俺氏、江ノ島高校にてサッカーを始める。   作:Sonnet

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第74話

 勝った。

 俺たち江ノ高は鎌学を3対2で下した。

 ……下したのは下したが、鎌学の選手たちも巧くなってて相手にするには大分骨が折れる感じがした。それもこれも、鎌学の選手が何としてでも俺にボールを持たせたくないのか、同点の時点で俺がボールを持ったときなんて3人ぐらいが一斉にかかってくるものだからさすがに驚いてバックパスせざるを得なかった。

 が、中盤にいるのは荒木先輩。

 しかも攻撃も守備もオールラウンダーにこなせるマコ先輩に、ピッチ全体を見通すことが出来、カウンター攻撃の要として大きな役割を果たしている織田先輩が中盤にバランスを取っているのだから安心して任せられるってもんだ。

 

 唯一の問題は鎌学の攻撃に耐えられるかどうかってところだったんだが、予想以上に先輩方が頑張ってくれたおかげもあり、1点決められた以外は守備が崩壊することもなく、江ノ高が勝ち越したままで勝利を収めることが出来た。

 いやぁ……攻撃力が高いチームにあったらどうするかを考えるしかないが、サッカーってのはチームの総合力のぶつけ合いでもあるが、運も必要になってくる。だから、今回俺たちが勝ち上がったのは単に運がいいとしか思ってないんだが……

 ま、それは今後の課題として考えていく以外に他はない。

 ……が、人の少なさを盾に守備力の低下を嘆くのは筋違いかもしれない。本職のDFには劣るかもしれないが、スライディングと体の小ささを生かした小回りで守備をする堀川先輩に、体の大きさ、ガタイの良さで前衛的な守備を見せてくれる海王寺先輩の事を考えるとバランスは悪い訳ではないし。

 ここは今後の江ノ高に入学してくる新入学生の素質にもよるか。

 兎に角、今は現状のメンバーで守備力・攻撃力を高めていかなければいけない。

 ……その両立が出来ればもっと簡単に全国に行くことが出来るのかもしれない。

 

 ま、全部夢物語でしかない。

 それぐらいの戦力が整うのはやはりクラブで、何と言っても世界中から才能が集まる世界のクラブは凄いのだろう。そりゃぁ、日本の高校生なんかが何も言えなくなるぐらいテクニックが洗練されてるんだろうな。

 

 

 

「おめでとぉぉ!」

「おわっぷ……! 何すんだよ母さん」

「何って……せっかく全国大会が決まったんだから、そのお祝いよぉ!」

 

 ったく、と一言呟く。

 しかし、何気に思い返してみると高校生で全国大会に出るってのは凄いことなんだろう。変に日本代表に選ばれてるせいで感覚がおかしくなってるんだろうかと自信がなくなる。

 そもそもが友人からの誘いと、人員不足からサッカーを始めたような男だ。

 あまり純粋な、誠実な理由じゃないから表だって言えないってのが悩みだが、経験則として大人になって数年すればポロリと言ってしまうだろう。

 これは俺が言おうが誰が言おうが変わることがないから別に良いだろう。

 世間で俺の実話が作り話かどうかが議論されるだけで、生活するには関わりないのだから。

 

「えへへ、今日は好物の麻婆豆腐作っておいたら、早く手ぇ洗って夕食の準備してね」

「お、マーボーは良いねぇ! すぐ行く!」

 

 生まれた家は違うと言うのに、前世と今世も俺の好物が変わらず麻婆豆腐ってのはどうなってんだか。もちろん四川風のマーボーと言いたいところだが、そこまで辛いものを御所望したわけではないので、CMで簡単に作れるようになる材料ぐらいの辛さだ。

 これがまたご飯に合うのなんのって……

 

 ――ピンポーン

 

(ん、こんな時間に誰だ? 郵便か?)

 

 自室で制服から部屋着に着替えつつ洗面所に向かう。

 そのまま手を洗って飯でも食おうかと考えていたのだが。

 

「康寛! お友達が貴方の事訪ねてきたんだけどっ!」

「あいよぉ!」

 

 飯を食いたかったのに俺の友人とは(憤慨)

 もしこれで男友達が目の前に出現したら一発殴ってやろうと思う。いかに善意で俺の目の前に立っていたとしても、俺の腹の虫が治まらんのだ。俺が夕飯を腹に収めるまではなぁっ!!

