永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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110.護って、護られて。

 ここ、『根源区域』の奥の奥、エト・カ・リファの居る場所へと駆ける俺と世刻、そしてナルカナ。

 道中思い出したように現れるエターナルアバターを切り伏せながら進み、どれほどの時間が経っただろうか。

 幸いにも──と言っていいだろうか、かつてナルカナがここに居た頃と構造自体は大きく変わっていないようで、道程は順調。もうじき辿り着くだろうとの事。

 実のところ一番懸念していた『絶対なる戒』については、ここに至るまで出てこないってことは、恐らくユーフィー達の方にいったんじゃないか……ってのが俺達の出した結論である。

 まぁ、戦闘の激しさで言えば、現状あっちが一番激しいから、敵の援軍が行くとしたら向こうだろうとの考えだ。ただ……そうであった場合、こちらとしては助かるけど、向こうの状況が心配になるのは如何ともしがたいなぁ。

 皆なら大丈夫だ……と思ってはいても、やはり心配なものは心配なのだ。

 ……そんな事を考えながら進んでいる時だった。

 不意に「あっ」と声を上げて立ち止まったナルカナ。

 その彼女に続いて足を止めた俺と世刻が、ナルカナが視線を向ける先に目をやれば、俺達の誰も想定しえない、予想外の光景が飛び込んできた。。

 最初に目に入ったのは、切り結ぶスールードとエト・カ・リファの二人。そしてスールードの後ろにいるイャガ。そこまではいい。問題はそう、その後だ。

 振るわれたスールードの剣と、それに対して迎撃されるエト・カ・リファの剣。

 それらがぶつかり、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 互いに退かず、押し込まんと、身体がぶつかりそうなほどに接近した、その時、スールードの後ろに居たイャガが動いたのが、俺達からははっきりと見えた。

 

「っ! 世刻! ナルカナ!」

「は、はい!」

「ええ、行くわよ!」

 

 押し潰されるような圧迫感と、締め付けられる様な“嫌な予感”。それを感じた俺は二人に声を掛けると、エト・カ・リファ達に向けて駆け出す。

 二人も恐らく俺と同じようなものを感じたんだろう、直ぐに俺の後を追って駆け出す音がした。

 その間にも、イャガはその手をゆっくりと振り上げるのが見える。

 翳された手に握られた『赦し』。

 それがゆるりと振るわれた、その瞬間──ばつん、と。

 

「ぐっ……か、はっ……」

 

 離れた位置にいる俺の耳にも、エト・カ・リファの呻き声が聞こえた気がした。

 脇から胸を、腹を、そして腰までを、半円を描くように、スールードごと(・・・・・・・)喰われた彼女の、苦悶の声が。

 ぐらり、と、右半身を抉られたスールードと、左半身を抉られたエト・カ・リファの身体が傾げ、地に倒れる。

 

「イャ……ガ……ァァアアア!!」

 

 スールードがイャガに対して怨嗟の声を上げ、次いで倒れながらもイャガに対してその剣を振るわんとし──。

 

「うふっ……ふふふっ……ごめんなさいね。でも、仕方が無いのよ? だってお腹が空いて空いて空いて空いて空いて空いて空いて空いて……たまらないんですもの。ここに来るまでにアレだけ沢山食べたのに、全然足りないの。あんなにいっぱいナル化マナ(おいしいもの)を食べたのに、全然お腹が膨れないのよ。おかしいわよね?」

 

 再びの咀嚼音。今度は、硬いものが砕けるような音と共に。

 見れば……スールードの『空隙』と、エト・カ・リファの『星天』の両方が、喰われた様に半分ほど折れ砕けていて。

 

「……ぁ……」

 

 後ろから聞こえた、小さな声。

 ナルカナの、呆然とした声。

 

「でも大丈夫、安心して? 此の時間樹もすぐに食べてしまうから、貴女の望みは叶うわ。エト・カ・リファに変わってこの時間樹と一つになるって言う、その望みは。私の中で、ね。だから──」

 

 スールードの様子も目に入らぬと言わんばかりに淡々と語ったイャガによって、

 

「いただきます」

 

