永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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109.精霊、天翔。

 絶対なる戒に苦戦するカティマ達の様子を見つつ、ユーフォリアは激烈なる力と激しい攻防を演じていた。

 ぶつかり合う鉤爪と光の刃。

 横薙ぎに繰り出された激烈なる力の右腕を跳躍して躱し、そのまま上空から叩きつけるように『悠久』を振り下ろすユーフォリアに対して、それを左腕の鉤爪で受け止め、そのまま大きく振って彼女を弾き飛ばす激烈なる力。

 飛ばされたユーフォリアは、そのまま空中で『悠久』の形状を板状へと変えるとその上に乗り、激烈なる力へと突貫する。それをいなすように躱した激烈なる力は、ユーフォリアの背中に向けて『激昂の咆哮』を発する。

 その声を聞いたユーフォリアは『悠久』から飛び降りつつ空中で反転し、マナ障壁(オーラフォトンバリア)を張りながら『激昂の咆哮』によって上空から降り注ぐ爆炎へ『ライトバースト』をぶつけて相殺した。とは言え、完全に防ぎきるという訳にも行かず、多少の衝撃と熱波は浴びてしまったが。

 ユーフォリアが地上に着地し、丁度地に足が着いたそのタイミングで、激烈なる力が踏み込んでくる。

 ユーフォリアを叩き潰さんと上から揮われる、激烈なる力の右拳。受けるには体勢が悪い。そう判断したユーフォリアはオーラフォトンバリアを張りつつ後ろへ跳躍するも、激烈なる力の豪腕がオーラフォトンバリアに僅かに当たり、彼女を大地に叩きつけた。

 直撃は免れたものの、盛大に打ちつけられ、吹き飛ばされたユーフォリア。その彼女へ追撃を行おうと、激烈なる力が大きく踏み込む。

 

「っ! 『グラスプ』!」

 

 倒れながらもそれを見たユーフォリアは、起き上がりながら激烈なる力にオーラフォトンを絡みつかせ、その動きを封じる。

 効果は一瞬。だが、体勢を整えるにはそれで十分。

 起き上がって激烈なる力から一旦距離を取り体勢を整えたユーフォリアは、対峙する激烈なる力の向こうに、倒れ伏すカティマとルプトナ、そしてその二人を庇うように絶対なる戒と対峙する希美の姿を見た。

 ──助けに行かないと!

 そう思いつつも、眼前の敵がそれを許してくれそうもない。

 でも、多少無茶をしてでも──そう心に決め、激烈なる力をにらみつけた、その時だった。

 

「オオオオオオオオオオラアアアア!!!!」

「バラスターダ! やっちゃって!」

 

 獣の如き咆哮を上げ、ユーフォリアの横を猛烈なスピードで駆け抜けて激烈なる力へと迫る黒き旋風──ソルラスカ。

 ソルラスカはそのまま激烈なる力へと飛び掛り、その直後、激烈なる力の真横に、その巨体に匹敵する大きさの赤き竜が顕現し、ユーフォリアの前からどかすように体当たりをぶちかました。

 そのままその赤竜──ヤツィータの神獣『レットドラゴン:バラスターダ』は激烈なる力にブレスを浴びせ、ソルラスカがその身体能力を駆使して連撃を浴びせる。

 

「ユーフォリア、行きなさい!」

 

 そんな中、ソルラスカに続いて激烈なる力へ挑みかかったタリアがユーフォリアへと声を上げた。

 それを聞き、突然の援軍に驚いていたユーフォリアは我に返り、「はいっ!」と勢いよく返事をすると、絶対なる戒に向けて駆け出す。

 一方で激烈なる力はそのユーフォリアの動きに気付いたのだろう、ソルラスカやタリア、ヤツィータよりもユーフォリアに一瞬注意を向け──

 

「行かせません! 喰らいなさい、『無限回廊』!!」

 

