俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第81話

 両側から迫りくる相手MFの中央に体を滑り込ませ、強引にドリブル突破していく。しっかりと足元のボールはあらぬ方向に飛んでいかないようボールタッチの回数は多く、それでいて柔らかいタッチを意識する。

 相手に挟まれながらも足元では2回、3回とボールに触り、ボールを相手に触らせないよう注意しながら前に進んでいく。途中、サイドに展開している味方に視線を送り、パスを臭わせる行動をとりつつ。

 

「ぐっ……」

『抜いた抜いたぁっ! 一挙に2人の選手を抜き去り、これで4人ごぼう抜きだぁ! 不知火選手の独走を誰が止めると言うのか!!』

 

 しつこくボールを追っていく江ノ高選手に慌ててパスミスし、それでも何とか前線にボールを出すものの素早いプレスからボールを奪われてしまう。シュートに持っていくことすらできない状況が続いている静名に対し、容赦なく責め立てる江ノ高メンバー。

 そして後半終了の笛が鳴り響く。

 結果、7対0。相手に何もさせなかった江ノ高は圧勝と言っていい結果を得ることができた。まぁ、試合相手である静名学園の選手たちがどう思ってるかはわからないが……次、頑張ってくれとしか言いようがない。

 

『全国高校サッカー選手権大会江ノ島高校の初戦、なんと……7対0というスコアで江ノ高が勝利!! 昨年度ベスト8の静名学園をくだして3回戦進出っ!!』

 

「お疲れさまでした」

『っした!!』

「いやぁ、想像以上の出来でした。……もう気付いたと思いますが、全国大会だからと言って戦う相手のすべてが必ずしも闘ったことのない強豪ばかりではありません。君たちの実力はすでに全国有数の強豪校以上のところにまで来ています」

 

 いったん話を切ってちらと俺を見る岩城監督。

 その流し目が何を意味しているか知らんけど、意味ありげに見るのは止めてくれ。

 

 そして、岩城監督の話はほどほどに、着替えてスタンドに向かうことになった。

 次の試合の勝者が、明日の3回戦の試合相手になるからだ。連日連戦ともなるとそれなりに疲労が残るだろうし、何よりこのまま勝ち続けていったときの体力を考えると、初戦の静名みたいな楽な試合ばかりだと良いんだが……

 さすがにそこまで高望みは出来ない。

 トーナメント表を見たが、どうせ勝ち上がってくるのは四日市実業――あの遠野がいるチームだろう。代表の時も、ギリギリのところでシュートを弾き出したりする様を見ていたが、あれほどのGKはそうそういない。よほど強烈なシュートか、奇想天外なシュートじゃないと全部弾かれるだろう。

 

 ――で、実際に四日市実業の試合を観戦したわけだが。

 

「やっぱり、遠野が一番厄介な相手か」

「そうだね……一瞬の判断力がずば抜けてるし、何よりあの長い手が……」

 

 フェイントからのシュート。完全に抜いてそのままシュート、あわや相手の得点シーンだというのに、その長身と意味の分からない反射神経の良さで足を出し、シュートを防ぐ遠野。

 この時点で意味不明な守備範囲になっているわけだが、それでも果敢に攻める作郷(さくごう)選手たち。すでに1点決められているため、何とかして同点に持ち込まなければならないが……

 

『あぁっと、名手小林! 今度は芸術的なループで遠野の頭を越えてゆくっ! 時間はロスタイム! 今度こそ同点か!?』

 

 ゴール前から少し離れているところ、頭上を越えるループシュートでゴールを狙う作郷、小林選手だったが……

 

「そうは、いくかってんだぁっ!!」

『な……なんとこれも止めたぁっ!! まさに鉄壁の守護神! U-16代表GK遠野幹也!!』

 

 超人的な反応で後ろに下がり、ジャンプしつつ腕を伸ばして指先でボールを弾き飛ばし、シュートをブロック。渾身の一撃だと思っていただけに、作郷のFW選手は呆然と遠野のことを見ていた。

 

「いやいや、その一言で済むんですかい」

「は、はは……どうやったら抜けるかな……」

 

 駆が苦笑いを浮かべながら遠野の事を見ている。

 他のメンバーも皆、一様に似たような表情で試合風景を見ている。確かに、あれだけの守備力の高さを見せつけられたら、どうやって四日市実業を攻略すれば良いのか考えさせられる。