 スールードと呼ばれた少女と、ただ親友と共に在る事を願っていた一人の女性は、コノセカイから姿を消した。

 

「ぁああああああああああああ!!!」

 

 響き渡るは、慟哭。

 溢れ還るは、憤怒であり憎悪。

 後ろからその声が聞こえて来た、次の瞬間、イャガの姿が掻き消えた……いや、正確に言うならば、一気に距離を詰めたナルカナによってぶっ飛ばされたんだが。

 ……当然か。ナルカナにしてみれば、自分を慕ってくれていた『友』を殺された(・・・・)のだから。

 エターナルは、神剣を“分けて”おくことによって、例え死んだとしても、その時に神剣を握ってさえいれば、分けられていた神剣が一つに戻る現象を利用し、神剣の本体の場所で復活することができる。

 だがそれは、飽くまで神剣が無事で、そして自らが死した時に神剣を所持している事が絶対条件。

 じゃあ、神剣を砕かれ、それごと“喰われた”場合は?

 決まっている。復活など出来るわけがない、だ。

 そしてこの時間樹は、エト・カ・リファの神剣『星天』が姿を変えた姿だ。じゃあ、その担い手がいなくなったら?

 その答えは一つの現象になって、ここに結実する。そう、世界が、鳴動を始めた。それは……今までの、再構成に伴う揺れと同じようでまるで違う、言うなれば時間樹が上げる“悲鳴”だった。

 

 

           ◇◆◇

 

 

 荒い息を吐きながら、白雪の刀身を大地に突き立たせ、それに身体を預けるように立ちすくむルゥ。その彼女の前には、大地に倒れて天を仰ぐ鈴鳴の姿があった。

 

「ふ……ふふ……最後の最後に、超えられて……しまい、ましたね……」

 

 途切れ途切れに、しかしどこか嬉しそうに言う鈴鳴。

 事実……彼女は嬉しいのだろう。“彼女達”が乗り越えてくれたことが。

 ──これで、満足して逝ける。

 そんな思いが過ぎり、自身を見下ろすルゥに対して「さあ、止めを」と言おうとした、その時だった。

 

「っ!」

 

 ズクンッと、大きく身体が跳ねた。

 知っている感覚ではない。けれど、はっきりと解った、その“事実”と、それに続いて起こる、今までとは明らかに違う大地の鳴動。

 鈴鳴は唇を強く噛みつつ、ゆっくりと、力を振り絞って身体を起こす。

 ルゥは大地の揺れにバランスを崩して倒れかけるも、『雪華』を支えに持ちこたえ、起き上がった鈴鳴を警戒するのだが……鈴鳴の頭が力なく振られ、次いで発せられた言葉に訝しげな表情を浮かべた。

 

「……申し訳、ありません、ルゥさん。どうやら……私は貴女に、殺されるわけには、いかない、みたいです」

 

 弱々しく、されど確固たる意志を持って言う鈴鳴に、ルゥは何かあったのかと疑問を呈し──それに対する鈴鳴の返事は、衝撃的なものであった。

 

「……私の“本体”が、死にました。恐らく……エト・カ・リファも。この鳴動は……制御者の居なくなった時間樹が、暴走を始めた……のでしょう」

 

 そう言って、己の眼前に“転移門(ゲート)”を開いた鈴鳴は、そこに入ろうと一歩踏み出したところで、「待て」とルゥに止められた。

 

「……お前の本体が死んだと言うのなら、何故……お前がまだ存在している?」

 

 時間が無いとは思うが、ルゥの疑問も尤もであることを自覚する鈴鳴は、苦笑を浮かべながらルゥに顔を向けた。

 

「ふふっ……こう言う事もあろうかと……以前、祐さんに座標を差し上げた時、彼の中に、“私”の一部を混ぜておいたんです。今の私は、それによる彼との繋がりを頼りに、何とか存在しているに過ぎません」

「なっ……! で、では、そんな状態でどうする心算だ?」

 

