俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第86話

 コーナーキックから開始になるが、FWになった俺は当然前線のど真ん中に位置している。となると、すぐ近くに遠野の存在も目にすることになるのだが……いやぁ、こうして見てみるとやっぱり遠野ってデカいんだな。身長は2メートルぐらいあるんじゃないだろうか。

 しかし、前後半通してそれなりに活躍してきたとは思っているが、俺の周りに3人ぐらい固まるのはどうなんだろうか。駆とか他にも警戒すべき選手はいると思うんだが……俺だけやけに警戒し過ぎのような気がするが。

 チートを持ってる俺が言える事じゃないんだが。ある意味、彼らが俺の事を必要以上に警戒しようとしていることは間違いじゃないんだから。

 

『さぁ、コーナーキックです! 荒木選手は誰を狙ってボールを上げるんでしょうか! やはり不知火選手でしょうか、それとも前半で1点挙げている逢沢選手でしょうか!』

「もっと寄れ!」

「絶対やらせんぞ……!」

 

 何故か強い口調で俺に近寄ってくる四日市DFの皆さん。

 背丈は遠野と比べるまでもないが、それなりの身長だ。まぁ、俺よりも身長は低いから競り合いになった時は万に一も負ける要素はないわけだが。

 

 ――しかし、さっきの駆のシュートを紙一重とは言えギリギリで止めることが出来た遠野の能力は高すぎると思う。大会を通しての失点率の低さを考えると、前半で駆が1点を決められたのは大きい。

 それけでも今大会MVPになっても良いんじゃないだろうか。身内贔屓(びいき)の過大評価かもしれないが。

 

 さて、俺が取れる選択は2つ。

 俺がクロスを受けてゴールを決めるか、それとも他の味方に任せて周りの選手の注意を引き付けておくか。……無理矢理シュートを撃ちに行ってファールを取られるのも癪だ。まぁ、攻撃時だからそこまで酷く見られる事はないんだろうけど。

 

『さぁ、荒木選手……蹴ったぁ!!』

 

 ふわりと、それでいて鋭さもあるクロス。

 ほんの一瞬でボールはゴール前に集中している俺たちの元へと到達した。

 狙いはゴール前にいる俺ではなく、少し離れたところにいるマコ先輩の所へ飛んで行った。何気に空白地帯になっていたんだが、やはり俺に対する警戒が過ぎて周りの選手に対する警戒が疎かになっている。まぁ、それでも遠野だったら何とかしてくれるんじゃないかって気になってるのかもしれないが、それも駆が1点決めているからなぁ。

 確かに、並のシュートじゃ簡単に止められるし、決まったと確信したところで大体を止めてくるのが遠野の凄いところだ。

 

「ぅおりゃぁっ!」

『兵藤選手、右足でダイレクトシュートォォ!』

「くぁぁっ!!」

 

 ダイレクトだからそこまで精密なシュートではないが、まさかのシュートに遠野が跳んだ。俺に注意を払っていた周囲の選手が少し動揺して声を漏らしている。

 四日市DFの間を縫うようなシュートは、しかししっかりと遠野が手を伸ばしてボールを弾いた。弾かれたボールは大きく飛び上り、点々とエリア内を転がっているが、セカンドボールを足元に収めたのは中塚だった。

 えぇ……中塚ぁ?

 正直、練習風景を見ているとシュート能力と言うか……ボールを蹴る、シュートするという点においては信用できない男だ。足の速さはぴか一なんだが、どうしてこいつは陸上に行かないんだろうか。いや、俺も人の事を言えないから黙っておこう。

 

「そいやぁ!」

『中塚選手、ボールを蹴ったぁ! ……っとぉ!? このボールはどこに飛んでいくのか!?』

 

 狙いは無いだろう。

 適当にゴール前にいる選手の誰かに合わせられたらと思って蹴ったんだろう。いや、そもそも何も考えてないかもしれん。単に「攻撃!」とだけ頭の中にあったに違いない。

 そうして適当に蹴り上げられたボールはゴール前ど真ん中にいる俺を大きく飛び越え、それどころか変にカーブがかかってゴールから遠ざかるような軌道を描いて飛んでいた。

 これには皆びっくりである。

 一体全体誰を狙って蹴ったのか。それは中塚自身分かりえないことなんだから。

 

『中塚選手の上げたクロスは少し大きいぞぉ!? これではゴール前を大きく越えてしまう……ミスキック、いや、これは!?』

「あれは……完全にミスですね」

「やっぱり」

 