 そこに浴びせられたのは、激烈なる力の眼前にふわりと躍り出た、絶の神獣ナナシによる奇襲だった。

 巨体を包み込むように、空間が捻じ曲げられ、圧搾される。

 エターナルたるその存在を打ち滅ぼすには至らないまでも、その歩みを完全に止められた激烈なる力は、忌々しげに短く唸る。

 

「空からの贈り物よ! 受け取ってちょうだい! 『スターザッパー』!」

 

 その瞬間。激烈なる力の動きが止まった、そこを狙い済まして放たれたヤツィータの神剣魔法。

 練り上げられたヤツィータの赤マナによって激烈なる力の頭上に穿たれた次元の穴。そこから呼び寄せられ、撃ち降ろされるは煉獄の流星。

 対する激烈なる力は、自らに迫り来る『スターザッパー』を頭上に両手の爪を交差させて受け止める。

 その直後、激烈なる力を中心として頭上で大爆発が巻き起こり──本来であれば周囲に巻き散らされるはずの炎と衝撃波は急速に収束し、消滅する。赤と緑属性のプロテクションを併せ持つ激烈なる力のブロックスキル『激烈なる守り』によって効果を打ち消されたのだ。

 だが、ヤツィータにとってそれは慌てる現象ではなかった。

 彼女達とてただ漫然とエターナルミニオンと戦って居たわけではない。注視する余裕はなくとも、ユーフォリアや希美達の戦いの様子を見ていたのだ。

 それによって、絶対なる戒が青と黒のプロテクションを持っていることは認識しており、おのずと激烈なる力も何がしかの──少なくとも、その揮う力と同じ、赤のプロテクションは持っているであろうとは予測していたからだ。

 すなわち、今回の結果は、彼女にとって織り込み済みのものであり。

 

「ソル! タリア! 今よ!」

「応よ!! 出し惜しみなんてしねぇ……全力全開! 自慢の拳……受けやがれ!」

「嵐の如き疾風の牙、耐えれるかしら? どうだ!」

 

 ヤツィータの声に応え、『スターザッパー』を受け止めるために両手を上げたことによって、がら空きになった激烈なる力の懐へ飛び込むソルラスカ。

 繰り出されるのは彼の最強にして最大の連撃技。

 左右の拳に付けた鉤爪型永遠神剣『荒神』によるラッシュからの、下からアッパー気味に突き上げる三連撃『降天昇地無拍』。

 それに合わせて、挟み込むように背後からタリアが攻め寄せる。彼女が放つのは、自身の持つ薙刀型永遠神剣『疾風』を振りかぶり、頭上にて回転させながら刀身にマナを凝縮させ、それを敵へと叩きつける『ヘイルストーム』。

 

「ルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 対する激烈なる力は、ソルラスカとタリアによる猛攻を受けながらも自分を中心として『炎熱の咆哮』を発する。

 それによって巻き起こされた爆発と火炎は、激烈なる力自身をも巻き込みながらもソルラスカとタリアにダメージを与え、吹き飛ばした。

 

「ルゥオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 そして再び、激烈なる力の咆哮が木霊する。

 

 

               ◇◆◇

 

 

 倒れたカティマとルプトナを庇うように絶対なる戒と対峙する希美。その彼女に向けて掲げられた絶対なる戒の頭部の閉じられた瞳が開かんとした、その時であった。

 

「『ルインドユニバース』!!」

 

 希美の横を疾風が駆け抜け、絶対なる戒へと突貫する。

 ユーフォリアによる、板状の剣となった『悠久』に乗て突撃する攻撃。だがそれは、絶対なる戒が張ったブロックに受け止められ、勢いを止められる。

 しかしその場──絶対なる戒の眼前に降り立ったユーフォリアは、『悠久』の形状を元に戻すとその先に光の刃を形成し、大きく振りかぶった。

 

「ゆーくん、力を貸して! 『プチニティリムーバー』!」

 