 ルゥのその問いに対しては、鈴鳴は何も応える事はなかった。

 ただ、小さく微笑み、「大丈夫」と一言だけ告げる彼女は、今度は制止の声に足を止める事なく、“門”をくぐる。

 ルゥもそれに続こうと足を踏み出し──がくりと、膝から崩れ落ちた。……彼女は既に限界だったのだ。

 倒れた事によって急速に襲い来る疲労。

 薄れ行く意識の中、鈴鳴の何かを決意した瞳だけが、強く心に焼き付いていた。

 

 

           ◇◆◇

 

 

 戦いを始めたナルカナとイャガ。それに世刻と共に加勢しようとした時、唐突に背後に何かの気配が生まれたのを感じ、慌てて振り返ったそこにあったのは“門”だった。

 一体誰が出てくるのかと警戒する俺達の前に現れたのは、ミゥ達と戦っているはずの鈴鳴だった。

 神剣を構えて警戒する俺達だったが、鈴鳴の見た目は既にボロボロで、そして出てくるや否や、俺の姿を見て安堵したように微笑む。

 その様子に何となく毒気を抜かれてしまった俺は、一応警戒はしつつも武器を納めて、声を上げそうになった世刻を抑えつつ、彼女の前に踏み出す。

 

「……ミゥ達は?」

「無事ですよ。負けてしまいました」

 

 言葉の内容とは裏腹に、どこか嬉しそうに、微苦笑を浮かべながら答える鈴鳴。

 ……って、ちょっと待て。

 俺達の目の前で、スールードは神剣を砕かれた上に喰われて消えた。だと言うのに、何で鈴鳴は今ここに存在している?

 それを問うと、彼女は少し言い澱んでから、伺うように俺を見上げた。

 

「実は……この間貴方に座標を渡したときに、一緒に私の“欠片”を貴方の中に送り込んだんです。言うなればそう……分体(わたし)の分体と言った所でしょうか。それを通じて、私は今貴方に依存することで存在しています」

 

 鈴鳴の言葉に、何となく右手を胸に当てて何か感じないかと探ってしまった俺に対し、彼女は「大丈夫ですよ」くすりと小さく笑う。

 

「別に害を及ぼせるようなものでも無いですから。そう、ただ……消える前に言葉を残す時間が欲しかった、それだけ……だったのですが、ね」

 

 そこで一度言葉を区切った鈴鳴は、自分の胸に手をあて、一瞬何かを想うように目を閉じたあと、しっかりと、強い瞳で俺を見て、

 

「祐さん……この時間樹(セカイ)は、好きですか?」

 

 そんな事を訊いて来た。

 唐突な質問に一瞬どう答えていいか解らず、言葉に詰まる。けど鈴鳴の表情は真剣で、どこか、不安そうで……力のない、小さな少女のようだった。

 だから俺は……何となく安心させてやりたくて、ぽんっと彼女の頭を撫でてから、思う言葉を口にする。

 

「……きつい戦いばかりだった。辛いこともあった。けど、それ以上にかけがえの無い仲間や、忘れる事の出来ない人たちに逢えた。……俺は、この時間樹(セカイ)が好きだよ。この時間樹(セカイ)に産まれてきて良かったって思ってる」

 

 もちろんお前もな、と言ってしまってから、なんだか気恥ずかしくなってしまった誤魔化すように、手を置いていた鈴鳴の頭を少し乱暴にくしゃりと撫でる。

 鈴鳴は嫌がるそぶりもなく、どこか安堵したような表情で「……そうですか」と小さく呟くと、

 

「それなら……私が、この時間樹を救って差し上げます」

 

 そんな、予想だにしなかった言葉を発した。

 「この時間樹を救う」それはきっと、担い手の……制御する者の居なくなった『星天』を何とかするってことだろうとは思う。けど、どうやって?

