永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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103.ただ、ともに在ることを。

 本日は丸一日休養日……その対象は基本的にものべーであるが。

 そのためその背に乗る物部学園へのエネルギー供給──主に電気や水道なんかのライフライン──は最低限のものに抑えられており、今日の食事は『出雲』の方で用意してくれている。ここには学園の生徒達も逗留しているため、彼等に出すついでだとのことだけれど。

 何にせよ久しぶりに……と言っても一週間程度だが、学園の皆と一緒の食事であり、現在も俺の座っている周囲にも学園の制服を着た者達がいて、それがなんだか懐かしい。先にも述べたが一週間程度だったというのに、だ。まぁ、それだけ長く深く、学園の皆と共に過ごしていたという証拠なんだろう。

 食事を終え、フィアの淹れてくれたコーヒーをのみつつそんな事を考えていると、ふと左前方に座っていた、同じく食事を終え何だかぼんやりとしていたルゥと目が合った……途端に慌てたように逸らされる。ルゥの近くに座っているミゥ達も何だか様子が可笑しい……と言うか、ぎこちないと言うか。

 

「何だ、祐? 振られたか?」

 

 どことなく楽しそうに訊いて来るのは俺の正面に座ったソル。そして彼の向かって右隣に座っていた森が「ほほぅ」と同じように楽しげに声を漏らす。

 そんな彼等に対して俺が何か言う前に、右肩に座ったレーメが「安心しろ、ユウ」と言いながら頬をぺちぺちと叩いた。

 

「あれは大方、昨日のルゥの発言を意識しすぎてるだけだろう」

「キスのくだりだとか、もっと大胆に、だとかですね」

 

 レーメと、それを補足するナナシの言葉を受けて、ぎこちなかった雰囲気があわあわと慌てた感じになるルゥ達と、何だよソレ、とぐったりとテーブルに倒れこむソル。

 一方で俺の左隣に──ルゥの真正面だ──に座っていたフィアが「んー……」と何事か考えたと思ったら、おもむろに俺の腕を抱きかかえるように取った。……えっと、フィアさん?

 俺達の間に何かただならぬ空気でも感じたか、何やってんだよコノヤロウ、と突っ伏していた顔を上げて半眼で睨んでくるソル。

 一瞬ルゥ達に視線を送り、それから俺を上目遣いで見上げてきたフィアは予想だにしなかった言葉を吐いた。

 

「……ご主人様、キス、しましょうか?」

 

 直後、ソルが上げていた顔をテーブルに打ち付けるガンッて音と、俺の後ろのテーブルに座っていた誰かが噴出してむせ返る声がした。チラリと後ろをみると、赤いバンダナに学園の制服。ああ、スバルか……すまん、スバル。

 とりあえずこちらを見上げてニコニコしているフィアに顔を向ける。

 

「なんなんだいきなり?」

「いえ……戦闘が始まっちゃうと私って影薄くなりますからねー。今の内にアピールしておこうかと」

「ちょ、おい」

 

 何を言ってますかこのメイドさんは、と戸惑う俺に対し、あはっと笑いながらゆっくりと顔を近づけてくるフィアだったが、

 

「こらー! ズル……こんな場所で何やってるのよ!」

「はーい、ごめんなさい」

 

 もうちょっと、と言った所でゼゥが声を上げるとぱっと離れる。ちょっと惜しい、と思ってしまったのは仕方ないことだろう、うん。

 

(……何やってるんだよ)

(ごめんなさい、つい。何となく見てられなくて)

(止められなかったらどうしたんだ?)

(その時は遠慮なくしちゃうつもりでしたよ?)

 

 何となく周囲の空気が先程までとは違う感じになった中、そんな念話を交わしたところで「あの……」と声を掛けられ、振り向くとユーフィーが立っていた。

 

「少し……二人きりでお話できないでしょうか?」

 

 おずおずと申し出された問いに「いいよ」と答え、立ち上がる。

 ナナシとレーメにはフィアの所へ行っててもらい、ユーフィーと共に広間を後にした。

 

 

……

………

 

 

「ごめんなさい、その、呼び出したりして……」

 

 『出雲』の広い庭の一角。『二人きりで』と言われたために、俺とユーフィー以外誰も居ない空間。

 俺の前に立つユーフィーが、申し訳無さそうな表情を浮かべてそう言った。

 それに大丈夫だよ、どうした? と返すと、彼女は「訊きたいことがあって」と言葉を紡ぐ。

 

「昨日、時深さんに『皆さん無事に帰ってきてください』って言われたとき……祐兄さんの表情がちょっと崩れました。その、『まいったな』って感じに。……それであたし、思ったんです。もしかして『根源区域』での戦いが終わったら、そのままいなくなるつもりだったのかなって」

 

 ユーフィーはそこで一度言葉を区切る。

 小さく深呼吸。

 そして再び、口を開く。

 

「祐兄さんは……ここでの戦いが終わった後、どうするんでしょうか……?」

 

 「その、以前時深さんに、『ロウにもカオスにも付かない』って言ってましたし」と続けた彼女は、俺の答えを真剣な面持ちで待っている。

 

「……俺達は、ここでの戦いが終わったら、この『神剣宇宙』を出て行くよ」

「神剣……宇宙?」

「そう。『永遠神剣』が存在し、『永遠神剣』によって世界の“理”が創られるこの“世界”。そこを出て、まったく別の“理”が支配する世界へと旅をする」

 

