永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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105.祝い、詞う。

「くおおおおぉぉぉぉぉぉん」

 

 出発を告げるものべーの声が響き渡り、環さんや時深さん、綺羅を始めとした『出雲』の巫女達のほか、椿先生や森、阿川以下学園の生徒達の見送りを受け、ものべーはその身を静かに飛翔させていく。

 フィアやアネリスと屋上から世界が小さくなっていく様を見ていると、先程──あの円陣の後──に交わした、見送りに来てくれていた皆との別れの一幕が不意に蘇った。

 

 

 

 

 ──俺の目の前に立った綺羅は、祈る様にその両手を胸の前で握り締めて言葉を紡ぐ。

 

「祐様……どうかご無事でお戻りください」

「ん、ありがとう。強力な御守りもあるからな、大丈夫さ」

 

 彼女達にもらったお守りを見せつつ返事をし、心配してくれることが嬉しくて、その頭を撫でてやるとくすぐったそうに目を細め、けれどその尻尾はパタパタと揺れる綺羅。

 彼女のこの仕草は何度見ても可愛いものだ。……犬っ()恐るべし。

 

「……なあ綺羅」

「……はい、なんでしょうか?」

「…………行く前に尻尾触っていい?」

「駄目です」

 

 試しに言ってみたけど、やっぱり駄目だった。つい「残念」と言葉に出てしまい、一方でそれを聞いた綺羅は何事か少し考えた後「でも……」と言いつつ、撫でていた俺の手をとって、両手できゅっと握ってくる。

 

「ちゃんと無事に帰って来てくれましたら、特別に触ってもいいですよ」

「よっし、俄然やる気が出てきた」

 

 そう言って互いに顔を見合わせ、同時に小さく笑い合う。

 そんな彼女をもう一度撫でてから離れると、綺羅と入れ替わる様に時深さんが進み出て、ひたと俺を見つめてきた。

 表面上はもう大分調子も戻っているようだけど、矢張りその目の奥には隠しきれない疲労が見て取れる。

 ……いや、テムオリン達との戦いからまだ四日だというのに、表面上だけとは言え調子を戻す辺り、流石と言えようか。

 

「祐さん……ご武運をお祈りしています」

「有難うございます。時深さんに祈ってもらえるなら、負けるはずなんてないですね」

 

 俺の返しに彼女は「もうっ」と小さく笑みを浮かべ、次いでその視線を俺の隣に居たユーフィーへと向けた。

 

「ユーフォリア……これから貴女が向かう戦いは、恐らくこれまで経験した中でも最も激しいものとなるでしょう。ですが、例え何が起ころうとも、最後まで決して諦めてはいけません。諦めず、最後の最後まで最善を尽くして足掻き続けなさい。そうすればきっと、より良い未来を掴み取れるはずです。……これは未来予知ではありません。けれど、そう、先達からのアドバイスだと思って、心に留めておいてくれたら嬉しいですね」

 

 ユーフィーは時深さんの言葉を確りと心に刻み付けるように視線を合わせ、「はいっ!」と力強く頷いて、そんなユーフィーの様子に時深さんは優しげな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 空の色が次第に澄んだ青から群青へと変わり始めた。

 そろそろ中に入るか。

 永峰の話では、座標から計算するに到着まで三日は掛かるらしい。と言うのも、ナルカナによれば恐らく『根源区域』に近づくほどに次元振動が激しくなるため、次元跳躍──所謂ワープだ──で近づくにも限度があるから、だそうで。

 つまり、次元振動で空間が物凄く不安定になっているところにワープなんぞしたら、何が起こるかわからん、と言う事だ。

 そのため次元跳躍で行くのはこの世界を出た直後の一度のみ。その一度で行ける所まで一気に行って、後は通常航行でものべーに頑張ってもらうって方針である。

 そんな事を考えながら屋上から降り、生徒会室へと向かう。

 その道中、角を曲がったところで誰かにぶつかった。

 

「きゃっ!」

「おっと」

 

 倒れそうになった相手を咄嗟に抱きとめて「ごめん、大丈夫か?」と声を掛け、視線を向けると──どうやら永峰だったらしく、同じタイミングでこちらに顔を向けた彼女と至近距離で目が合った。

 

「永峰だったか。……昨日に続いて悪いな」

 

