俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第80話

 荒木先輩からボールを奪った石井率いる静名は、江ノ高のMFとDFのラインの間にスペースを見つけ、そこに走りこんだFWにパスを出して裏を突こうと考えたわけだが、完全に江ノ高の戦術に嵌ってしまった。

 一気に前線にボールを上げてしまったため、パスの出しどころも無いままに数人からプレスをかけられボールロスト。逆に江ノ高のカウンターになってしまう状況に慌てて自陣に戻っていく静名イレブン。

 そしてパスを受けた薫がサイドから上がっていき、相手が前に立ち塞がろうとしたところで中央を上がっていた荒木先輩にパスを出したものの、まるでボールを止めることができませんでしたと言わんばかりにスルー。

 慌ててボールを止めたマコ先輩だったが、相手のプレスを受けて倒れてしまった。相手のファールがあったため江ノ高のフリーキックからリスタートとなるが、いやぁ……口元に笑みを浮かべている荒木先輩が何とも腹黒い。

 

 そこからはもう江ノ高の猛攻。

 フリーキックからのボールを合わせた高瀬の高い位置からの振り下ろし。何とか弾き出したGKだったが、ボールが飛んで行ったところにいた織田先輩のミドルシュート。

 何とか走りこんでいた相手MFが足を延ばしたものの、シュート精度の上がってる織田先輩のシュートは相手の足をギリギリ掠めるようにしてゴールネットに突き刺さった。

 

『前半開始からわずか7分! 江ノ高、先制しましたぁぁっ!!』

「おぉぉっ!!」

 

 滅多に聞かない織田先輩の雄叫び。

 エリア内の人数が多かったところを強引に捻じ込んだ一撃だった。

 不調感をだしていた荒木先輩だったが、別にそんな事をする必要はなかったんじゃなかろうか。このチームは、監督が思っていた以上に強かなメンバーで構成されているってことだ。同じチームの仲間として心強いし、何より誇らしい。

 いやぁ……得点を決めた織田先輩を周りのメンバーが嬉しそうに囲んでいる様子を見ていると、すぐに俺も出てシュートを決めたいという気持ちが強くなってくる。

 こうしてベンチで見ていると、鎌学や葉蔭を相手にしたときにどうこうできるレベルの相手じゃない。攻撃力はそこそこだし、守りにしたってそれなり程度。バランスは良いが、正直突き抜けた選手が一人でもいれば簡単に突破されてしまいそうな感じ。

 正直、江ノ高の敵ではない。

 そこからはもう一方的な展開。サイドから薫がドリブルで上がればクロスで高瀬に合わせ、少しでも隙があれば織田先輩や荒木先輩がミドルからどんどんシュートを蹴っていく。

 前半だけで江ノ高のシュート数は10本近く。対して静名は1本。すでに3対0まで点差が付いてしまっているんだが……後半、俺の出番なんていらんやろ(迫真)

 

『でたぁっ! アラーキー・ダンス! 超絶足技で「JJ」オコチャばりのサイドステップを踏み、そしてそのままシザース!』

「いやぁ……やっぱ荒木先輩巧いなぁ……」

「……康寛だったらすぐに出来るようになるんじゃない?」

「いやいや、さすがにすぐってわけにはいかんだろ。練習して、やってみないことには――」

「でも、私と練習したときおんなじ動きしてたじゃん」

 

 ジト目で睨んでくる奈々に、ついと目を逸らすことしかできない。

 確か、前に練習してた時に奈々がやったターンを見よう見まねでやったことがあるような気がする。

 

「あー……そうだなー……そんな事もあったかなぁ」

「まぁ、良いけどねー」

 

 ふう……いったん危機は過ぎ去ってくれたみたいだが、またいつ再燃するかわからんな。いや待て、あれ? 俺が試合で同じ事するたびに睨まれるかもしれないって事か?

 

 で、前半終わって3対0のまま。

 相手さんもまさかここまで差をつけられるとは思ってもなかっただろうが……鷹匠さんや飛鳥みたいなずば抜けた選手がいるわけでもないし。これは、江ノ高イレブンの練習試合みたいになってしまっている。

 これでうちのメンバーは調子に乗っている荒木先輩を除いて誰も気を抜いてないのだからある種酷い試合だ。県予選を突破して全国大会に来たと思ったら初戦から実力差を感じさせられる内容になってしまってるんだから。

 

 ……え? 俺?