 絶対なる戒の頭部目掛けて振り下ろされた一撃は、されど咄嗟に折れた氷剣で受け止められるが、ユーフォリアはそれに構わず、叩きつけるように連続で攻撃を加える。

 勢いに押されてか、じりじりと後退する絶対なる戒。ユーフォリアは更に追撃を加えようと再度『悠久』を大きく振りかぶり──そこに合わせて絶対なる戒が右腕の氷剣を横薙ぎにした。

 ユーフォリアは振り上げた『悠久』を咄嗟に縦に構えて受けると、それと同時にオーラフォトンバリアを張り、絶対なる戒の攻撃を防ぎきる。だが、絶対なる戒の巨体に見合った力で振りぬかれた攻撃は、それを受け止めたユーフォリアを希美たちの側へと吹き飛ばすように押し戻していた。

 彼我の距離が開いたその瞬間。

 絶対なる戒はそれをチャンスと見たか、その左手に持った己が頭部をユーフォリア達に向けて掲げる。

 閉じられた瞳が開き、発せられるは『邪眼』の“力”。それは、周囲の空間を揺さぶり、「逆らおうとする思い」ごと粉砕するという、肉体と精神の両方へと同時に攻撃を加える、理法を統べる“力”。

 だが、それに対してユーフォリアは退かず、負けじと、己がマナを解放する。

 『邪眼』によって振動と炸裂を繰り返し、衝撃を撒き散らし始めた空間の中、彼女の背後に顕現する、絡み合う青と白の二頭の龍。

 

「塵は塵に、灰は灰に……声は事象の地平に消えて!」

 

 ユーフォリアの神獣『青の存在、光の求め』から撃ち放たれるは、あらゆる(マナ)(ゼロ)に帰す、双龍の吐息(ブレス)──!

 

「『ダストトゥダスト』!!」

 

 放たれた双龍のブレスは『邪眼』の効果そのものを打ち消し、さらには絶対なる戒をも飲み込み、その身に宿すマナを多量に消滅させる。

 だが、『邪眼』の発動の方が一歩早かったからであろう。ユーフォリアの至近の空間が炸裂し、彼女の身体を衝撃が襲った。

 それによって思わず片膝をつくユーフォリア。不幸中の幸いと言うべきか、効果は不完全であったのだろう、戦う意志は折れてはいない。だが、激戦の中で刃を振るい続けた身体は満身創痍。そこに一度膝を着いてしまったがゆえに、蓄積された疲労と痛みが一気に噴出して、立ち上がろうにも身体が上手く動いてくれない。

 

 ──お願い、動いて……!

 

 『ダストトゥダスト』によって、絶対なる戒が護りに使うマナを失い、己の能力が上がっている今、この瞬間が勝負を決める最大の好機。それを理解しているからこそ、ユーフォリアは動かない身体を無理矢理動かし、『マナリンク』を利用して周囲のマナをかき集め、その場に何とか立ち上がる。

 身体の底の底から、力を絞り出し──ふらり、と、その身が揺れた。けど、倒れるわけには行かない。

 『悠久』で身体を支え、倒れるのを凌いだユーフォリア。だが、一瞬膝から力抜け、かくりと、再び倒れそうになり……後ろから優しく、抱き締められるように支えられた。

 首だけで振り向いた彼女の耳に届いたのは、「任せて」と言う、希美の言葉。

 

「月光の輝きがみんなを癒してくれる……月光よ、希望の道を照らせ!」

 

 その祈りは、傷つきし仲間を癒す光。全てを癒す清浄なる慈愛の光。

 放たれた癒しの風は戦場を包み込み、その場で倒れ伏す仲間を、戦い続ける皆を、そして、自身の腕の中に居る、小さくて、けどとても強い少女の傷を癒していく。

 希美の想いが、願いが、心が篭められた完全回復スキル『ウィッシュプライヤー』。

 それはユーフォリアが最後の力を振り絞るための後押し。

 

「……ありがとうございます、希美ちゃん……もう、大丈夫です!」

「うん……ごめんね、あと、お願いね」

「っ……はい!!」

 