 昨日の午前中、ユーフィーとの話の後にもこんな状況になったなぁ、なんて思いつつ声を掛けるも、反応が無い。

 どうした? と思ったその直後、目に見えて解るぐらいに一気に真っ赤になる永峰の顔。……何があった……って考えるまでもなく、“あの時”のことのせいですね。

 

「せ、せせ、せせせんぱい!?」

「おう。まぁ落ち着け」

 

 よく噛まないなぁなんて場違いな事を考えながら声を掛けても、変わらずあわあわとしている永峰。

 

「とりあえず、離してあげたらどうですか?」

「……ああ、そうか」

 

 フィアに声を掛けられて現状に思い至り、腕の中から解放して立たせる。

 

「あの、その、えっと、ご、ごめんなさい!」

「って、おい、ちょっと待て!」

 

 その途端そんな事を言い放って駆け出そうとした彼女を、思わず手を掴んで引き止めてしまった。流石にこのままにしておくことも出来無いし……言うべきことは言っておくべきか。

 相変わらず落ち着かない様子の永峰に、「とりあえず深呼吸な」と促すと、素直に従ってすぅはぁと大きく深呼吸をする永峰。

 

「落ち着いたか?」

「は、はい」

 

 頷いた彼女へ「落ち着いたところで、言っておかないといけない事がある」と告げると、彼女は雰囲気を察したのか、表情を硬くした。

 俺から伝えるのは、当然の如くこの先(・・・)のことだ。

 

俺達(・・)は、『時間樹』での戦いが終わったら、神剣宇宙(このセカイ)を出て行く。多分……永い旅になるよ」

「……え?」

「だからって訳じゃないけど、さっきのは座標を受け渡すための“儀式”見たいなものだと……」

 

 そこまで言ったところで、永峰が下唇をかみ締めて、悲しそうな表情を浮かべたので、「まぁ、そうだよな」と苦笑が漏れる。

 

「あ、あの、先輩……“この世界”って、『時間樹』のことですよね……? そ、それなら、私も一緒に……!」

 

 恐らく勢いもあるのだろう、そんなことを口走る永峰。

 世刻はどうするんだと思う反面、そう言ってもらえるのが嬉しくもあり、何とも複雑な気分ではある。けど、そうもいかないのが実情と言うもので。

 

「ごめん、それは無理だ。少なくとも、今は」

 

 納得はいかないだろう。そう思いつつも告げた言葉に、永峰は案の定「どうしてですか!?」と勢い込んで訊いてくる。

 こうなった以上は、説明しないわけにはいかないだろう。

 覚悟を決めて、永峰に話していく。俺達が出て行くのは『時間樹』ではなく、その更に外──『神剣宇宙』であるということ。そして、“渡り”のこと。

 

「じゃ、じゃあ、皆、忘れちゃうって言うんですか……? 先輩のことも、ユーフィーのことも」

「ああ」

 

 永峰の眼が、驚愕に見開かれ、彼女は「そんな……」と小さく漏らした。

 

「……忘れない方法は、あるんですか?」

「俺達と同じか、それに近い存在になるしかない……」

 

 と、そこまで言ったところで、彼女が浮かべている表情に気づいて、仕方ないなと溜め息を吐いた。

 ──あの時……ルゥ達が浮かべていたのと、同じもの。

 

「……ないんだが、そうだな……ここでの一連の戦いが終わった後も、永峰が今と同じ気持ちだったら、その方法を探してみようか?」

 

 そう提案すると、永峰は一瞬驚いた表情を浮かべた後、直ぐに破顔し、「はいっ」と頷いた。

 実際にその時彼女がどう思っているかは解らないけどな。

 

 

……

………

 

 

『話したいことがある。今夜きみの部屋で、一人で待っていてくれないだろうか?』

 

 ルゥにそんな事を言われたのは、永峰と別れてから一度生徒会室へと顔を出した後。

 その夜、言われた様に一人で自室として使っている部屋に居ると、コンコンッとノックの音。

 

「はい」

「ルゥだ……入ってもいいかな?」

「ああ、どうぞ」

 

 「失礼する」と言いながら入ってきたルゥは、俺の前まで来るとどこか緊張した面持ちで、ひたと俺の目を見つめてくる。

 

「それで、話っていうのは?」

「うん……改めて私の……私達の想いを、きみに聞いてもらいたいんだ」

 

