永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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104.其の想い、聖なるかな。

 ユーフィーとの話を終えて皆のところへ戻ろうと、庭から廊下に上がったところで永峰と鉢合わせた。

 角を曲がってきた彼女とぶつかり、倒れそうになったところを咄嗟に抱きとめて大丈夫か? と問うと、ありがとうございます、と返って来る。

 

「で、そんな急いでどうしたんだ?」

「あ、はい、望ちゃんを捜して……たんです、けど、その……先輩?」

 

 何となく様子の可笑しい永峰に「どうした?」と言うと、なんとも言い辛そうに口ごもる……と思ったら、後ろから「むー」っって言うユーフィーの声が聞こえた。

 首を後ろに向ければ、 怒ったような、呆れたような、拗ねたような、なんとも複雑な表情のユーフィー。

 

「……もう、祐兄さん、いつまでそうしてるんですか?」

 

 と、ユーフィーに言われ、ああそう言えばと腕の中の永峰を解放する。少し名残惜しいが仕方ない。

 

「あーっと……すまん」

「いえ、えっと、気にしないでださい」

 

 あはは、と笑って言う永峰。

 そんな彼女へもう一度先と同じ質問をすれば、どうやら世刻を捜していたらしい。

 そういえば見て無いなーなんて思い、ユーフィーに視線を向けると彼女も頭を振る。

 

「そうですか……」

 

 ちょっとしょんぼりしながら言う永峰の頭を、こう、思わずわしゃわしゃと撫でながら「がんばれ」と。何となく小動物的なというか、仔犬のようなというかの影が重なった……と言うのは黙っておこう。

 

「わぷっ……もう……えっと、ありがとうございます……そうですよね、がんばらないと!」

 

 この娘もつい構いたくなるタイプの娘だよなーなんて思いつつ、むんっと意気込む永峰の、少し乱れた髪を──俺が乱したんだが──梳いて整えてやる。

 そんな折、不意にユーフィーが空いた俺の左手を取ってきたので視線を向けると、じーっと上目遣いで見つめてきた。

 ……はいはい。

 如実に「あたしも!」と言っている視線にしょうがないなと思う反面、そんな仕草がなんとも可愛く思えて、ユーフィーの頭もぽんぽんっと撫でてやると、えへっと笑顔の花が咲いた。

 

「……先輩って、頭を撫でるの好きですよね?」

 

 そんな俺達の様子にぽつりと呟く永峰。

 そんな事は無い……って言おうかと思ったけれど、自分の現状を鑑みて口を噤む。けど特別好きって訳じゃないぞ。嫌いじゃないけど。

 

「……って、こんなことしてる場合じゃないだろ」

「あ」

 

 じゃあ行きますね、と言う永峰にもう一度「がんばれよー」と声を掛け、

 

「まぁ、ダメだったらダメだったで、それはそれで楽しみにしてるからなー」

「っ! もう、先輩のばか!」

 

 頬を赤くしながら世刻を捜しに言った永峰を見送りつつ「希美ちゃん、どうしたんですか?」と訊いてきたユーフィーに、昨日の──俺から座標を渡しておらず、世刻から貰うように頑張れとけしかけた──ことを説明しながら、俺達もその場を後にした。

 

 

……

………

 

 

 フィアとナナシ、レーメ、それにアネリスへ、事が終わった後、ユーフィーも一緒についてくるって事を告げた後──その時側で話を聞いてたミゥ達の様子に、ただならぬものを感じたけれど──「少しは妾にも付き合え」と言うアネリスに連れられて、『出雲』の中を見学するように散歩する。

 道中今後の事を少し話しつつ、ふとどこかの通路に差し掛かったときだ。

 長い廊下の向こうに時深さんと綺羅を見つけた。

 向こうもこちらに気付いたらしく、時深さんが手を振って、綺羅と一緒に小走りで駆け寄ってきた。

 

「どうしました?」

 

