永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
鈴鳴を抱きかかえた祐の進路に立ち塞がったイャガを、連携攻撃によって排除した望とナルカナだったが、その表情は優れたものではなかった。
手加減など一切せず、思い切り攻撃を当ててて吹き飛ばしたイャガが、さして効いていないというように平然と立ち上がったからだ。とは言え、「邪魔をされた」こと自体には腹が立ったのか、その標的を望とナルカナに定めたらしいのは狙い通りであったのだが。
……そう、確かに狙い通りであった。イャガの力が予想よりも遥かに高いと言う誤算を除けば、であるが。
イャガがその視線を望とナルカナへ向けた、その瞬間──ゾワリとした、形容しがたい悪寒が二人を襲う。
全力ではないとは言え、第一位神剣の化身であるナルカナですら感じるそれに、二人の動きは一瞬完全に止まってしまった。
イャガはゆらりと、その両手を、まるで愛おしいものを招き入れるかのように差し出す。
それはイャガにとって、全てを受け入れ、全てを赦す慈愛の抱擁。
己の
その視線の向かう先は──望。
「生命の逝きつく所は……生命の始まる所……生命の海へおかえりなさい」
「望!!」
イャガが高めた力を解き放つ、その瞬間、ナルカナは咄嗟に望を突き飛ばした。それによってイャガによる攻撃の対象は、自然とナルカナに移り、突き飛ばされた望が動くよりも早く、ナルカナの身体を泡の様なナルが包み込んだ。
泡は急速に収束しつつも、その内側に充満した力は内部のナルカナを嬲るように荒れ狂い、弾け飛ぶ際にナルカナから多くの力を奪っていく。
「う……くっ……はぁ……ほんっと……キッツイわね……」
荒い息を吐きながら崩れ落ちたナルカナ。
今の一撃によって、戦いながら高めてきた自身の力を根こそぎキャンセルされてしまったのを感じ、忌々しげな視線をイャガに送る。
対するイャガは、くすくすと愉しそうに
それはまるで強者が弱者を嬲るような──否、美味しいモノをじっくりと味わって食べるような雰囲気であり──
「このっ……あたしを舐めてんじゃないわよ! 『エクスカリバー』!!」
激昂したナルカナは、その怒りを力に変えてイャガへとぶち込んだ。
閃く王の聖剣の名を冠した一撃は、一度で終わる事無く幾度もイャガへ襲い掛かり、攻撃を繰り出し続けながらもマナを練り上げ続けたナルカナは、イャガに向けて手を振り下ろす。
「滅び逝く星の糾号は、災禍となりて降り注ぐ! 『スターダスト』!」
放たれたマナはイャガの頭上に空間を繋げる穴を穿ち、ナルカナのマナによって呼び寄せられた星屑は、大いなる破壊の災禍となってイャガに向けて降り注いだ。
ナルカナと、そして望の至近距離と言っていいほどの場所で炸裂した『スターダスト』は、暴力的な破壊の力を巻き起こし、振り撒かれる衝撃波は周囲の空間を激しく揺さぶる。
「これなら少しは……」
効いたでしょ、と続けようとしたナルカナだったが、『スターダスト』の爆炎の只中からゆらりとイャガが現れたことよってその言葉を遮られる。
イャガは一気にナルカナとの距離を詰めると、ナルカナと望が体勢を整える前に『赦し』を振るった。
「うふふ。あなたの味……楽しみだわ……少しずつで……いいから!」
イャガが振るう『赦し』の斬撃は、空間を震わせ、抉り取り、喰らい尽くす『業を喰うもの』となってナルカナに襲い掛かる。
一度、二度、三度と連続で襲い来るそれを辛うじて防ぐナルカナだったが、四度目の斬撃で大きく体勢を崩された。
さらに振るわれる『赦し』。瞬間的に収束する“力”が一気に弾け、炸裂しようとしたそこに、望が飛び込み、ナルカナを庇って前に出る。
「やらせるか!」
「望、ダメ!!」
ナルカナを襲う凶刃に身を曝し、勝ち目は無いと思いながらも対抗するように『黎明』を振るう最中、その引き伸ばされた一瞬の時、加速された意識の裏では望に己が前世──ジルオルが語りかけていた。
先程、望を庇うためにイャガの攻撃に身を晒したナルカナ。そして今、喰らえば間違いなく自身の身が滅ぶであろう攻撃の前に、ナルカナを護るために躊躇無く飛び込んだ望。
その二人の互いに庇いあい、護りあう姿に、ジルオルは眩しそうに目を細める。
『汝の姿を、力を、想いを見続け、我も漸く決心がついた』
そう語る彼の表情は穏やかで。