 そう言って、ルゥはいつか聞いた、彼女達の想いを、はっきりと俺に言い放った。

 

「私達は、これからもきみと共に行きたいと思っている。きみが許してくれるのなら、永久(とわ)に共に歩みたいと、そう願っている」

「けど……君たちには……」

「それでも、だよ、祐。それでもきみと共に在りたい。私達にとって、きみはそれほどまでに大きな存在になってしまったから」

 

 ──『彼』が居る。その言葉は俺の口から出る事は無く。けれど、彼女は俺が何を言いよどんだのか解ったのだろう、小さく頭を振って、それに答えた。

 

「……ありがとう、ルゥ。けど、解っているだろう? 今のまま(・・・・)じゃ無理だってこと」

 

 彼女の言葉は、彼女達の気持ちは、想いは、とても嬉しく、俺の心を暖かくする。だから──今度は俺が、それに応える番。

 出立前にユーフィーと交わしたやりとりを思い出し、ルゥに告げた言葉に「だから」と続けた。

 

「この戦いが終わって、落ち着いたら、捜さないか? 同じ道を歩み続ける方法を。『永遠者』になれ、なんてのは……割と残酷なことかもしれないけど。それでも、君達が良ければ」

「驚いた。きみがそんなことを言うなんて。……きみは、“渡り”に関してはどこか諦めている節があったから」

 

 俺の言葉を聞いて、ルゥは僅かに目を見開いたあと、直ぐに嬉しそうに微笑んだ。

 ルゥに言われて思い返せば、確かにとしか言えなくて。

 だから出発前にユーフィーと交わしたやりとりを掻い摘んで話すと、ルゥは「そうか」と頷いた。

 

「きみの心を動かす辺り、流石はユーフィーと言えばいいのだろうか。……少し悔しくもあるけれど、あの子には感謝しないといけないな」

 

 そう言ったルゥは、「しかし……」と小さく呟くと、困ったように苦笑を浮かべる。

 

「こうなってしまうと、折角決意を固めてきたのが空振りになってしまったか……」

 

 ぽつりと発せられた言葉に「どういうことだ?」と問いかけると、一瞬言葉に詰まったあと、「……実は、私達に関して言えば、“その方法”はもう解っている」と、頬を朱に染めて見上げてくるルゥ。

 

「あの時……きみに『エターナル』の事を聞いたあの日、屋上に私達とアネリスだけが残ったのを覚えているかな? あの時彼女に言われたんだ。『もしもこの先──ぬしらが祐と共に歩みたいと本当に願うのならば、妾はその道を示してやろう』と」

「アネリスが……? ……ったく、あいつ……」

 

 ルゥの口から出た意外な名前。

 ……そうか、あの時残って何の話をしていたのかと思えば、そんな事を言っていたのか。

 

「彼女が示した方法は二つ。一つはどこかで三位以上の神剣を得て、きみと同じように『エターナル』となること。そしてもう一つは……きみと深い繋がりを持って、『準エターナル』となること」

 

 ルゥはそう言うと、一歩俺に近づいて、言葉を続ける。

 

「きみなら知っているだろうが、『準エターナル』になるには、二つの方法があるそうだ。一つは上位神剣の“欠片”をその身に宿す事。聞いた話では、『出雲』の環や綺羅はこちらだそうだな。そしてもう一つは──エターナルと、深く繋がること。肉体的に、と言う意味じゃない。存在として、深く、強く繋がることだそうだ。……幸いにも、私達には『同調』と呼ばれる手段があった。他者と記憶や経験を共有し、深く繋がれる方法が」

 

 一歩、また一歩。

 言葉を発しながら、ゆっくりと近づいて来た彼女は、触れるほどに近く、俺の顔を見上げて、そっと俺の手を取る。

 暖かな、彼女の手。

 自分の体温と、思考と、想いが、熱を帯びるのが、確かに感じられた。

 

「以前、ミゥが言ったことを覚えているだろうか。……クリスト族が、それ以外の者と『同調』を行う手段……」

「……ルゥ……」

「私は今日、きみにそれ(・・)を求めようと思っていた。そうしてきみとの繋がりをもらって……言い方は悪いかもしれないが、既成事実を作って、共に歩む気持ちを固めてもらおうと思ったんだ」

 

