デミウルゴスは、暗闇の部屋に存在するゆりかごに目を向けた。失礼の無いようネクタイを締める。
その中に居るのは、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンの息子、そして次期支配者候補第一位の、ムササビだ。
アンデッドでありながら、食事も睡眠も必要とするムササビに疑問は感じたが、やはり小さな子供ならば有り得るのかもしれない、そう結論を出したのは、つい最近の話し合いだった。
以前のレースでレベルが2に上がったようで、使える魔法は〈
そんな偉大なるムササビに深い忠誠を誓うデミウルゴスは、ゆりかごの中で寝ているムササビを見やる。
ゆりかごの中にアンデッドがいれば、それは『ゆりかごから墓場まで』を一つだけで表しているようなチグハグ感を感じさせる。
寝ているならば見ているだけでいい。そう考えたデミウルゴスだったが、その気配を感じ取ったからか否か、ムササビは目を覚ます。
「ひぎゃぁぁぁ!おぎゃぁぁぁぁ!」
ムササビは、久しぶりにしっかり寝た後に起きたからか、生後三日以来久しぶりの涙を流す。
精一杯の生を世界に訴えるように、力強く泣くムササビを、デミウルゴスは慌てながら宥める。
普段の彼を知っているならば、そんな事を言っても想像すら出来ないだろうが、実際今デミウルゴスは必死に変顔や、モンスター形態に変化したり、おもちゃの太鼓を鳴らしたりと大忙しだ。
「ムササビ様ぁ~、いないいない...ばぁ!」
アインズから教えてもらった必笑ネタを使うデミウルゴスだったが、ムササビは泣き止まない。
(なんということだ、アインズ様直伝の技を持ってしてもこの体たらく...情けない!)
デミウルゴスは、自分を叱責しながら必死に笑顔を取り繕う。どうしたらいいのだ、そう思っていると、その暗い室内に光が差し込む。
それは、子供を産んでから黄金の瞳の輝きが増したアルベドだ。
「あら、デミウルゴスだったのね、どんちゃかどんちゃか煩いからシャルティアかと思ったわ」
「非常に心外...とも言い切れないな。アルベド、申し訳ありません。私ではどうしても...」
アルベドのジョークに、本格的に滅入っているデミウルゴスは正しい反応が出来ない。そんな弱気なデミウルゴスを見てアルベドは、柄でもないわねデミウルゴスの癖に、と優しく微笑む。
旧知の友人のような間柄の二人は、とても安定した組み合わせなのだ。
「くふふふ!あー、可笑しいわね!」
「...?アルベド?どうしたんですか?」
「いえ、なんでもないわ。そんなデミウルゴスの一面もあったなんて、コキュートス辺りにでも教えてあげようかと思っただけ。
さて、ムササビ?これが欲しかったのよね?」
そう言うとアルベドは、豊満な乳房をさらけ出し、ムササビに吸わせる。それにムササビは素直に応じ、チュパチュパと乳を吸う。
要はムササビはお乳が欲しかっただけだったのだ。
デミウルゴスは、自分の頑張りの空回り具合に苦笑しか溢せない。多少の知恵者だという自負はあったが、やはり子供に対しては母親のアルベドに全く敵わない、それを改めて痛感する。
いつか、私も父になれば分かるのでしょうかね。
そう思うデミウルゴスの顔は清々しい表情だったのだと、後のムササビは語る。
『ムササビ成長日記』
今日で10日経った。凄くないか?10日経ったんだぞ?我が息子は、たった10日でレベル2だ。カルネ村が襲われた時の村人の殆どより強いんだぞ?それもたった10日だ。いや、私にとってはとても長い10日だったな。
改めて我が息子は、可愛い。可愛すぎる。なんだこの生物。いや、死んでるのか?ええい、どうでもいいことだ。とにかく可愛いのだ。ここまで一つの存在に可愛いと思えたのは初めてだ。勿論、アルベドも愛しい。ナザリックの皆を愛しているのは真実だ。
だが、更に一歩向こう側にあると言っていい程、ムササビは可愛いのだ。約束を破って針千本飲もうが、目に入れようが全く痛くない自信がある。といっても、その程度ではダメージにもならないが。
はぁ、可愛い。ムササビが可愛いくて仕方がない!
と、精神も沈静化した辺りで筆を置こうと思う。