『我はナルカナの担い手になってやる事は出来なかったが……汝ならば、あいつを支えていけるかもしれぬな』
望の脳裏に浮かぶその姿は、溶けるように薄くなっていく。
『──さらばだ、世刻望。ナルカナを頼む──』
そしてジルオルの姿が、望の意識の闇に消えた、その瞬間……一瞬が、動き出す。
迫り来るイャガの神剣。それを迎えうつ『黎明』の刀身が、ぶつかり合う直前に莫大なマナの輝きを放つ。
望、そしてナルカナは、そこに確かにジルオルの気配を感じていた。
それはジルオルからの最後の助力。望の中に眠っていた『ジルオル』と言う存在の全てを、純粋なエネルギーと変えて『黎明』に篭めた、会心の『ネームブレイカー』。
それは遥かな格上たる存在であるナル・イャガの『赦し』を、ほんの一瞬であれ確かに凌駕し、その攻撃を弾き返すことに成功していた。
一方でイャガは、“食事”を邪魔された事に忌々しげに表情を歪めながら、今一度──今度は二人まとめて──喰らわんと、今の攻撃の勢いによって後退させられた分の距離を詰めようと足を踏み出した。
そう、たとえ足掻こうとも所詮それは一瞬の抵抗。無駄な努力に過ぎないのだと。
──怖がらなくてダイジョウブなのに。私が全部“赦し”てあげるから。
イャガの脳裏に浮かぶのは、そんな想い。
そして、目の前の彼女を、彼を食べてお腹がイッパイになる。そんな夢想。……ナル存在となったイャガにとって、それが叶うことなど決して無いことなど、知る由もなく。
事実は如何なものであれ、イャガが己の欲求を満たそうと、ナルカナと望に対して『赦し』を振り上げ、二人がそれに抗しようとした、正にその瞬間──
「お願い、ゆーくん! 全力全開……ゆーくんアタックーーー!!」
「凍てつけ! 『メガバニッシャー』!!」
上空から降り注ぐ、双竜のブレス。それはイャガが練りこんだ力を──それがマナではなくナルであれ──霧散させ、完全な無防備となったところに氷結の嵐が吹き荒れる。
それは僅かなれど確かにイャガの動きを封じ込んだ。
「祐兄さん、今です!」
「おう!」
その間に接近した祐が、ナルカナと望を抱えてイャガから距離を取ると、今しがた上空より奇襲を掛けた援軍──ユーフォリアとルゥも集ったところで、イャガの身を覆い、凍り付かせていた氷が、黒く染まった。
自身を覆う黒く染め上げた氷──ナル化させたマナを喰らい、その身を自由にしたイャガは、ゆらりと幽鬼の如く祐達五人をねめつける。
「……思った以上に効いてない、か……」
「ホント……厄介にも程があるわよ、アイツ……」
その場に居る全員の想いを代弁したようなナルカナの言葉が周囲に響き、再び、ナル存在が猛威を振るいだす──。
◇◆◇
ほんの少しだけ、時間を遡る。
鈴鳴が消えてから少したった後。世刻達に向けてイャガが猛攻を仕掛けている時だった。
二人を助けに行かないとと思い、アネリスに神剣の姿に戻ってもらった直後、俺の前に“門”が開いた。
一体今度は誰がと警戒しつつ見ていた俺の前に現れたのは──ユーフィーとルゥ。
混乱する俺が説明を求めると──とは言え余り悠長にしている時間も無いため簡潔にだが──ユーフィーが口火を切った。
「あたしもルゥちゃんも、向こうでの戦いが終わった後ちょっとだけ気を失ってたんですけど……誰かに呼ばれた気がして目を覚ましたんです」
「それで、ユーフォリアと合流した時に、まるでそれを待っていたように“門”が開いてな。その時に──鈴鳴の姿を見た気がした」
「その時に何となく感じたんです。この“門”をくぐれば、祐兄さんのところに行けるって。他の皆も来たがったんですけど……流石に相手が相手だから、あたしとルゥちゃんだけで“門”をくぐりました」
「それで今ここに居る、と言う訳だ。ん? なぜ私かって? ……ふふっ、紹介する。永遠神剣第三位『雪華』……私の神剣だ」
そんな二人の話を聞いて……一番驚いたのはルゥがエターナルになったことだけど、なるほどと思いながら俺は後ろを振り返る。……こんな時だと言うのに、思わず頬が緩んだのがわかった。
「……鈴鳴、ありがとう」
小さく出た俺の言葉に、二人はどうしたのかと訊いて来たので、先程までの出来事を掻い摘んで説明する。
イャガがエト・カ・リファごとスールードを喰らったこと。それによって時間樹の核が暴走しようとしたこと。そして鈴鳴が身を呈してそれを制御してくれたことを。