 「とは言え、そんな理由できみを求めるのは、余りにも失礼だったと思う。……すまない」と謝ったルゥに、気にするなと応えると、彼女は「ありがとう」と淡く笑う。

 そして彼女は俺の手を握ったまま、一度目を閉じ、小さく息を吐いて、決意を固めるように頷いた。

 

「祐。……私は、きみを愛している」

 

 

◇◆◇

 

 

「ねえ、ミゥ。貴女達は青道君を独り占めしたいとかって思わないの?」

 

 祐がルゥと話をしている、丁度その時。ある部屋では、女性陣が集まって話に花を咲かせていた。

 そんな折、ふと思い立った様に訊ねられた沙月の疑問。

 問われたミゥは少しだけ困ったような顔をしたあと、それに答えるために口を開く。

 

「もちろん思いますよ? 思わないわけが無いです。けど……それ以上に“怖い”んです」

 

 出てきたのは思わぬ言葉。“怖い”。一体何が怖いのだろうか。姉妹の確執? 他の誰かに独り占めされてしまうこと? 色々な考えが浮かぶが、そのどれもが違うと、そう思った沙月は、「怖いって?」とその言葉の意味を問う。

 そして、返って来たミゥの言葉に、小さく息を呑んだ。

 

「はい。……大切な人を、失う事が」

「で、ですが、別に祐が死んでしまうという事はないでしょう? もう二度と会えなくなるというわけでも……」

 

 一瞬訪れた沈黙。それを振り払うように、話を聞いていたカティマが声を掛ける。が、その言葉に対してミゥ達が返した反応は、先程よりも更に重い沈黙であった。

 

「って、ち、ちょっと待って! まさ本当に!?」

「ウソ!? だってそんなそぶり、全然無いよ!?」

「……っ」

 

 その沈黙を先のカティマの言葉を肯定するものだと判断してしまった沙月とルプトナが驚愕の声を上げ、日中にその言葉の真意を、他ならぬ祐から聞いていた希美は、一人息を呑む。

 そんな彼女達をヤツィータが「少し落ち着きなさい」と(たしな)め、先の沈黙の真意を問おうとした、その矢先。

 

「ふむ……なるほどな。確かに以前祐に聞いた話からすれば、『会えなくなる』と言うのは間違っておらぬか。……むしろ『思い出』に残る分、そちらの方がマシ、か」

「っ! ……ナーヤさん、知って……いるんですか?」

 

 告げられたナーヤの言葉に、恐る恐る、といった様相で問いかけるポゥ。

 そんな彼女へ、ナーヤは一言「うむ」と返す。そうなると次に上がるのは当然の如く、事情を飲み込めない者達からの疑問の声であるのは明白であった。

 

「ナーヤ、どう言う事?」

 

 意見を代表するように口に出された沙月の問い。

 それに対してナーヤは、しばし考えたあと、一度頷く。

 

「……まぁ良いじゃろ。祐には必要と有れば話しても構わぬと言われておるしな。……ミゥ達も良いな?」

 

 ナーヤの言葉にミゥ達が頷いたのを確認し、彼女は沙月達へと語り出す。永遠者(エターナル)と言う、時間の流れからも逸脱した存在の事を。

 

 

……

………

 

 

 短くも、果てしなく重い、以前に祐から聞いた話。それを話し終えたナーヤは、胸の内に溜まった澱を吐き出す様に、一度深く息を吐く。

 

「そんな……」

「じゃ、じゃあ近いうちに、ユウの事もユーフィーの事も忘れちゃうの!?」

「あやつ等の言う事を信じるのなら、な」

「……信じたくは無い……ですね」

 

 信じたくは無い。そのカティマの言葉が、その場に居る全員の想いを代弁していた。けれど、彼女達の脳裏に浮かぶは、かつて──ナーヤがその話を聞いた日、あの屋上で見た、取り乱したユーフォリアの姿。それは如実に、その話が真実であると……信じたくなくとも、信じずとも、いずれ訪れる未来なのだろうと言う事を知らしめていた。

 そして彼女達は思い至ってしまった。世刻望もまた、その永遠者になる可能性を多分に秘めているのだということを。その事実に気付き、身体を震わせた。もしも──彼が、ナルカナと契約したら──その、可能性に。

 

「……私達はあの日、アネリスさんにそれを回避する方法を教えてもらいました」

 