 俺がそう言ったところ、ユーフィーはしばしの間俯き加減に何かを考え込んでいた。

 そして再び顔を上げた彼女の瞳。そこには強く、確かな意志の光が感じ取れて。

 

「祐兄さん、前にあたしが、時深さんに言った言葉、覚えてますか?」

 

 そういわれて思い出される、彼女の言葉。

 同時に再び彼女の口から紡がれる、その言葉(おもい)

 

「あたしは──祐兄さんと、これからもずっと一緒に居たいって思ってます」

 

 それが例え、神剣宇宙(このセカイ)の“外”だとしても。そう続けられる彼女の言葉が、深く、深く心に響く。

 

「……今ユーフィーが言った様に、俺達が向かうのは神剣宇宙(このセカイ)の“外”だ。渡るためのゲートを開くには俺とナナシとレーメの力が必要……つまりは、一度行けばおいそれと戻ってこれるわけじゃないんだぞ?」

 

 大切な人と、大好きな人と、下手をすれば二度と逢えなくなるんだよ。

 そう告げると、彼女はぶんぶんと、首を大きく横に振った。

 

「パパやママと離れるのは寂しいし、ちょっと怖いです。けど…………祐兄さんと離れるのは、もっと……嫌、なんです……っ」

 

 話しているうちに、彼女の想い(こころ)が雫となって、頬を滑り落ちていく。

 彼女の揺れて、震える声が、耳朶を打つ。

 彼女のその想いを聞いて……俺は、よく考えなくてはいけないのだろう。ユーフィーを、この『神剣宇宙』から連れ出す、と言うことの意味を。

 ……彼女と『悠久』は、全ての永遠神剣の頂点に立つ特殊な三本のうちの一振り、『鞘・調律』の転生体で……少なくとも俺は知ることが無かったが、きっと何か重要な役割を持つであろう『コズミックバランサー』と呼ばれる存在で。

 ──目を瞑ると、初めて出逢ってからのことが、流れるように、鮮明に思い出される。

 戦いの最中、突然上から降ってきた彼女。

 凛とした声。気高くも可愛らしい姿。

 朗らかな笑顔。はにかんだ微笑。

 憂いを帯びた表情。涙を浮かべた、悲しそうな顔。

 色々なユーフィーの表情が、姿が脳裏を過ぎり……ああそうかと、思い至る。

 『調律』の転生体? 『コズミックバランサー』?

 そうじゃない、と否定する。

 そうだ、そんなこと(・・・・・)は問題じゃないんだ。そう、俺が、彼女の“想い”にどう答えるか。それが、それだけが、今一番重要な事。

 己で己の頬を張ると、パンッと乾いたいい音が響いた。

 突然の俺の行動に驚いたか、目の前のユーフィーが驚いたように目を見開いて、慌て気味に「あの、その」とアワアワとしている。その様子が何だか可笑しく、くすりと思わず笑みが漏れて。

 

「初めて逢った時からずっと、側に居てくれたよな」

 

 一歩近づき、そっと彼女の頭を撫でると、顔を上げて俺の目を見つめてきた。

 

「……ダメだな、俺は」

「え……?」

「考えれば考えるほどに、ユーフィーが……いつも側に居てくれた人が居ない光景が、上手く想像できないんだ」

 

 そう言うと、「じゃあ!」と勢い込んで問いかけてくる彼女の、頬に付いた涙の跡を指でなぞると、くすぐったそうに目を細めた。

 

「一緒に来てくれるか?」

「はいっ!」

 

 その顔に笑顔の花を咲かせて、飛びつくように抱きついてくるユーフィーを受け止めると、不意に頬に柔らかな感触を受けた。

 驚いて思わず顔を覗き込むように向けると、今度は同じ感触が唇に。

 俺から離れてその場で小さく一回転。 えへ、とはにかむ笑顔が眩しくて。

 

「パパやママにするのとは、全然違う気分です」

 

 なんて赤い顔で言うユーフィーの頭を軽く撫でてから、とりあえず皆のところへ行こうと声を掛け、歩き出した。

 「むー、待ってくださいよー」なんて声を背中に受けつつ。

 ……あー、もう、まったく、顔が熱い。

 

 

「……けど、祐兄さん。それならルゥちゃんたちも一緒に連れて行かないと、ですね」

 

 皆のところへ戻る道すがら、ユーフィーがふとそんなことを口にした。

 急にどうしたのかと首を傾げると、「だって、あたしが来るより前から、ずっと一緒に……側に居たんですよね?」と微笑を浮かべる。

 

「そう……だな」

 

 それは、ユーフィーに言われずとも解っている。

 ……思い返せば彼女達は幾度も、俺の傍に居てくれると、言ってくれていた。

 そして“あの日”は……“渡り”のことを知ってなお、『例え忘れてしまったとしても、必ず思い出す』とすら。

 

「……彼女達が望むのなら、そうできるといいな」

「大丈夫ですよ。絶対、一緒に行くって言うに決まってますから。だから……」

「ああ。この戦いが終わったら……その方法を、皆で一緒に探してみようか」

 

 俺の提案を聞いて、ユーフィーは花が咲いたような笑顔を浮かべて、大きく頷いた。

 難しいことかもしれない。けど……皆が笑って終えられる結末になればいいと、心から思う。


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