 慌てた様子では無いので緊急事態では無いだろうと思いつつ声を掛ければ「渡したいものがありまして」とのこと。

 何だろうと思う俺に対して、時深さんは隣に立つ綺羅を「さあ」と促す。

 その綺羅といえば、時深さんに背中を押されて俺の前に出てくると、おずおずとその手に持ったものを差し出してきた。

 藍色の、口を紐で閉じた小さな袋。

 

「……お守り?」

「はい。時深様と一緒に作りました。……その、祐様が無事にお帰りになりますように、と」

 

 「受け取っていただけますか?」と小首を傾げる綺羅。

 思わず頬が緩むのが解る。何よりもその気持ちが嬉しかったから。

 「ユウは果報者よな」なんてアネリスの言葉に「全くだな」と頷きつつ、綺羅には当然のこと「喜んで」と受け取って彼女の頭を撫でると、パタパタと尻尾が揺れた。

 

「綺羅、それに時深さんも、ありがとう」

「いえ……私達にはこんなことぐらいしか、して差し上げられませんから」

 

 なんて事を本当に申し訳無さそうに言う時深さん。そんな彼女へ「そんなことないです」と言うと、えっと驚いた顔をされた。

 

「少なくとも、俺は今二人にとても大きな力をもらいました。それに……」

「それに?」

「ここには今学園の皆が逗留してて、そんな中で俺が……俺達が、後ろを気にする事無く戦いにいけるのは、ここに時深さん、貴女が居てくれるからですよ」

 

 だから、『こんなこと』なんて言わないでくださいと、思いの丈をしっかりと伝わるように、正面から瞳を見据えて言葉を掛ける。と、「ぁ……ぅ、その、ありがとうございます……」と小さく返された。

 礼を言うのはこっちなんだけどな、なんて苦笑しつつ、二人にお守りの礼を言って──その時、その瞬間、『世界』が震えた。

 普段であれば、ただの地震と片付ける、そんな程度の“揺れ”。

 

「っ!」

 

 けれど俺達は顔を見合わせ、同時に駆け出す。

 少なくとも俺には確信があるし、きっと他の皆も、このタイミングで起こった地震にすぐに違和感を感じるはず。そう──今もなお揺れ続ける、この長い異様な“揺れ”に。

 向かうは──環さんの部屋でいいだろう。ものべーでいつも集まる生徒会室は、ここからでは遠すぎる。となれば恐らく皆もそこに集まるはず。

 長い通路を進むことしばし、着いた環さんの部屋には全員揃っていた。

 その中で、確認を取るに尤も相応しいであろう相手の顔を見つけ、歩み寄る。

 

「ナルカナ、この“揺れ”は──」

 

 皆まで言う前に彼女は「ええ」と頷いて、全員に聞こえる様な声音で、その答えを告げる。すなわち──

 

「エト・カ・リファが『時間樹』の再構成を始めたわ」

 

 ナルカナの言葉が、重く響く。

 いよいよ『時間樹』そのものに猶予が無くなり、どのような決着が付くにせよ、“終わり”の時が始まったという、その証左だった。

 いつか来るであろうと思っていたその行動。それがよもやこのタイミングか、と、誰しもが思っているのだろう、その表情は苦々しい。

 

「ナルカナ」

 

 そんな重い空気の中、誰かが何かを言う前に俺が声を掛けると、何を言うのかと皆の視線が集中するのが感じられた。

 

「何?」

「……エト・カ・リファの“説得”は任せる。『再構成』を止めさせてくれ」

 

 「え……?」と、一瞬呆けた声を漏らしたナルカナへ、「お前にしか出来ないことだろ?」と問いかければ、その表情を驚いたものへ変え──

 

「ふっ……ふふ、あははははは!! うん、そうね。確かにあたしが適任だわ。……あ、けど望も手伝いなさいよ」

「あ、ああ。それは良いんだけど……どう言う事ですか、先輩?」

 

