に戻った望の元へと身を寄せ、それを言い出す機会を伺っているようだ。

 一方の望もまた満更ではない様子で……永らく担い手の居なかった彼女に、パートナーが出来るのも近いかもしれない。

 

 

 旅団のメンバー達もまた、今は一度各々の故郷に帰るなど、激しい戦いの疲れを癒すように過ごしている。

 例えばカティマやナーヤは、長らく国許を空けていたことにより、今頃は政務に追われているであろう。

 ソルラスカは家族に会いに帰郷し、何故かタリアがそれに付き添っているらしい。何やら売り言葉に買い言葉の、喧々囂々のやり取りが有ったとか無かったとか。

 その一方で、望がナルカナと契約する事になれば、彼と行動を共にする事を決めている。そのための準備も着実に進んでいるらしい。無論、望が『渡り』を行っても、その存在を忘れないようにするためのものだ。

 そんな彼等の中で希美だけは、時折愁いを帯びた表情で、何かを考え込んでいることが増えていて、皆に心配されていたりもするが。

 彼女がそうなったのは、望がエターナルになったときに備えて……の話が出た後だったのだが、彼女自身、自分の心に何がしこりとして残っているのは、一向に解らなかった。

 けれど、時間樹での戦いを順を追って、ゆっくりと思い出していくにつれ、一つの事柄だけを思い出した。

 この戦いが終わったら──“誰か”と、“何か”を“約束”していた。ただ、それだけのことを。

 ──一度、『出雲』に相談に行こう。

 そう思う辺り、その感覚の正体に何となく気づいているのかもしれない。

 

 

 ナルカナの居なくなった『出雲』は、『元々の世界』に幾人かの人員を送って陰ながらフォローをしているが、ナルカナの被害が着実に減ったのは嬉しくもあり寂しくもある……らしい。

 そんな中、時深と綺羅は少し元気が無く──時深は『カオス・エターナル』としての活動も控えめに──今も『出雲』の地で静かに“誰か”を待っている。

 “誰”を待っているのかは、彼女たちにも解らないのだけれど。

 以前二人の様子を見かねた環が「誰を待っているのか」と聞いた時に、二人は困ったように笑いながら返事を返した。

 

「……解りません。けど、待ってないといけないんです。だって……約束、しましたから」

 

 彼女たちの胸中によぎるのは、在りし日の約束。

 旅団メンバーが根源区域に赴く事を決めたあの日、「無事に帰ってきてくださいね」という言葉に、苦笑しながらも頷いた“誰か”。

 旅団のメンバーは皆、誰一人欠ける事無く無事に帰って来た。だというのにその約束は未だ果たされていない気がして──今日もまた、二人は『出雲』で静かに過ごす。

 

 

 そんな中、クリストの巫女たちとユーフォリアの姿は、『時間樹エト・カ・リファ』の外、ユーフォリアの故郷の世界にあった。

 あの時間樹での戦いの後、ミゥ達はユーラから教えられていた、クリフォード──クリストファー=タングラム──と一度再会を果たした。……尤も彼は記憶を失っていたために、互いにとっての再会とはいかなかったのだが。

 その後、その時案内してくれたユーラやリーオライナには引き止められたし、ミゥ達もまた大いに悩みもしたのだが、ミゥ達は彼の元に留まる事無くユーフォリアに教えられていたこの世界に移住し、ユーフォリアとその両親が住む家の近くに居を構える。

 ルゥはエターナル、ミゥ達も準エターナルと言う永遠存在であるが故に。

 エト・カ・リファが消え、『叢雲』が表に出たこの時間樹での戦い。この時にカオス・エターナルの一員である時深と協力して戦ったこともあるミゥ達は、ロウ・エターナルに敵として認識されている可能性が高かった。

 彼女たちが永遠存在ではなく、只の神剣使いであったならば然程問題ではなかっただろう。だが、現実には違う。

 それに加え、ミゥ達にとっても尤も大きな現象として、『時間樹エト・カ・リファ』での戦いの間、彼女たちが結晶体の外で活動することが出来ていた不思議な現象(・・・・・・)が、戦いの終わりと同時に消失したのだ。

 不幸中の幸いに、エターナルになったときの影響か、ルゥは通常のマナの中においても活動する事が出来るようになっていた。だが、ミゥ達は違う。今のミゥ達がまともに行動するためには、結晶体に入るしかないのである。

 だからこそ、彼女たちはその身を『時間樹エト・カ・リファ』から離し、隠す事にしたのだ。

 そしてもう一つ……彼女たちの心によぎる、思い出せない“誰か”の面影。

 ──顔も名前も、姿も声も思い出せない……いや、そもそもそんな人が居たのかどうかすら定かではない、その“誰か”を待たねばならない……待ちたいと言う想いがあったことが、一番の理由かもしれない。

 

 

 そして──。

 

「……二人とも、どうした?」

 