 再び訪れた重苦しい沈黙を破り、ミゥがポツリと呟く。

 その言葉に「どんな方法!?」と勢い込んで訊ねる沙月だったが、ミゥ達が酷く──そう、言うなれば申し訳無さそうな、と言う雰囲気がぴったりだろうか。表情を曇らせて居る事に気付いた。

 ミゥは言う。その方法はただ二つ。一つは彼等と同じ存在……エターナルとなること。そしてもう一つは、それに最も近しい存在……準エターナルとなることだと。

 

「準エターナル……」

「はい。準エターナルになるには、二つの方法があるそうです。一つは上位神剣の“欠片”をその身に宿すこと。『出雲』の環さんや綺羅さんは『叢雲』の欠片を宿す準エターナルだそうです。そしてもう一つは、エターナルと肉体や精神を越えて、存在として深く“繋がる”こと。……本来であればそのどれもが難しい条件です。ですが、幸いにも私達クリスト族には“同調”と呼ばれる能力がありました。相手と心を一つにし、深く繋がるための能力」

 

 そこまで言った所で、話を聞いていたナーヤが「む?」と難しい顔をしつつ一つ唸る。それに気付いたミゥが「どうしました?」と訊ねる。

 

「いや……その“同調”とやらは、クリスト族以外にも使えるのか?」

 

 ナーヤの問いにミゥは頭を振ると、「通常であれば無理です」と答えた。

 

「……ふむ、通常であればと付けると言う事は、方法は有ると言う事か」

「はい。クリスト族以外の人と“同調”するためには、その相手と……その……肉体的に繋がる必要があるん、です」

 

 流石に恥ずかしかったか、照れたように頬を赤らめて言うミゥに、聞いてた面々も「……そう言う方法ね」と少々気まずい雰囲気に。

 そんな中ヤツィータが「なるほどね」と、得心が言ったと言う様に声を上げた。

 

「だから『独り占めはしたい、けど、失うよりはいい』って答え……か」

「……ええ。大切な人を失う辛さは……よく知っているもの……。それ以上に、このままだとその『辛さ』すら『無かった事』になってしまう。そんなのは……絶対に嫌……っ」

 

 振り絞るように紡がれたゼゥの言葉は、クリストの巫女達全員の想いを代弁する叫びだった。

 一度経験した『大切な者を失う辛さ』。それを再び経験するのであればまだマシなのだと、それ以上に、そんな『辛さ』を感じる事無くこの先を過ごす事を考えると寒気すら感じると、彼女達は言う。

 だからこそ、彼女達は“覚悟”を決めたのだ、と。

 もう幾度目になるだろうか、周囲を沈黙が包んだ。

 皆の胸に去来するは、青道祐が、ユーフォリアが、辿り、歩む運命か。世刻望が選び、進むやも知れぬ運命か。

 ……そんな中、誰かが言った。ならばやる事は一つだと。

 先程聞いた話では、幸いにも……と言うべきか、少なくともこの時間樹から出なければ“渡り”は起こらず、彼等の存在が『無かった事』になる事は無いと言う。

 だから、この戦いを全員無事に乗り切って、『出雲』の人たちに協力をお願いしてでも、大切な仲間のことを忘れない方法を探そう、と。

 ……誰しもが、心のどこかで解っていたのかもしれない。それはきっと広大な砂漠の中から針を探すようなものなのだと言う事を。不可能に近い奇跡の様なものなのだと。それでも──。

 

 

 

「……そっか、私……」

 

 そんな彼女達の中で、希美は一人、それ(・・)に気付き、小さく呟く。

 日中に祐に話を聞いてから、“その方法”を捜そうと思っていた。……だと言うのに、ここに至るまで「望が永遠者になる可能性」に思い至っていなかった事実に。

 そして今一度考える。もしも自分が、その存在に至る可能性があったとして──自分は、どちらのためにそれに成りたいと思っているのか、を。

 今、彼女の胸に浮かぶのは。

 

 

◇◆◇

 

 

──海原に注ぐ大河よ、大いなる青き乙女よ照覧あれ。

 

 水面に浮かぶ泡沫なる我ら。

 揺れて流れて弾けて消える。

 

 我と汝は、交わる河。

 我は汝と共に流れ、汝は我と共に注ぐ。

 名付けて曰く、命──


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