 ナルカナの突然の指名に頷きつつも、俺と彼女のやり取りに疑問を持った世刻に問われ、ナルカナに視線を向ければ一度こくりと頷いて返してきた。

 

「……エト・カ・リファは、ナルカナの親友だったんだよ」

「親友っていうか、あの子があたしを慕ってたって言った方がいいんだけど……それにしてもどんな説明するかと思って試しに任せてみたけど……祐、あんたってば何でそんな事まで知ってるのよ?」

「くふふふふっ。妾の担い手(あるじさま)になるような男じゃぞ? その程度のことは知っていても驚きはあるまい」

「……へぇ。じゃあ問題。あたしの好きなお菓子はなんでしょう? さあ持ってきて!」

「知らねぇよ」

 

 しかも「答えろ」じゃなく「持ってこい」って辺り、流石はナルカナである。

 そんなアホなやり取りをしたところで、「はいはい、その辺にしときなさい」とヤツィータが割って入った。

 

「それで、どうする? 出発早めた方がいいかしら?」

 

 『再構成』が始まった以上、悠長にはしていられないでしょ? とヤツィータが言うが、ナルカナは(かぶり)を振った。

 

「この“揺れ”は『再構成』に伴う次元振動によって起こっているの。つまり、ものべーには次元振動が続く中を航行してもらわないといけないの」

「……つまり、予定通り今日一日は動かず、ものべーを休ませてから、明日万全の体制を整えて向かう方が良いってことじゃな?」

 

 確認するように問うナーヤに「そういうこと」と頷いたナルカナ。

 その時、部屋の戸が叩かれ、環さんが応対した後、中に通されたのは森と阿川だった。

 

「前線に赴く皆さんに、来て欲しいところがあるんですけど」

 

 部屋に入るなり、森が開口一番そう発する。

 彼等の様子に慌てた様子が無いことから、緊急事態では無いだろうと判断はつく。

 こちらの話はタイミング良く一段落したことだし、後は出発してから、到着するまでに詰めれば問題は無い。サレスがそう判断したことで、森達に着いて行くことになった。

 道中「この揺れに関しては、皆どう思ってるんだ?」と訊いてみたところ、やはり多少なりとも不安に思っているみたいだ、とのこと。

 

「……斑鳩、出発前に学園の皆に説明は……」

「……やっぱり、したほうがいいわよねぇ」

 

 そんなやり取りをしつつ、案内されて向かった先は学園の体育館。

 中に入った俺達を迎えたのは──立食パーティ形式に並べられた料理や飲み物と、椿先生以下、学園の生徒達だった。

 「どう言う事だ、これ?」と疑問の声を上げる世刻に、森は言う。

 

「俺達から皆へ、お礼と激励を籠めての壮行会みたいなもんだよ」

 

 彼のその言葉はきっと予想だにしないものだったのだろう、世刻の顔が驚きから本当に嬉しそうな笑顔になる。

 

「……ありがとう」

 

 ただ一言。けれど、万感の篭められた一言。

 それを受けて、森や阿川達の顔にもまた、心からの笑顔が花咲いた。

 そうして始まった宴は、和やかに、賑やかに、そして、押し寄せているだろう不安を吹き飛ばすように、楽しげに進められる。

 先に斑鳩から、この“揺れ”に対する簡単な説明と──無論、『再構成』によって世界が滅びる可能性がある、なんてことは言っていないが──自分達が明日赴く戦いでそれを止めてみせると言う事、そして恐らく、これが『物部学園』が異世界に旅立つ事になった一連の出来事において、最後の戦いになるであろう事が告げられた。

 壁に寄りかかって取ってきたグラスを傾けながら、歓談する仲間たちの様子を眺めていると、これが最後ならばと言わんばかりに旅団のメンバー達は学生達の記念撮影に狩り出されているのが見られた。

