永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
『世界の狭間』に落ちた俺を出迎えたのは、イャガからの洗礼ともいえる攻撃だった。
先に落ちたのはイャガで、引きずり込まれたのがこちらである以上、恐らく攻撃等の何らかのアクションがあるだろうと踏んでいたので無事に回避することが出来たのだが。
そしてそれを皮切りに俺とイャガの最後の攻防が始まった。
「攻防」と言っても、俺はこの空間に永く居たアネリスのアドバイスに従い、なるべくこちらからは攻撃を仕掛けずに、相手の攻撃を避けることを重視する。
この空間は数多あるどの世界でもなく、どの世界でもある場所。あらゆる世界に最も近く、最も遠い
一方で、そんなことを知る由もないイャガは、ここに来る前と同じように力を振りまき、目の前の唯一の敵である俺を屠らんと攻め寄せてくる。
そのため俺はなるべく自身の力を温存しつつ、イャガの攻撃を躱して消耗を促している、と言うわけだ。
とは言え相手は腐ってもナル・エターナル。ここに来る前と同じように、と言ったのは比喩でもなんでもなく、あの散々苦しめられた烈火のごとき攻撃を、今度は周りに仲間も居ない状態で躱し続けるのは至難の業……のはずだった。
そう、はずだったんだ。ここで俺とっては嬉しい誤算というか、不幸中の幸いというかがなければ。
先に述べたように、ここは数多あるどの世界でもなく、どの世界でもある場所。あらゆる世界に最も近く、最も遠い場所だ。そのためここに入ったその時に──マナとナルの力関係が拮抗した。
マナとナルは相克の関係にある存在だ。そしてマナが主を務める世界である『神剣宇宙』においては、その相克の関係を保つために、ナルがマナに対して絶対的に優位な力関係となる。ようは、数を質で補うと言うことだ。
それがこの『世界の狭間』では、対等になった。例えるなら、今まで「一のナルを相殺するのに十のマナが必要」だったとするならば、ここでは「一対一の関係」となったのだ。
そのお陰でイャガの攻撃を捌くのが随分と楽になった。どうしても躱しきれなく当たりそうな攻撃のみ相殺してやれば、必然的に被る被害が無くなったのだから。
とは言えそれでこっちが一方的に有利になったわけじゃない。状況が多少良くなっただけで、こちらが不利な事には変わりないのだ。
イャガは『時間樹』において、莫大な量のナル化マナをその身に取り込んでいた。それを消耗させなければ勝ち目は無いし、そのためにはこの苛烈な攻撃を躱し続けなければいけない。
アネリスはナルを“鞘”に納めて封印する事が出来るが、自身のエネルギーにする事は出来ない。そして“鞘”に納められる量も無限ではない。封印したナルをそのままにしておけば、いずれ“鞘”の容量をオーバーし、ダメージがまともに通る事になるだろう。
それを防ぐには封印したナルにマナをぶつけて相殺しなければいけないのだが、そんな事を続けていればこちらのマナが枯渇するのは子供でもわかる事だ。
つまり、ここから先は持久戦。
俺とイャガ、どちらが潰れるのが先かっていう、我慢比べだ。
…
……
………
戦始めてからどれぐらいの時が経っただろうか。
まだ一時間も経ってないような気もすれば、もう数日、いや、数ヶ月経った気もする。
時間の感覚など最早無く、俺もやつも、ただ互いに生き残る事のみを考えて力を振るっていた。
後先を考えずに猛威を振るうイャガの攻撃を避け続け、いなし続けるのも、最早限界を超えていた。特にここに落ちる前に使われた、全方位を無差別に攻撃するような攻撃を出されるのが一番辛かった。躱しきるのが難しいからだ。
一方のイャガは、俺がそう言った攻撃を嫌っているというのを理解したのか、段々と広範囲攻撃を繰り出す割合が増えていった。厄介ではあったのだが、そのお蔭でヤツの消耗が加速度的に増したので、その辺は不幸中の幸いと言ったところか。