 俺の考えを察したか、鈴鳴は小さく笑みを浮かべると、すっとある一点を指差す。

 その先にあるのは、他よりも少し高くなったところに鎮座する、「根」に覆われ、青白く光る球体の様なもの。距離から察するに、大きさは俺よりも少し大きい程度……恐らく二メートル程度だろうか。

 

「あれは……」

「あれは、この時間樹の心臓部。“核”と言える部分です。あそこに私を連れて行ってくれませんか?」

 

 そう言ったあと、一度ぐるりと周囲──ナルカナとイャガが激戦を繰り広げる光景を見回し、申し訳無さそうな表情を浮かべる鈴鳴。

 

「イャガは、祐さん達がここに来るまでの間に、エト・カ・リファが回収していたナル化マナを喰らい尽くしました。今の彼女は完全なナル存在。……どうやら制御できていたように見えて、その実、静かに暴走していたようですね。それに気付かなかったばかりに、本体(スールード)は喰われてしまったんですけど」

「……自分の本体が喰われたってのに、随分とあっさりしてるんだな」

「誰かさんのお陰で、鈴鳴(わたし)の精神構造は大分『スールード』から乖離してしまいましたから」

 

 俺の発した疑問に対して、鈴鳴はくすりと笑って言葉を返してから、もう一度イャガ達へと視線を向けた。

 

「今は『叢雲』の化身に集中しているみたいですが、恐らくこちらが行動を起こせば何がしかの反応を示すでしょう……正直、今の私は荷物にしかならなくて申し訳ないのですが……連れて行ってくれますか?」

「……連れて行って、どうやって暴走を抑えるつもりだ?」

 

 鈴鳴がどんな方法を考えているのかはわからないし、“原作”で旅団メンバーがどうやって時間樹の再構成を止めたか、なんてのも覚えてないから解らない。けど……正直、あまりいい予感はしないな。

 そんな俺の予感を肯定するかのように、鈴鳴は「それは……」と言い辛そうにしながらも、それでも瞳に確固たる強い光を湛えて、その方法を口にした。

 

「この身を『時間樹を救う』と言う“意念”と化して“核”と一つにするんです。私が『星天』の担い手になる事はできませんが……それでも、私の存在全てをかければ、暴走を抑えるぐらいの制御ならできるはずです」

「そんなっ……!」

 

 その示された手段に、俺の後ろで黙って話を聞いていた世刻が驚愕の声を上げる。

 かく言う俺もまた声を上げそうになったんだが、前述の嫌な予感と先に世刻に驚かれたお陰で、発しそうなった言葉を飲み込んで、鈴鳴の顔を見つめるに留めた。

 交差する視線に感じる意志は強く、そして気高くて……その時点で悟ってしまった。彼女を止める事など出来ないと。……止めてはいけないのだと。

 

「ただ消え行くだけのはずだったこの身が、貴方が愛したこの時間樹(セカイ)を護る事に使えるのなら……私にとって、これほど意味のあるものはありません」

 

 そう言った鈴鳴の表情はとても穏やかで……彼女の言葉を否定することは、俺には出来なかった。俺は、頷く事しか出来なかった。

 けれど、それならばと鈴鳴を眺める。

 恐らくルゥ達との戦いは相当に激しかったのだろう、呼吸は落ち着いているようだが全身ボロボロ。正に満身創痍な感じ。……これでは流石に、イャガとナルカナが激戦を繰り広げるここを駆け抜ける余裕は無いんじゃないだろうか。

 そう判断した俺は、

 

「……大人しくしてろよ?」

「はい? ……って、え、ちょ、祐さん!?」

 

 一声掛けてから鈴鳴の膝裏に右腕を、背中に左腕を回して抱き上げる。所謂お姫様だっこである。

 酷く慌てる珍しい姿を晒した鈴鳴だったが、恐らく自分の状態が、あそこまで駆け抜けられるものじゃないってのが解ってるんだろう、暴れることなく大人しくしている。

 

「しかし、これでは貴方が……」

「解ってる……アネリス」

 

 両手が使えないことを指摘しようとしたと思われる鈴鳴の台詞を遮ると、「仕方ないのう」と言いつつ姿を顕現させるアネリス。

 

「ぬしらは妾が守ってやるゆえ、迷う事無く駆け抜けるがよい」

「……先輩、本当に信じていいんでしょうか?」

 

 アネリスに続いて世刻がそう言ってきた。……確かに彼がそう思う気持ちは解る。俺自身はもう何度も鈴鳴と接しているし、敵だとは言え、彼女の事は信頼できると、そう思ってもいるけど。

 とは言え口論してる時間も無い。だから世刻には悪いが、納得できなくとも納得してもらおう。

 そう思った俺が何か言うよりも早く、鈴鳴が口を開いた。

 