それを聞いたルゥは一言小さく「そうか……」とだけ呟いた。
ほんの少しだけ訪れた静寂。
その後直ぐに世刻とナルカナを助けるために二人に協力してもらい、現状に至る……と言うわけだ。
イャガから一旦距離を取って集った俺達。そんな折にナルカナから発せられた「それで、どうして二人がここにいるのよ?」と言う、当然と言えば当然な問いに、先程二人から聞いたばかりの話を交えて答えたんだけど、その間もイャガの攻撃は続いているわけで。
どうやら何度も“食事”を邪魔された事が余程腹に据えかねているのか、攻撃がどんどん苛烈になっていく。どんだけ食いしん坊なんだと思うが、ナル存在になったせいで、いくらマナを取り込んでも空腹感が満たされることはなくなっているんだったか。
鈴鳴が言っていたな。『制御できているように見えて、その実、静かに暴走していた』と。今も絶賛暴走中なんだろう。
ともあれイャガの攻撃を全員で協力して防ぎつつ、隙を突いて何度か攻撃も仕掛けてみてはいるのだが、然程効いている様子は見えない。
今のところイャガは本能の赴くままに力を振り撒いているようではあるのだが、このままじゃジリ貧だ。早く何とかしないと……そう思った時だった。イャガがその行動を変えたのは。
突如ピタリと攻撃が止み、その直後、急速に練りこまれる“力”。
それは弾けるように解放される──。
「全てが消えてしまえば、新しい何かが生まれるの。だから……消えて?」
──『罰の暴風』。
イャガが繰り出したナルの嵐は、彼女を中心に吹き荒れ、全ての罪深きモノを飲み込み、喰らい尽くしていく。
イャガが一歩足を踏み出す度に、世界が侵食され、その手にした神剣を一振りする度に、膨大な力が撒き散らされる。
彼女の身体からは陽炎の様に黒い闇が立ち上り、セカイを侵食していく。
鈴鳴は言っていた。イャガは俺達が来るまでの間に、エト・カ・リファが回収したナルを喰らい尽くしたと。つまりあれは、イャガの中に留めきれていないナルがあふれ出し、マナを侵食してナル化マナに変えているのだろう。
そしてそれを再びイャガが喰らい、己の力と変え、そして溢れ出した力がセカイを侵す……何ていう悪循環。
イャガの猛攻を皆で張った障壁によって何とか防いではいるものの、このままじゃ、俺達の後ろにある時間樹の核が喰われるのも時間の問題か……。
……それだけは何としても避けないといけない。己が身を挺して崩壊を止めてくれた、彼女のためにも。
じゃあ、どうするか。
時間を掛ければ掛けるほどにこちらが不利になるのは明白。前述の通り、アレは存在しているだけで力を増していくのだから。アレを何とかするには、それこそマナの存在しない世界に行くしか……そうか、それがあった!
(……ナナシ、レーメ、
(マスター?)
(ある程度滞在した事のある場所であれば、接続先は限定できる……だったよな? なら、俺を通じてアネリスと同調しろ)
(ユウ、まさか……)
俺のやらんとしている事を理解したのだろう、二人の息を呑む気配がした。
(接続先は『世界の狭間』。そこに奴をぶち込んで封印する)
(……マスターと契約していない存在をゲートに通すのは至難の技かとは思いますが……やるだけやってみましょう)
以前アネリスは言っていた。『世界の狭間』は、マナも無い空間で、存在するのに自身のマナを消費していくしかなかった、と。それがゆえに、俺があそこから出さなければ、いずれ消滅する運命だったのだと。
上手く行くかどうかなど解らないけど、俺には他にイャガの攻撃の被害を抑える方法は思いつかない。ナナシとレーメもそうなのだろう。一瞬迷いながらも、けれど小さく頷くと『祝詞』の詠唱に入った。
それを聞きながら、イャガの攻撃を防ぎつつ、皆に俺がやらんとする事を説明し、協力を請う。必要なのは俺がイャガに接近する事。そのために皆には奴の気を引いて欲しいと。
あの、最早災害と言っても過言では無い存在の気を引け、なんてことを頼むのは気が引けたけれど、皆は喜んでと、二つ返事で承諾してくれた。
そして──二人の詠唱が終わり、イャガの攻撃を凌ぎながら機を待つ。幾ら膨大な力を持つとは言え、本当の意味で間断なく攻撃をし続ける事等出来るはずがない。攻撃の合間、もしくは要所において、必ず一息つく必要がある。そう──一瞬の間が空いた、この瞬間のように!
