俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第77話

 さて、選手権で優勝した俺たち江ノ高サッカー部は、次の全国高校サッカー選手権大会に向けての練習に取り組み始めた。

 基本のパス練習からドリブル練習、シュート練習を開始。基本的な事だけに練習しないといけないのだろうと、特に今まで違和感を覚えずに繰り返してきた練習だが……こう、起伏のない練習を繰り返しても意味はあるのだろうかと考えてしまうのは悪い事だろうか。

 まぁ、そうはいっても監督の意向に逆らう事はせずにひたすら練習に打ち込む。

 できるだけパスの速度を上げてみたり、動いてる最中にパスを出す時は相手の動く方向と速度を考えて一番最適な所にパスを出せるように。

 試合で勝ってなんぼのスポーツだ。巧いパスを出せないようじゃ味方に疎まれるし、シュートを決められないFWってのも、決定力あってこその最前線FWの意味がない。

 だからと言ってパスを出す事だけに集中して良いのかと言うとそうでもない。

 自分でドリブルすることができなければ、相手のエリア内でシュートを蹴ることができなければどういう事になるのかと。さすがに戦力外通知を受けたくはないから全力でやろうと思うが。

 

「こっちだ!」

「……!」

 

 紅白戦、FWの俺は一度手を挙げて存在をアピール。

 そのまま裏に抜ける様な動きを一度してから中に斬り込んでいく。出されたパスを受け取ってドリブル。DVDで見た世界トップクラスのFWが魅せたドリブルを意識し、ボールのタッチ回数を増しましに前へ前へ突き進んでいく。

 相手のDFは海王寺先輩と堀川先輩のレギュラーメンバーだが、緩急とフェイントを駆使して二人を翻弄。味方が上がってくるのを待とうかと思ったものの、後ろから味方と同じように相手も上がってきており、このままだとエリア内を固められてしまうのは目に見えていた。

 

「ほっ!」

「なっ、にぃ!」

 

 スライディングでボールを奪いに来た堀川先輩を躱し、前に出てきた海王寺先輩は股抜き。一瞬、ボールを見失ってしまったのか硬直してしまった海王寺先輩の横を抜けて一気に前に。

 

「うぉぉぉ!」

「……っ!」

 

 後は李先輩との一対一。

 練習試合と言えどもこの気迫である。すべてのシュートを何としてでも止めて見せると言わんばかりの眼光で睨み付けてくる。と言うよりは、体全体を観察してきているような気がする。

 少しでも甘いコースにシュートを蹴ったら止められるか、最低でも弾き出されてしまうだろう。優秀なGKほど厄介なものはないが、この人が仲間で本当に良かったと思う。だって、こうして切磋琢磨しあえる仲間ってのはそうそう得られるもんじゃないからな。

 

「ぉあぁっ!」

「……ぐっ!?」

 

 出来るだけ李先輩から遠いところにボールを蹴る。

 蹴るときの足の振りはコンパクトに、それでいて威力と速度が出るように体全体を使ってしっかりと足を振り切る。しかし、全力で走りながらしっかりとボールを足元に収める技術ってのはどうやって身に着けたんだろうか。

 グラウンダー気味のシュート。何とか反応して手を伸ばした李先輩だったが、その手はボールに触れることができない。ギリギリを狙って蹴ったボールは大きな音を立ててポールにぶつかり、そのままネットを揺らしたのだった。

 

「っし!」

 

 何気に以前よりも集中力が高くなった気がする。

 これも俺自身のボールタッチの回数が増えたことが理由なのかどうかは不明だが、相手がドリブル突破しようとしたときに足元に集中すると、前よりもよくボールが見えるのだ。

 見える、と言うよりも奪うタイミングが分かってきたと言った方が分かりやすいだろうか。少しでも相手がボールを足元から離した瞬間に足を出してボール奪取! と行けばなんとカッコいいんだろうとは思うんだが……中々うまくいかない。

 と言うか、そんな簡単にボールを奪わせてくれるような奴が全国大会に来るかい! とは思うし、俺だって奪われたくないと思う。当たり前か。

 

「おい不知火……お前、また巧くなったんじゃないのか?」

「え? そうっすか?」

「けっ! 一体いつ練習してんのか気になるぜ、ったく……」

 

 握り拳を作ってガスガスと遠慮なく小突いてくる荒木先輩。

 つい先日、監督から借りたDVDを見たおかげで巧くなったのかもしれません。なんてアホみたいな事を言うわけにもいかず、はははと乾いた笑みを漏らす事しか出来ない俺ではあるものの、それなりに効果を感じつつあった。

 今のシュートだってDVDを参考にしたものだからなぁ……

 

 チラと駆を見る。

 今日の駆の様子を思い出すに、いつも通りの駆であった。

 ……いや、どういうタイミングで駆の様子がおかしくなるのかってのを考えたことが無かったなと改めて思ったんだが。

 今までの駆の様子を見てきて分かったことと言えば、おそらく人格が変わっているのはサッカーに関する時だけ。それも、基本的に劣勢になったときか強敵を相手にしたときに性格が変わっている。

 ……なんと限定的な多重人格だろうかとつい思ってしまった俺は悪くないはず。

 実生活に影響が及んでないってんだから大丈夫なんだろう。そう信じたい。定期的に病院に行ってるってのは話に聞いてるが、事故があった後のリハビリか経過に関する話でも主治医の人と話をしてるんだろう。

 俺も少し前に銃で撃たれて初めて体験したことだったが。

 

『──では、このDVDを見て出来そうなことを少しずつ自分のものにしていってください』

 

 なんていきなり言われたときは、何を言ってるんだこの人はと思ったものだが、何気に監督が俺のチートを理解してる節がある。じゃなかったら俺にDVDを積極的に見てもらおうなんて考えないだろうし。

 それとなく他の人に話を聞いたりしたが、俺以外に監督からDVDを借りたことがある奴はいないらしい。どういうことだってばよ(迫真)

 

 なんて事を考えたりしながらがんがん攻め上がっていく俺氏。

 それなりに付き合いが長くなってきたからこそ分かることが多く、その隙間を縫うように遠慮なく攻め上がる俺に対し、ほぼ全員で守備に当たるレギュラー陣。

 今更だが、俺はベンチ組を中心としたメンバーの中に編成されてレギュラー陣と試合をしている。戦力的にこれが一番ですとか監督が笑顔で言うから火がついてしまった人が数人。でもまぁ、これが現実です(無慈悲)

 前半が終わる直前に高瀬に決められたものの、1対1で進んでいく紅白戦。これから全国を相手に戦っていくことを考えると、いくらチームメイトだとしても遠慮する理由がない。

 むしろいつも以上に実力を発揮して、全員の実力を上げるための動きをするのがいいのかもしれない。

 

 と、言うことで試合中ずっとFWだった俺、頑張った。

 レギュラー陣の活躍も何のその。結局負けてしまったが3対4という接戦を繰り広げてやったんだから良い結果だろう。……しかし、ハットトリックはやりすぎだったか?


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