 まぁ……いくら考えたところで明日の試合相手が変わるわけでもないし、江ノ高の戦術を変えるわけでもない。何とかしてゴールをもぎ取るしかないない。いつもみたいに波状攻撃を仕掛けられれば、そのうち1点くらいは奪えるだろうが……

 

「いや、しかし……ここまで下がられちゃ攻撃するにも一苦労だな」

「そうだな。基本的にカウンター型だが、攻撃に移るまではFWまでエリア内にいやがる。これだと、シュートまで持ってくのも難しいな」

 

 どうやって遠野を抜くか。この一言に尽きる。

 ふつうのシュートじゃダメ。ちょっとでも甘いコースだと弾かれる。なんだあいつ。俺のことは置いといて、なんてチートな野郎だ。ほんと、俺のことは考慮しない状態でな。

 

 

 

 ――あの後、1対0で試合に勝利した四日市実業。

 もちろん次の試合相手になるわけだが、試合観戦を終えた俺たち江ノ高メンバーは明日の日程を確認して解散したのだった。

 

「えっへへー」

「……なんで群咲がここに」

「なんでって、ヤスに会いたかったから来たんだよ」

「……」

「黙っちゃってー。照れたかな?」

 

 ウリウリと言いながら脇腹を突いてくる群咲。

 家に帰ったら何故か群咲がいて驚いたのは俺だけで、両親は普通に接していた。と言うか、俺抜きで両親と3人だっていう状況だったのに、よく普通にいられたなとしか思えん。俺だったら本人がいないと言われたら帰るけどなぁ……まぁ、母さんだったら上がっていけと言いそうだが。

 

「あー……群咲」

 

 とりあえず理由だけでもと思い、名前を呼んだ瞬間だった。

 それまで笑顔を浮かべていた群咲の表情が歪み、少し怒気を感じさせた。

 

「もおー! いっつも私のこと苗字で呼んで! 何で名前で呼んでくれないの!」

「え。あ、いや……特に理由はないが」

「なら私のこと舞衣って呼んで」

 

 ジッと俺のことを見つめてくる群咲。

 身長差も相まって群咲は見上げてきているが、ぷくっと小さく膨らませたほっぺが何とも可愛らしい。怒気を感じたはずなんだが……思わずちょっと笑ってしまった。

 噴き出してから、ハッとなる。

 目の前のお姫様のお気に召さなかったのか、眉が少しだけ吊り上がったのを見て、反射的に左手で群咲の両頬を抑えていた。群咲の口を隠す形で手を突き出し、親指で左頬を、それ以外の指で右頬をむにぃっと。

 

「むぁっ!?」

「あ。……ははっ、なんだ、可愛いじゃないか、舞衣(・・)

「……っもう!!」

 

 振り上げられた手は、彼女の名前を呼ぶことで急停止。1秒、2秒……3秒経たないところで舞衣は大きく後ずさり、俺の魔の手から離れたのだった。

 指で抑えたところが少し赤くなっている。さすがに少しは悪いと思っている。反省はしていないがな!

 

「ん……っと、とりあえず、今日、初戦突破おめでとう!」

「あん? それ言うために来たのか?」

 

 熱いのか、赤くなった頬に風を当てるようにパタパタと手で仰ぎだした舞衣。

 おめでとうと言ってくれるのはありがたいが、まさかそれだけのために? なんて疑念が湧いて出る。それはそれで嬉しいが……

 

「ま、まぁ、それもあるかな? でも、次はあの四日市……だっけ? 遠野っちがいるところでしょ? 大丈夫?」

「あー……まぁ、多分大丈夫……だと思う」

「うわ、すっごい不安になるんだけど」

 

 微妙な表情を浮かべる舞衣だが、俺としても多分としか言いようがない。

 俺が見た限り、江ノ高メンバーと四日市の選手じゃ、ほぼ江ノ高メンバーの方が能力値的に少し上回っているのだが、どうしても遠野の守備力だけがずば抜けて高い数値を叩き出しているからなぁ……多分、と言うのはそこだけだ。

 隙さえ見せなければうちが失点する事は無いだろうが、油断は出来ない。

 

「それ以上の攻撃力か」

「え?」

「いや、何でもない。……とりあえず飯だ飯。ほら、行くぞ」

「あ、ちょっとぉ!」

 

 あの時から成長しているだろう強敵を前に滾り出す感情を押しとどめ、良い匂いのする食卓へと向かうのだった。


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