「今だ!」
声を掛け、皆を信じて速度を重視して自身を強化し、一気にイャガへと詰め寄る。
そんな俺を迎撃しようと、イャガがその手の中の『赦し』を振り上げたそこに、ルゥのものだろう、俺の背後から氷柱がイャガに撃ち込まれ、恐らく咄嗟に反応したのか、『赦し』によってそれを切り払うイャガ。
「叢雲の名の下に命ず。汝、世界霊魂の大海に帰れ! 『リインカーネーション』!!」
その直後、顕現したナルカナの神獣、『フェニックス「転生と誕生の翼」』によって起こされた“再生の炎”はイャガを包み込み、イャガの視界から俺の姿を覆い隠すと同時に、俺達にも降り注いだ。
敵には破壊を、味方には癒しを与えるその炎は、イャガに攻撃を加えると同時に、俺達の傷を癒し、活力を与えてくれる。
その隙に俺はイャガの背後へ回りこむと、ナナシとレーメへ合図を送った。
「ナナシ! レーメ!」
「『開け』!!」
二人の声に反応して、イャガの正面に開かれた
だが、俺の勢いは充分。対してイャガの姿勢は不安定であり、故に半ばイャガのブロックに体当たりするかのようにぶつかった俺に押され、イャガはその身をゲートへと押し付けられる。
イャガが張るブロックもナルによるものだとは言え、今この瞬間だけであれば、問題ない。この身は“鞘”なのだから──!
「う……あああああ!!」
俺と『契約』していないイャガを拒んでいるのだろう、断続的にゲートが雷撃の様な衝撃をイャガに浴びせているのが感じられる。
それに構わずイャガを押し付けると、その身体は徐々にゲートへと沈んでいく。
「くっ……このっ……!」
「うおおおおお!!」
<ぐっ……>
ナルを振り撒き抵抗を試みたイャガだったが、そのナルを無理矢理に“鞘”の中へと納める。
「今だ、ユーフィー!」
「はい! このまま、次元ごと断ち切ってみせます! 『ルインドユニバース』!」
「落ちろおおおお!!」
そのタイミングでユーフィーに合図した直後、イャガに向かって思い切り突進をぶちかますユーフィー。俺もそれに合わせて、一気にイャガの身体を押し込んだ。
流石に今のを堪えることは出来なかったか、ずるりとゲートの中に飲み込まれていくイャガだったが、その身体が完全に消える、直前、
「なっ!」
「マスター!」
「ユウ!!」
無理矢理に身体を回して半身で振り向いたイャガが、俺の腕をがっしりと掴んだ。
しまったと思ったのも束の間、そのまま奴の姿はゲートへと消え──俺の身体もまた、イャガを押し込んだ勢いに加え、引きずり込まれる力のままにゲートへと飲み込まれていく。
伸ばした手をユーフィーとルゥが掴んで──ゲートに阻まれ、するりと解けた。
彼女達に不安を与えちゃいけない。俺が思ったのはそんな事で……だから、自分の身体が完全にゲートの中へと沈む前に、せめて言葉を掛けよう。
「必ず、還るよ」
声は、届いただろうか。もう解らない。だけど、二人は頷いてくれた気がする。
「ずっと、待ってる」
そんな声が聞こえた気がする、なんて思うのは、俺の願望だろうか。でも、それでもいい。待っていてくれると思えば──俺は、戦えるから。
……そして──俺と神剣状態のアネリス、咄嗟に飛びついて来たナナシとレーメを飲み込んで、ゲートは閉じる。
その瞬間──時間樹、否、神剣宇宙から、俺達の存在は消えた。