 希美自身、既に限界であったのだろう。『ウィッシュプライヤー』の効果が消えると同時に、希美はその場にガクリと崩れ落ちた。辛うじて意識は有るものの、動く事は出来そうも無く、後をユーフォリアに託す言葉を途切れ途切れに紡ぎ出すのが精一杯だった。だが無理もあるまい。カティマ、ルプトナと三人掛かりであったとはいえ、永遠存在ならぬ身でありながら、エターナルと激闘を演じていたのだから。

 だから、その想いに、助力に報いるためにも、そして激烈なる力と未だ死闘を続ける皆の為にも……そして、自分を、自分達を信じてこの場を任せてくれた、大好きなあの人の為にも、

 

「原初より終焉まで……悠久の時の全てを貫きます!!」

 

 濃密に練り上げられたマナに想いを乗せ、『悠久』と一つになって、ユーフォリアはただ敵を撃ち貫く“力”となる──!

 

「ドゥーム……ジャッジメントォォーーーーッ!!!」

 

 繰り出される全身全霊を篭めた一撃。

 その瞬間、ユーフォリアの姿は一筋の閃光と化した。

 原初より、終焉まで。次元を踏破する、避けること叶わぬその一撃は、絶対なる戒の頭部……その瞳と一体化した永遠神剣『戒め』を打ち砕き、そのまま勢いを衰えさせる事なく激烈なる力へと迫る。

 ソルラスカ達へ止めを刺そうとマナを練り上げていた激烈なる力は、迫るユーフォリアに気付き、攻撃のためのマナを防御へ注ぎ込む。

 両手の爪を交差させ、マナの障壁を張り巡らせてユーフォリアの突撃を受け止める激烈なる力。だが、拮抗したのは一瞬だった。

 

「お願い、ゆーくん! 力を貸して! 全速前進、突っ切れえええええええええ!!!」

 

 吼える声に応えて膨れ上がるマナ。

 そして次の瞬間、何かが砕ける音に続き、閃光が激烈なる力を撃ち貫く。

 正に力を振り絞った一撃だった。

 最早まともに着地する事も出来ないほどに消耗したユーフォリアは、その身を投げ出すように地上に落ちると、慣性に任せるままに二回、三回と転がり、その動きが漸く止まり、ユーフォリアが軋む身体に鞭打ち、なけなしの力を振り絞って敵の方向を見れば、そこには己の頭部──神剣を失った絶対なる戒と、両腕を粉砕され、その胸に風穴を開けた激烈なる力がマナへと還っていく姿があった。

 その光景に、漸く勝てたという実感が湧いてきたユーフォリア。良かったと安堵し、気を抜いてしまったからであろうか。急速に己の意識が遠くなっていくのを感じ──されどそれに抗う事もできず、彼女の意識はそこで落ちた。

 

 ──ちょっと休んだら、すぐに行きますから……待っててください……ね。

 

 今もなお、深奥へ向けて進んでいるであろう彼を想いつつ。

 

 

               ◇◆◇

 

 

 横薙ぎに振るわれる白雪の刀身。それを軽く跳んで躱した鈴鳴はルゥに向かって蹴りを放つ。

 対するルゥは剣を振るった勢いのままに小さく回転してそれを躱しつつ、袈裟懸けに斬り下ろす。

 既に着地していた鈴鳴は、斜め前方へ踏み込んでルゥの斬撃を避け、剣を降り下ろした直後のルゥへ、下から掬い上げるように『空隙』を一閃。ルゥはそれを、受けた衝撃を自身の攻撃力へと転換する『レゾリュートブロック』を張りつつスウェーして避け、返す刃で斬りかかろうとしていた鈴鳴に向け、大気中の水分を凍らせた氷柱を打ち出す『フリーズアキューター』にて牽制、後方に跳んで距離をあけた。