「私を信じろ、とは言いません。ですがそれでも私がやる事は変わり有りません。私は、私を信じてくれた祐さんの為に、この時間樹を必ず救ってみせます」

 

 鈴鳴の言葉を聞いた世刻は、しばしの間彼女をじっと見据え──視線を外してその手に『黎明』を呼び出した。

 世刻の視線の向かう先は、

 

「……解った。俺はナルカナの方を援護します」

 

 イャガを相手取るナルカナへ。

 鈴鳴がコツンと、俺の胸に額を押し当て……ぽつりと小さく──「ありがとう」と──呟いた、そんな気がして、思わず頬が緩む。

 ……っと、その前に忠告だけはしておかないとな……。

 

「世刻、今のイャガはナル存在だ。奴の攻撃を喰らえば、ナルに侵食される恐れがある。気をつけろよ?」

「解りました」

「よし、行くぞ! ……『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』!!」

 

 合図と共に、俺達は“核”へ、世刻はナルカナの所へ同時に駆け出すと同時に、ナナシが俺に移動力向上アーツ(シルファリオン)を、レーメが世刻に身体能力を底上げするアーツ(セイント)を掛け、俺自身もまた身体能力を上昇させる魔法を使う。

 “核”は目視できる範囲にあって、障害物らしい障害物も無い。隠れながら進むのは不可能ならば……一気に駆け抜ける!

 だが、それを遮る一つの影が躍り出た。

 

「あはっふふふ、どこに行くのかしら?」

 

 ナルカナを振り切ったか、俺達の進路を塞ぐように現れたイャガ。その手に持った『赦し』を振り上げて、俺と鈴鳴を喰らわんとし──

 

「させぬわっ!」

 

 俺とイャガの射線上に躍り出たアネリスがそれを受け、俺は速度を緩める事無く駆け抜ける。

 対するイャガは、アネリスを喰えなかったことに不思議そうな顔をしつつも今一度『赦し』を振りかぶると、

 

「あたしを無視してんじゃないわよ! 『ストームブリンガー』!!」

「あわせろ、レーメ! ……よし、これで!!」

 

 背後からぶち込まれたナルカナと世刻の攻撃でぶっ飛ぶイャガ。

 一撃を凌いで、これだけの時間を稼いでくれれば、辿り着くのは容易なこと。

 “核”へと辿り着いた俺は、後ろをアネリスに任せ、鈴鳴と共に“核”の前に並び立った。

 

「それでは……名残惜しいですが、これでお別れです」

 

 鈴鳴はその視線を“核”から俺に向けると静かに微笑んだ。

 そしてそのまま右手を“核”に添えると、その直後、彼女の全身が淡く輝く。それは、マナの──生命の輝きにして、意念の──想いの輝き。

 鈴鳴の輝きが徐々に強くなると同時に、鈴鳴自身の存在感は逆に薄くなっていく。

 そんな中、こちらを向いたままの鈴鳴の口が小さく動き、何かを訴えかけてきた。

 ……何だと思って、聞き取ろうと顔を寄せた、その瞬間。

 唇に、柔らかな感触。

 触れるだけの口付け。それに驚いて固まった俺の視界を締めるのは、悪戯が成功したように、けれどどこか照れたような、鈴鳴の笑顔。

 そしてそのまま──その輪郭が、ぼやけて消えた。

 ……最後まで翻弄されたな、と、思わず小さく笑ってしまった、その僅か後。時間樹を襲う暴走に伴う振動が、ゆっくりと、けれど着実に弱まっていくのが感じられた。

 

「……ありがとう」

 

 鈴鳴の消えた時間樹の“核”に手を添え、目を閉じると、無機質に冷たい感触の中に、確かに暖かいものを感じ──トクリ、と、俺の中で何かが跳ねた、そんな感覚がした。

 

 ──貴方に逢えて、よかった。

 

 だから、次は俺の番だ。

 彼女の想いが、心が、魂が繋いでくれたこの時間樹を、守ってみせる。

 そう誓った俺の耳に、鈴鳴の声が聞こえた気がして──“鈴鳴”に背を向け、戦場へと足を踏み出した。


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