 もちろん全力で行くに決まってるじゃない。

 

『さぁ、後半が開始となりますが……江ノ高は2人選手を入れ替えております。FWの高瀬選手に代わって工藤選手。そして……え!? な、なんと荒木選手に代わりまして不知火選手が入ります! これまでDF、FWとして縦横無尽に活躍していた不知火選手ですが、MFとして選手交代するのは初めての事じゃないでしょうか!?』

「……ま、気張らず頑張ってくれたまえ」

「まぁ、荒木先輩よりは活躍しますよ」

「なんだとぉっ!?」

「はは、じゃぁ、また試合が終わったら」

「おい、待てこのっ」

 

 後ろから聞こえる荒木先輩の声を無視して走り出す。

 こうなると後が面倒なのは目に見えてるんだが、荒木先輩みたいな人をからかうのは面白くて止められない。要は荒木先輩以上の動きをすれば良いんだから、最低限荒木先輩の動きを模倣してれば問題ないだろう。

 が、それだと見た目的に面白くないだろうから俺流で動き回るけども。

 前半の静名学園の動きを見てたからあれだが、そんなに気負うことなくプレイに集中しても大丈夫だろうと思い、パスに全力を注ぐことにしよう。もちろん、相手が隙を見せたらシュートは蹴る。ま、基本的にはFW陣に全力を注いでもらうためのボール回しに専念するが。

 

『さぁ、後半戦が今キックオフしました! 前半で3点差をつけられてしまった静名学園はどう動いてくるのか!』

 

 そもそも前半から選手を交代しようとすらしていない。

 こちらの動きを見てから選手交代しようとしているのかもしれないが、その程度の考えで江ノ高の守備は突破できないし、そもそも守りすら十全ではないだろうが。……今出てる選手が持てる戦力の全力だと考えるとれば、残念だったとしか言いようがない。

 次回に期待! 今回の試合相手が悪かったと思って、次からファイト。

 

 後半開始と同時に前線からプレスをかけに行く江ノ高FW陣。

 それを嫌って後ろにボールをパスしてやり過ごそうとしているようだが、そんな事はお構いなしにボールを奪おうと迫っていく江ノ高メンバー。ほぼ相手エリア内でボールを追いかけまわしている状態。

 

「よっと」

「あ……!?」

 

 精神的に追い詰められてるとは思うが、そこは容赦なくパスミスを狙っていくスタイル。MFはチームの中盤で全体を見渡さなきゃならんから大変だが、全力で動き回れるってのはやはりでかい。

 こっから一人でドリブルしても良いし、前を走ってるFWにパスを出してもいい。時間を稼ぐために横か後ろにパスを出しても良いが……ここは強気に自分でドリブル。

 最近の練習試合で何回かやった、世界トップレベル選手のドリブル擬きをここで発揮する! ……いや、出来てたら良いなぁ。

 

『不知火選手、単身ドリブルで静名イレブンに襲い掛かる!! それを止めようと静名学園の選手が前に立ち塞が……あぁっと!? こ、これはアラーキーダンスだぁ!!』

「んなっ!?」

 

 パクリです。

 荒木先輩の声が聞こえるけども無視。

 さっきはここからシザースで相手を抜いたこともあり、それを警戒しているだろうが。荒木先輩と同じ足技に思わずと言った感じで足を止めてしまった相手を嘲笑うように股抜き。

 相手の足の内側にボールを当てることで、横を抜き去ったあとちょうどいい所にボールが来るように微調整したのだ。まぁ、それも感覚的にやってみただけに過ぎないんだが。

 一足で相手を抜き去り、絶妙な位置にボールが来たと一人満足する。

 何とか俺を止めようと前に躍り出てくる静名選手だが、さっきのドリブルで満足してしまった俺は躊躇うことなくパスを選択。左サイドを上がるキャプテンがしっかりとボールを足元に収めた。

 慌てて左サイドに比重が偏る静名だが、しっかりと機を見てサイドチェンジ。右サイドを上がっていた薫にサイドチェンジをするキャプテン。さすが抜かりない。

 そこから少しドリブルで切り込み、DFが近寄ってきたところで俺にボールが回ってきた。……別にそこから中央にクロス上げて工藤先輩に合わせても良いのにと思いつつボールを受ける。

 

(あー……さっき荒木先輩、こっからフェイント交えながらトリッキーなシュート決めてたけど。別にそんな小手先に囚われる必要もないよな)

 

 前半での荒木先輩の得点シーンがよぎったが、そこまで模倣する必要はないと判断。逆に、ここでこそ世界トップクラス選手のシュートを真似てみるべきだと思い、DFがいるギリギリのところにシュート。

 グラウンダー性のシュートはDFの股下を通り過ぎ、一度地面を跳ねるようにして突き進む。DFの体で一瞬ボールを見失ってしまったのだろうGKは一切動くことができず、視線だけがボールを追っていた。

 

『ゴォォォォルッ!! 後半開始早々! 荒木選手と交代で出場した不知火選手が静名学園の選手の股を抜いてシュート! 相手の意表を突く見事なシュートでした!』

 

 ゴールと同時に集まってきた味方に、ウェーイと気の抜けた声を出しつつハイタッチしていく。大差がついてしまった試合、静名学園の生徒たちはだいぶ意気消沈したような表情を見せていた。

 ……さて、ここから何点差まで行ってしまうんだろうか(戦慄)


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