 一進一退の攻防は続く。

 鈴鳴が『空隙』で眼前の空間を薙ぎ払うと、その剣閃に沿って空間を裂く斬撃がルゥを襲う。

 ルゥはそれを『雪華』の一閃で迎撃すると、同時に刀身に纏わせた凍気を撃ち出し鈴鳴を攻撃すると、鈴鳴もまたマナの弾丸を発して迎撃する。

 再度互いに詰め寄る二人。

 振るわれる『雪華』と『空隙』は二度、三度と火花を散らし、剣戟の音色を奏でて舞い踊る。

 

「光よ、降り注げ!」

「凍てつけ! 『メガバニッシャー』!!」

 

 刃と刃が交差し、弾かれるように僅かに開いた距離。そのタイミングで同時に発せられた声に応え、降り来る閃光の雨と、それを相殺する冷気の爆裂が巻き起こった。

 まき散らされたマナが渦巻き、大気を揺さぶり、場を濃密に染め上げる。

 睨み合いは一瞬。

 再び同時に地を蹴ったルゥと鈴鳴。繰り出された剣閃は互いの眼前で交差し、鍔迫り合った。

 身の丈程もあろうかと言う大剣と普通の長剣の鍔迫り合い。普通に見れば異常な光景。されどこれが神剣の戦いだと言わんばかりの光景。

 

「ふふっ、成り立てのエターナルでありながらここまでの力……正直驚きました」

 

 交差する刃越しに視線を合わせ、楽しそうな笑みを浮かべて言う鈴鳴。

 一方のルゥはそれほどの余裕も無く、喰らい付くので精一杯と言った様子であったが。

 

「……では……これは、どうですか?」

 

 そう言い放ち、鈴鳴は軽く後ろに跳んでルゥと距離を開けると、彼女へ向けてマナの弾丸を放って牽制してから、おもむろに右手に持った『空隙』を上空へ投擲した。

 予想だにしなかったその行動に、警戒しつつも訝しげな表情を浮かべたルゥだったが、次の瞬間、自分の頭上に突如現れた圧倒的な気配に思わず顔を振り上げ──

 

「なっ……!」

 

 視界に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 そこに見えたのは、巨大な剣の切先。

 それは最早“壁”と言ってもいいほどに、巨大な、されど彼女にとって忘れる事などできない巨剣(モノ)

 かつて──『煌玉の世界』や『精霊の世界』に突き立っていた時ほどの大きさではないものの、それでも尋常ではない大きさになった『空隙』が降り来る。

 避ける時間は……無い。

 眼前の鈴鳴は「さあ、どうしますか?」と言うような表情を浮かべている。

 これまででであれば、絶望に膝をつくのが当然の状況。だが、ルゥの中には“諦める”と言う選択肢など存在しなかった。

 当然だ。ここに居るのは自分だけではない。そしてここで戦っているのも、自分だけではないのだ。諦めるなどあっていいはずが無い。

 

「『雪華』、力を!」

 

 ルゥが白雪の大剣にマナを注ぎ込むと、『雪華』はその声に応え、己に送られたマナを濃密に凝縮する。

 迫り来る大剣。それに向かってルゥは剣を振り上げ、叫んだ。

 

「白の世界に呑まれ、果て無き凍土に消えろ! 『アブソリュートゼロ』!!」

 

 氷結のオーラフォトンが炸裂する。

 それはルゥを中心にドーム状に広がり、巨剣が触れた瞬間そこを基点に急速に凍りつかせ、砕いていく。

 巨剣は崩れる側からマナの霧と化していくが、剣の質量は膨大であった。完全に崩れさるよりも早くそれは大地へと激突し、破壊と衝撃を撒き散らした。

 

「…………ぅ……くっ……」

 

 凍った大剣が激突し、崩れた事によって舞い上がった氷塵と砂塵の中、爆心地の直近に居たが為にその衝撃をまともに受けたルゥは、吹き飛ばされ、倒れ伏していた。

 それでもなお彼女が生きているのは、偏に自らが放った『アブソリュートゼロ』によって大剣を凍結、そして瓦解寸前まで持ち込めていたからに他ならないだろう。

 そんなルゥを離れた場所から驚いた表情で見下ろし、鈴鳴は小さく息を吐く。

 