 ……基本的に旅団のメンバーは容姿のレベルが高い人ばかりだからなぁ。特に女性陣は男女問わず人気のようである。

 そんな中で、世刻は自分の友人達に囲まれ、何かプレゼントらしきものを貰っていた。確か“原作”では──そう思ったところで、やれやれと首を振って考え追い出す。……こんな時にソレを持ち出すのは、野暮ってものか。

 

「もう、こんな所で何やってるんですかー。ほら、里見ちゃんに写真、撮ってもらいましょうよ! ミゥちゃん達も待ってますよ!」

「ん? ああ、解ったから引っ張るな」

 

 そんな折に不意に掛けられた声に視線を向けるとユーフィーがやってきていて、おもむろに俺の手を掴むと引いて歩き出す。

 彼女に連れられて向かう先では、ミゥ達が集っていて、こちらに気付いたワゥが手を振っているのが見えた。

 それに手を振り替えしたところで、俺の手を引くユーフィーが、小さな声でぽつりと言う。

 

「……頑張りましょうね、祐兄さん」

 

 それに「ああ」と頷いて、少しだけ歩調を速めてユーフィーの隣に並ぶと、ミゥ達の元へと向かった。

 さて、最後まで戦いぬくための思い出(ちから)をもらいますか。

 

 

……

………

 

 

 『根源区域』へ向けて出発する日の早朝、左手に違和感を感じて(・・・)目が覚めた。

 若干回らない頭で手を顔の前に持ってきてみるも、そこにあるのは手首から先を包帯に包まれたいつもの手。……けれど、何かが違う。

 何だろうと思いつつ巻かれた包帯を解くと、出てくるのは『観望』によって形作られた鈍色に輝く神剣の手──ではなく、薄暗闇の中でもそれと解る、肌色の掌。

 

「……え?」

 

 思わず漏れた呟き。

 慌てて起き上がり、よく見ようと引き戸を開けて外へ出る。

 明けの空へと翳してみれば──それは真実、生身の手だった。

 握り、開く。

 そんな動作の度に感じる“感触”。

 

「……ははっ」

 

 口から自然と声が漏れた。

 そうか──これで俺の体内に在った『観望』とは、本当の意味で一つになったのか、と。

 時間を確認すれば、今は朝の5時50分。随分早く眼が覚めたものだと思うが、流石にもう一度寝れそうもないので起きる事にした。

 しばし後。

 着替えてから顔を洗って目を覚まし、『出雲』にて宛がわれていた部屋の前まで戻った俺の目に映るのは、戸に手をかけたり降ろしたりと挙動不審な──

 

「永峰?」

 

 びくりと、声を掛けた瞬間に驚き、慌ててこちらを振り向いた永峰。

 そしてそれが俺だと解ると、あからさまにほっとした息を吐く。

 

「どうした、こんな朝早くから?」

 

 身支度を整えてきたとはいえ、経った時間は20分ほどだろうか。時計が無いので解らないが、恐らく今は6時を少し回ったところだろう。

 永峰は俺の問いに対して「あの、えっと……」と言い淀みつつも、一度小さく深呼吸をしてから俺の直ぐ目の前で深々と頭を下げた。

 

「あの、先輩、私に座標をください!」

 

 ……あー……なるほど、世刻と話できなかったのか。

 まぁここじゃ何だし入れよ、と戸を開けて招き入れる……が、開けて永峰と一緒に入った瞬間に後悔。布団敷きっぱなしの起きたときのままじゃねえか、この部屋。

 

「あー……すまん、こんな状態で」

「いえ、こんな時間に来たのは私ですし」

 

 と、小声でやり取りする俺達。

 視線の先にはちびノーマを抱き枕にして眠るナナシとレーメ。ナナシは淡い藍色、レーメは水色の、フィア手作りのパジャマ姿がなんとも可愛い……んだが、ひたすらに無防備だな、お前等。

 永峰もそんな二人と一匹の姿に小さく笑みを浮かべ、

 

「起こしたら可哀想ですから、私の部屋にいきましょうか」

 

