永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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101.決戦に、向けて。

 不意を突いて背後から現れ──いやまぁ単に俺が出入り口の前に居たと言うだけなのだが──何やら聞き逃せない一言を発してくれやがったナルカナ。

 一方でそのナルカナの言葉に反応したのは俺でも、今俺の前に居る綺羅でもなく、先程まで俺の前に居た人物だった。すなわち──

 

「だ、誰がロリですか!」

 

 時深さんである。

 その時俺は見た。時深さんの言葉を受けたナルカナの顔がにんまりと、それはもう楽しそうな笑みに変わったのを。恐ろしい。恐らく俺の陰になっているから、時深さんからはナルカナの表情は見えていないだろうが。

 案の定と言うか、ずいっと俺を押しのけるように前に出て、時深さんと向き合うように仁王立ちしたナルカナ。

 彼女の動きを追って振り返った俺の目に入ったのは、ナルカナの表情から何かを察したのだろう「しまった」と言う表情の時深さん。

 そしてやはり、何とも楽しそうな声音でナルカナが言葉を発した。

 

「ん~? あたしは状況を指して言っただけで、別に“誰”とは言って無いけど?」

「う゛」

 

 小さく唸った時深さんに、さらにずいっと詰め寄るナルカナ。その顔は俺からは見えないが、きっとイイ笑顔を浮かべているのだろう。そう、獲物を見つけた肉食獣……と言うよりも、楽しい玩具を見つけた子どものようなと言ったところだろうか。

 ふと横を見ると、世刻が「うわぁ」と言った表情を浮かべている。

 

「おい世刻、ナルカナを止めろよ」

「無理です」

 

 ですよね。

 その一方で、ナルカナによる口撃が続いているのが聞こえてきている。

 

「第一あたしが言った時点で祐に可愛がられてたのは綺羅だったのに……どうして時深が反応しちゃったのかしらね?」

「そ、それは……」

「ん? それは? ふっふっふ……いや~あの(・・)時深がねぇ……うんうん。それにしてもやるわね、祐。この調子で望の周囲のも二、三人持っていってくれないかしら」

「って何ですかそれは! 私は別に、その……う、うぅ」

 

 ちらりとこちらを見る時深さん。助けを求めるような視線を送ってくる……んだけど、はっきり言ってテムオリンより性質が悪い相手です。それになんと言えばいいか、俺が行ったら事態が余計悪化しそうな気がしてならない。

 どうしたものかと思いつつ眺めていると、どうやら無事に救出されたのだろう、斑鳩が横に並ぶと同時に話しかけてきた。

 

「……こうして改めて見ると、青道君もすっかり望君の同類よね」

 

 何とも失礼な物言いである。

 ……とても的を得た言葉だと思うぞ、なんてレーメの念話は聴こえない。

 慕ってくれる人が居るのは嬉しくも有り難いことだから良いんだよ。

 

「同類って……どう言う意味ですかそれ」

 

 そしてそんな斑鳩の言葉に対し、少々不満げに呟く世刻。

 俺と斑鳩は一瞬視線を交わし──

 

「……お、斑鳩、久しぶり」

「あ、うん、久しぶりー」

 

 とりあえず無かった事にした。戦場でも中々出来ない見事なアイコンタクトである。

 

「……って、死地から生還した私にかける言葉にしてはちょっと軽すぎない?」

「感動の再会は世刻達と散々やったろうしな。とは言え……まぁ、お帰り。無事で何よりだ」

 

 そう言いつつ小さく手を挙げた俺に対して、「まったく」と苦笑を浮かべながらも、斑鳩は「ただいま」と言葉を返し、挙げた俺の手に自分のそれを打ち合わせ──パンッと、乾いたいい音が響いた。

 

「それで、俺達が先に戻ってから直ぐに助け出せたのか? ……いやまぁ、こうして斑鳩が居る以上、最終的に上手く事が運んだのは解るんだが」

 

 世刻達を信じて任せてきたとは言え、あの後どうなったのかはやはり気になっていたので訊いてみると、世刻は一瞬渋い顔をした。……おや?

 

「俺と神剣の状態に戻ったナルカナは、先輩達が“門”をくぐった後直ぐに『ログ領域』に入りました。そこで多少ありましたけど、無事に沙月先輩は助け出せたんですけど……」

「外で待ってた私達は、生き残ってたエトルと戦闘になっちゃいまして」

 

 と、俺達の話が聞こえていたのだろう、永峰が言葉を挟んでくる。

 ……それにしてもエトル、ね。あの時点でアイツはナルカナにやられて満身創痍だったはず。

 

「何でまたエトルと?」

「……解りません。何かに怯えた様に駆けて来て、私達の間を強行突破しようとしたんです。……そう、まるでやってきた方に居る“ナニカ”よりも、私達全員を相手にする方がまだマシだって雰囲気でした」

 

 永峰の説明に、一体何があったのかと考え込む……が、幾ら考えてもさっぱり解らん。まぁ、その場に居なかった俺にとっては、今聞いた話だけでは何とも判断できないのは当然か。

