『――さぁ、この試合、勝者となってベスト8に駒を進めるのは攻撃力の江ノ高か、それとも世代別日本代表のGK遠野を擁する守備力の四日市か!?』
江ノ高サポーターが大きな歓声で応援してくれている中、直前のミーティングが始まった。
とは言え、岩城監督が語り出した内容は昨日とほぼ同じようなもの。昨日の四日市の試合を見ているだけあって、絶対に先取点を取られることのないようにと念を押された形だ。
となると、俺はDFになるのかFWになるのか、どちらだろうか。
……まぁ、サッカーだけじゃなく、スポーツってのは運も関わってくるからなぁ。絶対に、とはいかないのが怖いところ。それでも頑張るけど。
――わぁぁ!
「なんだぁ?」
突然の歓声に荒木先輩が白い眼を向ける。
半眼になって観客席を歩く集団を見る表情には、ありありと『俺以上に目立ちやがって』なんて文字が書いてあるように見えた。そんな目で見られている当人達のうち、うちの選手が見ていることに気付いたのか一人の選手がこっちに向かって手を振っていた。
「滋賀県代表の鳳凰学園ですね。午前中の第1試合で勝ったらしいです」
「しかし、記者がついて回ってるってのは……」
よく見ると
「無理もないですよ。だってあの大分西崎を6対1で破ったんですから」
「なっ!?」
「大分西崎から6点!?」
「予選では10点取った試合もあったそうです。しかも準決勝……」
すんません。
大分西崎ってところを知らないんですが……
とは言えない雰囲気だったので、雰囲気的に強いチームなんだろうと当たりをつけておく。しかし、6点も取るってことは結構な攻撃力を持ったチームなんだろう。
失点しているとはいえ、1点と言う点数に抑えていることもまたうまく連携が取れている結果なんだろう。でも10点ぐらいならこのチームでも取れそうな気はするんだが。
それからすぐに選手入場。今回俺はDFとしての出場だ。四日市の攻撃をシャットダウンしたい気持ちと、今いる江ノ高メンバーで得点できるのかという監督の気持ちが感じられる。
先に江ノ高の選手紹介があり、それから四日市イレブンの紹介。
ほぼカウンター型と言える布陣を敷いてくるのが常だが、いざ攻撃になるとDFまでもが一気に走り込んでくるらしい。……こうして見てみると、確かに全員が全員足が速いらしく、平均すると今までのどのチームよりも足は速いんじゃないだろうか?
四日市の中で最も気にすべき選手はもちろん遠野になるわけだが、それ以外にも注意すべき選手は多くいる。FWの中でも
『さぁ、江ノ高からのキックオフで始まりました第3試合! ……おぉっと、まずは荒木選手が一人でドリブル突破だぁ!』
「お手並み拝見といこう」
ボールを蹴り出した荒木先輩は、そのまま四日市選手の股下を転がしドリブルをし始めた。
正直、DFの位置から見ているだけじゃそこまで脅威に感じないが、ほぼ0からトップまで攻撃のギアをあげられるってのは怖いもんだ。カウンターしてくるときはFWだけじゃなくてMFまで走ってくるんだろ? ……手数で攻められたら結構危なくなるかもな。
で、荒木先輩はと言うと、2人目として立ちはだかった若宮選手をエラシコで突破した。そこを狙ってまたしても2人の選手が立ち塞がるものの、緩急をつけて一気に突破。斜め後ろからのスライディングも、まるで見えていたかのようにボールを浮かせてかわしたのだった。
「な、なんて野郎だ……」
「止めろっ! シュートまでいかせるな!!」
『キックオフからわずか1分! 同じ世代別代表のGK、守護神遠野の守るゴールに向けて荒木が次元の違うドリブルテクニックを見せつけてたった1人で突進していくぅっ!!』
しかし、前にも後ろにも相手がいる状態でドリブルを敢行するのはいただけない。
DFとして言わせてもらえば、もし今ボールを奪われたら……すぐにカウンターされてしまう形になる。加えて言えば、荒木先輩1人だけが突出してしまうと、他のFW、MFも釣られるように前に上がってしまうということだ。
向こうの選手の体力、走力を考えると……ちょっと厳しくなるぐらいか。
最初に一発かましておくのも相手にプレッシャーを与える手段の一つだからな。
相手DFに囲まれた荒木先輩だったが、前線へと上がっていく駆と高瀬にはしっかりとマークがついており、横も出すのが厳しい状況だったが、そこで荒木先輩は相手に背を向けた。
後ろから織田先輩が上がってきていた。ミドルシュートを蹴れる織田先輩の存在に気付いた四日市DFの2人は、ボールを受け取れる姿勢を見せている織田先輩に気がとられた。
その瞬間、荒木先輩は真上にボールを蹴り上げ、宙に身を投げ出した。
「おおぉぉ!」
『バ、バイシクルシュートだぁぁっ!!』
ゴールに背を向けたまま飛び上がった荒木先輩は、ボールを蹴る直前に軸足とは逆の足を一気に振り下ろし、その勢いで軸足を振り上げボールを蹴ったのだった。
まさに意表をつくシュート、荒木先輩の真骨頂だ。まだ試合が開始して直後のことだから遠野も想定外のことだったんじゃ……
『と、止めた止めたぁぁっ!!』
と、思っていた時期が俺にもありました。
いやぁ……がっちり両手で掴んでシュートを止めてるよ。
さすがに先制点になったかなと思ったんだが、これだと逆にうちの攻撃陣が動揺してるかもしれないな。
「いけぇぇぇっ!!」
遠野は掴んだボールをすぐさま大きく蹴り出した。ここから四日市の逆襲をと考えているわけだろう。
が、ボールの飛距離からして本来の俺のDFラインから少し前に落下するだろうと予測し、それなら大丈夫かと前進。ぐんぐんと飛んでくるボールの落下地点には海堂選手が待ち構えていたが、構わず俺が割り込んで大きくジャンプ。
「ふっ!」
「なっ……!?」
飛び上がった際にのけ反った反動を生かし、そのままヘッドでボールを前線まで弾き飛ばす。ちなみに、ヘッドでのクリアも鋭意練習中だ。それなりにボールを飛ばす方向、距離の精度が高まってきたんじゃないかと思ってる。
これが完璧にこなせるようになれば、攻防一体の速攻カウンターが成立するんじゃないだろうかと一人息巻いているんだが、中々綺麗にこなせない。何せ、俺の守備範囲にロングパスが飛んでこないとできないんだからな。
まぁ、しかしこれで一層ロングパスからのカウンターやら組み立てはし難くなったんじゃないか? 俺一人DFにいるだけで抑止力のなるこの素晴らしさ。さぁ、皆ここは俺に任せて前に進むんだ!(圧倒的フラグ感)
『な、なんという事でしょう! 荒木の活躍から一転、逆に攻められる形になりそうだったというのに、不知火の大きなクリアで一気に形成が逆転! またしても江ノ高の攻撃だぁ!!』
ふははは!
これが江ノ高の超カウンターやでぇ!!(大嘘)
今日は李先輩の気力も十分高まってる事もあり、ちょっとやそっとの事じゃうちのゴールも奪えないだろう。まさにGK対決。努力で実力を培ってきた李先輩が上回るのか、それとも遠野が天性の才能を生かし切って無失点に抑え込んでしまうのか。
気炎を上げる李先輩に軍配が上がることを祈っておこう。
……まぁ、俺がFWになったらどうなるかはわからないんだが。