俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第89話

 残り数分となった後半。

 四日市の守護神、遠野の守備を抉じ開けてゴールを決めた江ノ高ではあるが、まだ油断することは出来ない。なんてったって、勝ち越しのゴールを決めた俺が言うのも変な話だが、シュート性のボールを直接ヘッドで合わせてシュートする奇襲じみた攻撃をしてようやく決めることが出来た1点だ。それをまたもう一度出来るかと聞かれると、正直難しい。

 身体的な話ではなく、チームメートとの連携をうまく取ることができるかどうかって点でだ。

 正直、駆だって賭けでしかなかったと思う。今更ながらあの瞬間の駆の判断力、決断力は並大抵のものじゃなかったと思う。そもそも、誰があのボールをクロスだと思う? って話だ。

 ……同じような状況を作り出すことは出来たとしても、同じようにヘッドで合わせる事は出来ないと思う。さすがに今度は遠野もタイミングを合わせてきそうで怖い。

 

『あれほど強固な守りを見せていた遠野選手でありますが、不知火選手の強烈なヘッドシュートにはさすがに対応しきれなかったようです! いやぁ、あのヘッドはインパクトがありましたね……何と言うか、度肝を抜かれたと言いますか……』

 

 さて、四日市のキックオフになるわけだが。

 四日市メンバーの目にはまだ力が籠っているのを見るに、まだやる気らしい。まぁ、遠野の守備力を考えれば同点に追いつければ何とかなるかもしれないなんて思っていても可笑しくない。そも、ここまで勝ち上がってきたチームだ。優勝しようという気概を奮起させてもさして違和感はない。

 ……そうか、ロスタイムもあるし、残ってる時間で同点に追いつかれてしまったらPK戦も考えられる。正直、PK戦になってしまったら遠野の守りを超えられるかどうか微妙なところだ。

 

 キックオフ。

 

 それと同時に四日市メンバーの動きに変化が見られた。

 いや、変化なんて言葉でまとめてしまって良いのかどうかが分からないが、ゼロトップで守備重視・遠野の守備力を念頭に置いた超カウンター型だったのが、今やほぼ全員が攻めに転じている。

 ゼロトップが今や6トップ。四日市サイドに残っている選手はCBだけという超攻撃型の布陣。攻撃こそ最大の防御とは言うが……ここでなんとかボールを奪ってしまえば最後の攻撃の目も潰えるだろう。

 全力で行くぞ!

 

『あーっと海堂! いきなり前線に放り込んできた! パワープレーでなりふり構わずチャンスを掴みに来たぁ! こうなると高さとスピードを兼ね備えた四実イレブンは誰もが得点源になりえます。集中しないと危険だ!』

「マークを外すな! ゴール前をフリーにするな!」

『四実の全員攻撃に対し、江ノ高も全員守備を敷いている!』

 

 ここで同点に追いつかれるわけにはいかない。

 さっきみたいなシュートは練習を重ねないと難しいだろう。

 と言うことで、俺も守備に参加することに。全力でボールを追いかけていく。一応CFだから前線に残っていた方が良いのかもしれないが、全力で走ればすぐに戻れる。これでも中塚とよりも脚は速いんだ。

 

「うぉぉ!」

「えっ!?」

 

 なんて考えていると、向こうも同じ事をしてきた。

 CBとして残っていた冴島選手までもが前線に上がっていき、四実選手が上げたロブをヘッドで合わせに行こうとしていた。が、そこは海王寺先輩がなんとかクリアしたものの中途半端なクリアになってしまったボールが点々とエリア内を転がっていき、そこに丁度走り込んでいた若宮選手がダイレクトでミドルシュート。

 そこに足を差し込んだ堀川先輩のディフェンスがあり、江ノ高は一旦危機を退ける事が出来たものの、今度は四日市のコーナーキック。おそらく残り1、2分程度。審判も時計を気にし始めていたのを見ていた。

 

「遠野、お前も来いっ!」

「はい!」

『おぉっと! ここで四実、遂にGKの遠野まで前線に上げてきた! これでまさしく全力勝負と言うことになりました!』

 

 遂に江ノ高ゴールエリア付近に選手全員が集合してしまった。

 四実イレブンは全員が長身だが、特に遠野が一番背がでかい。加えて奴の身体能力を考えると、ここは俺が遠野のマークに付くのが一番だろう。コーナーからのヘッド、ただでさえ長身の遠野が跳んだらどれぐらいの高さになるだろうか。

 ……いつも思うが、俺の言う台詞じゃないんだよなぁ。

 

 コーナーキックを上げるのは若宮選手。

 そう言えば江ノ高怒涛の波状攻撃の際、中塚も中々良いミドルシュートを蹴っていたが、基本的に選手の皆は狙ったところにボールを蹴り込むことは出来る。そう考えると中塚のシュート精度は……うん、頑張ってくれとしか言えないか。

 

 さて、キッカーは若宮選手。

 遠野はゴールネットから少し離れたところにいるが……

 

『決まればPK戦! クリアすればおそらくその瞬間に長いホイッスルが鳴り響くでしょう! ……上がったぁぁっ! 放たれたボールは高ーく上がってファーサイドへ!』

 

 やはり、若宮は大きなクロスを上げてきた。

 ボールが上がるのとほぼ同時に遠野が動き出した。遠野の身体能力なら、高いクロスだろうと何とか合わせに行くだろう。だからこそ、俺が動く。李先輩もボールの軌道をしっかりと見て対応しようとしているのを確認したが、その前に俺が動いていた。

 遠野が跳び上がるよりも先に脚に力を籠める。

 ジャンプするときに思い浮かべるのはバスケの神様として有名なマイケルジョーダンのジャンプ力と、鷹匠さんの嘘みたいなジャンプを参考に跳躍。たった一歩の差だが、俺の身体能力的にはその一歩だけでも大きなアドバンテージになる。

 

「うぉぉっ!」

「なぁっ!?」

『あぁっと、不知火選手がボールを大きくクリアしたぁっ!! さすがと言いますか、何という身体能力でしょうか! ほぼ同じタイミングで跳んだ遠野選手よりも少し離れた所で跳んだ不知火選手の方がより大きく跳び上がってみせました! 若宮選手も高いボールを蹴り上げましたが、不知火選手はその想定を超えて見せました!』

 

 褒められる褒められる。

 あまりに褒められすぎて顔が真っ赤になってないか心配してしまうレベルだ。そもそも褒められる事自体慣れてないのにこんな大勢の観客がいる中素直に褒められるとか、どんな苦行だ。

 跳躍の力をそのまま頭でダイレクトにボールにぶつける。

 少し遅れて跳び上がってきた遠野と空中で交錯するも、無駄に鍛えられたこの体では痛みを感じることもなく、むしろぶつかってきた遠野の心配でもした方がいいんじゃないかと逆に心配してしまう。

 ペナルティエリアからヘッドで大きく弾き出したボールは点々とバウンドしていき、遂には無人の四実コートまで。いち早く全員守備対攻撃の群れから抜け出していた駆がボールまで追いつこうとしていたが、その寸前でホイッスルが鳴り響いた。

 長いホイッスル。

 

『不知火選手がボールを大きく弾き、ここで長い笛が鳴り響きました! 試合終了ぉぉっ!! 江ノ島高校、準々決勝進出ぅぅっ!!』

 

 遠野の守りを超えるのに苦労したものの、何とか準々決勝に進出することが出来た。ていうか、こんな高校が準々にも進むことが出来ないってのが信じられないんだが。

 ……最近の高校生サッカーのレベル上がってない?


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