 

「……じゃあ、それ以外で何か変わったことは無かったか?」

「あ、あります。えっと、望ちゃんが沙月先輩を助け出して『ログ領域』から出てきた後、『ログ領域』からあの黒いマナ……ナル化マナでしたっけ、あれが一杯出てきたんです。それで、こっちの世界も心配だったし、巻き込まれないうちにさっさと逃げようって話して脱出したんですけど……ものべーで脱出する間際に空が割けて、そこからあの土偶みたいな奴が沢山現れました」

「……『抗体兵器』が……?」

 

 斑鳩が『ログ領域』に取り残された時の状況から見て、あそこがエトル達の手によってナル化マナに汚染されきっていたのは想像に難くない。

 再び『理想幹』と繋がった──ゲートと言う穴が開いたために、そこからナル化マナが溢れ出てきたって事からも合っているだろう。

 そして恐らくはそれに反応して現れた沢山の抗体兵器。

 果たして、目に見えない“裏側”でどんな事態が進行していたのか? そんな疑問が頭を過ぎった、その時。

 

「はい。それでルプトナとソルが見たらしいんですが、その土偶……抗体兵器でしたっけ。大半は空の裂け目に戻っていったみたいなんですが、何体かはあの時(・・・)みたいに“消滅”したらしいんです」

「何……ちっ、そう言う事か」

 

 次いで発せられた世刻の言葉で、ようやく解った。

 溢れ出したナル化マナに対して送り込まれてきた抗体兵器。それを“消滅”させた存在は間違いなくイャガだろう。……となると、エトルが怯えた様に逃げてきた“ナニカ”もまたイャガ──もしかするとスールードも居たのだろう──であり、状況から察するに、抗体兵器を送り込んで来たのは恐らくエト・カ・リファか。スールードが呼び出していたのだとすれば、イャガの腹の中に消えるのは「何体か」なんていわずに全部だろうし。

 しかしだ。そうなるとエト・カ・リファは『理想幹』と『ログ領域』の現状──不用意にナル化マナを使用されて汚染された状態を把握しているって事になる。……まぁ、相手はこの時間樹を創り出した創造神。それぐらいは当たり前か。……何しろ、この『時間樹』はエト・カ・リファの神剣そのもの(・・・・)なんだから。

 

(これは……想定する中で最悪の方向に進んでいますね)

 

 周囲に配慮してか、ナナシが念話でそんな事を言って来た。それにまったくだな、と返事をしたところで、

 

「それで、青道君達は今は一体何の話を?」

 

 恐らく俺達がここに集っていた事が引っ掛かっていたのだろう、現状を問いかけてくる斑鳩。

 ナルカナも居るし丁度いいかと思い、昨夜の出来事を話すことにする。それを聞いてどうするかは、彼等が判断することだ。

 

「……そうだな、丁度いいからお前達にも話しておくか」

 

 ナルカナも居るしな、と視線を向けた先には──

 

「んで、一体何があったの? ほれほれ、言ってみなさい?」

「な、何もありませんってば!」

「もー……ナルカナさん、時深さんをいじめたらダメですっ」

「ん~……そうは言うけど、いいのユーフィー? このままだと……時深と綺羅に祐を獲られちゃうかもしれないわよ?」

「っ! ……そ、それは……うぅ……でも、その、別に祐兄さんはあたしのだって訳じゃないし……」

 

 時深さんへまとわり付いているナルカナと、それを止めようとして返り討ちにあっているユーフィーの姿が。一体何の話をしてるんだよおい。

 ……それにしても生き生きしてるなぁ、ナルカナ。と、半分当事者ながらも関心してしまう。

 そしてナルカナはユーフィーに何事か耳打ちし……ちらりとユーフィーが俺に視線を向けた後、赤くなってあわあわしてる。

 ……ってナルカナのやつ、ユーフィーに何を吹き込みやがった。

 一方で時深さんは何とも疲れた目でこちらを見てきて、彼女等の様子を見ていた俺と目が合った……ので、そっと逸らしてみる。あ、涙目になった。

 そんな折に不意に右袖を誰かに引かれ、視線を向けると、綺羅が困った顔で見上げてくる。

 

「あの……祐様、申し訳ありませんが、時深様を助けていただけ無いでしょうか。流石に可哀想です」

 

 ……アレを止めるのか……とは言え、何時までもアレを放っておいたら進む話も進まないのも確かであって。

 嵐の中に飛び込む覚悟を決め、「解ったよ」と綺羅の頭をぽんと撫で……きゅっと、今度は左袖を引かれる感触に顔を向けると、いつの間に戻って来ていたのか、ユーフィーが俺の腕を抱き締めていらっしゃっており。

 

「……えーっと……ユーフィー?」

「あ、う、ごめんなさい……」

 

 声を掛けると寂しそうに腕を放すユーフィー。あーもー……はぁ……ナルカナが変な事吹き込んだからか、おい?