 それに頷き、音を立てない様に俺の部屋を後にした。

 そこから歩く事数部屋分。朝の空気は清々しく、左手の事も相まってか、どうやら表情に出ていたらしい。

 

「先輩、何か良い事ありましたか?」

 

 楽しそうですね、と訊いて来る永峰に左手の事を説明して見せれば、「よかったですね!」とにこやかに返してくれる。

 そんな会話をしつつ永峰の部屋に着き、彼女に続いて中に入った。

 構造は俺が使わせてもらっている部屋と変わらない。四畳ほどの畳張りの小さな部屋。

 元はここで寝起きする巫女さん達の居住スペースの余り部屋なのだとか。彼女に出された座布団に座りつつ、とりあえずどうなったのかを訊くと、どうやら昨日一日、殆ど朝から世刻が捕まらなかったらしい。一体何処に行ってたんでしょう……と寂しげな永峰。

 そのうえ部屋に戻ったかと思えばナルカナが入り浸っていて、連れ出すのも難しかったとか。そして結局今に至る、と。

 

「んー……けど、出発までまだ時間あるだろ?」

「いえ……このままだと皆に迷惑かけちゃいそうですから、もういいんです」

 

 俺の言葉に対して、永峰は小さく頭を振って答えた。

 

「だから、その……一番迷惑をかけちゃった先輩に、お詫びもかねて座標を貰おうかな、と。……えっと、私とキスするのなんかがお詫びになれば、ですけど」

 

 なんとも殊勝な事を言ってくれる。

 

「一昨日も言ったけど、永峰みたいな可愛い娘となら喜んで」

 

 そう言うと、「ありがとうございます」と照れたように笑う永峰。

 そんな彼女へ「本当に良いんだな?」と最後の確認をすると、こくりと一つ。

 ならばいざ。

 向かい合わせに座ったまま、右手を彼女の頬へと伸ばし、そっと触れる。

 「ん……」と一瞬びくりとしたあと、緊張か、それともやはりどこか躊躇うのだろうか、ぎゅっと目を瞑った永峰。

 その様子が何だか可愛くも可笑しく、頬に延ばした手をそのまま頭へやって「ちょっと力抜け」と撫でてやる。

 

「……済みません、なんか緊張しちゃって……」

「ん~……じゃあ、試しに俺のことを、今だけ恋人だと思ってみるとか」

「え、えっと……なんだか余計に緊張しちゃいそうですけど……やってみます……」

 

 きゅっと目を瞑ってしばし何かを考えている永峰。

 その間彼女の頭を撫でつつ待っていると、ゆっくりと閉じていたまぶたを開いた。

 至近距離で絡み合う視線。

 頬を赤くしつつも、小さくこくりと頷く彼女。

 それを受けて、俺は顔を彼女のそれにゆっくりと近づけ──そっと触れる、互いの唇。

 小さく開いた隙間に舌を差し入れると、一瞬ビクリとしたあと、おずおずと触れてくる彼女のそれ。

 恐る恐る、と言った感じでゆっくりと触れ合うそれを、次第に深く絡ませていく。

 響くのは淫靡な水音。感じるのは彼女の甘い匂いと味。

 所在無げだった彼女の右手に自分の左手を、向かい合わせに繋ぐように握り、指と指を絡ませて。

 そのまま押し倒すように、床へ横たえた。

 その間も繋がれた手と、唇は離れる事無く。

 気がつけば彼女の左手は、俺の背に回されていて、俺もまた彼女を横たえるために彼女の背中を右手で支えていたから、自然と抱き合う様な形になっていた。

 長くも短い時間の後に、ふとした拍子に唇が離れ、俺と彼女の間に銀糸の橋が架かり、ぷつりと切れる。

 その時ふと、俺の視界に映る熱を佩びた彼女の瞳に、一瞬理性が戻った。

 

「……ん……ぁふ」

 