そうして周囲に喰らうモノが無く、力を振るい続けたために消耗し、制御が出来なくなってきたのだろう、自壊が始まったイャガ。
そんな俺たちは今、ある程度の距離を保って対峙していた。
イャガからの攻撃は無い。そして俺もまた動く事は無い。俺もイャガも、今は残った力を振り絞り、高めていっているからだ。
俺も……そして恐らくイャガも解っているんだろう。共に満身創痍で余力も少なく、恐らくはこれが最後の一撃となるであろうことを。
ならばこそ、思い描くは、この攻防で勝負を決めるための、自身に放てる最良の一手。
力を振り絞り、マナを練りこみ、“鞘”から一振りの“剣”を創り出す。
「『
「『シルファリオン』!」
「『セイント』!」
「『クロックアップ改』!」
「『フォルテ』!」
言葉も合図も不要とばかりに、俺の強化魔法に合わせて、ナナシとレーメが次々と強化アーツを掛けてくれる。
足に練り上げたマナを、空間に炸裂させるように踏み出し、駆ける。
「破戒と禁裏の源よ……全てを犯せ……そして……原初に!」
その俺を迎え撃たんと、イャガはその眼前に自らの神獣の成れの果てであるナル存在を呼び出していた。
振るわれるイャガとナル存在の暴虐の嵐。
四方八方から襲い来るそれを、魔法とアーツによって高めた能力に任せ、それでも避けきることなど出来ずに身を削られながら、ただ只管に、一点を目指し、剣を構えて突き進む。
自身を閃光と化し──突き抜けろ!
「……喰らえ、一閃! レイブレードォォォオオオオオオ!!!!!!」
腹の底から、裂帛の気合があふれ出し──突き、穿つ!!
勝ちを確信したように、ニヤリとイャガが哂う。
動きの止まった俺に止めを刺そうと、イャガがその手中の“赦し”を振り上げた──この、タイミング!
「解放、『エンドオブエデン』!!」
その瞬間、“剣”がその形を崩し、剣先が突き抜けていた障壁の隙間に流れ込むように、障壁の内部──イャガの至近で解き放たれる、正と負のマナ。それらは一瞬にして反応し、対消滅を起こし、莫大な破壊のエネルギーを生み出した。
さすがにこれなら。
そう思った、その次の瞬間、膨れ上がる破壊の力がイャガの障壁を内側から打ち砕いたところで、イャガは力ずくでその爆発を押さえ込みやがった。
イャガと俺の中間で拮抗する『エンドオブエデン』のエネルギー。
俺はそれを崩すために、イャガに向けて手を伸ばす。
このままでは押し返されるか、打ち消されるか……最悪はこのエネルギーを、イャガが取り込んでしまうかもしれない。
事態は常に最悪を予想しろ。それは常々思っていた事であり……本当にその通りだと、改めて思う。
本当に──
とは言え俺自身、もうまともな追撃を行える程の余力など無いのは確か。それをイャガも察しているのだろう、今自分にとって一番の脅威である『エンドオブエデン』を抑えることに集中して、こっちを注視していないのは。でも、手段はあるんだぜ?
精神を集中させ、練りこんだ
「『
いかにナル存在とはいえ、その元となったのは神剣使いたるエターナル。であれば、その力の発露の基点は神剣で在る事に変わりは無い。
だったら……その神剣を失ったら、どうなる!
「──
差し出された俺の手から放たれた、吹き荒れる氷雪を伴う冷気は、『エンドオブエデン』を抑える様に『赦し』を構えるイャガへと襲い掛かり、その手から『赦し』を弾き飛ばした。
次の瞬間、拮抗する力の一端が消失したエネルギーはイャガに突き刺さるように弾け、炸裂する。
その破壊の
イャガの内部という、俺の極至近距離で巻き起こった爆発は、当然の如く俺の身体も巻き込んでこの『世界の狭間』に吹き荒れ──イャガが断末魔を上げることも出来ずに、ナル化マナの欠片も残さず消滅していく様を捕らえたのを最後に、俺の視界は、意識は、白く染まった。