 遠くで監督と奈々の声が聞こえた気がする。

 それが実際に聞こえてきた声なのか、空耳なのかはどっちでも良い。どっちにしろ、ああやっぱりと納得するだけだから。そんなボールがどこに飛んでいくのかは神のみぞ知るってな。

 で、実際に飛んで行った場所には誰も走り込んでいない。

 ……と言うのは四日市選手の事で、さすがに誰も走り込んでいないような、それでいてゴールから離れた所を狙うとは誰も思ってなかったんだんろう。

 

 しかし、そんな所に駆が走り込んでいた。

 何故そんな所に走りこもうと思ったのかは分からない。中塚との付き合いの長い駆の事だ。ある程度、中塚のクロスの精度(・・)を体感していたんだろう。

 あの精度には困りものだが、それを理解している選手がいれば、それなりに武器にはなる。実際に試合でこういう事態になるとは駆も思ってなかっただろうが。中塚は中塚でドヤ顔をしてやがる……なんか、イラッとさせられる。

 

『逢沢選手だぁ! 逢沢選手が走り込んでいたぁ! なんという攻撃でしょうか。四日市の選手は誰も反応できてません!』

「まぐれですね」

「まぐれでしょうね」

 

 悲しいかな中塚君。

 江ノ高選手も駆以外反応できてないんだ。まさにそこを狙って蹴りました言わんばかりの所に駆はいたが、本当にただのまぐれに過ぎない。単に駆のボールに対する嗅覚が優れていたことと、長年の付き合いからクロスの癖でも思い出したんだろう。

 駆の能力に救われたな。

 

『さぁ、途中から入った中塚選手を起点とした攻撃だぁ! 逢沢選手、今度はどこを狙ってくるんでしょうか!』

「ぐっ……!」

 

 遠野が焦っているのは良い事だ。

 これで俺に集中している注意も少しは他に向いてくれるとやりやすくなるんだが……どうだろうか。あとは中塚の足の速さだけに翻弄されてくれるとありがたい。

 

「ぁあ!!」

『逢沢選手、シュートォォ!』

「うらぁぁっ!」

『こ、これもまた遠野選手が弾いたぁ!! 何と言い表せばいいでしょうか……こんなにもボールを弾き飛ばす選手がいたでしょうか! それほどまでに的確にシュートを拒み、ゴールを守り続けている!!』

 

 焦っていてもしっかりと大地を踏みしめ、ゴールを守る遠野。

 いやぁ……うちの李先輩は気力でゴールを守る人だとしたら、遠野は自分の身体の能力を余すことなくフルに使うだけじゃなく、しっかりと情報としてコート全体を頭の中にインプットしておくことができる選手だ。

 ほんと、これからが怖い奴だな。

 他人事みたいに言ってるが、これ、今そいつと試合中なんだぜ? 呑気な事考えてる自分にビックリする。

 

 まだ江ノ高の攻撃は続いている。

 まさに波状攻撃。ずっと攻撃し続けていればいつかは1点奪えるだろう。あとはそれの繰り返しだ。コート全体を俺が走り回り続ければ相手もパス回しに集中できないだろう。さすがにロングパスに即座に対応することは出来ないが、それ以外のショートパスだったら何とかできる。かもしれん。

 ま、俺の役目としては相手選手を惑わせる事と、俺に意識を集中させて攻撃に集中させないことだ。それだけで江ノ高の攻撃を連続させることができる。

 

 またのコーナーキック。

 ボールはゴールエリアから少し離れた所にいる織田先輩の元へ。

 またしても俺の周りに選手が固まってはいるが、今度は駆にも注意が向いていた。

 

「おぉぉ!!」

『織田選手、ダイレクトシュートォォォ!! 得意のミドルシュートだぁぁ!!』

「あぁぁっ!!」

 

 荒木先輩、俺、駆、マコ先輩、そして織田先輩の攻撃。

 連続での攻撃にさすがの遠野も集中力が続かない――

 

『……と、止めたぁぁっ!! な、なんという握力! 織田選手のシュートを弾かず、そのまま止めたぁっ!! これこそが難攻不落の四日市、守護神遠野の守りだぁぁ!!』

 

 ――と、思っていたんだが、遠野の集中力は俺の想定以上の輝きを見せたらしい。結構強烈な織田先輩のミドルシュートをジャンピングキャッチしやがった。さすがに息が荒くなってるが、ここで波状攻撃を途絶えさせられたのは痛い。

 このまま続けていたらゴールを奪えていたと思うんだが……

 

 それにしても、最前線ゴール真ん前ど真ん中にいたのに、一切ボール接触が無かったんだが……俺の存在意義はあったんだろうか。ちょっと不安になってしまった。


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