 小さな吐息。

 それで俺も少しだけ落ち着き、永峰の顔を至近距離から見つめながら、「座標はいったか?」と声を掛けると、まるで今それを思い出したかのように「……ぁ」と小さく声を上げ、そして頷く彼女。

 

「ん。……じゃあ、もう一回」

 

 そう言いながら再び彼女へ顔を近づけると、「ぁぅ……その、待って……」と俺の背中に回していた左手を、弱々しくも押さえる様に、俺の胸に添える永峰。

 それに構わずに……でもよかったけど、口を彼女の耳元へ。

 

「……希美」

 

 囁く様に小さく、けどはっきりと聞こえるように、触れるほどに間近で彼女の名前を呼ぶと、一瞬びくっとしたあと小さく声を漏らした。

 少しだけ身体を起こし、彼女の瞳を覗き込む。

 しばしの間、絡み合う視線。

 それは確かに熱を持ち、そして彼女はそっと、まぶたを閉じて、それと同時に俺の胸に添えられていた左手は、再び背中に回されて──俺達は再び、貪る様に唇を交わした。

 …………どれほどの時間そうしていただろうか。

 この間ずっと繋がれ続けた彼女の右手と俺の左手。それはなおも深く絡まり、離れる事無く熱を持つ。

 漏れる吐息は荒くも熱く、服の上からだけれど、俺の右手が届く範囲で、彼女の身体に触れていない箇所は無くなってしまった。

 彼女の身体に触れるたびに、俺に背に回された手に力が篭り、けれど拒絶の意志は無く、段々と深く、深くへと堕ちていく。

 彼女の素足はしっとりと吸い付く様に、絹の如く滑らかで。

 小ぶりだけれどしっかりと主張する胸は、やわやわと触れる度にびくりと感じる彼女の姿が愛おしい。

 

「希美……」

「祐先輩……」

 

 視線を絡ませ、小さく名前を呼び合って、彼女の身体を撫でながら、上から徐々に右手を下げていく。

 背中や脇腹、太もも、色々なところに触れる度に、小さな声が彼女の口から漏れ、それが酷くいやらしい。

 塞ぐように唇を重ねれば、彼女の方から舌を入れて、絡ませてきて、そのまま一つに溶け合う様に、貪る様に──。

 

 

……

………

 

 

「……って夢を見たんだが……って、どうした?」

 

 出立する当日の朝。集合場所に向かう途中で永峰に会ったので、昨夜……だと思うんだが、見た夢の内容を詳しく話してみたところ、何とも言いがたい複雑な表情で顔を逸らされた。

 

「いえ、その、それをわざわざ私に言いますか、先輩?」

 

 まったくもう、せくはらですよ! と文句を言ってくる永峰に、ごめんごめんと謝りつつ、生身(・・)の左手を目の前に持っていって見せる。

 

「いや、それで起きたらこれ(・・)でさ。その上余りにも生々しいと言うか現実味があったものだから、どこまでが夢だったのかなと言うか……本当に夢だったのかな、と思ってつい」

 

 そんな俺の説明と、目の前に出された手を見た彼女は、「良かったですね、先輩!」とこっちを見て──眼が合った瞬間、ボンッと音がしそうなほどに赤くなって顔を伏せた。

 

「おいどうした?」

「ななな、なんでもないです!」

 

 いや何でもなくねえだろと言う俺のツッコミに、彼女はうっと一瞬言葉に詰まるも、「その……」と上目遣いにこちらの顔を覗き込みながら言葉を発した。

 

「実は……私も、その、同じ夢を見たんです」

「へ?」

 

 予想外な言葉に間の抜けた声が出た。

 

「同じ?」

「はい」

「……どこまで?」

「……ぜ、ぜんぶ」

「…………じゃあ最後は俺とお前が」

「それ以上言わないでー!」

 

 何と言っていいものか、と言葉につまり、なんとも無しに彼女の顔に視線を向けると、丁度永峰も俺の顔に目を向けたらしくて再び視線が合った。

 