 しょうがないなぁと思いつつも彼女の頭も撫でてやると、途端に花が咲くような笑顔を浮かべる。可愛いなあ。

 一方でそんな俺の様子を見て、だろう。ナルカナが向こうで腹を抱えているんだが。アノヤロウ。

 

「アネリス、頼む」

「……はぁ、仕方ないの」

 

 そう言いつつ、ツカツカと躊躇う事無くナルカナへ近づいていくアネリス。

 

「青道君、彼女が噂の神剣の化身? ……本当にユーフォリアにそっくりね」

「ああ、アネリスって言う。よろしくしてやってくれ」

 

 綺羅とユーフィーに挟まれて、動くに動け無い俺の様子に苦笑しつつも話しかけてきた斑鳩とそんな会話をしているうちに、アネリスはすっとナルカナの背後に立ち──

 

「いい加減にせい、この阿呆」

 

 スパンッと何とも小気味の良い音が響いた。

 

 

……

………

 

 

「……この『時間樹』を賭けての勝負、か。一体何をする心算だろうな」

 

 とりあえず全員が一度落ち着くのを待って、先程ユーフィー達に説明したのと同じ事を伝え、それを聞いたサレスが何とも疲れた様子でそう呟いた。

 そんな表情になる気持ちも解るから何とも言えないが。一難去ってまた一難の繰り返しだからなぁ……。

 

「正直言って鈴鳴……スールードの最終的な目的は解らない。とは言え向こうにナルを取り込んだイャガが居る時点で、放っておいたら碌な事にならないのは目に見えてるんだけどな」

 

 俺の言葉にサレスは「ふむ」と一つ頷くと、

 

「その口ぶりでは……祐、君は『根源区域』へ向かう心算の様だな?」

 

 問いと言うよりは確認と言った風に聞いてきた。

 それに対して俺が頷いた直後、ユーフィーとミゥ達がサレスの前に進み出る。

 

「サレスさん、祐兄さんだけじゃなくて、あたしと……」

「私達も、当然一緒に行きます」

 

 彼女達の稟とした言葉にふっと小さな笑顔を浮かべ、サレスは一言「そうか」とだけ言った。

 そんな折、ソルが「けどよ」と声を上げた。

 

「その『根源区域』とやらに居るのは、この時間樹を創ったっていう創造神なんだろ? だとしたら、スールードやイャガが何をたくらんでいても、早々何とかなるって事は無いんじゃないか?」

 

 確かにそう言いたくなるのは解る。俺とて、エト・カ・リファが勝てば何の問題も無いのならば、いっそエト・カ・リファ側に付いてしまいたいぐらいだから。けど、そうも行かないんだよなぁ……。

 

「どちらにしろ……スールード達が勝とうがエト・カ・リファが勝とうが、俺達にとって最悪な事態な事には変わりはないよ」

 

 そう言うと「何でだよ?」と訊いて来るソル。

 

「そうだな……お前等が『理想幹』から脱出する時の状況を世刻達から聞いたんだけど、それから察するにエト・カ・リファは理想幹やログ領域の状態を把握しているのは確実なんだよ。その場合彼女がどんな行動に出るか……ナルカナ、どう思う?」

 

 先程アネリスに引っ叩かれてむすーっとしてたナルカナは、俺の問いに対して「それをあたしに訊くの?」と言いつつも答えを口にする。

 

「そうね……間違いなく、この『時間樹』そのものを“リセット”して、まっさらにするわね、あの子なら」

「なっ……何だと!?」

 

 最も多きな声を上げたソルのみならず、世刻や斑鳩……サレスすらも、その答えは想像していなかったのだろう、各々に驚愕の声を漏らしていた。

 「本当に?」と言うタリアの問いに、ナルカナは「エト・カ・リファにとって最も優先されるべき事は、あたし……『叢雲』を封印することだから」とだけ答え、口を噤む。

 

「どう言う事よ、それ? あんたを封印しておくにしても、時間樹全部を“リセット”する必要なんてないじゃない」

 

 それは最もな疑問なんだが、どうやらナルカナは説明するのはパスらしく、目で「後はあんたが説明しろ」と言ってくる。……やれやれ。

 

「エト・カ・リファにとっては必要なことなんだよ。何しろ、時間樹そのものをダメにしてしまう可能性のあるナル化マナを使うような奴がいるんだからな。ならばいっそ……ってことさ」

「つまりは……全部あの理想幹神どものせいか」

 

 俺の説明に対して、忌々しげに言うナーヤ。

 そんな彼女へ「そういうことだ」と言うと、はぁ、と小さくない溜息を吐く。

 

「ならば……我等の取る道も一つしかあるまい」

 

 そう言ったナーヤに斑鳩が「そうね」と答え、ぐるりと皆の顔を見渡し、全員が同じ気持ちであるのを確認した後、サレスに向き直った。

 

「サレス──私達も『根源区域』に向かいましょう。この時間樹を……この世界に住む、大切な人達を護るために」


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