「お前はもう……亡くなっている」

 とか有名な台詞でも宣ってやろうかと一人空想しながら顔をのぞかせ――

 

「……はっ!?」

「やっ☆」

 

 ――そこにいたのは何と群咲だった。

 それ以外に俺の知り合いと言う知り合いの姿はなく、チートをもってしても彼女以外に人の気配を感じない。本当に彼女一人で来たのだろう。が、何故俺の家まで来たのかが理解できん。

 ……そもそも、俺の実家の住所話した記憶は無いんですがそれは(白目)

 

「来ちゃった☆」

「いや、来ちゃったって……誰かに住所でも聞いたのか?」

 と、口にしながら思い返してみるが一切合切記憶にない。

「駆っちにね」

「あ、なる。で、何で俺ん家に来たんだ?」

「え? 特に何もないけど」

「は?」

 何変な事聴いてるのと言わんばかりの即答。思わず聞き返してしまった俺は悪くない。

「やだなぁ、用事でも無いと来ちゃダメなのぉ?」

「あ、いや、そんなこたぁないけど……」

「でしょ! じゃあ、失礼しまーす!」

「え……え、上がってくのか!」

 

 何たるバイタリティ。

 さすがにここまで積極的に来るとは全く考えてもなかった。そもそも群咲の事自体忘れてたし。しかしなんでまた駆に住所を聞いてまでここに来たんだろうか? 群咲自身、日本女子代表としての練習に参加してると思うし、それを考慮しても結構忙しい毎日な感じがするんだが。

 なんてグダグダ考えている俺を知ってか知らずか、群咲は無遠慮ともとれる勢いで家に上がり込んでは両親に挨拶し始めた。父さんはドギマギし、母さんはかなり嬉しそうに笑顔を浮かべては俺をチラチラと見つつニヤついている。

 ……これを俺はフォローと言うか、後で誤解を解こうとしても「はいはい分かってますよ」と言われてあしらわれるに違いない。なんて傍迷惑な。

 

 ――それからが大変だった。

 何がと言えば、我が両親が。

 テンションが上がっていつも以上に酒を飲む父さんに酌をしつつ、母さんとガールズトークに花を咲かせている群咲。俺はと言えば一人静かに夕飯を食いつつ3人の様子をただただ眺めていることぐらい。

 俺も父さんみたいに大っぴらに酒を飲めるんだったらそっちに逃げてもよかったんだがなぁ……

 

「――もう、そろそろ9時になるけど、大丈夫なのか?」

「んー……そろそろ帰ろっかな。今日は凄く楽しかったよ! ありがとっ!」

「舞衣ちゃぁん! またおいでね! いつでも来て良いから!」

「そうそう! 舞衣ちゃん可愛いし、なんだったらうちの康寛のお嫁さんにでも」

「ば!? 変な事言ってんじゃねぇよ! そもそも彼女彼氏の関係でも何でもないんだから! 群咲に失礼だろ!」

「あら? そうだったの? いやんもうごめんねぇ舞衣ちゃん」

「いえいえ、全然気にしてないですよ」

 

 本当に見ててひやひやするんだが。

 何故ここまで俺以外の皆はアグレッシブなのか。俺氏困惑以外の何物でもない。それでも、群咲みたいなかわいい女子と一緒にいられて嬉しいと思ってるのは確かだ。嬉しくないわけがない。

 

 で、近くだったら送っていくと言った俺に対し遠くだから大丈夫と一人で帰っていく群咲の後姿を見送っていると、どこからともなく視線を感じ取ってしまった。こんな時間に人? と思いつつ周囲を見渡してみると、何時ぞやのパパラッチらしき男性の姿が。

 よくもまぁ、こんな時間までお疲れ様ですとしか言いようがないのだが、その手に持っているカメラと、それが向けられてる先にいるのが俺と群咲だと分かった瞬間、勢いよく後退。

 音をたてずに一気に後退したことにより、カメラの撮影範囲から逃れることは出来ただろう。実際、カメラを構えようとしていた男性は、いつの間にか消え失せてしまった俺の姿を探すように周囲を見渡しているし。

 ……もしかしたら、もう一枚は写真を撮られてしまったのかもしれないが、別に俺にとって困ることは無い。まるで彼女のような扱いをされたら、さすがに群咲が困るだろうが。

 ま、できるだけ俺が写真を取られることが無いようにすれば大丈夫だろう。

 

 ……本当に大丈夫かな。




投稿が速い?
それはね、私のGWが少し遅かったからさ!
……とは言え、次話からはいつも通り日曜日投稿になると思いますが(白目)

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