俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第75話

 さて、選手権で見事優勝に輝いた俺たち江ノ高は全国大会に駒を進めたわけだが……今度は全国の強豪校を相手に勝ち進んでいかなければならない。前回は日本代表に選ばれ、出場していたこともあってこっちに専念できなかったという思い出がある。その悔しさをばねに、これからの試合を勝っていきたいものだ。

 ……なんて、誰に聞かれてもすぐ答えられるようテンプレを考えておくのは悪い事だろうか?

 

「それでは、全国大会に向けてのミーティングを開始します」

『はいっ!!』

 

 いつになく気焔の籠もった掛け声が窓を震わせた。

 特に李先輩なんか、全身から気が立ち上がっているような幻覚さえ覚えさせられる。前回、選手権決勝では手首の怪我で休養せざるを得ない状況になってしまったのが悔しくてしょうがないのだろう。

 もし俺も、銃で撃たれた怪我の完治が遅れて試合に出れないってなってたら大分悔しがっていただろう。それでもし負けでもしていたら……こう、握り締めた拳を叩き付けたくなるような感情に囚われそうだ。

 

「正直、現状の皆さんでも全国の強豪たちを相手にしても通用する、どころか勝ちを奪い取れるでしょう。しかしながら、サッカーと言うものは試合中に何が起こるかわかりません。加えて、本当の強豪校はどんな状況になっても諦めず、貪欲にゴールを狙ってくるでしょう。ですが、皆さん……忘れないでください。私たちは確かに相手に勝つためのサッカーをしますが、何よりも……誰よりもサッカーを楽しむと言う事を忘れないでください」

「……ぼ、僕は、毎試合2得点します!」

 

 監督の言葉が区切れるのとほぼ同時に、駆の唐突な宣言。

 その言葉に誰もがキョトンとしたような、呆けたような表情をしているが、いち早く正気に戻ったマコ先輩が駆の肩に腕を回した。

 

「あっはっは! 言うねぇ駆ぅ! お前には期待してるぜ!」

「てめぇ……良いとこ取りしやがって! 俺だって決めてやるぜ! 何だったらお前と不知火なんかより決めてMVPに選ばれてやる!」

「……あ、俺っすか?」

「な、何自分関係ないみたいな面してんだ! 何としてでもお前より活躍するからな!!」

「あ、はい。頑張ってください」

「クキィィィィ!?」

 

 無関心、からの奇声。

 当然荒木先輩が発した声だが、その金切り声にも似た叫び声を皮切りに皆が笑い出し、そして皆が考えている目標を語り出した。

 ある者はチームのためDFを頑張るとか、スライディングしてでもボールを奪うとか、サイドを存分に生かしたボール運びをするとか。

 

「俺は! 代表に選出されるためにも、チームの皆のためにも……絶対に……絶対にゴールを守る。だから皆。後ろは俺に任せてほしい」

『……おう!』

 

 李先輩の熱い言葉に、俺たちは感無量としか表現できない。

 いやぁ……常々クールな見た目の実、内心はかなり熱く滾っている男だとは思っていたけども。まさかここまでとは。チームの士気向上にこれ以上ないぐらい貢献してくれる、まさに精神的要の一人である。

 後は俺がFWになった時とか、駆や荒木先輩がゴールを量産すれば問題なし。

 場合によってはサイドから薫の突破、高瀬の長身を活かしたヘッドをさせれば良いだろう。カウンターを期待するんだったら薫の方だが、混戦時においては頭一つ抜け出ている高瀬には期待せざるを得ない。

 

「さて、全国大会では日本代表を経験している選手が所属しているチームは多くあるでしょう。鎌学を相手に二度も勝利を収めた君たちに言う事ではないでしょうが、これからも厳しい戦いは続くでしょう。ですが、先ほど言った通り……楽しんでサッカーをしましょう! 以上です!」

『はい!』

 

 

 ――それからは久し振りの紅白戦。

 スタメン組の連携を深めるための試合をしたり、途中からは戦力を分散させてみたり、兎に角身体を動かした。俺もDFだったりFWだったりと大忙しの一日を過ごすことになったし。

 で、今日の練習が終わり、ストレッチを少しして解散になったのだが、俺は岩城監督に呼び出されることになった。

 

「失礼します」

「やぁ、今日もお疲れ様。ささ、ここに座って」

「はぁ……」

 

 いつも通りの笑みを浮かべている監督の様子から、別に悪い話ではなさそうだと推測。基本的にはサッカー関連の話をしてくるとは思うが……

 

「今日お呼びしたのは、良いサッカーのDVDを入手したからなんです」

「お、今度は誰を見れば良いんですか?」

「はい、これなんですが……」

「えっと……クラシコ?」

 

 監督が座っている椅子の横に置いてあった鞄の中から取り出されたDVDを手渡された俺は、すぐにそのDVDのタイトルを確認。テレビか何かをダビングでもしたのか、パッケージには何らサッカー関係だと分かるものはない。

 ただ一言、マジックペンで「クラシコ」とだけ記されていた。

 

「クラシコって何ですか?」

「クラシコはスペイン語で『伝統の一戦』を意味しててね。スペイン・ダービーとも言われてるんだけど、あのスペインの強豪、バルセロナとレアル・マドリードの試合がこのDVDの中に入ってるんだ」

「はぁ……で、今度はこれを見て来れば良いんですね?」

「そうです。今の君にならこの試合が非常に大きな意味を持つことになるはずです。それだけ多くの事がこの一戦を通じて知ることが出来ますから」

「そうっすか……」

 

 やたらと自信満々なご様子。

 ここまで推すって事は監督も一度は目を通したんだろうか。いや……海外の強豪の試合なんだから岩城監督はもう見てるに違いない。

 で、日本代表として海外に試合を経験しに行った俺に見てほしいと。まぁ、確かにサッカーが分からない状態でこのDVDを見てもあまり面白いとは感じなかったかもしれない。

 取りあえず、今までと同じように家に持って帰ってみることにしよう。

 ……前みたいに寝不足になるのが目に見えてるなぁ。

 

 

 

 ――で、結局夜中までDVDを見てしまった俺は、何とか寝不足にならずには済んだが、内容が面白すぎて翌日の授業の内容の方には一切集中することは出来ませんでしたとさ。


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