 その日、ルゥがユーフォリアに会いに来ていた。

 クリスト達が近くに越してきてから、彼女達がユーフォリアの元を尋ねてくるのは別に珍しくはない。

 そして大抵は楽しげに話したり、出かけたりして過ごすのだが──この日は話をしていたと思ったら、いつの間にか揃って窓際でぼうっとしていた。

 こういうことは何度かあった。特に今日のように、ユーフォリアとルゥが二人で居る時に。

 そんな二人に声を掛けたのは、ユーフォリアの父である『聖賢者ユート』。

 ユーフォリアが『時間樹エト・カ・リファ』での任務から帰り、そしてクリスト達が近くへ移り住んで来てからと言うもの、こうしてぼうっと、何かを考え込んでいることが多くなっていた事に気づいていたユートは、その度に気遣わしげな視線を二人へと送る。

 そして彼女たちは、ユートが質問すると必ずこう答えるのだ。

 

「……えっと……ちょっと『時間樹』の時の事を思い出してました」

 

 ユート、そしてユーフォリアの母であるアセリアは何度か「時間樹で何かあったのか?」とユーフォリアに訊いた事がある。だが、ユーフォリアはそれに答える事はなく、いつも曖昧に笑って「何でもないんです」と言うだけだった。

 それはルゥにしても変わらず──ユートやアセリアがルゥと会った回数はまだ少ないながらも──きっと今日も同じ事を言うのだろう。そう思いつつも、ユートはユーフォリアに問いかける。

 

「……時間樹で……何かあったんじゃないのか?」

 

 だが──

 

「…………解らないんです……」

「……え?」

 

 何か変化があったのだろうか。この日、帰ってきた言葉はいつもと違うものだった。

 その事に驚いたユートが呆けた声を漏らし、ユーフォリアは両手を胸の前で合わせて、何かを思い出そうとするように、ぎゅっとその瞳を閉じる。

 

「……考えても考えても、何も、問題なんて何もなかった……けど、違う。そうじゃない……だって……!」

 

 瞑った瞼の裏に浮かぶのは、あの日々。思い出されるのは、辛い事も、大変な事もいっぱいあったけれど、でも、楽しかった────と過ごした、日々。

 ユーフォリアの言葉に呼応するように、ざりっと、ノイズの様に、二人の“記憶”が揺れる。

 『時間樹』での戦いの後から、ずっと思い出そうと考えて、考え続けて。

 砂嵐のように、記憶の中に混ざるのは、知っているのに、知らない光景。

 思い出したいのに、思い出せない。大切な思い出のはずなのに、解らない。自分の意思とは関係なく、“別の何か”がそれを思い出す事を拒絶する。

 そう、それを思い出す事は、■■の意思に反することだから。

 だけど、知りたい。思い出したい。

 あの戦いの日々が終わってから今日まで、そう強く想い続けていた。

 そしてそんな“強い想い”は──

 

「一緒に居るって、誓ったん……です……!」

 

 『世界』の制約を超えて、“奇跡”を起こした。

 

「『必ず還る』って『ずっと待っている』って……約束、した……!」

 

 振り絞るように、ルゥが言う。『あの時』の光景を思い出して。

 気がつけば、二人は涙を流していた。溢れるように、とめどなく。

 『強い想いは、力を持つ』。“あの人”がよく言っていた言葉。それを思い出して──本当だと、ユーフォリアは、泣きながら、小さく微笑んだ。

 だけど、“奇跡”はそこまで。これ以上の“奇跡”は、彼女達には起こらない。なぜならば──

 

「思い……出した……思い出せたよ…………けど……逢いたい、です、祐兄さん……」

 

 その時、その瞬間、まるでユーフォリアの言葉に答えるように、玄関の戸を叩く音がした。

 感じるのは、“知っている”気配。

 弾かれるように顔を上げ、見合わせるユーフォリアとルゥ。

 そんな偶然、という想いがよぎる。

 彼女達の様子に、困ったように右往左往していたユートに応える余裕もなく、立ち上がる。

 まさかと思いながらも、二人の様子を見守っていて、今は玄関へと向かおうとしていたアセリアを追い越すように、駆け出したユーフォリア達は──

 

「…………ぁ……」

 

 玄関の戸を開けて、そこに居た“青年”の姿に、小さく息を漏らして──

 

「祐……兄さん……!」

「……祐!」

 

 飛びつくように、抱きついて、抱き締めた。

 涙に濡れる瞳で見上げれば、驚いたような、大好きな人の顔。

 そう、彼女達に起こる“奇跡”は終わり。「必ず還る」と言う“約束”を果たすのは、“奇跡”ではなく“必然”なのだから。

 

「祐、兄さん……祐兄さん、祐兄さん!」

「……逢いたかった……やっと、逢えた!」

 

 ……ユーフォリアに名を呼ばれ、ルゥに想いの丈をぶつけられながら、事実、彼は驚いていた。二人が自分を覚えていたことに。

 そして思わず破顔する。自分を、覚えていてくれたことが嬉しくて。

 そう──自分の『渡り』は……『世界』を越える『渡り』は、エターナルにすらその影響を及ぼすことを、知って、理解して──覚悟を決めていたから。

 だから、自分を抱き締めてくれる二人を、しっかりと抱き締め返して──

 

「……ただいま」

 

 万感を篭めて告げた言葉に、花咲くような笑顔が浮かんだ。

 

「おかえりなさい!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。