「……ぁ……ぅ」

 

 小さく声を漏らす唇。

 “夢”の中の感触がまるで現実であったかの如く生々しく蘇り、ごくり、と思わず喉が鳴って……無理矢理視線を外した。

 

「あ……あー、うん、凄い偶然だな」

「で、ですよねー」

「……そうだ、あれ、そういや座標ってどうなった?」

 

 何となく気まずい……と言うか、くすぐったい雰囲気を変えるついでに、肝心なことを訊いてみる。

 あははは、と誤魔化すように笑う永峰。

 

「……っておい」

「……うぅ……実は昨日、望ちゃんとまともに話すら出来なくて」

 

 まるで夢と同じですよね、と苦笑する永峰。

 「今ならまだ間に合うだろ」と言うと、彼女はふるりと首を横に振った。

 

「あの……ですね。その……先輩。良かったら先輩から、くれませんか……?」

「あー、まあ待てって。よく考えろよ? 今はまだ夢を見たことの影響が残ってるから、そう思うだけじゃないか?」

 

 頬を朱に染めおずおずと切り出された永峰の申し出に、思わず二つ返事で頷きたくなるのをぐっと堪えて問いかけると、彼女は「そうですね」と至極あっさりと頷いた。

 けれどもすぐに、真剣な眼差しでしっかりと俺の目を見て「でも……それって、ダメですか?」と、少し寂しそうに訊いてくる。

 

「一昨日言いましたけど、私は、先輩となら……キ、キスするの、嫌じゃないです。それとも先輩は、やっぱり私とじゃ嫌ですか……?」

「はぁ……俺も一昨日言ったけど、永峰みたいな可愛い娘なら嬉しいよ。……ってか、そんな言い方されたら断れないじゃねえか」

 

 ずるいなぁとぼやく俺に、永峰はごめんなさい、と言いつつもクスクスと笑った。……まったく、しょうがないなぁ。

 まぁ、そうと決まれば早速と思いつつ、近くの適当な物陰に引っ張り込む。

 

「あ、あの、先輩?」

「いや、あんな廊下の真ん中でして、誰か通りがかっても良いなら良いけど」

 

 壁と俺の間に挟まれるような形になって、戸惑った声を上げた永峰に説明してやると、彼女は「……そ、そうですね」と頷いて……小さくコクリと喉がなった。

 「さて、それじゃあいくぞ?」と声を掛けると、一度頷いてから顔を少し上に向け、瞳を閉じる永峰。

 そこにゆっくりと顔を近づけ──軽く重なる唇。そのまま少しの間を置いて、顔を離す。

 目を開けた永峰は、何か思うことがあるのだろう、そっと唇に指を添わせ──怪訝な表情を浮かべた。

 

「……あの、先輩。座標は?」

「ああ緊張の余り忘れてた」

「絶対嘘だ!」

 

 言われることが大体解っていたので即答すると、がーっと文句を言ってくる永峰。まあわざとだけど。何だかんだでからかうと楽しいんだもの。

 「ごめんごめん」と言いながら頭を撫でてあやすと、「今度はちゃんとしてくださいね」と頬を膨らませて注意された。

 

「けど先輩って、やっぱり撫でるの好きですよね?」

「……まぁ、否定はしない」

 

 昨日もしたようなやり取りの後、もう一度顔を近づけると、応じるように永峰も瞳を閉じて──

 

「ああそう言えば……世刻とがダメだったら、斑鳩やルプトナより凄いのくれてやるって約束だっけ」

「え? ちょ、先輩、待っ──」

 

 

……

………

 

 

「えーっと……すまん、やりすぎた」

 