 ──流石に、これで終わりでしょうね。

 

 鈴鳴の胸中に過ぎるのはそんな想い。

 とは言え、今は決して落胆しているわけでも、ルゥの事を見下しているわけでもない。むしろその逆……彼女は“安心”していた。そう、これだけの力があるならば──と。

 ただ、惜しむらくはその力を見ることが出来たのがルゥだけであったことか。そう思ったところで、違うか、と、小さく頭を振る。

 ミゥ達とて、永遠存在に在らぬ身としては良く戦った方だろう。そう思いなおし──気配(・・)を感じた。

 そしてその気配へと視線を向けた先で、彼女は己の考えの浅はかさを知った。

 神剣を支えに立ち上がった、白の巫女(ミゥ)

 彼女はふらつきながらも倒れ伏したルゥの下へと歩み寄り、その側に座りこんでそっとルゥの手を取る。

 

「……ルゥ……ごめん、ね。それと、ありがとう……私も頑張るから」

 

 そして、ミゥに続くように、ゼゥが、ポゥが、ワゥが──ルゥの周りに集り、ルゥの手を取ったミゥの手に手を重ね、声を掛けていく。

 

「ルゥ姉様……」

「私達では、彼女に届かないかもしれない……けど……」

「ボク達も、一緒に、戦うから」

 

 その光景に、鈴鳴は思う。

 あの姉妹が、ただ一人を戦わせて良しとするわけがないであろう、と。

 一人が立ち上がり、自分に再び挑んできたのだ。他の四人が立ち上がらぬはずがないだろう、と。

 だから、彼女はその光景を見守る。そう、眩しいものをみるように。愛おしいものを見守るように。

 そんな中、ルゥはその四人に応えるようにその目を開き、握られた手に力を篭めた。

 その意志は、未だ折れず。

 そして、祝詞(ことのは)は紡がれる。

 

「晴天みたす輝きよ、大いなる白き乙女よ──

「漆黒の瞬く星よ、大いなる黒き乙女よ──

「天地を繋ぐ大樹よ、大いなる緑の乙女よ──

「万物を喰らう赤き舌よ、大いなる緋の乙女よ──

 

 ────照覧あれ」

 

 クリスト族に備わる『同調』と言う能力。

 それによって極限にまで高められた親和性は、四人の姉妹達がかき集め、振り絞り、ミゥの『マナリンク』を利用して流し込まれた各々の性質の違うマナを、違和感なくルゥのものとしてその身に取り込ませ、もう一度だけ立ち上がる力を与えてくれる。

 ルゥはふら付きながらもその場に立ち上がると、腰だめに『雪華』を構えた。

 

 ──『雪華』、もう一度、だけ、力を──。

 

 最早声を出す力も無い。けど、前に進む力なら、今、もらった──!

 鈴鳴に向けて踏み込む一歩は、一見すれば頼りないものであったかもしれない。けれどルゥにとって……否、その場に居る全ての者にとっては、天翔ける精霊の如く、強く、気高き一歩。

 対する鈴鳴もまた、そのルゥの──否、クリストの巫女達の想いに応えるように、確りとルゥを見据え、『空隙』を携えてルゥへ向けて足を踏み込んだ。

 その心を占めるのは、これほどの“輝き”に応えずして何が鈴鳴(わたし)か、と言う、唯一つの“喜び”。

 自分に対してこれほどの想いを篭めて向かってきてくれる「彼女達」に対する、愛おしさと、感謝と。

 だから彼女もまた己の全てをこの一撃に篭め、この一太刀の勝負に、これまでの経過も、過程も、何もかもを預け、ただ挑む。

 

 奇しくも、一方ではユーフォリアの勝負を決める一撃(ドゥームジャッジメント)が放たれたその時と同じくして──全身全霊を剣に篭めた、二つの影が交差する。


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