 目の前で顔を真っ赤にして涙目になりながら床にへたり込んだ永峰に声を掛け、手を差し伸べて立たせてやる。

 「とりあえず、座標は行ったか?」と訊くと、コクリと頷いてから「はふぅ……」と微妙に艶を含んだ息を吐いた。

 この雰囲気を壊すのももったいない気はするけれど、流石にこれ以上のんびりしていると集合時間に遅れるかもしれない。

 と言うわけで、そろそろ集合場所に行こうかと声を掛けると、「そ、そうですね!」とちょっと慌てたように足を踏み出した永峰が、力が入らなかったかガクリとバランスを崩した。

 咄嗟に抱きとめたのだけれど、勢いが付きすぎて、彼女を少し勢い良く壁に押し付けるようにしてしまい──ゴッとちょっと痛そうな音がした。

 

「あ、悪い、大丈夫か!?」

 

 謝って永峰の様子を見ようと身体を離し──背中に回された両手に、動きを止められた。

 

「っておい、永峰?」

「……」

 

 とは言え然程力が入っているわけではないので、軽く身体を離して、呼びかけながら顔を覗き込むと、先程までとは雰囲気の一変した彼女の顔。

 

「……あー……もしかしなくてファイムか?」

「……ん」

 

 頭をぶつけた衝撃で入れ替わったのかと思いつつ問いかけると、淡く微笑んで頷く永峰……ファイム。

 じゃあ離してくれるか? と言うと、フルフルと首を横に振られてしまった。

 何でだよと疑問符を浮かべる俺に対し、ファイムは予想外の行動を取る。

 

「……私も」

 

 そう一言だけ言って、永峰と同じように少し顔を上げて瞳を閉じ、そのまま動きを止める。

 その一方で俺の背中に回された手は、何かすげえしっかり固定されてるんですけど。

 ああ……永峰が“夢”を見たってことは、ファイムも一緒に見たって可能性が高いのか。つまり、彼女もそれに感化されてしまっていた上に、永峰がああいった行動に出たから……はぁ、まあ仕方ないか。

 

「解った。ファイムだけ仲間はずれにしないから……だからもうちょっとだけ、腕の力緩めてくれるかな?」

 

 俺の言葉に応じて、背に回された腕の力が緩むのを感じながら、俺は目の前の少女へと唇を重ねた。

 

 

……

………

 

 

 戦装束を見に纏い、学園の校庭に集った俺達。

 

「どうせなら勝利の誓いでも立てようぜ」

 

 そんなソルの何気ない一言に同意した俺達は、円陣を組むように立ち並ぶ。

 こういう場面での音頭は、やはり世刻かな。そんな風に思っていると、「祐、宣誓を」とサレスに促された。

 

「……俺?」

「偶々エト・カ・リファによる『再構成』が重なりはしたが、元々の切欠はお前がスールードに“最後の勝負”を持ちかけられたことだろう? ならばお前が音頭を取るのは当たり前だ」

 

 サレスの言葉に続いて、周りからも「そうそう」とか「早くしなさいよ」とか言ってくる。

 

「マスター、格好良いのを期待します」

「……ハードル上げるなよ」

 

 何が嬉しいのか、にこにこ顔のナナシに苦笑を返す。

 ……ここは矢張り、アレですかね。

 そう思い、“鞘”からオーラフォトンを剣にして引き抜き、空へと掲げる。

 皆は何を? といった表情だったが、俺が「皆も、武器を」と言うと、そう言うことかと各々の神剣を空へと掲げた。

 

「……うぅ……こういう時は、自分の神剣の形が憎い……」

「いいじゃない、あたしなんてそもそも武器が無いわよ」

 

 そんなルプトナとナルカナのぼやきに場を和ませつつ、俺は声を張り上る。

 

 

「……強い想いや願いは、時に大きな“力”となる。だから、隣に立つ人を、家族を、仲間を、そして世界を護るために、その“想い”を心に掲げ、その“願い”を武器に籠めろ! 例え何があろうとも、護り抜こう、大切な存在(もの)を! そして──必ず、生きて還ろう。俺達の、還るべき場所に!」

 

 

 さあ、征こう。


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